「ヘーイみなさーん、羽目を外さない程度の範囲で楽しくやりまショー」
たき火を囲み、金剛殿の合図によって祝宴が開かれる。今島に残っているのは俺を除けば金剛殿、那智殿、あきつ丸殿、不知火、飛鷹であった。その為か祝宴は主に金剛殿と那智殿が飲んで騒ぐ側で、飛鷹がその相手をする形となっている。
俺はというと、あきつ丸殿に勧められる酒を飲みつつ、隣に座っている不知火やあきつ丸殿と会話をしている。二人とも酒はあまり飲まずにいてくれてるからありがたい。酔っ払いの相手は足柄らへんだけで十分だ。
「ふぅ……しかし、こうしてお前と酒を飲むことができる日が来るとはな。大戦の時には思ってもいなかったぞ」
いつの間にか不知火の横、俺の反対側に移動していた那智殿がそういいながら不知火の肩に腕を回してきた。既に酔いが回っているのか、たき火に照らされているのとは違う形で顔が赤くなっている。
「私もですよ那智さん。こんな日が来るなんて思ってもいませんでした」
どうやら二人は大戦の頃から顔見知りのようだが……そういえば、不知火は那智殿と一緒の艦隊に配属されたんだったか、そんなことを聞いたような……酔いが回ってきたせいかよく思い出せないな……。
「チヌ殿、少々顔が赤くなっていますが、大丈夫でありますか?」
「まだ大丈夫だとは思いますが……少し抑えたほうがいいかもしれません」
普段ほぼ飲まないせいか、自分の限界がわかりにくいな、もう少し自分の限界を確認しておくほうがいいか……。
「不知火、私はあの時本当に心配したんだぞ。鬼怒の救援要請に向かうといって碌に休憩も取らずに向かうなんて……早霜からお前が轟沈したという知らせを聞いたとき、私がどれだけ悲しんだか……」
「その件は……本当に申し訳ありません。それでも私はあの時救援に向かうことになったことを後悔はしていないつもりです。でも、結果としてただ井上艦長を始め、多くの方を亡くしてしまうことになったのは……」
「それは言うな。それもまた、戦場では仕方がない事だったんだ……」
隣で話す不知火と那智殿の会話が耳に入る。あれは、先の大戦での出来事だろうか。……あの二人にはあるんだな、あの時の繋がりが。
……俺にはない。先日の藤村さんとの件を除けば、あの時のことを話せる仲間……いや、それ以前に話せること自体がない。ただ作られ、そのまま置かれただけの俺には何も……。ああ、艦娘たちが羨ましい。あの時、国のために戦い、散り、そして今思い出としてその時のことを語ることができる彼女たちが、心から羨ましい。
「……ああ、あの頃の話ができるなんて……羨ましい……」
那智殿と不知火の話を聞いていた俺の口から不意に言葉が漏れた。俺自身意識もしなかった言葉だが、それはどうやら全員に聞こえてしまっていたようで、全員が俺を見ている。
「羨ましい……? 羨ましいだと!? それは私たちの話のことか? 今の話を聞いて、羨ましいとはどういうことだ!」
那智殿が俺の胸倉を掴み無理やり立たせる。
「那智!? 落ち着いて!」
「那智さん!」
不知火と飛鷹が咄嗟に抑えようとするが、そんな二人を那智が睨み付ける。
「二人は黙っていてくれ! 私はさっきの発言を見過ごせない!」
そう叫び、那智殿は改めて俺を睨み付ける。
「貴様……私たちがあの時どれだけの絶望を……悲しみや後悔を味わったと思っている! 陸で何もしていなかった戦車如きが羨ましいだと……! ふざけるのも大概にしろ! お前たち役立たずな戦車作る材料さえあれば、私たちの仲間も増えて……あんなことにならずに済んだかもしれないというのに! 貴様たちが……貴様たちのような役立たずが作られなければ!」
その言葉を聞いたとき、俺は自分の中の何かが外れるような……そんな感覚を覚えた。
「ふざけるな……! ふざけるなよ海軍!」
次の瞬間、俺は逆に那智の胸ぐらを掴み、思い切り睨み付けていた。
「何もしなかっただと……? 兄が……チハ達がどんな思いで戦ったと思っているんだ! 碌に補給もなく、敵に自分の攻撃が通用としないとわかっていても……それでも、兄達は戦ったんだ! 戦い続けたんだ! 俺だって、俺たちだって戦いに行きたかった!」
「なに……を……!」
