俺の相棒は美人で無敵の即死持ち妖刀憑喪神   作:歌舞伎役者

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「ハッ、ハッ、ハッ……!」

 

酷く荒れた天気だった。

土砂降りの雨が容赦なく全身を打ちつけ、轟く雷鳴が体を震わせる。嵐の音は時折響く鐘を鳴らすような凄まじい重低音をかき消していた。

 

1人の男が脇目も振らずひと気のない港の通路を走っていた。体の左側から滴る血液が地面を濡らし、すぐに洗い流される。

彼の腕は原型を留めていなかった。蛇がくびをもたげるようにひん曲がり、いくつもの穴が空いている。辛うじて繋がっているだけの、腕とも呼べない肉の塊。

だが男は左腕を庇う真似はせずに、右手にしっかりと小さな鍵を握りしめていた。歪な形をしたガラクタにしか見えないそれを、男は間違っても落とさぬように握りしめながら走る。

 

「なんだ、なんだってんだあの女!?」

 

時折落ちる雷で照らされる男の顔。恐怖に歪んだ顔で口だけは突如現れた女への恨み言を漏らしていた。

人には言えないことで生きてる。

人には言えない仕事をしてる。

貧しさの中で生まれれば、血の繋がりすら腹の足しにならないただの枷。

だから都会へ出た。そこなら何だってできた。間抜けばかりだ。盗み、詐欺、最後に手を染めたのは殺人。

殺しをするきっかけとなったものが右手に握った鍵だ。この鍵があればなんだって出来た。なんだって上手くこなせた。上手く使えばこの国の大統領を殺すことだって出来る。もし依頼があれば本当にやってみせたっていい。

 

今日だって依頼の途中だったんだ。

身辺調査は完璧、あの肥え太った豚のワインに毒をいれてやるだけだった。

何たら界に絶大な権力がどうのこうのとかいう奴はあっけなく死んだ。

後は帰って乾杯するだけだったんだ。

そこに……あの女が現れた。

 

左腕が使い物にならなくなったがそんなことはどうでもいい。今はただ逃げ切って生き延びることだけを最優先だ。

今はただ走って、走って………!

 

「Hey!Stop!Stop!……わかりませんの?やはり発音がダメなのでしょうか……?」

「あっ、あああっ!」

 

上品な声質で拙い英語が飛んでくる。嵐の中でも聞こえる彼女の声はすぐ背後にいるようにも感じられた。

 

「神様……!頼む、今だけでいい……!もう盗みも殺しもしない!悔い改めるから……!」

「Stop!あ、いや……Please wait!」

「神様……!」

「もう、お待ちなさいな」

「ヒッ……!」

 

女は少しうんざりしたように息を吐くと、この世のものとは思えない脚力で男を軽く飛び越え、通せんぼをしてしまう。

 

「んもう、神父様も人が悪いですわ。折角イギリスに行くというのだから英語くらい勉強させてくださいまし」

「い、いやだ!死にたくない!た、助けてくれ!」

「ま、確かに殺す相手と言葉を交わす必要なんてありませんけどね……」

 

男の命乞いも悲鳴も無視して女は背中に手を回す。

すると華奢などこに隠していたのか、10mはある巨大な棍棒が背中から現れた。

 

「Good night. See you♪」

 

女はペンでも振るようにして棍棒を横に一振りすると、男の上半身は消えている。残された両手の手首から先が血の海に音を立てて落ちた。

 

「こちらですわね。歓迎いたしますわ、『憑物』様」

 

女は男の右手に握られていた鍵を懐に丁重にしまい、また背中に手を回すと巨大な棍棒も鍵も女の両手にはなかった。

 

「お仕事完了♪次は……ああ、懐かしの日本ですわね。もう少し旅行を楽しみたかったですわ……」

 

 

 

 

 

想いが世界を変える。

………使い古された陳腐な言葉だと思う。けれども現実に起こりうることだとも、俺は思う。

想いは行動に現れ、他人に伝播し、影響を与えていく。それはほんの僅かかもしれないが、風が吹けば桶屋が儲かるように、想いは時としてにわかには信じ難い出来事を引き起こす。

 

袴田学園東校舎3階2年3組。

5月も半ば、新しくなったクラスに皆が馴染んだ頃に、文化祭の話が盛り上がる。

 

