ほんのたまにだから、あたしが常に気を張る事も出来ず、爆弾が投下される事もあった。
「何の事だ?」
「いや…もういいや。というかナズナ、あたし今思い出したんだけど。えぇ、なんで今まで忘れていたのかしら、っていうくらいに」
扉の前に背を向けているだろうナズナが、何だと問いかけてくる。
「あたし、貴方から告白された時、言ったわよね? ちゃんと婚約者になるまでは、キスするのこれ一回で我慢しろって。今まで流されてたけど、貴方何回やった?」
「…………」
ナズナが急に無言になった。
あたしはジト目になりながら、髪を洗い始める。
「確かに流されたあたしも悪いわよ。でもね、我慢して頬とかにしてれば良かったのに、ずっと唇じゃない。嫌とかではないんだけど、なんでそんなに我慢できないのかしらと」
「…お前が魅力的だからだ」
ボソッと、ナズナが呟いた。
シャワーから流れる水音でも、聞こえるくらいに。
あたしが魅力的だと、彼は言った。
「………へ?」
「お前が魅力的すぎて、理性を抑えるので精一杯なんだ。抑えた上での、あれだ。抑えなくていいなら、もう襲っている。その…一緒に寝ている時も、少し興奮して寝付けない時があるくらいだ」
泡を洗い流している間、あたしは思う。
じゃあ、あの時なんでレヴィ達を送還させなかったんだ貴方は。
寝付けない?
興奮して?
だから、寝起きが悪い時があるのか。
納得…
「出来るわけないでしょうが!!」
「?!」
ナズナが驚いて肩を揺らした。
それでもこちらを振り向かないのは、偉いと褒めてやる。
「な、何がだ?」
「もう、今日からレヴィ達には還ってもらうか、テスタロッサ領の家にいてもらうか、どっちかにしてもらう! ナズナと一緒に寝ない!」
ガチャっと音がして、ナズナが慌てた様子で入ってきた。
「それは困る! シャルの温もりがないと俺は…」
「……っ! 出てけーっ!!!」
湯煙で見えなかったと信じたいが、シャワールームにナズナが入ってきた瞬間、あたしは
水圧で吹き飛んだナズナを涙目で睨みつけながら、シャワールームの扉を力任せに閉めた。
◆◆◆
「すまなかった、シャル! だから部屋別々は勘弁してくれないだろうか!」
お風呂から上がり、アルテミシアさんの服をリメイクしたものを着たあたしは、土下座しているナズナを、ソファーに座りながら冷たく見下ろしていた。
経緯を聞いたアルテミシアさんは頭が痛そうに、クロエは爆笑して床を転がりまくっている。
ちなみに何故クロエが呼び捨てなのかは、彼がさん付けを嫌がったからである。
「ひーっひひひ!!! ちょ、それ、事故ぢゃ、ねぇ! 明らか、故意過ぎる!! ひひひひひっ!!!」
「…クロエ、痴話喧嘩ぐらいで笑うな。あと殿下、そういうのは帰ってからにしてくれないか。ここはお前達の私室じゃない」
「それはすまないと思ってはいるが、俺には喫緊の事態だ。流石にシャルに嫌われたら俺は生きていけない」
アルテミシアさんが、あたしの方を見る。
鬱陶しいから、早く決着をつけろと目で訴えてきた。
「……念書を書いてもらいます。お義父様の前で」
「…ベルファの? 内容は?」
チラ、とナズナの方を見るが、彼は一切顔を上げずに問いかけてくる。
「それは向こうに着いてから。アルテミシアさん、クロエ。あと報告する事はありますか?」
「いや、ない。ご苦労だった」
あたしは立ち上がり頭を下げた後、ナズナを伴って転移でテスタロッサの家に帰った。
「お嬢様、お帰りなさいませ。冬休みにはまだ早いと思いますが、どうなさいましたか?」
「ただいま、ターニャ。お義父様はいらっしゃる?」
ナズナが後ろにいる事に気付いたターニャが、彼に対しても頭を下げる。
「いらっしゃいませ、ナズナ殿下。お久しぶりでございます」
「久しいな、ターニャ。カヅキの時以来か。息災か」
はい、と答える彼女に、あたしは言う。
「ターニャ、紙とペン用意して」
「はい、只今。それと、旦那様は執務室で領主の仕事中でございます。そちらの方にお持ちします」
紙とペンと言っただけで、ターニャはあたしが何をしようとしているか、理解出来たようだ。
あたしは屋敷の長い廊下を歩き、お義父様の執務室の前へ辿り着く。
勿論、背後にはナズナがいる。
「お義父様、シャルロットです。只今帰りました。入っても宜しいでしょうか?」
「シャル? 良いですよ」
了承を得たので、あたしはドアノブを回し部屋の中へと入った。
落ち着いた調度品が並ぶお義父様の執務室、その奥の方に立派な机があり、お義父様はその机に向かうように座っている。
あたしの姿を見たお義父様は、その背後にいる彼にも目を向けた。
「おやおや、殿下を連れてくるなんて一体どうしたんですか? シャル。それに、冬休みまではまだ日があるでしょうに。私が恋しくなりましたか?」
「お義父様にお願いがあって参りました。ターニャ」