影武者華琳様   作:柚子餅

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54.『地和、敵を知るのこと』

 

 

 会場の四方から流れ出る音楽。妖術によって増幅された歌声。『数え役満☆姉妹』の公演で、これまで例外なく黄一色で埋め尽くされていた客席は、今日また違った様相を呈している。

 舞台の上も三人から四人となったことで立ち位置が変わり、また偶数になったことで振り付けも新たに作り直されている。歌詞を全部歌い終え、曲の余韻も消えたところで四人は舞台中央に集まった。

 

「はぁい、それじゃ始めの曲も終わったことだし、いつものいこっかー? 準備はいいかなぁー?」

 

 歌い終えたばかりの天和が息を弾ませながら、手首に巻いた桃色の布を解いて頭上に掲げた。いつもなら前フリもなく突然に呼びかけるところ、わざわざ準備が整っているかを確認したのは今回が初めての試みになるからだ。

 

「せーっの、みんなだいすきー?」

『てんほーーちゃーーん!!』

 

 桃色基調で作られた衣装の開けた胸元は、同じく桃色のレース生地で彩られている。いつものように観客へと呼びかけると、大音量での返答が戻ってきた。

 違うのは観客席の中からばらばらと、天和が掲げた布と同じ桃色の手ぬぐいが掲げられていることだ。

 

「みんなのいもうとー?」

『ちーほーーちゃーーん!!』

 

 呼びかけと共に緑色基調の衣装を着た地和が腕の布を解いて頭上に掲げる。姉妹毎に衣装は違うが、胸元がレースで覆われている意匠だけは姉妹で共通となっている。

 今度は緑色で染められた手ぬぐいが客席で掲げられた。これで、客席の半分ほどが桃色と緑色で埋まった。

 

「とってもかわいいー?」

『れんほーーちゃーーん!!』

「やさしさいっぱいー?」

『こーーざんちゃーーん!!』

 

 さらに人和が青色、公山が赤色と続けば、同色が客席に生まれていく。この時ばかりは黄色が下地となって、観客席に桃・緑・青・赤・黄と色様々な光景が広がることとなる。

 公山の赤の割合が明らかに少ないが、こればかりは仕方がないことだろう。拓実からすれば他の姉妹たちに負けないよう、声を張り上げてくれる者たちがいるだけありがたいことだった。

 

「わあ、すごーい! 一回で上手くいったねぇ」

「きれい……」

 

 天和、人和が目をぱちくりさせて観客席を見渡している。地和も言葉にこそ出さないがにんまりと笑みを浮かべて満足そうに眺めている。

 公認会報誌『数え役満☆会報』を通して新たな義妹である公山の加入と、天地人公姉妹にはそれぞれ色が割り振られたことが発表され、姉妹の中の一人を特別に応援している者は黄色の布とは別にもう一色の色布を身につけることが推奨されていた。

 それに合わせて『数え役満☆姉妹』の衣装も一新され、黄色と白を基に、個人色を全面に押し出した配色となっている。全員の胸元に試作品であった筈のレース生地をあしらっているのは、天和が気に入って姉妹おそろいにしたいとの長姉強権が発動したからである。おかげで拓実は一時期、舞台稽古の休憩時間にも刺繍をする羽目になっていた。

 

「ええっと、こないだの公演に来られなかった人に説明すると、前回からこの新衣装になったんだよね? れんほーちゃん?」

「そうね、天和姉さん。会報でお知らせしていた通り、黄色を旗印にしてきた『数え役満☆姉妹』だけれど、それとは別に私たちが好きな色をもっとみんなに知ってもらいたい。ということで今後、それぞれの色で私たちが考案する小物や雑貨を会場で販売できるよう企画しています」

 

 くるりとその場で回った天和が「ちなみに衣装の方は、こぉちゃんのお手製でーす! ありがとー!」と小さく拍手している。

 それを受けて「かわいいー」と感嘆する声が、客席から拍手の音と共に届いてくる。

 

「それに先駆けて、という訳でもないんですけど、本日は私たちの花押(かおう)*1つき手ぬぐいを各色少量ですけど販売してますから、色布の用意が間に合わなかった人は良かったら売店で手に取ってみてくださーい!」

 

 拓実がそう補足すると、ばらばらと手ぬぐいが掲げられた。どうやら既に買ってくれた信者たちなのだろう。

 次いで観客席から「買おうとしたけどもう全部売り切れてたよーー!!」と声が飛んできた。

 

