俺の相棒は美人で無敵の即死持ち妖刀憑喪神   作:歌舞伎役者

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文化祭をおよそ1週間後に控えた金曜日、草薙希とクラス委員長である皇佳奈は放課後も残って作業をしていた。

企画はお化け屋敷に決定し、今は布を縫い合わせて小道具を作っている最中だった。

 

「付き合わせてしまってすまないな」

「ううん、他のみんなと違って部活とかには入ってないから。時間には余裕あるよ」

「ん、いやそれもあるんだが……」

 

恋人同士はできるだけ2人きりで長い時間いたいと思うものではないのだろうか。私がいるせいで2人の時間を奪ってしまってはいないか。

そう思ったが、恋愛経験のない身である。「そんなことないよー」などと笑われたり、初心だと思われては……その……恥ずかしかった。

 

そのため頬をポリポリとかきながら視線を逸らすと、希の隣に積み重なった布が見えた。

 

「早いな……しかも、うん……綺麗だ」

 

希の隣の山は私のものと比べて2倍程度の標高を誇っていて、その縫い目も機械で測ったように正確だ。

私も縫い物が苦手なわけではないが、練習しても希のレベルには簡単に追いつけるとは思わない。

 

「そう?えへへ、ありがと……いっぱい練習したからかなあ」

 

照れ笑いしながらも手元では針は正確に素早く動いている。そしてまた希の山は布1枚分標高を上げた。

 

「練習?縫い物が趣味なのか?」

「縫い物っていうか……花嫁修行?みたいな?小さい頃に叩き込まれたんだ」

「なるほど。ならば、黒崎裕翔は幸せ者だな」

 

花嫁修行の具体的な内容を私はあまり詳しく知らないが、この分であれば縫い物以外にも家事全般は得意であるに違いない。

草薙希を花嫁にするであろう黒崎裕翔はさぞ良い暮らしができるだろう。

そう思って言ったのだが、希本人はピンと来ていないようで不思議な顔で首を傾げていた。

 

ここに来てようやく、私は経験のなさから生じる純粋さを自分から暴露したことに気付き、慌てて訂正を試みた。

 

「あ、いや、すまない……そうだよな、今付き合っているからと言って結婚するとは限らないものな……いや、恥ずかしいな……」

「えっ、あ、いや、そういうこと⁉︎あ、あはは、ごめん、ピンとこなくって……そっかあ結婚かあ……」

 

私の顔は羞恥から熱を持ち始めていたが、草薙希の顔は将来を考えたからか赤くなっている。こういう純粋なところに黒崎裕翔も惹かれたのだろうか。

 

実際、草薙希は女としてかなりハイスペックな部類に当たると私は考えている。

笑顔が明るく、顔や体つきにも恵まれ、縫い物を始めとした家事も完璧にこなすことができる。

少々の敗北感を感じると同時に、女の身でありながら黒崎裕翔を羨ましいと感じてしまう。

 

「考えたこともなかったかなー。別に付き合ってるわけでもないし……」

「は?」

「え?」

 

呆けた顔をするのは今度は私の方だった。

 

自慢ではないが、私の成績は良好である。テストの点数では学年トップとはいかないまでも、上位陣に名を連ねているし、大学は都会の有名校を志望している。

 

その頭脳をフル回転させ、今の発言の意味を考える。数秒を要してしまったが、私は私なりに納得できる答えを出す。

 

「なんだ冗談か。いやすまない、頭が固かったかな。ははは」

「冗談じゃないよ!ホントに私とユウくんは付き合ってないもん!」

 

身を乗り出して抗議している。

付き合っていることを認めたくない思春期らしい羞恥や、黒崎裕翔と付き合っている不名誉を認めたくないような嫌悪は感じられない。

しかし、仮に仲の良い親友だとしてもあの距離感は異常である。私と彼らはまだ知り合って数ヶ月程度の付き合いではあるが、あの仲の良さを交際と言わずしてなんという。

 

そんな疑問が顔に出ていたのか、草薙希は乗り出した身を戻して人差し指をツンツンを突き合わせる。

 

