「別に強制ではありませんし。ただ、殿下と噂になっているシャルロットさんが出ないとなれば、他のご令嬢達は思うでしょうね。殿下の次の婚約者はシャルロットさんだというのは、デマだったのだと。容姿は良くても、皆の前に出る事を嫌がるとは、次期王妃としてどうなのかと…」
「出ろ、シャル」
ライオット先輩が言い終わる前に、ナズナがそう言う。
煽られて怒るのは良いんだけど、だからって即決過ぎない?
そして煽られたのはあたしなんだけど、なんで貴方が怒っているのかしら?
「ナズナ、貴方ね…」
「これだけ言われたんだ、お前の実力を見せてやれ」
あたし、貴方の前で歌った事一度もないはずなんだけど。
しかし、ナズナが決めたものは覆す事が出来ないのは、今までの経験上から理解している。
あたしはため息を吐いて、チラシを見た。
どうやらその歌唱大会は明後日、文化祭の最終日にするらしい。
「何の準備もなく出ろなんて、そんな失礼な事言いませんよ」
「それはありがとうございます。お気遣い感謝いたしますわ、先輩」
歌唱が下手でも話題力があれば、イベントが成功するだろうと踏んでの打診だったのだろうけど。
その挑発、受けて立とうじゃないの。
◆◆◆
「ターニャ! ちょっと練習付き合ってくれない?!」
ライオット先輩に煽られた日の夜。
テスタロッサの家へ転移で帰り、ターニャの部屋をノックもなしに開ける。
彼女は少し驚いた後、嘆息した。
「…お嬢様。そのような行儀の悪い事、教えた覚えはございませんよ」
「ごめん! 叱責はあとで充分受けます。今はそれどころじゃないんだって!」
あたしは今日あった事をターニャに話す。
話を聞いているうち、彼女の眉がだんだんと吊り上がっていった。
顔も般若のようになってきている。
「その生徒の家、潰しましょうか」
「いや、その前に実力を見せつけてやりたいの。なんか、下手だって思われて…いや、あたし歌下手だった気がするな…」
段々、自分に自信がなくなっていく。
人様に聞かせられるようなものだった?
むしろ、歌唱の教育って受けさせてもらえてたっけ?
「いいえ。お嬢様は、美声の持ち主でしたとも」
「それはフィルターかかってただけじゃないかな…」
あたしのやる事なす事、ターニャは全肯定だった気がする。
カヅキは、ちゃんと判断してくれてはいたけど。
「ならば、ダンスホールに行って、一回歌ってみましょう。メイド達も召集して、判断してもらいます」
「…迷惑じゃない?」
とんでもございません、とターニャは言う。
「お嬢様の一大事ですもの。あぁ、あれにも聞いてもらいましょう。雛桔梗お借りしますね」
あたしのアンクレットを外し、ターニャはあたしの手を引いてダンスホールに連れて行く。
道中、一人のメイドに声をかけたら、屋敷中のメイド達が集まってしまった。
雛桔梗を展開させると、ターニャはキーボードを打ち始め、ディスプレイ画面を表示させる。
sound onlyという画面だけだったが、向こう側からカヅキの声が聞こえ始めた。
『師匠、時差考えてもらえません? こっち、明け方なんですけど』
「お嬢様の一大事です。貴女の判断を聞ければ、お嬢様も安心するでしょう」
相も変わらず、ターニャは横暴だな…カヅキに対してだけだけど。
「ごめん、カヅキ…大事になっちゃって…」
『いや、お前が謝る必要なくない? 師匠が横暴なのはいつもの事だし。何があった?』
ターニャに説明した事を、カヅキにもする。
彼女はターニャと同じ反応をしているようで、声が若干低くなった。
『そいつ、殺すか?』
「物騒!」
何で二人とも過激な発想しかできないのかなぁ?!
頭を抱えて蹲っていると、メイド達の声も聞こえてきた。
「うちのお嬢様に対してなんて無礼な」
「アズール商会って確かに有名どころですけど、テスタロッサに比べたらまだまだなのに」
「今度旦那様に進言して、アズール商会取り込んでもらったら良いんじゃないですかね」
うちのメイド達も過激派だった。
お義父様はそうじゃないと願いたい。
「と、とりあえず、実力で叩き伏せたいから、練習に付き合って欲しい…ってお願いしただけなのに…」
『よし、歌え』
カヅキがそう言うと、間髪入れずターニャがディスプレイを睨んだ。
「どの楽曲で歌っていただくか、まだ決めていないのです。貴女は本当にデリカシーがないというか、配慮がないというか」
『へーへー、すみませんね! こちとら寝起きなもんでして! 誰かさんに叩き起こされたせいで!!』
「息を吸うように喧嘩しないでよ、二人とも…」
本当に、喧嘩するほど仲が良いというか、なんというか…。
「では、練習曲として、こちらなどいかがでしょう」
ダンスホールに設置されているピアノの鍵盤蓋を開き、ターニャはピアノの前に座る。
そして、その指で鍵盤を叩き始めた。
有名なオペラ曲。
あたしも聞いた事があるようなやつを、彼女は弾き始めたのだ。
「……っ」
あたしは大きく息を吸い、旋律に乗せて歌い始める。