俺の相棒は美人で無敵の即死持ち妖刀憑喪神   作:歌舞伎役者

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書き溜めはここまでになります。
次回以降は数週間に1話のペースで進めていきたいと思います。


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皇佳奈の鋭敏な兎の耳はガサガサと茂みが揺れる微かな音を逃さなかった。方角は体育館の裏のさらに奥、学校の裏山方面。

 

「そこか……!」

「ええ、そちらです。私たちも行きましょう」

 

軽く微笑んだ桜の顔は女の佳奈でさえも変な気を起こしそうになる。頭を振って正気を取り戻してから裏山へと踏み出そうとすると、桜が着物姿であることに気づく。

 

「あの……おぶっていきましょうか。その服や靴で裏山の獣道は厳しいかと思います」

「お気遣いありがとうございます。ですが、気持ちだけ受け取っておきますね」

 

そう言うと桜はふわりと宙に浮き、滑るように山へと向かっていく。それどころか桜の進路上にある枝葉や石などの障害は全て横へとよけられていく。

その姿を佳奈は唖然として見ているだけだった。

 

「……?佳奈さん?」

「あ、あっ、はい」

 

不思議なことに佳奈の進行方向の枝葉もどけられていく。歩きやすいことこの上ない。

佳奈が裏山に踏み出していくと、動きを止められていた少女の分身はドロドロと液体になって消え、腹の中に収められた爆弾だけが残った。

 

不可思議な能力だ。そもそも桜が憑物使いなのか憑喪神なのかもわからないが、空中に体を固定し、鋼鉄の皮膚を持つ少女にダメージを与える能力……只者ではないことは明らかだった。

 

兎の足は跳躍には向いているが歩くには向かない。一旦変身を解除して桜の後をついていく。

 

「あの……この先で戦っているのはどんな人なんですか?」

「晴太郎さんですか?ちょっと飄々としたところはありますが、お優しい方ですよ。それに……」

「それに?」

「とても強いお方です」

 

 

 

少女の左手には指一本程度の穴が空き、同時に左手に握っていたスイッチも砕けてしまっている。落下の衝撃と手を撃ち抜かれた痛みで頭が回らないまま、自分に拳銃を突きつけている青年を見る。

 

「お嬢ちゃん、名前はなんていうんだ?」

 

ニヤニヤと笑う晴太郎の顔を見ていると屈辱と不快感で顔が歪む。

 

「………」

「なあ、答えてくれたっていいだろ?」

「………花子」

「嘘ついてんじゃねーよ」

 

左手にもう1つ風穴が空いた。痛みで叫びたくなる衝動を抑えて歯を食いしばる。

 

少女には疑問があった。晴太郎と名乗る青年が持っている拳銃からは銃声がしないのだ。

少女も裏の人間、おおよその銃の種類は知っているし特性も抑えている。当然銃にはサプレッサーと呼ばれる銃声を抑える器具を取り付けることは可能だということも知っているが、晴太郎の銃にそのような装置は見当たらない。

そもそもサプレッサーがついていてもある程度銃声は響くはずだし、撃鉄が横についている独特の形状も少女の知るところではない。

 

「鎌倉緑……生きていれば現在小学5年生。2年前に行方不明になって以来捜索依頼が出ている。それがお前だろ?」

「……わかっているのに聞かないでよ、それって凄く……無駄なことじゃない?」

「わかった上で聞いてんだよ。お前の体は間違いなく鎌倉緑のものだが……中身はまるで別物だ」

 

再び銃口が頭に押しつけられる。銃口が持った熱で頭が焦げた。

 

「なあ、お前は誰だよ?答えろよ」

「……なによそれ。私は私、鎌倉緑よ」

「おい、勘違いすんなよ。どっちの立場が上か……言わなきゃわかんねえか?」

 

なかなかムカつく男だ。緑は思わず舌打ちをしてしまう。

 

だが、時間稼ぎの会話は上手くいった。晴太郎を見上げてニヤリと笑ってみせる。

 