「いや……佳奈ちゃんの言いたいことはわかるんだけど。小さい頃からの付き合いっていうのもあって、『好き』とか『付き合って』とか、そういうの言わないでここまで来ちゃったというか……」

「……ならば、今の関係は事実婚みたいなものか?」

「そう!それそれ、そんな感じ!」

 

2人の関係は交際と言って申し分ないが、正式に交際をしているというわけではない。

黒崎裕翔は割と日常的に好きだのマイハニーだの言っていた気もするが、そういう冗談は含めないらしい。その思考はわからないでもないが。

 

「非現実的ではあるが、そういう関係もあるのか……。それならば、結婚に目が向いていないのもしょうがないか」

「あー、うん……。よくわかんないかな……高校生だし。でも……」

 

その言葉の続きは鳴り響いたチャイムと、同時に開いた扉の音で遮られた。入ってきたのは件の黒崎裕翔だった。

 

「ん?……希、照れてる?」

「え、あ、いや、別に⁉︎も、もう下校時間かー、片付けなきゃー!」

 

ジトッとした目を向けると黒崎裕翔は首を傾げている。

 

「な、なに?」

「いや、なんでもない」

 

立ち上がって慌ただしく片付けをしている草薙希の側に身を寄せ、耳元に口を寄せる。

 

「か、佳奈ちゃん?」

「ん、いや……なんというか」

 

経験のない自分が上から目線で助言をするのも如何なものだろうか。少し躊躇ったが、脳裏に妹の顔がよぎった。

 

「言いたいことは早めに言ったほうがいい。今まで機会のなかったなら尚更な」

「ど、どうして?」

「それは……このままだと、ずっと事実婚状態のままになりかねないだろう」

「そ、それはやだな……」

「だろう?」

 

別れは突然にやってくるのだから、とは言えなかった。だから、不慣れな冗談でお茶を濁す。

 

片付けを終え、教室の施錠を済ますとチラリと草薙希に目配せをする。顔色は変わっていなかったが、前髪を弄っているあたりから動揺が見て取れる。

 

「私は先に鍵を返してくる。玄関で少し待っていてくれ」

 

そう言って足早に階段を降り始めた。

 

私には皇真奈という妹がいるが、2年前に家出をしたきり帰ってこない。真奈は私とは似ても似つかない自由人で、好きなことに関してはどこまでも知識を得ようとし、興味のないことにはとことん手を出さない。

あの頃は熱中できる何かを見つけたらしく、学校もサボり気味に何かを研究している姿は覚えている。

 

真奈はある日外出してから2度と家には帰ってくることはなかった。

警察にも届け出を出して捜索をしてもらったが手掛かりさえ掴めず、事故や事件に巻き込まれた可能性も考慮された。

それでも真奈が生きていると信じられるのは、時折真奈の筆跡で手紙が届くからだ。

 

今真奈が何をしているのか、何に興味を持っているのか、私は何も知らない。知らないのは姉妹という関係に甘えてわかった気になっていたせいだ。

 

「失礼します」

 

ノックをしてから職員室に入るが、中には誰もいない。明かりの付いているPCは少なく、そのPCの持ち主も見回りやら何やらで席を外しているのだろう。

 

「失礼しました」

 

鍵を返却して扉を閉めると、廊下を歩いている人影が目に入った。

あの2人かと思い目線を向ければ、意外にも佇んでいたのは身長150cm程度の少女だった。

下級生かと思ったが、服が制服ではない。夏も近いというのに長袖のシャツと裾の長いズボンを履き、首をマフラーで覆ってニット帽を被り、手袋までしている。

 

「迷い込んだのか?玄関はあそこだ。早く帰るといい」

 

玄関を指さしたが、少女は回れ右をして玄関から遠ざかるように歩き出した。

少々おふざけにしてはたちが悪い。少しキツく言ってやる必要があるようだ。

 

「待て。学校は遊び場じゃ……痛っ!」

 

肩を掴んだが、手に鋭い痛みが走って引っ込める。

傷は深くはないが、手を横切るように走った切り傷は肩を掴んだだけでつけられる傷ではない。

 

ゆっくりと少女が振り返る。その顔には仮面が付けられていた。お祭りで売っているような、安物の仮面だ。

 

「なんだ……お前……?」

 

怯えと不気味さに後ずさった瞬間、私の体は車が衝突したような衝撃を味わい、遙か後方へ吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

希の様子が変である。

どう見ても落ち着きがないのだが、委員長に何かを吹き込まれたのだろうか?

