大正に縁壱さんが生まれ変わる話   作:ラゼ

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前編

 ──産屋敷邸。そこは鬼を狩る組織『鬼殺隊』の本拠地であり、全ての隊士に対する命令の発信元だ。それ故に建物の場所は秘匿されており、情報が漏れぬよう細心の注意が払われている。特に鬼の活動する時間帯である夜間は、どのような隊士、あるいは『隠』であっても出入りは制限される。

 

 どれだけ信の置ける者であっても、血鬼術の種類によっては追跡される可能性が捨てきれず、だからこそ産屋敷邸を訪ねる人間は、昼間の時間帯がほぼ全てである。しかし今日という日は、少しばかり様子が違っていた。

 

 『柱合会議』と呼ばれる、最高位の実力者たちによる会議。任務により多忙な彼等の日程を細かく調整し、年に二回のみ行われる特別な日だ。日中に集合した九人の柱と、それを束ねる最高責任者──『産屋敷耀哉』。彼等の話し合いは夜半にまで及び、ここ半年で知り得た情報などを交換し合っている。

 

 会議は屋敷の縁側に面した座敷で行われ、障子を開ければすぐそこに庭園がある。洋式の文化が流入し、夜の闇も人工の光が照らし出す大正時代──しかし生活様式までがすぐさま変化する訳ではない。

 

 特に建築物などはその最たる例だろう。寝殿造り、書院造り、数寄屋造り。どの造りの屋敷においても、陽の光を効率よく取り入れるため、使用頻度の高い部屋は外側に面していることが多い。

 

 ──最初にその気配に気付いたのは、強者揃いの『柱』の中にあってなお頭抜けた強さを持つ岩の柱『悲鳴嶼行冥』であった。

 

 彼の目は光を失って久しいが、その分、それ以外の気配には敏感だ。当主たる耀哉と、その横に侍る二人の子供を庇うように障子の前に立ち、自身の武器である斧と鉄球を構えた。

 

 他の柱は、彼の行動を理解するのに数瞬ほど要したが──しかし思考が追いつくやいなや、弾かれたように立ち上がった。

 

 柱とは、その誰もが強烈な個性を持った集団だが、一つ共通するものがある。それは『産屋敷耀哉』という存在を敬い、上に立つ人間として認めているという点だ。

 

 故に彼を守ろうと防御の構えをとった者と、不審な気配に攻撃の構えをとった者に忠誠の違いはない。身を挺して守るか、敵を殺して守るか。気質の差がそれを別け、とりわけ鬼へ強烈な殺意を持つ風柱『不死川実弥』が先走ったのは必然とも言えるだろう。

 

 乱暴に障子を蹴破り、夜闇に溶ける気配を探る彼であったが、すぐにその必要もなかったことに気付く。庭にポツリと佇む少年が、怪しい気配の正体だと気付いたからだ。年の頃は十五歳ほどだろうか、腰に木剣を携えてはいるがその身なりは少々みすぼらしい。粗く削られた狐の面を被っているため、その表情はうかがい知れない。

 

「…なんだァ? テメぇは」

 

 音に敏感な者、気配に敏感な者、あるいは匂いに敏感な者──柱に至る存在というのは、常人では有り得ない感覚を持つ者が多い。その例に漏れず、不死川実弥という男も鬼の気配には聡いが、彼の感覚は目の前の少年を人間だと断じた。

 

 しかしそれ故、余計に少年がここに居る違和感が浮き彫りになる。ただの人間が迷い込むような立地ではなく、そもそも簡単に入り込めるような屋敷ではない。

 

 産屋敷の当主は、どの代においても柱の護衛を付けず、自身の命すら駒の一つとして扱うような人間ではあったが──それは危機管理を疎かにしているという訳ではない。

 

 つまり少年は自らの意思で屋敷へ入り込み、また誰にも気づかれることなく此処へ辿り着いたということだ。その事実を一分の齟齬もなく認識しているからこそ、柱たちは警戒を露わにしているのだ。