「ええっ、もう売り切れたの? 私の書いたのも、全部?」

「今回は布を染められる塗料が間に合わなくて納品が遅れた上に、私たちも公演前で数を書くまとまった時間もなかったから……」

「あー、そうだよねぇ。買えなかったみんな、ごめんねぇー」

「ま、次の公演までにもっと書いておくから、その時はちゃーんとちぃの手ぬぐい、手に入れてよね!」

 

 拓実、人和、天和、地和と舞台の上でわちゃわちゃしている間にも、花押が姉妹の直筆ということで、観客席が大きくどよめいていた。ところどころから「嘘!?」「欲しかったー!」などと慟哭まで聞こえている。この様子であれば自前で手ぬぐいを用意してきた信者たちも花押つきのを購入していくことだろう。

 

「あーあ、こんなことになるなられんほーも速達料金ケチらなければよかったんじゃない? そしたらもっと数が……れんほー?」

「ふふ……これなら花押を書いたら書いただけ、手ぬぐいも塗料も追加で発注しておかないと、ふふふふ……」

 

 地和が問いかけても返事が返ってこない。見れば、目の色を変えた信者たちの様子に人和はほくそ笑んでぶつぶつと何事か呟いていた。眼鏡がキラリと怪しく反射している。最近また資金繰りが厳しかったので、思わぬ商機に商売っ気が疼いてしまったようだ。

 

「あらま。れんほーちゃんてば自分の世界に入っちゃった」

「相変わらずれんほーのツボってよくわかんないわね」

「あはは……私はちょっとだけ人和ちゃんの気持ちがわかるかも」

 

 天和、地和、拓実と三者三様、大小あれ呆れた様子を隠そうともせず、そうしているうちに天和がこほんと咳払いを一つ。

 

「れんほーちゃんが戻ってこないと次の曲にもいけないし、しょうがないからこぉちゃんに場を持たせてもらおー! わー、ぱちぱち!」

「えぇ? ……え、もしかして、また!? またやらなきゃなの!?」

「ちょ、ちょちょ、ちょっとまって! またって、それ、ちぃのセリフなんだけど!? やられるこっちの身になってよ!! 被害大きいの絶対ちぃのほうじゃない!!」

 

 天和の含みのある一言で拓実は苦み走った顔になり、地和は眉尻を吊り上げて必死に制止の声を上げる。

 これから何が始まるのか気づいて、観客席が「おおおお!!」と一斉に色めきだった。会場全体から拍手が巻き起こり、そして拓実の声が聞こえるようにと勝手に静まっていく。期待の視線が拓実へと集中する。完全にやらなきゃ収まりがつかない空気であった。

 

「ほらほらー、みんなも待ってるみたいだよ?」

「……もう! わーかーりーまーしーた! ちょっとだけですからね!」

「わかんないでよ! 考え直せー!」

 

 前回の公演でも、四人が揃って何事もなく三曲ほど歌い、対談と告知を終え、後は幕を下ろすだけ、という終盤で観客席からシュプレヒコールが巻き起こった。会場中から唱和された言葉は『声まね』である。人和と公山の二人公演での声まねの完成度を聞きつけた他の信者たちがぜひ聞いてみたいと声を上げたのだ。

 つまり劉岱は、一部の公山推し信者以外からは歌手というより半ばものまね芸人扱いされているようなのである。

 

「一番、公山。声まね。絶対地和ちゃんが言わないセリフ」

「何それ知らない! なんで新しいネタ作ってんのアンタ!?」

 

 喚き散らす地和を脇に置いて、すっと息を吸い込んだ拓実は意識を切り替える。

 絶対言わない、ということは普段の地和とは真逆の行動パターンを想像すればいいのだ。

 

「天和姉さん、れんほー。朝ご飯できたわよー。ほら、いつまでも寝てないでさっさと起きなさいよ! もう、洗濯物は午前中に済ませたいから早めに出しておいてっていつも言ってるのに。まったく二人してだらしがないんだから!」

 

 拓実は、地和の声まねに関しては非の打ち所のない出来であると声を大にして言える。声質から抑揚から、ほぼ聞き分けができないほどの精度を出せている筈である。

 事実、観客席からは唸るような感嘆の声が響いてくる。そして、『絶対に言わないセリフ』という意味を理解してクスクスと笑い声が漏れてくる。

 拓実がやりきった顔を向けてみれば、それまで顔を真赤にして文句をつけていた地和が不自然な笑顔を浮かべていた。口元も目元もひくひく引きつっている。

 