とはいえ聞いても教えてはくれないだろうし、ひとまずは黙って一緒に歩く。

 

「……ああ、そうだ希。父さんからの手助けの件なんだが、晴太郎さんと桜さんが来てくれるらしい」

 

父である黒崎匠の職業は神主であり、憑物や憑喪神の保護を行なっている。憑物関連の業界ではそれなりに力を持ち、顔も広い。その力を活かして今は教会に対して圧力をかけようとしている。

 

しかし想いの光教会はまだ規模としては小さい組織ではあり、それ故に腰が軽く、行動に予想がつかない。父さんが教会と話をつけ終わるまでに次なる襲撃が来る可能性も大いにあった。そのための助っ人である。

 

波戸晴太郎と鳳凰院桜は2人とも強力な憑喪神であり、しかもコンビネーションは抜群である。もし2人が揃えば俺と希のペアであろうと勝ち目はないだろう。

 

「あ、ああそうなんだ。そっか……心強いね」

 

想いの光教会とのファーストコンタクトは家に信者が訪ねてきたことだった。憑物とは無縁の一般人だったが、今思えばアレは偵察を兼ねていたのだろう。

こんな田舎の、しかも特に住宅地もない地域をわざわざ訪ねに来たことを不審に思い、連絡しなければキャサリンとの戦いは負けはしなくとも、大きな傷を残すものとなっていただろう。

 

結局キャサリンの万華鏡は回収し、しばらくは保管するつもりだ。教会との戦いが終われば父さんに保護してもらう。

 

「ただあれから特におかしなこともないし、杞憂になるかもな」

「うん……それが一番いいね」

 

横目で希を盗み見るが、やはり集中していないというか、他のことに意識を割いているように感じる。歩みの速度は段々と遅くなり、手はますます忙しなく動いてきている。

 

「なあ、どうしたんだ希?なんかおかしいぞ?」

 

玄関までたどり着いたところでいよいよ我慢できなくなって訪ねた。

真っ直ぐ希の顔を見るとほんのり色づいているように見える。

 

「な、なんでも……ううん。なんでも……ある……」

「教えてくれないか?もしかしたら力に……」

「あっ、あのねっ!」

 

一転して身を寄せてくる。今度はこっちがどぎまぎし始めてしまった。

 

「今更かもしれないんだけど……やっぱり、言葉にした方がいいかと思って。お、お互い気持ちはわかってると思うんだけど、その……」

 

思い詰めたように深呼吸をしてから口を開いた。

 

「わ、私……ユウくんのこと……す、好っ」

 

希の言葉が聞こえるより先に、何か大きな物体が希の背中側を飛んで行った。

物体は壁にぶつかると枯れ木をへし折ったような音を大量に奏で、続いて飛んできた尖った何かが物体を貫き、磔にする。

 

「っ……⁉︎」

 

磔にされていたのは、委員長だった。

 

「佳奈ちゃんっ!」

「委員長っ!」

 

希がいち早く委員長に駆け寄って刃物を抜いてやると、ぐったりと倒れてしまう。

 

「佳奈ちゃん、しっかりして!佳奈ちゃん!」

 

辛うじて息はあるようだが、凄まじい重症には変わりない。一刻も早く処置をしなければ命の危険があった。

 

「待て、希」

 

携帯を取り出して救急車を呼ぼうとしていた希を止める。既に俺の目線は委員長を吹き飛ばした犯人に吸い込まれていた。

 

「通報よりもアレを倒すのが先だ。でなきゃ、俺たちもやられる」

 

仮面を被った異様な雰囲気の少女がこちらへ歩いてくる。その手には包丁が握られていた。

 

「ぁ……あ、ぅ……」

「……待ってて、佳奈ちゃん。すぐ助けるから」

 

俺と希が手を繋ぐと希の姿は刀へと変わる。

手加減をする気は毛頭なかった。


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