 

「…屋敷に無断で立ち入った無礼、面目次第もありませぬ。現当主である産屋敷耀哉殿におかれましては──」

「人が尋ねてんだろがァ…! 無視すんじゃねぇよオラァ!」

 

 面と向かって誰何(すいか)したというのに、自分を通り越して主に直接声をかけられたとなれば──その無礼は、激高しやすい実弥にとって看過できるものではない。

 

 不法侵入かつそれを本人が認めているというのであれば、理由を聞くのは捕縛してからでも問題はないだろう。そう考えた彼は、その乱暴な言葉とは裏腹に、少年を無傷で捕えようと素手で掴みかかった。

 

 ──しかし、その手は見事に空を切る。

 

「…っ!」

 

 腕を掴んで捕えるという、ただそれだけの動き。しかしそれを行うのが『柱』ともなれば、回避することすら容易ではない。たとえ刀を持たずとも、彼等の動きは人外のそれなのだ。

 

 だというのに、実弥の動きを完全に見切っていた少年の姿は、幼さとは無縁の──ともすれば熟練をも超える、達人の所作を感じさせた。

 

「私自身……この身の境遇を言葉のみで伝える(すべ)がない。力無き者の言葉に重みが宿る(よし)もなし……重ね重ねの無礼で申し訳ないが、手合わせ願う」

「──上等だァ!」

 

 申し訳なさそうに、しかし堂に入った様子で木剣を構える少年。殺意も敵意も発さず、けれど剣を構える少年から、実弥は一方(ひとかた)ならぬ事由(じゆう)を感じとったが──とはいえこの状況で挑まれて受けぬ道理はない。実弥は刀身を返し、峰で狙いをつけ斬りかかる。

 

 独特の呼吸音と共に、先程までとは一線を画す速度で少年へ襲い掛かる実弥。刀身を返しているとはいえ、当たれば骨折は免れない威力だ。しかしそれは恥をかかされた怒りや、意趣返しの感情からではない。先ほどの一事を持って、少年の実力を理解したからだ。

 

 ──理解したと、思っていたからだ。

 

「カハッ…!」

 

 結果だけを言えば、一合すら打ち合うことなく実弥は地に沈んだ。四肢と胴、都合五度の打ち込みによって彼は敗北し、命とすら言える刀までも傍らへ零れ落とす。離れて見ていた柱たちでさえ、少年の動きを追い切れた者は僅かであった。

 

「…其処許(そこもと)の柱も、纏めてかかってきてもらえれば有難い」

 

 常軌を逸した実力を持つ少年に、誰もが驚きを隠せない。しかし敵であるならば迎え撃つ以外の選択肢はなく、それ以外の理由があるにしても少年は剣をとったままだ。

 

 ──八人の柱は、一斉に剣を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 産屋敷家当主──産屋敷耀哉は、濡れ縁の前で平伏する少年をじっと見つめた。そして部屋へ上がるよう促しても決して頷かぬ頑なさに、何らかの罪悪感を感じ取る。

 

 戦いの直後は死屍累々の有様だった柱たちは、既に回復して耀哉の後ろに控えている。少年に僅かでも害意があれば、決死を持って戦う覚悟はあるだろう。しかし明らかな手加減と、戦闘後の介抱──そして耀哉への態度に、彼等は矛をおさめたのだ。

 

「…まずは名前を聞いていいだろうか」

 

 頭を下げたままの少年に、耀哉は静かに問いかけた。そして少しの逡巡の後、少年からは『継国縁壱』と返答が返る。

 

 その名を聞いて、耀哉は僅かに眉を上げた。鬼殺隊は数百年の間に何度も壊滅の危機を受け、伝承や歴史も失われている部分が多い──しかし『始まりの剣士』の名はまだ残っている。

 