「私は……どんな拷問を受けても仲間を売りはしないわ。信仰心ゆえに。だから……早く私を殺してしまえばよかったのに」

「っ!」

 

草むらから3人の分身が襲いかかった。あらかじめ周辺の警護に置いていた分身を呼び戻しておいたのだ。

 

体に武器を仕込む時間はなかったが、ほとんどの攻撃を寄せ付けず剛力を持つ分身はそれだけで脅威だ。しかも痛みや恐れを知らない。

 

「私の警護もできなかった役立たずの分身たちは、せめて足止めだけでもしておきなさい!」

 

押し倒された晴太郎を尻目に急いで山の奥へ逃げていく。作戦は失敗したが、汚名挽回のチャンスはいくらでもある。今やってはいけないのは私が死に、憑物が敵の手に渡ってしまうことだ。

 

しかし、あらかじめ決めていた逃走ルートへ走り出した矢先、緑の横を転がってきたのは分身のうちの1人だった。

 

「………!」

 

しかも全身の関節が異様な方向に捻じ曲がってしまい、動くこともままならずにピクピクと震えている。

 

「憑物や憑喪神の戦いは情報戦とほぼ同義だ。如何に相手の能力を知り、自分の能力を明かさないか……だろ?だから、裕翔くんは苦戦を強いられたわけだ」

 

振り向くと晴太郎は傷一つなく立っていて、その脇には残り2人の分身が倒れ込んでいる。

 

「な、にを……した……」

「難しい話じゃねえよ。皮膚に攻撃が通らないならその内側、肉体を直接痛めつければいい。前もそうやってやられたんだろ?」

 

全身の関節が壊れた分身が消える。

 

「それは日本の空手で習った。どんなに剛力でも、関節の防御は難しい」

 

2人目の分身は口から血反吐を吐いて動けなくなっている。

 

「これは中国拳法だ。発勁ってヤツだな。体の外よりも内側が深く傷つく」

 

3人目の分身は立ち上がろうとしても手足が震えて起き上がることができないでいる。

 

「これはボクシングだな。脳みそが揺れると人間は上手く動くことができない」

 

3人の分身をもってしても晴太郎には傷をつけることができず、時間を稼ぐこともできない。

もはや無傷で逃げ切ることは不可能であると、緑は舌打ちの後に覚悟を決める。

 

「出したな、それがお前の憑物か」

 

緑が懐から取り出したのは三面鏡の憑物。それを開き、自らの姿を鏡に映し出す。

 

「鏡よ鏡、貴方の力が借りたいの!」

 

緑が呼びかけると鏡の中からゾンビのような女の上半身が出てくる。皮膚や肉が削げ落ち、長い髪がほんの数本ぶら下がっているだけの醜い女。

 

「私の力が借りたいの?」

「そうよ、貴方の力が借りたいの」

「なら、貴方は私に何をくれるの?」

 

緑はその問いに僅かに返答が詰まり、同時にこちらに憑物を発動させまいと走り出した晴太郎を見て口を開く。

 

「この左腕を捧げるわ!だから早く!」

「ありがとう……貴方の左腕を貰うわ。代わりに貴方を5人あげるわね」

 

女が少女の左腕を掴んで鏡の中に引きずりこもうとする。

 

しかし緑は自分で望んだこととはいえ、自分の腕を失う恐れを打ち消し切ることができなかった。残った右腕で女の手を掴んで抵抗してしまう。

 

「どうして……?くれるんじゃないの?」

「あ、あげるわよ!さっさと持っていって……!」

 

その葛藤は晴太郎にとって大きすぎる隙だった。

2人の距離はまだ3mほど離れていたが、晴太郎の手のひらから長槍が飛び出す。

 

「あっ……!」

 

咄嗟に避けた緑の左肩を槍は貫き、辛うじて繋がっていた左腕を鏡の女が引きちぎる。

 

「ふふ、ありがと……」

「う、あ、あああああああっ!」

(クソ、発動しちまったか……!)