那智が何か言おうとする。だが、俺はそれを遮るように矢継ぎ早に叫ぶ。その言葉を一つ一つ発するごとに目から涙が零れ落ちる。心の中にいる冷静な俺が必死に止めようとするが、もう……止められそうにない。
「お前たちは働いただろう! 国のため、国民のため、仲間のために働けたんだろう! 敵を倒す力を持って戦ったんだろう! それだけの予算を回され、それだけ多くの技術を詰め込んだだろう! 兄達は敵を倒す力を持てなかった、俺達も弟達も戦場に行くことすらできなかった! 俺は……最後まで置いて行かれたんだ!」
「それでもまだ、まだ! 再利用されるなら……例え連合国の実験に使われる形であってもまだ、納得する事ができたんだ! 人間の為に働けたのならまだ! 俺にはそれすら……それすらもない、何もないんだよ! 羨ましがってもいいだろうが! 戦場で戦えたお前たちを、その思い出を持つお前たちを、戦争が終わった後も復興のために働くことができたお前たちを羨ましいと思って何が悪い! それでも、俺を罵倒したいならいくらでも罵倒しろ! 殺したいなら後ろからでも撃て! だがな……だがなあ! 兄弟を……戦車達を侮辱するその発言だけは許さんぞ!」
それだけ叫んだとき、不意に俺の手に誰かの手が置かれた。
「チヌ殿……そこまでにするのであります」
そう言ってきたのはあきつ丸殿だった。声をかけられ少し頭の冷えた俺は辺りを見渡した。そこには俺を見る艦娘たちの視線があった……やってしまった……。
「……申し訳ありません、あきつ丸殿……ありがとうございます」
力を入れすぎていた指から力を抜き、俺は那智殿から手を放す。そして那智殿、そして艦娘たちに頭を下げた。
「酔いに任せ、暴言を吐いてしまった事、暴行をしてしまった事、深く謝罪します。自分は頭を冷やすため少しこの場を離れます。後ほど、改めて謝罪を致します」
自分の声に感情が籠らない。だが、これ以上この場にはいられない。そう思った俺は矢継ぎ早に言葉だけを述べるとすぐにこの場を離れた。
しばらくの間島の中を歩いた俺は海岸に出ると、砂浜に腰を下ろした。
「……クソッ……」
酒とさっきの話をしたせいか不意に目に涙が浮かんでくる。ダメだ、兵器である俺が、戦車である俺がなんでこんな不安定な気持ちになってしまうんだ……。これじゃ加古を怒鳴りつけてしまった時となにも変わらない……。
「なんであんな事をしてしまった……。俺は兵器なのに……。なんでこんな人間みたいな……あの人たちみたいな……」
拳を握り、俺は泣く。涙が頬を伝うたびに自分が惨めに思えて仕方がない。俺は戦車。俺は兵器。俺は……あいつらの為にもこんな惨めな状態になってる場合じゃないというのに……。
……いや、そうじゃない。この気持ちは那智殿に話したものだけじゃない。これは妬みだ。碌に役に立つこともできない俺の見苦しい劣等感だ。それも混ざっている……。あの町に居た時から抱えていた。鎮守府に来てからは心の中に押し殺していた感情だ。
ああ、なんで兵器の俺がこんな感情に振り回されるんだ。俺が役立たずなのはわかりきってるだろ、なんであんな事を言ってしまったんだ。戦車の俺にこんな感情は必要ないのに、こんな感情があるから、あんな夢を見たりしてしまっているんだ! 何があの人たちの想いに答えるのが俺の責務だ! やっぱり俺はあの夢の通り自惚れていたんだ! なんで……こんな人間みたいな存在なら……これなら……俺は存在しないほうが……最初からいなければ……。
涙が止まらない。惨めさが抑えきれない。……いっそ、目の前の海に飛び込んでそのまま沈んでしまおうか……。こんな気持ちのまま戦っても迷惑をかけるだけなんだ、だったらいっそ死んでしまうほうが……。
「チヌ殿、ここにおられましたか」
不意に後ろから声をかけられ、振り向くとそこにはあきつ丸殿が立っていた。
「……あきつ丸殿、どうされました?」
慌てて涙を拭き、俺は立ち上がろうとし……その前にあきつ丸殿が俺の肩に手を置いた。
「辛かったのでありますな。艦娘達の中でずっと……一人で我慢していたのでありますな……自分が胸を貸すであります」
