「あ…あれは、総帥になるために身に付けさせられた顔というか…。上に立つ者、常に冷静で冷酷であるべし、って父からの教えで…」
「それでも違いすぎて、俺は驚いた。やはり俺は、こちらのお前の方がいい」
抱きしめる力が強くなった。
絶対に離さないという意志を感じる。
「ナズナ…」
「お前がどんな姿になろうと、それこそ人で無くなったとしても。お前を愛さないなんて事はない。だから安心しろ、シャル」
優しげに微笑む彼の姿が滲んでいく。
胸の奥が苦しくてたまらない。
涙が一筋、あたしの頬を流れ落ちていった。
「泣かないでくれ、シャル。お前に泣かれると、俺は弱いんだ。お前には、常に笑顔でいて欲しい。笑っていてくれ、シャルロット。大丈夫。俺はお前から離れたりなどしない。愛してるよ」
「ナズナ…っ!!」
あたしは彼の胸の中で泣いた。
喉が枯れる程、泣き叫んだ。
彼が無事でよかった事。
あたしが人を辞めてしまった事。
それでも、あたしを愛すると言ってくれた事。
全ての感情が混じり合って、あたしは涙が枯れるまで泣いたのだった。
◆◆◆
泣き止んだあたしの背中を、彼が撫でてくれる。
その手が心地良くて、あたしは彼の胸に頬を擦り寄せた。
「制服がボロボロだな。買い直さなくてはならないだろう」
「ちゃんと自分のお金で買うから、俺が買うなんて言い始めないでよ?」
言わんさ、なんてナズナは言うけれど、あたしが言わなければ、絶対無断で制服を持ってきていたはずだ。
「しかし、ここからどうやって出る? 階下はもう、瓦礫の山だぞ」
あたしが開けた穴、そこから覗く下方は既にレヴィに破壊され尽くしていて、通ってきた道も塞がってしまっているようだった。
「うーん…せめて、道は確保しておけって言っておくべきだった…」
パリパリ、音がし始める。
頭上を見ると、結界が壊れかけてきているのが見て取れた。
あ、マズイ。
あたしは雛桔梗を全展開させ、ナズナを抱え上げる。
「何をするんだ、シャル」
「見ればわかるでしょう?」
この結界が完全に壊れれば、あたしはともかくナズナは落下してしまう。
せっかく助けられたのに、そんな別れは勘弁願いたい。
あたしに抱えられ、ナズナは不満そうにこちらを見て来る。
そんな目で見られても困るんだけど。
「シャル、離せ。俺だって飛べる」
「多分ここ、山の頂上付近の高さなんだけれど、貴方その高度維持できるの?」
そう問いかければ、彼は押し黙ってしまった。
少しは飛べるがこの高度まで来たことがない、と認めたようだ。
「はい、降りるよー」
雛桔梗のスラスターを使い、ゆっくりと高度を下げる。
地上に降り立つと、レヴィとルティが頭を下げた状態で現れた。
「二人とも、ご苦労様。ごめんね、八つ当たりしてしまって」
「いや、我が主の怒りは正しい。我らが不甲斐ないせいだ。主が謝る事ではない」
ルティはそう言うが、レヴィはあたしに抱きついてくる。
「主、すまぬ!!」
「レヴィ、怖かったよね。ごめんね」
彼女はあたしから離れ、頭を思い切り横に振りまくった。
結構長く生きているはずなのに、動作が子供っぽい。
思わず笑ってしまった。
「主?」
「ごめんごめん、ありがとうレヴィ。貴女やルティ、雛桔梗がいてくれて良かった」
そう言うと、後ろから抱きしめられてしまう。
少し横に視線を向けると、金色の髪が見えた。
「ナズナ、拗ねないでよ。貴方がいてくれるから、あたしは戦うのが怖くないのだから」
「…拗ねてない」
声が拗ねているんだけれど。
「我が主、レヴィが開けた穴から出られそうだが。如何する」
「そうね。ルティ、あたしに撃ち損なったドラゴンブレス、もう一度撃てる?」
ニコリと微笑みながら、若干の嫌味を込めて言うと、ナズナがあたしを抱きしめる力が強くなり、レヴィがルティに掴み掛かった。
「我が夫! 我が主に何をしたのだ?!」
「いや、すまぬ…お前が倒されたのを見て少し…」
いつもと形勢逆転して、レヴィがルティを説教し始める。
やれ、我が主は自分を倒した勇者だの、やれ、お前が送還されそうな時に助けたのは誰だ、だの。
そんなに責めないであげてと言いたいくらいに、ルティがしょんぼりし始めてしまった。
「まぁまぁ…レヴィ。ルティも、奥さん乱暴にされて怒っただけだから。むしろ、あたしは怒られて当然なんだから、そんなに言わなくても…」
「いいや、言わせてもらう。大体我が夫は昔からだな…!」
お説教が長引きそうなので、あたしはナズナを見る。
「ナズナ? いい加減離して欲しいのだけど」
「………」
あたしの肩に自分の頭を擦り付けている彼へ、離すよう言うが、それでも離そうとしない。
「あの女にベタベタ触られて不愉快だったんだ。シャルで上書きしたい」
「なっ…!」
あの女がナズナへ触った事に怒りを覚えるが、今はそれ以上に、彼があたしの首筋へ口付けを落としている事の方が重要だ。
「や、やめ…っ」
「二人ともこちらには気付いていない。大丈夫だ」
何が大丈夫だというのか。