第39話
その日、俺はヲ級を連れて工廠から戻っていた。明石によるヲ級のチェックが終わり、そのままどこかに行かないようにとの見張りの為なのだが、最近こうしてヲ級の見張りをしているせいで自主訓練の時間が取れないのがどうにも辛い。
まぁ、幸いヲ級は特に暴れたりすることもなく、粛々とこちらの言う事に従っているからそういう苦労はないんだが……。
そう思いながらも俺は家の前に着くと、戸を開けようとして、ふと、中から何か音が聞こえてくるのに気づいた。
「……」
耳を澄ませつつ腰を落とし、ゆっくりと戸に手をかける。そして、次の瞬間に一気に戸を開けて中に入った。
「……は?」
そこに居たのは、俺の蒲団に包まって寝ている女だった。俺が家に入った事にも気づいた様子はなく、寝息を立てている。誰だこいつ?
「……見タ事ナイ顔……チヌノコレ……?」
そう言ってヲ級は小指を立てた。おい、どっからそんな事知った?
そんなことを思いつつ、俺はヲ級の言葉を否定し、それから布団に近づき、掛布団を剥ぎ取った。
「んあ……返してえ……」
布団を剥いだ拍子に女が目を開けたが、まだ寝ぼけているようだ。
「人の布団で勝手に寝るな。お前は一体誰だ?」
「んー……私は加古……おやすみー」
そう言うと、加古は掛布団を取り返す事も諦めて枕に顔をうずめて寝息を立て始めた。おい、俺の枕だぞそれ。
「おい、起きろ。起きろっての」
加古の肩を掴んで激しく揺らすが全然起きようとしないなこいつ。仕方ない、少々強引にでも起こすしか……。
「おーい、チヌはん遊びにきたでー」
「チヌさんお邪魔します」
家の戸が開いて黒潮とまるゆが入ってきた。そして。
「……チ、チヌはんが女連れこんどるー!?」
「チ、チヌさん不潔ですー!」
大声を上げる二人を宥めなければいけなくなった。
「ああ、ちゃんと着任してる。期待に添えれるかはわからないが力は尽くす」
そう言って、電話を置いた提督は深くため息をついた。
「まさか挨拶に来るよりも早く寝に……しかもチヌの家に入って寝ているとは思わなかったぞ、加古」
「いやー、眠くてどこかいい場所がないかと探してたらつい目に入っちゃって」
俺の隣で加古が笑いながら頭を掻いてる。
「……チヌ、彼女は重巡の加古だ。以前この鎮守府で訓練を終えて別の鎮守府に異動してたんだが、見てのとおり異様なまでに寝ようとする。その為、今回こちらで鍛え直す事になったわけだ」
まぁ、昼間から誰かの家で寝るような性格じゃなぁ。
「で、だ。君にその教官役を任命する。期間は彼女を更生させるまでだ」
「……提督、お言葉ですが、艦娘の教育となれば香取が適任なのではないのですか?」
そう、この鎮守府は教育を主な目的とした鎮守府なのだから、教育するのは当然だがどうして俺が任命される?
「もちろん香取にもやってもらう。だが、香取には他にも教育する相手が居るからな……。正直、加古のあれは専属で誰かつけないと修正できないと判断されているんだよ」
「……事情はわかりましたが、私には教官の経験なんて皆無です。正直な所どうすればいいのかわからないのですが」
俺の困惑した顔に提督は少し溜息をついた。
「基本は香取の指示に従ってくれればいい。それと、当面の間君の見回りの任務から外して加古の事にその分の時間を割いてもらうから、頼んだぞ」
……なんとも反応に困るが、取りあえず俺は了解しました。と返した。