「それ、どういう意味なのかしらぁ?」

「…………」

「なんで黙ってるの? ねえ、こぉおざぁ~ん~?」

 

 こちらにじりじりと近寄ってくる地和をよく見れば、笑顔が崩れてきてまったく笑ってない瞳が拓実を射抜いている。アイドルという概念すら存在していないというのに、信者に見せちゃいけない表情を絶対に作らないのは流石である。

 それはそれとして、腰が引けている拓実と普段あまり見せない地和の姿に、客席からは笑声が上がっている。

 

「ふ、ぷふっ! あははっ! ほんとちぃちゃんにそっくり! 確かにちぃちゃん絶対言わないかもだし」

「天和姉さん!! それじゃまるでちぃが早起きも料理も洗濯も出来ないみたいじゃない!」

「……うーん、お姉ちゃんのほうが寝坊はするけど、流石に料理はちぃちゃんに絶対に負けることないだろうし。ねぇ、れんほーちゃん?」

「そうね。家事に関してはちぃ姉さんに負けることはないかも」

「うそ!? えっと、れんほーにだって一つぐらい、は……」

 

 地和は「料理、洗濯、掃除、繕い物……」と指折り数えて途中で動かなくなった。

 

「――――さあ! そんなことはどうでもいいわ! 人和も戻ってきたみたいだし、時間もないからそろそろ次の曲に行くわよ! 次は『乙女のチカラ』ね! はいっ!」

「誤魔化したわね、ちぃ姉さん」

「一人で歌っているところではみんなも一緒に頭の上で手ぬぐい振ってくださいねー!」

 

 構わず地和が指を鳴らすと音楽が流れ始める。観客へ一緒に盛り上がろうと声を掛けながら、拓実は声まねが公演での恒例行事にならないことを祈っていた。

 

 

 

 

 

「ああ、もうっ! イライラする!」

 

 公演を終え帰宅した地和は、自室に入るなり着ていた外套と上着を叩きつけるように寝台へと投げ捨てた。劉岱が加入してから何故か地和がイジられるようになっているというのも不機嫌にさせている原因であったが、そんなことよりも看過できないことがある。今回の公演で改めて発表された姉妹の色設定、姉妹各自考案の小物販売、そして曲に合わせて信者を参加させる案など、全てが劉岱の発案によるものだった。これまでそういったことを主導していたのは地和で、その役割を奪われた心持ちなのである。この一月の間は思い通りにならないことが立て続けで、張三姉妹の名を捨て、天地人三姉妹を名乗り始めてからはずっと順風満帆だっただけに苛立ちも大きい。

 上半身下着姿のままで荒く息を吐きだし、寝台に広がった上着をにらみつける。……舞台衣装に天和が無理を言ってつけさせていた麗衣透(れえす)生地は、鮮やかな見た目もさることながら何より大陸中探しても同じものはない特注品である。伝え聞くところによると遥か西方の大秦国*2には似た織物があるという話だが、こうも見事な刺繍であるなら帝に献上されていてもおかしくない。それを『数え役満☆姉妹』だけで独占しているという優越感もあって、決して口には出さないけれども地和のお気に入りであった。

 

「……ふんっ」

 

 ついでにこれを手がけた少女の顔が脳裏に浮かんできて地和は渋面を作る。いけ好かない奴の作ったものだけれども、衣装に罪はない。本職ではない為に細かいところに粗はあるが、これまでにない斬新な意匠は『数え役満☆姉妹』にぴったりと噛み合っていた。済南の古臭い針職人たちでは十年掛けようと同等のものを着想して作り上げるのは不可能だろう。本人はあくまで趣味などと言っていたが、こうして流行の最先端を担える感性があるのだからその道に進めば一廉の人物となってもおかしくはない。いっそ、そちらへ進んでいてくれたらどれほど良かったことか。

 上着を拾い上げると埃を払って畳んで脇に寄せ、改めて寝台のど真ん中に乱暴に腰掛けた。

 

 そうして地和は改めて考え始める――ここ最近の不調について。ケチのつき始めはいったいどこからだったか。熟考するまでもなく、太平道の導師に招かれて出席したあの催しだろうと思い当たった。あれがとんだ期待はずれだったのだ。

 大勢の参加者たちで飲んで歌って盛り上がっての村祭りのようなものを予想していたのに、蓋をあけてみれば信者たちが集って山の(ふもと)で儀式を執り行うだけ。あわよくば一曲披露して信者獲得を目論んでいた地和も、あの(おごそ)かな空気の中で歌って踊るのは流石に無理だった。天和と二人、二言三言発言した後は置物のように座っていただけだ。