 まさにその名を口にした少年に対し、どのような意図を持って名乗ったのかを彼は考えた。しかし毅然とした口調からは、偽名を名乗るような後ろめたさは微塵も感じられない。ならば本名なのだろうと、一つ頷いて耀哉は話を続ける。

 

「此処へ来た理由を聞いてもいいかな?」

「…日輪刀を頂きたく参りました。それと、もし鬼舞辻無惨の居場所が判明したならば……その居場所も教えて頂きたく」

「それは……鬼殺隊に入るという意思表明と受け取っていいだろうか」

「…いえ。私にはその資格がありませぬ」

「…? それは…」

 

 どういう意味だろうか、と耀哉が口にしたところで、少年はようやく顔を上げた。そして粗末な仮面に手をかけ、その顔が露わになる。

 

 ──その瞬間、耀哉以外の全員が息を呑んだ。少年の顔は、霞の名を冠した柱『時透無一郎』と瓜二つであったからだ。違いと言えば、額にある黒い痣くらいのものだろう。

 

 とはいえ耀哉自身はある程度まで予想がついていたため、驚愕もそこそこであった。時透無一郎という少年は、失われた伝承を何とか繋ぎ合わせて辿り着いた『始まりの剣士』の子孫だ。その血ゆえか鬼殺隊屈指の才能を秘めており、数か月で柱にまで上り詰めた天才である。

 

 もちろん彼以外にも子孫は存在するが、今の鬼殺隊に残った情報からでは辿り切れていない。故に耀哉は、少年がその内の子孫の一人であり、鬼殺隊が把握していなかった末裔だと推測した。

 

 それも、無一郎よりも更に血が濃い──あるいは始まりの剣士そのものとすら言える実力を持った子孫だと。

 

 しかしそれだけであれば、このような狼藉を働く理由も、『資格がない』という事情も説明がつかない。まだ聞かねばならぬ事があると、耀哉は縁壱に問いかける。

 

「資格がない、とは?」

「…かつて、過ちを犯しました。人格者であった当時の柱たちが、『自刃せよ』と責める程の」

「“当時”…?」

「私のせいで御父上を失い、代替わりされたばかりの幼いお館様と……当時の炎柱が擁護してくれましたが、それでも追放は免れず、私は鬼殺隊を去りました。たとえ時代が変わろうとも、どうしておめおめと戻れましょうか」

 

 たとえ柱と言えど、鬼殺隊にあって長く生き残ることは稀だ。そして産屋敷家の一族は代々短命であり、こちらも一代が長く続くことはない。故に今ここにいる誰もが知らぬ時代のことであると、柱たちはそう解釈した。しかし耀哉だけは(かぶり)を振って否定する。

 

「私が当主を継いだのは十年ほど前のことだ。しかし君の顔も、何かを許した覚えもない」

「…数百年も昔の時分(ゆえ)

 

 縁壱の言葉に、後ろに控えた柱たちが反応を示す。数百年も昔に生きていたと言うならば、やはり鬼なのかと訝しむ者。揶揄(からか)われているのかと不快感を示す者。『浦島太郎!』と叫んで顰蹙(ひんしゅく)を買う者。

 

 しかしその全てを受け流し、縁壱は言葉を続ける。

 

「鬼舞辻無惨を発見し……しかし一瞬の油断で奴を()がしました。その報告のため隊へ帰還した折、私の兄が鬼殺隊を裏切り鬼となったことを聞かされました。そのせいで当代のお館様が襲撃を受け、殺されたとも」

「…」

「鬼殺隊を追放された後も、鬼舞辻無惨を追い続けましたが……私が生きている間、無惨は一切表に出ることはなかった。それどころか鬼の噂さえ激減しました。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそ仮面を付け、無惨を確実に討てる年齢まで待ったのだと縁壱は言う。あまりに荒唐無稽な話ではあったが、しかし縁壱の非常識な強さがそこに信憑性を持たせた。

 