学校全体が活気付き、目標に向かってみんながひとつになる。これも想いの力なのかもしれない。

 

とはいえ文化祭は6月。開始までには数週間の時間がある。なので下校のチャイムが鳴れば俺はすぐに帰ることができた。

 

「ユウくん、帰ろ」

「ん、このまま直帰か?」

「ううん、もうお家のお米が限界。荷物持ちをしてくれるカッコいい男の子の手が借りたいなあ」

 

わざとらしく言って顔を覗き込んでくるのは草薙希。吸い込まれそうな黒い瞳の上で明るい茶髪が揺れている。

希渾身のあざといおねだりに、俺は力こぶを作って応えてやった。

 

「ああ……手伝ってやるよ。俺はかっこいいからな」

 

毎日トレーニングは欠かしていない。鍛えた筋肉はこの日のためにあった……?

 

「ありがとーーー!………10kgのお米でいいよね」

「……任せてくれて構わないぜ?」

「助かるーーー!………ジュースもお願いね」

「ヘイ、ハニー。俺はお前を愛しているが、手心ってやつを加えて欲しいな」

 

スタスタと教室を出ていく希の隣に並び、帰路へ。

少し前まで肌寒く感じていた風は温かさを取り戻しつつあるが、同時に湿り気も運んでくる。桜は散り、これからは緑の季節だ。

学校付近は住宅街が近く、道も舗装されて街路樹が並ぶ。しかし登下校用のバスに乗り、ほんのひとつふたつの停留所を過ぎてしまえばそこはもう自然の内側。道路は舗装されていても歩道はなく、右には山、左を見れば田んぼ。

 

俺は生まれが山奥の田舎なので良いのだが、希は今を生きる現役JK。都会に出たいかどうか聞いたことがあるが、反応は芳しくなかった。

 

「自然が近くにある方が落ち着くかな。人がいっぱいいるのは、なんだかオロオロしちゃいそう」

「そうか……そんなもんか」

 

訳あって俺と希の住む家は同じ。

都会では珍しいだろう、和風の屋敷だ。2人で住むには少々広すぎるが、贅沢に文句を言うほど謙虚でもない。甘んじて好き放題住まわせてもらっている。

 

「お手紙が届いてるよ。匠さんから」

「親父から?」

 

俺の父親である黒崎匠の職業は神主だが、年の半分は日本にいない。

一応”2人”暮らしの許可は貰っているものの、やはり心配なのか月に2度は手紙が送られてくる。内容は大抵他愛もないことばかりなので、いい加減メールくらい覚えろとは言っているものの、半ば諦めている。ウチの両親は2人揃って機械音痴なのだ。

 

しかし今回の手紙はいつもとは毛並みが違った。

いつも数枚の手紙と写真があれば厚い方だった封筒は横にも縦にも大きくなり、中に詰められた書類ではちきれそうであった。

 

想いの光教会。

……一言でまとめてしまえばカルト宗教のひとつなのだが、それについての調査資料が厚さの原因だった。

この教会について調べてほしいと頼んだのが2日前。それだけの短期間でこれだけの資料を送ってくれたことには頭の上がらない思いである。

 

表向きにはただのカルト。その名の通り人の気持ちに重きを置き、毎日信者同士で感謝の言葉を言い合って……みたいな。

しかし裏を覗けば違う像が見えてくる。

乱雑に広げた資料の中にあったのは「憑喪神信仰」の文字。

 

「ユウ、くん……」

 

隣に座った希が俺の手を握る。

 

「怖い、な……」

 

震えている手に手を重ねてやる。

 

……想いは世界を変える。

想いは時として人々を狂気に駆り立て、心に影を落とす。

ならば、こうして握った手から想いを伝え、希の心を癒すことはできないだろうか?