 そうして気鬱なまま済南へと帰ってくると、地和の知らないうちに妹が増えていたことを聞かされることとなる。……確かに地和は太平道への伝手ばかりに目がくらんで、済南で公演を予定していたのをド忘れしていた。姉妹三人分の席を申し出たところで急に人和が済南に残ると言い出し、遅れてそれを思い出して血の気が引いたのは記憶に新しい。あれは、まぁ、地和が悪かった。それは地和も認めている。さらに言えば面倒を押し付ける形になってしまった人和には本当に悪いことをしたと思ってはいるのだ。

 人和一人で公演を行うのに無理があったのだって理解している。人和に限らず、地和や天和だって同じ条件で単独公演をするとなったら難しいだろう。三人参加で予定していた為に時間が余り過ぎて、場が持たないのは明らかだった。公演自体を中止にするでもなければ、演者を増やさない限り立ち行かないのは当然である。必然的に誰かしらの手を借りるのは仕方ないにしても、だからといっていきなり義妹が生えてくることになるとは誰が予想できようか。

 

 地和に黙って事を進めていたことに関しては未だに納得が出来ていない。確かに、演者増員の相談を受けていたら間違いなく反対したことだろう。『数え役満☆姉妹』は血の繋がった姉妹による芸人一座であって、舞台の上は三人だけの聖域だと思っていた。それ故に他人が入る余地なんて存在しないと、姉妹二人もまた同じ考えだろうと思っていたのに、発起人の人和に加えて姉である天和も劉岱の加入を快諾したというのだ。

 それでもまだ一日限りの特別出演ということであれば溜飲を下げられたかもしれなかったが、義妹として正式加入させるとはいったいどういう了見なのか。地和にはそれが理解できない。ただ、こうなった原因はほぼ間違いなく地和にあったので、暴走気味ではあったが形振り構わずに公演を成功させた人和相手に強く言えないでいるのだった。

 

 

 

 ――地和は劉岱に出会った時からずっとおかしな焦燥感に駆られていた。胸の内が絶えずざわつく不快感から彼女にきつく当たっていたのを姉と妹はいつもの癇癪(かんしゃく)と相手にしていなかったが、決してそれだけのことではない。

 敵だ。生まれて初めて、地和の前に敵が現れたのだ。そして、地和はこの数ヶ月で得体の知れなかった感情をようやく認識する。これは敵愾心。地和は意識下で、一目見た瞬間からいずれ劉岱を打倒せねばならない相手であると感じ取っていたのだ。

 

 『数え役満☆姉妹』は、大陸において唯一無二の存在である。芸人でありながら大陸各地に信奉者を持つ麒麟児であり、興行師としては権力者からの庇護を受けない異端児であり、大陸芸能において前例のない特異点と言える。舞台に立ち収入を得ている為に芸人とされてはいるが、現状それ以外に当てはめる言葉が見つからない為にそうされているに過ぎない。

 帝の後宮に務める宮妓などの一部例外を除いて芸人は身分が低く、領主などに呼ばれる大規模な芸人一座でもなければ糊口を凌ぐのがやっとの生活を送っている。芸など二の次で、春を売るのを主としている一座も多い。彼らにも金持ちになりたい、大成したいという願いこそあるだろうけれど、根無し草でありその日暮らしの刹那的な生き方が身についてしまっている。そして地和には彼らのような生き方は我慢がならない。地和には大望があった。然るところに知られれば捕縛され処刑されるような大望である。

 

 同じ舞台に立つ姉――天和は唄うことと同じぐらい、他人に、特に異性に愛されチヤホヤされることを好むある意味とても女らしい人だ。そんな性格だから同性に嫌われそうなものだが、しかしそれを補って余りある長所があった。天和は、身につければ誰もが羨むような魅力的な衣装や小物を選び取る感覚が飛び抜けていて、その一点においては然しもの地和も敵わない。近年では女性服の流行を発信するまでに至っており、『数え役満☆姉妹』の女性人気は彼女に支えられている部分が大きい。

 同じ舞台に立つ妹――人和は唄うことと同じぐらい、合理的に、計画的に自分たちを売り出すことにやり甲斐を感じているヘンな奴だ。しかしその目は確かで、どうすればより聴衆から反応を得られるかを熟知している。また金遣いの荒い天和と地和の歯止めとなってくれているのも人和であり、天和・地和だけでは早々に借金漬けになり興行どころではなくなっていたことだろう。理知的でしっかり者でありながら年若である人和には何故なのか金持ちの信者が多く、土地や屋敷の権利証を貢がれていたのを見た時には驚いたものだ。とにかく、人和がいなくては『数え役満☆姉妹』は成り立たない。

