喉元を、つま先で踏みつける。
苦悶の表情を見せる女をあたしはせせら笑った。
「シャル!」
ナズナが叫ぶ。
だが、あたしが彼の方へ振り向く事はなかった。
心臓を、後ろから一突きにされたからだ。
「…がはっ!」
食道も同時に傷ついたのか、逆流してあたしは血を吐く。
「お返しよ」
背後にいた女がそう言った。
あたしは女を睨みつける。
「油断大敵って言葉を知っているかしら、お嬢さん」
「………」
心臓が動かない。
頭に血流が回らない。
手足が冷たくなっていく感覚がする。
動けない。
喋れない。
目の前が暗くなる。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ!!!
生きたい、あたしはもっとっ!!
ナズナと、生きていきたいのにっ!!
『じゃあ、すこーしだけ力を貸してあげようか? 君の能力を向上させる代わりに、君は人より少し遠い場所に行ってしまう。人間って意味じゃないよ? 全ての生きとし生けるものって意味。あたし達神に近くなる。それでも構わない?』
頭に、最高神の声が響く。
あたしはそれへ、答えた。
ナズナと生きられるなら、構わない。
彼と生きたい。
彼と一緒に人生を歩みたい。
そして、できれば彼と一緒に死にたい。
『りょーかーい。ここで死なれたら困るって、何回言わせるんだい? なっちゃん。君にはもう少し踊っててほしいなぁ』
最高神に借りを作るのは正直癪に触るが、背に腹は変えられない。
「……これ、どれくらい請求されるのかしらね」
「っ! 貴女、心臓を刺されているのに、どうして…っ!!」
背中の皮膚を硬質化させて、針状に放出する。
ハリネズミよろしく、女は針だらけになった。
そのまま倒れる音を聞きながら、あたしは自分の心臓に刺さっていたナイフを引き抜く。
「シャル…」
驚いたナズナの声がする。
あたしはそちらを見ずに、ルティを呼んだ。
「ルティ。貴様何をやっていた」
「は。さらに上層部にて、異様な気配を感じましたので、そちらに向かっておりました」
ルティは、言いながらあたしに水晶のような球を差し出してくる。
その気配に、あたしは口の端を上げた。
「良くやった、褒めて遣わす。これがあの女の正体か。ルティ、レヴィの元に戻るが良い。この空間は、周りの影響を受けないようだ。彼奴と共に、城を破壊せよ」
「御意」
ルティはあたしに頭を垂れ、そのまま消える。
「あ、貴女!それから手を離しなさい! 彼がどうなってもいいの?!」
女の叫び声の方へ目を向けた。
ナズナの背後に出現した女は、彼の首にナイフを当てている。
「どこまで逆鱗に触れれば気が済むのだ、女。ただ、それで脅しているつもりなのだろうが、無駄だな。私は、お前からナズナをいつでも取り戻せる」
冷たい目を女に向けた。
その視線を浴びて、ナズナも息を呑む。
「そ、そんなのハッタリよ! ほら、貴女今も」
「今も、なんだ?」
女は自分が切り刻まれている事に気付いていないようだった。
時魔法を使い、周囲の時間を止め、その間に女を細切れにする。
「そんな、馬鹿な…」
「何が馬鹿なものか、阿呆。斬った感触と、お前の慌て様で確信が持てた。自分の首を絞めるとは、ほとほと呆れた女だな貴様は」
極小の
バキリバキリと割れる音がして、ついにはその音が聞こえなくなる。
決着がついたようで、それ以上女が出現する事は無かった。
「しまった…この現象貴様かと聞いておくべきだったか。レヴィ、此処へ」
彼女を呼んで数秒後、あたしに跪いた状態でレヴィが現れる。
「お呼びか、我が主」
「外の状況はどうなっている。どうせ貴様、山に穴でも開けただろう」
レヴィの下げる頭が更に下がった。
どうやら図星のようだ。
「もう吹雪は止まっている。このままの状態なら、数ヶ月で元に戻るであろう」
「そうか」
あたしはナズナの方を見る。
彼の強張った顔に苦笑した。
「魔眼の影響は、もうないはずだよ。ナズナ。レヴィと一緒に、先に帰っててくれる?」
「シャル…」
まだ心臓部分から血が流れ、制服を赤く染める。
それに気付き、あたしはその部分を修復した。
あたしは人間じゃなくなった。
致死量の血が流れているのに、動けているのがその証拠だ。
彼の前であり得ない事象も引き起こした。
もう、愛してもらえないだろうな。
諦念にも似た感情を抱く。
彼が幸せになってくれるなら、身を引こうと考えた。
ナズナが許してくれるなら、このまま護衛を続けても良い。
気味悪がるなら…テスタロッサの家に挨拶に行って、姿を消してしまおうと思った。
ターニャはついてくるだろうが。
「却下だ。お前も共に戻るんだ、シャル」
彼から顔を背けていると、抱きしめられる。
あたしは驚いて彼を見上げた。
「ナズナ…?」
「どうせ、異様な姿を見せたから俺に嫌われたとか考えているんだろう。いや、確かに先程のお前の様子は、多少恐怖を抱いたが。何だあの目、あの口調! 普段のお前と違いすぎるだろう?!」
え、そっち?
驚きすぎて、彼の顔を見つめてしまう。