そう言うと、あきつ丸殿は俺の頭をその胸に納めてきた。……服越しに伝わるその温もりが心地いい。
「チヌ殿、泣きたいときには泣くべきであります。今は海軍も居ない……。自分とチヌ殿だけなのでありますから……。誓って今の事は口外しないのでありますから」
あきつ丸殿の言葉が伝わるたびに俺の目から更に涙が溢れる。こんなみっともない姿を晒すわけにはいかないのだと理性ではわかっているはずなのに、体が、感情が言う事を聞いてくれな
い。
「あきつ丸……殿……俺は……俺は……!」
思わずあきつ丸殿の服を掴んでしまう。だが、それでもあきつ丸殿は俺を抱きしめる腕に力を入れてくる。……ああ、心地いい……。こんな心地いい気持ち……生まれて初めてだ……。
俺はそれからしばらくあきつ丸殿の腕の中で思い切り泣いた。今まで吐けなかった弱音が、想いが、涙と嗚咽と共に流しだせているような感覚の中、あきつ丸殿の温もりに包まれ、泣き続けた。
やがて泣き終えた俺は顔を上げ、あきつ丸殿の顔を見る。彼女はとても優しい笑顔を浮かべていた。
「……チヌ殿。良ければ自分が所属する鎮守府に来るのであります。朝野提督や那智殿は自分がかならず説得するので……まるゆ殿と一緒に、陸軍の出身全員集まるのであります」
陸軍全員が一か所に……ああ、それならきっと俺はこんな劣等感に悩まされずに済むのだろうか。それに、陸軍を守るためなら俺は強くなれるのだろうか。
「あきつ丸殿……俺は……」
「ダメです! 絶対にダメ!」
俺が返答しようとしたその時不意にあきつ丸殿と違う声が響く。その方向を向くと、そこには顔を赤くした不知火が立っていた。
「し、不知火!? なんでここに?」
不知火に見られたという事実に気づき、俺は慌ててあきつ丸殿から離れた。だが、不知火はそんな俺に近づくと、俺の肩を掴んで俺を正面から見てきた。
「チヌさん、貴方は私達の仲間です。だから、どこかに行くなんてダメです。絶対にダメなんです!」
さっきの話を聞かれていたのか? いや、それより不知火は何を言っているんだ?
「いや、ちょっと待ってくれ。別に他の鎮守府に異動するだけで辞めるわけじゃないんだが……。そもそも、不知火も時期が来れば別の鎮守府に異動になるだろ」
「私は異動しません。だから、チヌさんも異動しないでください。いや、私が提督に直訴してでも止めます」
「いやだからな。それは俺達が決める事ができる問題じゃ……」
「ダメだったらダメなんです!」
だめだ、話が通じない。一体どうしたんだ不知火は? こんな顔を真っ赤にして俺に詰め寄るなんて。
「ふふ、チヌ殿はどうやら思っていた以上に慕われているのであります」
不意に笑い声が聞こえたと思うと、あきつ丸がにこやかに俺達を見ていた。
「不知火殿に恨まれるわけにもいきませんし、今回はチヌ殿の勧誘は諦めるのであります。でも、チヌ殿がその気になられたらいつでも歓迎するのでありますよ」
そういうと、あきつ丸殿は俺たちを置いてキャンプのある方向へと歩いて行った。
「チヌさん」
あきつ丸殿を見送ると、不知火が改めて俺の顔を見てきた。
「行かないでください。私は、貴方を必要としています。だから、他所へ行ったりなんてしないでください」
「いや、だからな不知火……」
その先の言葉を俺は繋げなかった。なぜなら、不知火の目に浮かぶ涙に気づいてしまったからだ。
「……チヌさんは、そんなに陸軍のほうがいいんですか? 今まで一緒にいた私たちではなく、陸軍出身という理由だけで、あきつ丸さんのところへいくんですか……?」
……正直に言えばあきつ丸殿のところへ行きたいという気持ちは確かにある。さっきのやり取りがあった以上、あきつ丸殿になら俺は自分の感情を吐き出せるだろう。それはとても魅力的だ。だが……。
「どうなん……ですか?」
俺を問い詰める不知火。今彼女を拒絶すればきっと彼女の心を傷つけるだろう。それを行うという選択肢は今の俺には選べなかった。
「……命令があれば俺は異動を拒否はできない。だが、自分から行く事はない」
「……そこは絶対に異動しないぐらい言ってくださいよ……。でも、今回はそれで納得してあげます」
不承不承という感じではあったが、不知火は俺から離れた。