 そして残る地和はといえば、唄うことと同じぐらい、己自身が輝くことに快感を覚えているのだった。幼い頃から目指すのは、女性としての美しさと少女の可愛らしさを兼ね備えた、手が届きそうで決して届かない存在。蠱惑的であり、清廉であり、愛され、崇拝されて、大陸中の人々を熱狂させる。舞台の上にあれば帝だって、あの万夫不当の飛将軍だって地和には敵わない。そんな、夜空の中にあっても一際輝ける星のような存在になりたいと、地和は小さい頃からずっと願い続けてきた。

 それが地和の理想。芸人などという小さな枠組みに収まらない、ありとあらゆる人間の中で最も愛される存在。革新的とされている『数え役満☆姉妹』の方向性はほぼ地和の着想によって定められていて、しかし他の芸人たちはおろか、姉妹にだって全てを理解してもらえない考え方であった。

 

 夢を叶える為、地和以上に舞台についてを試行錯誤してきた人間はきっといない。地和にはその自負があった。

 曲調を男女の隔てなく口ずさみやすい明るく軽やかなものに。歌詞は世代を問わず共感を得られるよう心情に訴えるものを。拍子に合わせて体を動かし、歌の合間に客とのやり取りを挟んで一体感を作り上げる。より多くの人の元へ声を響かせる為に妖術を会得し、高価な鏡を使って太陽光を舞台に集める装置を作っては効果的に自分たちを魅せる方法を考え出した。地和らが考案し限定販売している小物には『数え役満☆姉妹』を示す『黄色』を主軸において、信者たちの生活の中に置かせることで地和たちに向ける熱を日常的なものにする――――どうすればより魅力的に見せられるか、聴衆が自分たちに夢中になれるかを模索し続けてきた。

 そうして試行錯誤を繰り返した結果が今だ。駆け出しの頃に歌だけでは食い扶持すら稼げなかった地和たちが、一時には黄巾賊なる数十万人の信奉者を持つ影響力を持つに至った。……もっとも、その大半は当の張三姉妹を知らないただの賊徒集団ではあったのだが。

 とにかく、大陸最大勢力の指導者にまで上り詰めた地和だが、そこでもまだ終着点ではないと考えている。この夢には、もっと続きがある筈だ。自分たちの舞台に来ている間だけでも色々なしがらみ、苦悩、鬱屈した争いばかりの現世から開放された夢のような時間を与える。その桃源郷の中心にいるのは自分たち姉妹であり、信仰を以って彼らの神となるのだ。

 そんな神をも恐れぬ野望を抱いている地和が、唯一敵と定めているのが付き人として雇った少女、劉岱である。

 

 地和には数年に渡っての悩みがあった。芝居小屋のような数十人規模の会場ならば気にならなかったが、動員数が膨れ上がった今、歌声の方は妖術で増幅して大きく響かせることが出来るようになったものの後方の客席から舞台上の視認が難しくなっていたことだ。

 『数え役満☆姉妹』の本拠点と定めた済南に新しく舞台が作られることとなり、それに口出しができるとなったが、地和ではその問題を解決できる舞台というものがどうしても思い浮かばずにいた。それも当然のことで、長年流浪の旅芸人であった地和に舞台建造の経験などなく、言ってしまえば門外漢。こうしたいああしたいという要望はあっても実現するための知識や技術が圧倒的に不足している。

 建造案が纏まらないうちに期限が来てしまって、当時既に付き人というよりほぼ事務員になっていた劉岱にぶん投げることになった。間に合わせのそれを叩き台に駄目出しして、時間稼ぎするのが目的だったのだが、彼女が書き上げた舞台設計図はなんと地和が求めていた問題を解決していたのだ。

 

 その舞台というのが、会場の中央に丸形の高座を置き、全方位を客席で囲んだ円形劇場である。

 客席の中にも複数の高座が設けられており、同じ高さで繋がっていく通路もまた舞台上となっていて、演者がそれぞれ移動することでより多くの観客たちが地和たちを目前の距離で見られるという。おまけにその通路の下も空洞――人が通れるようになっていて、舞台裏から中央の高座まで繋がっている。演者は信者たちに姿を見せず、下から人力の昇降装置でせり上がるようにしていきなり舞台上に登場することもできるというのだ。従来は登場するのも左右の袖から歩いて現れるというのが常であったので、急に舞台上に現れるという驚きをも観客に与えられることだろう。

