店を出た俺は、そのまま軍人達に車に乗せられ、町を出発した。車の中では俺も軍人達も何も話さず、ただ外の光景を眺めるしかなかった。時間が経つごとに景色は変わっていき、ド田舎の寂れた風景から、徐々に都会の大きな街並みへと景色は変わっていく。そうして最終的には、こないだのニュースで見たような都会に到着していた。
そして、車はやがて一つの大きなビルの前に到着した。
「着きましたよ」
そう言うと、一尉は俺に降りるように促す。それに従い俺は車から降り、目の前にあるビルを見上げた。それは、俺の居た港町では絶対に見ることのできない、何十階にもなるであろう高層ビルであった。入口には軍服に身を包んだ門衛が二人いて、その横には「防衛省」と刻まれた壁がある。
「早く進みなさい」
ビルの高さに気を取られていると、飯田一等陸尉に後ろから急かされ、俺は前を歩く軍人の後について行き、その後ろを一等陸尉が付いてくる。俺は連れられるままエレベーターに乗り込み、20階で降ろされると、ある部屋の前まで歩かされた。
俺たちが扉の前に到着すると、一等陸尉が扉をノックする。
「入りたまえ」
「失礼します」
部屋の中からの返答を聞き、まず一等陸尉が中に入る。そして少しして、俺も中に入れられた。
「竹下一等陸佐。この者が、例の者です」
「そうか。その者と二人で話がしたい。君たちは部屋の外で待機していてくれ」
そう言ったのは部屋の奥のデスクに座っている立派な軍服に身を包んだ男であった。年齢は50代ぐらいだろうか、温和な笑みを浮かべているが、寸分の隙も感じられない。
「しかし、それでは……」
「お前たちが居たところで、彼が本気になればどうにかなるものでもあるまい。いいから部屋の外で待機していなさい」
再度の命令に一等一尉達は俺に不審の目を向けながらも部屋を出ていく。
「さぁ、そこにかけなさい。君とはちゃんと話をしたいのでね」
そう言うと竹下一等陸佐は来客用のソファーを指さす。
「はっ。失礼します」
俺は一礼すると、指さされたソファーに腰をかけた。
「さて、まずは君には礼を言わねばならないな。君のおかげで深海棲艦による被害の拡大を防ぐことができた。家屋はいくつか破壊されたが、幸いなことに死傷者も出てないと聞いている」
「竹下一等陸佐。一体何のことでしょうか?」
陸佐の言葉に俺は内心で諦めながらもとぼける。
「とぼける必要はない。君が何もないところから大砲を肩に背負い、深海棲艦を轟沈させた光景を目撃した者が複数いる」
「……そうですか」
現場はかなり混乱していたはずだが、どうやらけっこう見られていたようだ。まぁ、俺がこの場に連れてこられた時点でそれはわかっていたが。
「私にも、一度見せてくれないかね?」
「……わかりました」
バレている以上、隠す必要もない、俺は主砲を出現させる。
「おお! いや、事前に聞いてはいたが、こうして直接目にすると迫力がある。いや、素晴らしいよ君」
「お褒めに預かり光栄でございます」
一等陸佐の喜びように俺は少し複雑な気分になりながらも一礼し、装備を収納する。
「さて、艦娘の攻撃しか通用しないはずの深海棲艦を轟沈させた君だが……」
そこで一度言葉を切り、一等陸佐は口元を組んだ手で隠す。
「艦娘が登場しだした頃、茨木県にある陸上自衛隊武器学校で展示されていた三式中戦車が行方不明となった。その時防犯カメラは一名の不審者を捉えたが、不審者の行方はようとしれず、何トンにもなる現物の中戦車を個人が盗むことも不可能であるとされ、事件は迷宮入りとなっている」
「さて、君の経歴を調べさせてもらったが、戦車の盗難事件が発生してからしばらくしてあの港町で仕事に就いて今に至るが、それまでの経歴が一切不明。軍が調べて一切不明なんてのは普通ではありえない。……さて、ここまで来ると君の正体もおのずと見えてくる」
そう言うと、一等陸佐は組んでいた手を解いて、俺に視線を向ける。
「君は艦娘と同じ、兵器が人と化した存在。そして君は三式中戦車だね?」
確たる証拠もないはずなのに、その目には絶対の自信が宿っている。どうせヘタに否定したところで面倒だと考えると、俺は溜息を一つついた。