 そのために柱を叩きのめしたというなら、なるほど理にかなった行動と言えるだろう。少なくとも、最初からそんな事を言われて信じる者はいない。

 

「信じられぬのも道理。信じて頂こうとも思いませぬ。ただ、私に鬼舞辻無惨を討つ機会をくだされば──今度こそは……必ず…!」

 

 どうか、と地面に額を擦り付ける縁壱。深い悔恨を背中に滲ませる彼の姿に、到底信じられない昔語りへの疑念は徐々に薄れていった。何より、彼がその気になれば数分と経たず産屋敷邸の人間は皆殺しにできるだろう。このような話までして騙す必要性など皆無だ。

 

「──チッ」

 

 しかしそんな縁壱に対する最初の返答は、実弥が発した舌打ちであった。耀哉へ『失礼(つかまつ)る』と頭を下げた後、彼は庭へ下りて縁壱の前へと立った。

 

「気に入らねぇなァ…! テメェ一人で事は済むみてぇな顔しやがってよォ……俺らは役立たずだってかァ?」

「そうは言っていないが、護る者が居ない状況の方が戦いやすいのも事実だ」

「あ゛ァ!?」

 

 縁壱が実弥に向けた言葉を聞いて、『蟲柱』──胡蝶しのぶが手をポンと叩いた。そして同僚である冨岡義勇と縁壱の顔を何度か往復して見比べ、一つ頷いて確信を得た。『無自覚に煽る類の人種だ…』と。

 

 そしてそれとは別に、縁壱へ声を掛けるのは『岩柱』悲鳴嶼行冥。仏門に帰依していた彼にとって、輪廻転生とは既知である。もちろん仏法における輪廻転生と、縁壱が言ったような輪廻転生はまるで解釈が違うものの、似た部分はある。

 

「継国縁壱殿……貴方がどれほど強くとも、一人の人間に頼り切るのは愚かと言うものだ。我らとて鬼舞辻無惨を討つため、死線をくぐり抜け力を付けてきた」

「それは…」

「無論、そのような自尊心を優先させて足手まといになるつもりはない。しかし何事にも不測の事態はあるだろう……ほんの数秒を稼ぐため、一瞬の隙を作るため、ただそれだけのために命を賭す覚悟はある」

「…」

 

 少し悩む様子を見せた縁壱に、『恋柱』──甘露寺蜜璃が近付き、両手を取って上下にぶんぶんと振り回す。何事かと目を白黒させる彼に、蜜璃は目を光らせて声を上げた。

 

「じゃあじゃあ! みんなが縁壱さんに稽古をつけてもらえばいいんじゃないでしょうか!」

 

 能天気な声でそう宣う彼女であったが、それは心底からの発言だ。あんなに強い人に教えてもらえば、みんな強くなるに決まっている──という、彼女にとっては至極真っ当な考え方である。

 

「私は…」

「──継国縁壱殿」

 

 ギャアギャアと騒がしくなってきた状況に、耀哉の静かな声が響く。その瞬間、ピタリと柱たちは動きを止め、彼の言葉を待った。明らかに否定の声を上げようとしていた縁壱へ、耀哉は先程とは逆に──今度は自らが床へ額を当てる。

 

「…! おやめください、私ごときにそのような──」

「死んでなお鬼舞辻無惨を討つために生まれ変わる……ならば、それはきっと貴方の宿命だ。そしてそれは産屋敷家の宿願であり、鬼殺の隊士全ての悲願でもある。どうか──お力添えをさせて頂きたい」

 

 是と言うまで頭は上げぬと、言外にそう感じ取った縁壱。恩ある産屋敷の血筋にそのような態度を取らせてしまうのは、彼にとって非常に心苦しく──耀哉に倣うように頭を下げた柱たちの姿まで見てしまっては、否と言える筈もないだろう。了解の声と共に彼もまた同じく頭を下げた。

 

 ──全員が土下座する奇妙な空間ができた、そんな一晩のことである。

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