 これまで舞台といえば客席の前方に大きな高座を置いた長方形か扇形であった。これは演劇などをする際に正面からのみ見せられる書き割りなどの大道具、背景となる絵が描かれた幕を掛ける壁を必要とする為である。また複数の演者の入退場や大道具の出し入れ、楽器演奏者たちを配置する関係で舞台横に目隠しの幕を掛けて『袖』を作らなければならない以上、せざるを得ない構造だ。

 しかし『数え役満☆姉妹』の演目は歌舞が主であり、舞台上に持ち込むのも精々一人一つの楽器や小物ぐらいのもの。音楽だって妖術で代用することもある為に舞台裏で鳴らしたって構わない。そう、『数え役満☆姉妹』だけが使う舞台であるなら、既存の舞台のように演劇や雑技など多目的に使うことを一切考慮しなくてもよい。そういう意味では地和もまた『舞台とはこうあるもの』という固定観念に囚われていたのだろう。

 

 地和は興行にあたって常に新しい娯楽や発想を求めていて、しかし第一人者である『数え役満☆姉妹』には先人がいない為あらゆるものを自分で作り出してこなければならなかった。旧来からの歌芸と比べれば奇抜ともいえる発想で大陸中を席巻してみせた地和が、時代に先駆けた才人であることは客観的に見ても明らかだ。大陸芸能を数百年先取ったと言っても決して過言ではないだろう。無人の野を行き(わだち)を残していく達成感こそあったが、競い合える相手すらいないことに孤独を覚えたことだってある。

 そんな地和の未知への『飢え』が他者によって満たされたのは初めてのことで、そうと知った地和の驚きたるや如何許(いかばか)りか。この時ばかりは、劉岱に対する言いしれぬ不快感よりも喜びが勝った。地和と同じ世界を見ている同朋が、ここにいたのかと。

 

 喜び勇んで劉岱に『数え役満☆姉妹』の公演について意見を求めてみれば、常日頃から考えていたのだろう、待ってましたといわんばかりに顔を上気させて口早に語りだした。

 曰く「天和は桃、地和は緑、人和は青と、黄色とは別に性格に合わせた色を設定すると取っ掛かりが作りやすいのでは」、また「姉妹の各派閥の信者に対応した色の手ぬぐいを持たせ、それぞれの独唱部分で掲げて一緒に舞台を盛り上げていく」やら。他にも「抽選で姉妹一人につき数名の信者にだけ、私物に目の前で揮毫(きごう)してあげる催し物案」「小規模な会場なら勝者に賞品をつけて猜拳(じゃんけん)大会案」「公演中の僅かな時間で着替えられる衣装を試作しているので試してほしい」「会場中を暗くして、舞台だけを明るく照らせば遠い客席からでも見やすいのでは」等々、とてもじゃないが挙げきれないほどである。おそらくいずれも有用で、いくつかの案は手直しして既に取り入れているが、中にはどう考えても実現できそうにないものもある。ともかく、地和がこれまでに妖術を用いてようやく実現してきたようなトンデモ案がいくらでも劉岱から出てくるのである。

 

 そうして、すぐに地和は思い違いに気がついた。劉岱の感性は地和と質を同じくするもので、当然ながら常人とは違う。衣装の意匠もそうではあったが、殊更舞台に関わる物事においては最先端どころではなくこの時代の遥か先を生きている。そう、この地和よりも先へ、だ。

 ――これまで行商をしていただけの少女が、数万人を相手に興行経験を積んできた地和よりも具体的な展望を描けている。同じ世界を見ているはずなのに、おぼろげな輪郭を掴もうとしている地和とは鮮明さが、見渡している距離が、範囲がまるで違う。地和が進もうとしている道の先に何があるかを予知しているとしか思えない。

 きっと地和が幼い頃より努力し試行錯誤して手に入れようとしている新たな芸人のあり方さえも、劉岱は既に完成形として持っているのだろう。

 

 劉岱はいったい何者なのか。どうやって地和を先んじているのか。おそらく他の芸人たちが地和を見て、同じように思ってきただろう。理解が及ばない存在と。

 地和は、一番でなくては気が済まない。いずれ劉岱をも倒さねばならない。だというのに、敵の全容がいまだ見えていない。どう戦えばいいのかすらわからず、苛立ちばかりが募るのだ。

 

 

*1
記号のように崩したサインのこと

*2
ローマ帝国


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