 

鏡の中から5人の分身が飛び出した。

しかし分身は本体からの指示がないからか飛び出しただけで動くことはなく、その間をすり抜けて地面に転がった三面鏡を晴太郎が拾い上げる。

 

「これが分身を作り出す憑物か……悪いが、奪わせてもらうぞ」

「………か……」

 

緑は腕を失った痛みが激しいのか、地面に転がって動けずにいる。その出血もおびただしいものであり、放っておけば絶命することは間違いないだろう。

だがその血走った目からは狂気が迸っており、まだ戦いをやめるつもりはないことがわかる。

 

「渡す、ものか……」

「……やめとけよ。これ以上やったって無駄ってのはわかるだろ」

「か、鏡よ鏡……お前の力を貸せぇぇッ!」

 

再び鏡の中から屍人が現れた。しかし屍人の左腕だけは瑞々しい肌に覆われた生きている人間のそれと化している。

 

「おい……!マジでやめろよ、それ以上やってなんになる!今すぐ逃げちまえば俺はそれでいいんだ!」

「私の力が借りたいの?」

 

晴太郎の制止を無視して悪魔の取引が始まる。

 

「私の光を半分やる……!持っていけッ!」

「ありがとう……貰っていくわね」

 

屍人の腕が伸び、緑の左目を引きちぎって持っていく。屍人の眼孔に緑の左目がピッタリとはまった時、鏡の中から6人の分身が飛び出す。

 

「んの、馬鹿野郎……ッ!」

「お前たちはそいつを抑えてろ……!残りはこっちに来い!」

 

6人の分身が晴太郎に襲いかかり、最初に生み出された5人の分身は緑を中心に集まる。

晴太郎が6人の分身の処理に多少なりとも時間がかかっている隙に緑が懐から2つ目の憑物ーーー懐中時計の憑物を取り出した。

 

(あいつ、憑物を2つも!)

「お前たちの……皮膚の状態変化の時を遅らせる。なんとしても、あいつから三面鏡を取り戻せ……!いいなッ!」

 

頷いた分身が次の瞬間には晴太郎に襲いかかっている。

そして本体は痛む体に鞭打って逃走ルートを進み始める。

 

(くそっ、あの鏡にここまで捧げるつもりはなかったのに……!)

 

緑は懐中時計で自分の血が乾くまでの時を操り、簡易的な止血を行う。このまま治癒までの時間を加速し続ければ再生はしなくとも傷や痛みは癒える。

 

しかし失った血を取り戻すことはできない。ある程度の距離を離したところで足がふらつき、大木に背を預ける。

 

(今は、退いて……鏡は奪われても……)

 

そして再び歩き出した時、ふと足が少しも進まなくなる。不思議に思い見下ろすと、自分の胸から刀が生えていた。

 

「あ、な………?」

「だから言っただろうが……無駄なんだよ、馬鹿野郎」

 

刀が生えているのではなく、自分の胸が刀に貫かれていたと緑が認識した時、緑の意識は既に闇の中だった。

 

数が多かろうと、晴太郎にとって分身は簡単にいなせる程度の障害でしかなかった。伊達に数百年に及ぶ生涯のほとんどを武術に捧げていない。

緑の手に握られた懐中時計を奪い去ってその場を去る。

 

 

 

倒れた緑の元へ神父がたどり着いたのはその数分後だった。

 

「…………やはり、信用に値しないな、人間。だが、まだ利用価値はある」

 

神父の体がまるでスライムのように溶け、緑を包み込んだ。そしてそのまま地面に染み込むようにしてその姿を消した。




懐中時計の憑物

能力ーー物体の状態変化の時間を操ることができる。時間を操るためには物体に触れなければならないが、自分が一度でも触ったものであれば触らなくてもいつでもコントロールすることができる。
性質ーー祈8呪2
代償ーー体年齢が死期へと近づいていく。年老いた者が持てば老化が加速し、若い者が使えば若返っていく。
成り立ちーーイギリスのとある職人が作り上げた懐中時計。とても良い出来だったため代々家宝として家を継ぐ者に受け継がれていき、その一族の祈りが懐中時計を憑物へと変えた。ただし何者かによって奪われた後はその能力を悪用されたため、性質が若干呪い寄りになった。

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