場所を移動した俺達は手近な所にあった喫茶店に入った。幸い店内にはさして人はおらず、俺達は一番奥のテーブル席に座る。
「先ほどは興奮して申し訳ない。チヌ殿の噂は聞いたことはあったから、まさかとは思っていたのだが……」
コーヒーを口にして藤村さんは息を吐いた。
「私もまさか藤村さんの息子さんにお会いできるとは思いませんでした……。他の方は……?」
その言葉に藤村さんは首を横に振った。……そうだよな、もうあれから相当な時間が経った。もうあの頃の繋がりなんてなくなっているだろう。
「えっと、それでチヌ。この人はチヌの関係者なのかい?」
響の言葉に俺は我に返る。
「ああ。彼は俺に乗るはずだった戦車小隊において装填手を務めるはずだった藤村正二等兵の息子さんだ……まさかこんな形でお会いすることになるとは思わなかったが」
「そうなのですか……。初めまして。陽炎型駆逐艦2番艦不知火です。チヌさんには鎮守府でいつもお世話になっています」
「同じく暁型駆逐艦2番艦響です」
俺が藤村さんを紹介すると、二人が礼儀正しく挨拶する。この辺は流石と言うべきか。
「初めまして、藤村純一です。このような場所で艦娘のお二人にお会いできるとは思っておりませんでした。お会いできて光栄です」
藤村さんも礼儀正しく挨拶する。
「藤村さんは今は何をされているのですか?」
俺が聞くと、藤村さんは深く息を吐いた。
「私は父の跡を継いで、ある神社の神主を務めています。そろそろ息子に譲って残りの余生を過ごすつもりでしたが……長生きはするものですな、まさか父が搭乗するはずだったチヌ殿に会えるとはな」
「私もです。まさかこうして出会えるとは……」
そこまで言って、俺は言葉に詰まった。ああ、まさか本当に彼らの血縁に出会えるなんて……。
「チヌ、君に乗るはずだった方々はどんな方だったんだい?」
「……ああ。皆、気のいい、愛国心に溢れる人たちだった。その中でも藤村二等兵は縁の下の力持ちという感じだったかな。木村准尉とよく一緒に行動して、彼のサポートのために走り回っていたイメージが強いが」
俺の記憶の中にある彼らの事を思い浮かべる。俺が完成した後、毎日俺の元に来ては色々な事を話していたっけかな……。
「はい、父はまさにそういう人でした。自分より他人の為に動くのが性にあっていると言っておりました」
ああ、やっぱりプライベートでも彼はそういう人だったのだな。
「……ところでチヌ殿。貴方はなぜ、木村准尉の姿なのでしょうか?」
不意に、藤村さんが俺の顔を見ながら聞いてきた。まぁ、当然の質問だが。
「……恐らくは、彼の想いが最も強かったのでしょう。終戦を聞いた彼は私の元に来て泣いていました。これから護国の為に戦えるのに、先に行った仲間たちと共に戦えるはずだったのに、なんで自分は行けなかったのだ……と」
「そして、後から来た藤村二等兵に慰められつつ私の前から去っていきました。……あの二人の後ろ姿を、私は忘れる事はないでしょう」
「そう……でしたか……木村准尉と私の父は幼馴染でして、家族のいない彼は私のことを自分の息子のように可愛がってくれました……だからこそ、貴方の姿を見たときは驚きましたよ」
藤村さんの言葉に、俺の記憶の中の木村准尉の姿が次々思い浮かぶ……。いかん、不知火と響がいるのにしんみりとするわけにはいかん。
「ところでで藤村さんは先ほど神社の神主をされていると仰っていましたが、どこの神社なのでしょうか?」
不知火の質問に藤村さんも気を取り直したのか改めて姿勢を正した。
「ああ、愛知県にある御上神社という所です。元は滋賀県にある御上神社の分社でして。もし機会があれば訪ねていただければ歓迎いたします」
「はい、その折には是非とも」
御上神社か……。今は行くことはできないが、いずれ必ず訪れよう。そう、俺は心に決めると、改めて藤村さんと言葉を交わした。
1時間ほどして、互いのことを話し終えると俺たちと藤村さんはここで分かれる事にした。
「今日はとても良い一日でした、藤村さん」
「私もですチヌ殿。まさかちょっとした旅行で来ているだけのこの土地で貴方にお会いできるとは思わなかった。貴方が神社に来られるのを楽しみにお待ちしております」
それでは。と言い残し藤村さんは俺たちと別れた。本当に、まさかこんなところであの人の血縁と出会うなんて、な……。
「さて……悪かったな二人とも。退屈な思いをさせてしまった」
思いにふけるのも程々に、俺は不知火と響に向き直る。
「いや、中々見られないものをみれたし、チヌの事を色々知ることができたんだ。別に構わないよ」
「私も同じ意見です。チヌさんはあまり自分のことは語りませんから」
「……そりゃ、俺の身の上話を聞いたところで何もないからな。作られた後はただただ置いて行かれていただけなんだ……。話せることなんかなにもない」
そうだ、俺にはないんだ。さっきの藤村さんと話した思い出以外には何も……。何一つ、誰かに話せるようなものはない。そんな俺が、少しでも役に立てているなどと考えてしまうのは、思い上がりかもしれない。だけど、それでも、俺はあの人たちの想いに答えなければならない。きっとそれが俺という存在が生まれたことによってできた責務だ。
「それより、確か買い物に行く店があるんだったな。急がないと時間がきついな……」
心の考えを無理やり隅に置き、俺はあえて平静さを見せつつ話を変える。
「いや、もう時間もキツイし、私は次の機会にするよ。不知火はどうだい?」
「私も問題はありません。今日はこのまま帰りましょうか」
「そうか、すまなかったな。次の時にこの埋め合わせはする」
二人の言葉に頷き、俺たちは鎮守府に帰るために歩き出す。
(……役立たずな俺だが……でも……今日だけはこの喜びに浸らせてほしい。置いて行かれた俺の、数少ない、あの大戦での良き思い出に繋がるのだから)
二人と一緒に歩きながら、俺はそう思いながら空を見上げた。青い空に一瞬、俺に乗るはずだった彼らの顔が映った気がした。