手だけで伝わらないのなら、と俺は手を繋いだまま希を立たせ、縁側へと導く。

 

「ユウくん?」

「そんな顔すんなよ。希らしくない」

 

希はいつもなら花が咲いたような、あるいは太陽が輝くような笑顔を見せてくれる元気いっぱいな女の子だ。

すぐに晴れることはないかもしれないが、もうすぐ庭に紫陽花の咲く時期だ。それを見れば少しは晴れ間を見せてくれるかもしれない。そう思って障子を開いた。

 

「あら、ご機嫌よう」

 

一瞬体が凍りつき、次の瞬間には希を庇うように前へ出る。

 

柔和な笑みを浮かべた女性が貞淑に頭を下げる。

少しも気配を感じなかったことが恐ろしい。想いの光教会からの刺客であることが恐ろしい。その丁寧な態度が逆に恐ろしい。

だが最も恐ろしいのは身にまとっている純白のウェディングドレスの半分以上がドス黒い赤色で染められていることだ。そんな服をまとっていながら平然としている異常な精神だ。

 

「お初にお目にかかります。想いの光教会のキャサリンと申します」

 

束ねた美しいブロンドの髪はこんな状況でなければ目を引かれていただろう。だがこの状況では輝く黄金の髪も黒く汚れて見える。

 

「憑喪神様……お迎えにあがりました」

 

希が手を握る力が強くなる。俺は強く握り返し、キャサリンとやらを睨みつける。

 

「希は渡さない。……渡すつもりもない!」

 

ピクリとキャサリンの眉が動く。

微かな、しかし確かな怒気をため息と共に吐き出し、平静を装って笑みを作り直している。

 

「ならば、力ずくになります。……生きてさえいれば構いませんので」

 

キャサリンが背中に手を回す。

何か仕掛けてくることは間違いない、腰を落として何が起こっても対応できるように筋肉を緊張させる。

だが目の前で起きたことはあまりに現実味がなく、脳がエラーを起こしてしばらく認識をしてくれなかった。

 

10mはある巨大な棍棒がキャサリンの手に握られている。

俺も希も空いた口が塞がらず、間抜けのように立ち尽くす。

 

暗器と呼ばれる武器がある。

服や体の内側に隠すことのできる小さな武器のことであり、それを用いた武術や暗殺術も存在する。

だが当然ながら10mの鉄の塊を隠す術は存在しないし、持ち歩く術もない。ありえないのだ、こんなことは。……普通であれば。

 

「では、さようなら」

「う……おおおおっ!」

 

横に咄嗟に飛び退いて、凄まじい勢いで振り下ろされた棍棒をかわす。背中で縁側が粉々に砕ける音を聞きながら庭の大きな岩に身を隠した。

 

「なっ……んだよ、あれは!反則だろ!」

 

あわよくば中身が風船であれば良かったが、あの破壊力は最後まで鉄たっぷりでなければ叩き出せまい。

今更ながらこれは夢ではないかと疑うが、溢れ出してきた冷や汗とうるさいくらいの心臓の動悸がこれは現実だと叫んでいる。

 

「ユウくん!次がくる!」

 

希がそう叫んだ瞬間、再び振り下ろされた棍棒によって庭の岩は粉々に砕け散る。

 

「痛かったら申し訳ありません。生きていらっしゃいますか?……もしもーし?」

 

キャサリンは棍棒を捨てて歩み寄ってくるが、岩の影に既に裕翔と希はいない。

 

「……チッ」

 

2人が隠れていた岩の後ろには床下のスペースがある。日の光が届かない完全な暗闇で、覗き込んでも2人の姿は見えない。

 

「はぁーーっ、はぁっ、はぁ……!」

 

床下を這いずり回って2人はキャサリンから逃げている。このまま真っ直ぐ進めば庭の反対側、玄関があった。

 

「ユウくん、このまま……?」

「ああ、一旦逃げて立て直す。あんなめちゃくちゃなヤツ、相手にする気も……」

 

そこで裕翔は床下に響く異音に気付いた。

カラカラ、コロコロと何か硬いものが土の上を転がる音だ。ネズミか何かかと考えた裕翔は目の前に転がってきた野球ボール大の物体に目を見開く。

 

「やっぱりめちゃくちゃだ……っ!」

 

現実に見たことはないが、ゲームやマンガで見たことはある。これは……!