「チヌさん……一つだけ聞かせてください。あの時……那智さんに怒鳴った時に貴方は海軍と言いましたよね」
「……ああ」
「……チヌさんにとって当時の私達は……海軍は……どんな存在なんですか?」
「……」
不知火の問いに俺は迷う。当たり障りのない答えを言うのは簡単だ。だが、今の不知火がそんなもので誤魔化せるとは思えない。だが、言ってしまったらどうなるか……。
そこまで考え、俺は自分の考えの浅はかさに自嘲した。既にやらかしてるというのに、今更取り繕えるはずがないだろ。不知火に至ってはさっきの泣いているところまで見られてしまっているというのに。
「……不知火、日本は島国だ。海軍に予算が割かれるのは当然だし、当時の未熟なインフラじゃ俺ぐらいの重さの戦車を使用するのは辛かったのもわかってるし……連合国……アメリカがあまりに強い国だというのだってわかってるつもりだ」
「でもな……不知火。それでも、だ。前に大和殿が言っていたが、大和型を建設する余裕を陸軍に回してくれれば……海軍の予算を陸軍に回してくれれば……と思ってしまうんだ」
「チヌさん、それは……」
俺の言葉に不知火は悲しそうな、屈辱を感じているような、そんななんとも言えない表情を浮かべる。
「わかってるんだ。今更そんな事を言っても仕方ない事だし、仮にそうしていた所で戦争には勝てなかっただろう。なにより当時海軍に予算を注ぎ込んでいたからこそ、今の深海棲艦達に対抗できているんだ。それでも……俺は悔しかったし、悲しかった。同じ国に所属する那智殿からお前たちがいなければと言われた事が。あの時文字通り死ぬ思いをして戦った兄を、戦地にいく事すらできなかった兄弟を侮辱された事が。そして……唯一陸の兵器として戦っている俺の力不足がとても悲しかった」
そうだ。例え那智にその気がなかったとしても、彼女の発言は俺にとってあまりに……あまりに、心に刺さった。最初に鎮守府へ来た時の俺なら耐えれただろう。だが、この鎮守府で暖かく迎えられ、過ごしてしまった俺には……耐えられなかった。
「でも……以前ビスマルクさんが同じような事を言った時には……」
「ユーが言っていただろう。彼女は陸軍国家における海軍だ。勝手な言い分だが、俺は彼女にそういう意味での親近感を持っているし、その心情もわかる。だが、那智殿は同じ国の艦娘で陸よりもよっぽど予算をつぎ込まれた海軍の所属だ。そんな彼女にお前たちを作る余裕があればと言われれば……な」
そこまで言ったとき、不意に不知火が泣き始めた。
「……申し訳ありません。私達が……あの時もっと強ければ……せめて海上輸送を安全に行えるぐらい……制海権の維持をできるぐらい強ければまだ……」
そう言って泣きながら俺を見上げる不知火に、俺は視線を逸らすことなくまっすぐに見つめる。
「あの時の俺たちは自分で動くことのできない兵器に過ぎなかった。だからお前たちにその責任を問うつもりはないんだ。だから謝らないでくれ。今言ったことは俺の一方的な感情に過ぎないんだ。お前たちがどんな想いで戦ったのか……戦場に行けなかった俺には想像も付かないようなものなんだろう。だから胸を張ってくれ。自分たちは戦い抜いたと」
「でも……どうか、俺たち戦車の事を悪く言うのは……やめてくれ。俺個人がどれだけ言われても仕方がない。でも、あの時の兄弟たちを侮辱するのは……やめてくれ」
「……わかり……ました……」
泣きながら頷く不知火。俺はしゃがみこむと彼女の涙を拭う。
「まったく……お前が泣いてどうするんだ。お前が泣く必要も、責任を感じる必要もないって言ってるのに」
「……チヌさんは私にとって大切な……仲……間……です。仲間がそんな思いを持っていたのに……気づけなかった……」
「言わなかったからな……でもな。お前たちが俺を受け入れてくれて、お前が仲間だと言ってくれた事はとても嬉しい。だからそんな事で泣くのはやめてくれ。後……できれば誰かに言うのもやめてくれ。流石に言いふらされていいものじゃないからな……」
「わかり……ました……」
しばらくして泣き止んだ不知火を連れて俺たちはキャンプ場に戻る。……ともかく、那智殿達に謝罪し、それから後日両提督に報告して処罰を受けないと。