第49話
暗い、暗い、薄ぼんやりとしかあたりを見渡せない闇の中、俺は走っていた。
「待ってくれ! 行かないでくれ!」
俺の視線の先、手を伸ばす先にいるのは陸軍。俺の兄であるチハやチヘ、弟であるチトに、親戚である他の車両達。そして……大日本帝国陸軍の兵士たち。
俺は懸命に走る。彼らに置いて行かれたくなんてない、俺も加えてくれと、全力で叫び追いかける。だが追いつけない。それどころか段々離されている。
愚か者が。
その言葉が聞こえたとき、俺は足を止めた。憎悪と呪詛に満ちたその声は、彼らから発せられているのだから。
先の大戦で、我ら陸軍の多くは戦場に散り、生き残った者も何かしらの形で国に貢献した。貴様は大戦で何もできなかったくせに、今になって活躍できていると浮かれる愚か者よ。
「違う! 俺は兵器だ! 国家安寧のため、国民のため、戦うこの心にそんな考えなんてない!」
嘘をつくな。貴様の心には欲が浮かんでいる。海軍の下で改良され、無念の内に散っていった我らを忘れながら、活躍する自分に酔いしれる心がな。
「違う違う違う! 俺は、俺にはそんな心はない!」
必死の叫び。だが、陸軍は恨みと呪詛の言葉を残しながら俺を置いて行ってしまった。俺は……動けなかった。
調子に乗った愚か者が。
次に聞こえてきたのは聞き覚えのある声であった。辺りを見渡すと、そこには提督、不知火、黒潮、明石、香取、響……他にも鎮守府で会ったことのあるメンバー。それに竹下一等陸佐や、先日の陸軍の作戦で一緒に参加したメンバーが、俺を見下ろしあざけ笑っている。
戦車のくせに私たちと同じになったつもりだなんて、滑稽なものね。
先の作戦に参加した程度でいい気になっているな。あの程度の功績などたかがしれているというのに。
お前を私の鎮守府に配属させたのは間違いだったな。もはや溶かす価値すらない。
「あ……あ……」
皆の声が、俺の心に染み込んでいく。そうだ、俺は常に口にしていたじゃないか。自分は役立たずだと、戦車が海に出るなどおかしいと。なのになぜだ、なぜ「他人から言われた同じ言葉に」こんなにも打ちのめされるのか。
「俺は……俺は……!」
涙に濡れる顔を上げ、俺は声を張り上げた。
「……ヌさん……チヌさん!」
「……!」
体を揺さぶられ、俺は目を覚ます。俺の視界に入ってきたのは見慣れた天井。そして、俺を心配そうに覗き込む不知火、ヲ級、香取の三人だった。
「チヌさん、大丈夫ですか!? 随分魘されていましたよ」
「……ああ、ちょっと嫌な夢を見たようだ……」
上半身を起こして頭を振って先ほどの光景を頭から剥がそうとするが、一向に離れる様子もなく、すぐに鮮明に内容を思い出してしまう。そして、夢の中に居た不知火たちの表情が目の前の不知火達に被さりそうになるが頭を横に振って振り払う。あれは夢なのだ、目の前の不知火たちに被せるな、と心の中で言いながら。
「チヌさん、よっぽど嫌な夢を見たんですね……涙が出ていますよ」
そう言って、香取がハンカチで俺の涙を拭う。普段なら拒否するはずだが、今の俺にはその気力すらない。
「チヌ……凄イウナサレテイタ……大丈夫……?」
「ああ……なんとか……」
「チヌさん、本当に大丈夫なんですか? 今日は不知火と響と一緒に出掛ける予定ですけどやめておきますか?」
「そうね、付き添いなら私がやるから、チヌさんには今日はお休みいただいたほうが……」
「いや、大丈夫だ。香取は今日は演習の予定があったはずだろ。別に体調が悪いわけじゃないんだから、代わってもらう必要はない」
香取の提案を俺は断る。実際、夢見が悪かっただけで体調が悪いわけじゃないからな。
「そう……ですか。でも、何かあったらすぐに連絡を入れてくださいね。不知火さんも気を付けてね」
「もちろんです。何かあったらすぐに帰りますから」
俺を置いて何やら深刻な雰囲気になっている二人。いや、本当に大丈夫だからな。
「……チヌ……無理シナイデネ?」
終いにはヲ級にまで心配されてしまった。念のため近くにあった誰かが持ち込んだ鏡を見てもそんなに酷い顔をしているわけではないんだが、一体何がそんなに心配されているんだろうか?