「その通りです竹下一等陸佐。私は三式中戦車。チヌと名乗っています」
そう言うと、俺は深々と頭を下げる。
「おお、やはりそうであったか。いやはや、まさか戦車まで人になるとはなぁ。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものよ」
「まったくでございます。それで、竹下一等陸佐は一体私をどうされるおつもりでしょうか?」
俺の言葉に一等陸佐は笑みを浮かべる。
「なに、君を処分したりするつもりはないよ。君は我が陸軍の中であきつ丸を除く唯一の深海棲艦を倒しうる存在なのだから」
その言葉に俺は面食らう。
「買いかぶりでございます。私は所詮戦車、軍艦を相手にするなどできるはずもございません」
「だが、沿岸防衛で働くことができるという事は先日の件で証明されているだろう。例え相手が損傷している船であっても……だ」
そう言うと、竹下一等陸佐は机の上にある書類を手に持ち、俺の前のソファーに座ると、書類を俺の前に出した。
「指令だ。君にはとある鎮守府に向かってもらい、そこで沿岸防衛任務に就いてもらう」
「は? ……申し訳ありません、仰っている意味が良く理解できないのですが……」
指令の内容に、俺は混乱と困惑の表情を浮かべているだろう。軍人でない俺に指令は……まぁ、良いとしよう。俺は戦車なんだから。だが、鎮守府は当然海軍の指揮下の施設であり、今は艦娘の拠点となっている。ちゃんとした船ならともかく、人間の形をしていて、すぐにでも出撃のできる艦娘が居れば例え深海戦艦が攻めてきても問題ないはずだ。俺が行く必要なんかまったくないはず。
俺の表情を見て察したのだろう、竹下一等陸佐は苦笑を浮かべる。
「君が困惑する理由は察せられるよ。だが、今この世界で陸軍なんてのは暴動鎮圧や治安維持ぐらいでしか役に立たん。このご時世で他国に侵略する国なんておらんからな。そんな状態で、艦娘と同じように深海棲艦に攻撃が通じる君を、内地で遊ばせるのはあまりに勿体ない」
「それに、君もこのまま民間人に混じって生きていくだけでは物足りないのではないのかね?」
「……見破られてますね」
そう、色々と気になる事はあるが、俺にとって兵器として戦う事ができる場所を得る事が出来るというのが最優先事項であった。例えそれが海軍の指揮下であっても、艦娘の中で俺にできる事なんてあるのかと気になるが、このまま港町で燻ってるのに比べれば遥かにマシだろう。
「畏まりました、竹下一等陸佐。三式中戦車チヌ。辞令に従います」
そう言って、俺は立ち上がり敬礼する。それを見た一等陸佐も立ち上がり敬礼し返す。
「期待しているぞ。この国の為に尽くしてくれ」
「ハッ!」
指令を受けてから数日後、港町での身辺整理を終えた俺は輸送車に揺られながらある鎮守府に向かっていた。俺の乗っている物の他にも鎮守府に定期的に補充するための資材を運ぶ輸送車が何台か走っている。
「鎮守府……か」
あれから心の整理はつけたつもりであったが、やはり海軍の指揮下に置かれるというのは違和感が拭えない。あきつ丸殿のように揚陸艦とはいえ艦娘ならともかく戦車の俺ではなおさらである。
「……いや、アメリカの海兵隊は自前で戦車や軍用ヘリを用意してるんだったな。そう言うのと同じようなもんなのかな……。いや、敵国に上陸したりするから必要なだけで深海棲艦相手に必要なわけではないしなぁ……」
そんな事を取り留めもなく考えていると、外の光景に徐々に海が見えるようになっていく。
「もう海が見えてきたか……。まぁ、考えても仕方ないよな」
海が見えてきた事で、俺はネガティブな考えをいったん横に置いておく事にした。聞いた話では練度を高めた艦娘は改造する事で強化される聞くし、それを活用できればもしかしたらまだ役に立つ機会があるかもしれない。
「ま……行ってから考えるべきか」
色々と頭に浮かんだ考えを、俺は頭を振って切り替える。そして改めて外を見ると、遠くのほうに港らしき施設があるのが見えてきているのに気づいた。
「あそこが俺の着任する鎮守府……か」
俺はこれから先への期待と不安を胸に抱きながら、近づいてくる鎮守府を眺めていた。