 

「希ッ!」

 

手榴弾だ。

そう叫ぶ前に床下から飛び出して姿勢を低くする。爆発音が鼓膜を揺さぶり、屋敷の床を無差別に砕いていく。

 

「きゃああああっ……!」

「めちゃくちゃだ……っ!戦争でもしに来たのかコイツはっ!」

 

やっと爆発音が止んだと思えば、今度は轟音と共に屋敷の両端が蜂の巣のように穴だらけになっている。

 

「こ、これはっ……」

 

マシンガンの銃撃だ。そのまま銃撃の雨あられを緩めもせず、両手の間隔を狭めることで俺たちの逃げ場をなくそうとしていた。

左右を見ても身を隠せる場所はなく、今更玄関まで走っても間に合わない。

 

「まずいっ……!」

「ユウくんっ!」

「希、大丈夫だ……隠れられる場所はある」

「違う、そうじゃなくてっ」

「アイツは無差別に範囲攻撃をしているが、逆に言えばこれを乗り切ればやり過ごせる可能性が高いってことだ。だから……」

「聞いてっ!」

 

希が両手で俺の頬を掴んで目を合わせる。

希の黒い瞳にはいつも魅力を感じている。まるで黒水晶のような光沢と美しさがある。しかし、今の希の瞳は別の側面を映し出していた。

黒はあらゆる色を塗りつぶす。同じように希の瞳からはどんな感傷も塗りつぶしてしまう、『覚悟』があった。

 

「私、まだ怖いけど……戦えるよ」

 

希の声は頭を割りそうな銃声の中でもハッキリと聞こえた。

 

「ユウくんと一緒なら……なんだってできるよ」

「ダメだ……逃げるんだ、希。俺が希を使うなら……手加減はできない。殺すことになる」

 

銃弾の嵐が俺たちに迫ってきていた。

 

「私は……私はユウくんのためなら、もう一度人を殺したっていい!」

「希……」

「ユウくんは、ユウくんはどうなの?」

 

その問いの答えはとうに出ていた。

10年前、初めて希と出会ったその日からそうだ。『希のためならなんだってできる』。

 

覚悟は決まった。だから俺も目に覚悟を灯して希を見つめ返す。

 

銃弾はもう数センチ横の地面に穴を開けていた。

そしてーーーー制圧は完了する。

 

 

 

 

 

「………ふぅーーっ……」

 

キャサリンが弾切れを起こした銃を二丁無造作に投げ捨て、地面に置いていた棍棒を持ち直す。

掃射によって屋敷の部屋の概念は消え失せ、床と屋根があるだけの無残な姿になってしまった。

 

「……逃げた……?」

 

庭からも玄関を見通せるほどに屋敷は崩壊していたが、玄関方面には血の染みのひとつもない。

だが玄関から走って逃げればこの見通しの良い田舎ではすぐに人影が目につくはずである。

 

「まだ……隠れていらっしゃいますね」

 

崩壊した家の残骸の下だとか、もしくは床下あたりに身を潜めているはずである。

 

「まずは……こちらから……っ!」

 

プロの野球選手のように棍棒を振りかぶり、思い切り横に振ることで、もし潜んでいるなら残骸ごと2人を吹き飛ばそうという体だ。

 

しかし持ち上げた左足で地面を踏み込み、フルスイングをしようとした瞬間、屋敷の屋根から人が飛び出してきた。

 

「黒崎裕翔……⁉︎」

 

屋根裏に隠れて難を逃れた裕翔がこちらに向かって飛んでくる。

 

そのまま隠れていればよかったものを。

 

ほんの少し驚いたが……彼我の距離は10mある。そしてこの間合いは棍棒の間合いなのだ。

軌道を変更し、裕翔に向けて巨大な棍棒を振るう。

しかし、裕翔に棍棒が直撃したと思われた瞬間のことだった。

 

「なっ……?」

 

棍棒が『軽く』なった。

裕翔に棍棒が切断されたことが原因だった。

裕翔は着地することができたが、切断された棍棒の先は地面に落ちる前に『消失』してしまう。

 

「なにを……」

 

裕翔の左手には刀が握られている。

 

「なにをしたッ⁉︎」

 

裕翔とキャサリンの距離ーーーーおよそ5m。




妖刀『草薙』ーー草薙希

日本刀の憑喪神

能力ーー刃に触れたものをなんであれ消滅させる。固体の場合消滅は切られたものがなくなるまで続くが、液体と気体の場合には触れた部分しか消滅させることはできない。
性質ーー祈1呪9(ただし裕翔と出会う前は祈0呪10)
代償ーー生命力を奪い取られる。他の命を奪うことで緩和が可能だが、何もしなかった場合1ヶ月も経たない内に絶命する。
成り立ちーー???

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