朝野提督を見送り、今日から通常の任務体制に戻ったわ。まぁ、今日の不知火は非番なんだけど……それより、チヌさんの事が気になるわね。
(あきつ丸さんを見送るときのあの表情……未練があるってわかってしまったわ……)
あの日以来、チヌさんがあきつ丸さんと話したり一緒にいたりするのを見るたびに私の心は不安になる。そのまま、チヌさんがあきつ丸さんと一緒に行ってしまうんじゃないかと。
「不知火、ちょっといいかしら?」
不意に声をかけられその方向を向くと、そこには飛鷹さんがいた。
「ちょっと話がしたいんだけど、時間大丈夫?」
「……ええ、大丈夫です」
話というのはきっとチヌさんのことね。飛鷹さんもチヌさんの表情に気づいていてもおかしくはないわ。
不知火達は埠頭を離れ近くの建物の蔭へ移動する。
「不知火も気づいた? あのチヌの表情」
「はい。非常に残念そうな表情でした……あの日までの不知火なら特に気にはしなかったんですが……」
「私もそうよ……まだ未練があるようね、あの様子だと」
あの日、不知火達は見てしまった。チヌさんが那智さんの胸ぐらを掴みながら泣き叫んだ事を。そして私だけが見てしまったわ……チヌさんがあきつ丸さんに抱きしめられながら子供のように泣く姿を……そして、チヌさんの気持ちも知ってしまった。どちらも普段の彼からは想像もできないような姿だった。この鎮守府でずっと一緒にいる不知火達ですら想像もできなかった姿。
「……不知火、貴女はチヌがあんな気持ちを抱いているって気づいた?」
「いいえ……今思えば加古さんを怒鳴った時の態度とか、陸軍への作戦に参加したことを話すときのチヌさんの様子とか、断片はあったと思いますが……あんな激しい感情だとは……」
正直、自分の目で見ても信じられないもの。でも、直接見て、聞いてしまったものは否定はできないわ。
「……正直、ショックね。チヌがあんな感情を持っていたことに気づかなかったのもだけど……陸軍ってだけであきつ丸の勧誘に乗りそうになったっていうのもね」
あの後の事は勧誘の事だけ飛鷹さんには話しておいた。チヌさんがもう一度泣いたこととかはとても言えないけど……せめて勧誘の事だけは相談する必要があると感じたから。
「……私はね、不知火。チヌのこと気に入っているわ。あんなに一所懸命に強くなろうとしているし、人格的にも好きなほうよ。まぁ、すぐに自分を卑下する態度は好きじゃないけど、チヌのことを好きか嫌いかで言えば好きよ。不知火はどうかしら?」
「不知火も……チヌさんは好きです。だからショックです、チヌさんが……ずっと一緒に居る自分達よりも、陸軍出身というだけであきつ丸さんに靡きそうになった事が……ショックで……とても悔しいです」
言葉を口にしたとき無意識のうちに拳を握ってしまった。でもやっぱり悔しい。チヌさんにとって不知火達はその程度の存在だって言われているみたいで、悔しかった。
「私もよ。だから、私は異動になるまでチヌに構い続けるわ。単なる軽空母の一人。だなんて認識で終わらせてあげない、チヌの心にこれ以上ないってぐらい残ってあげるわ。不知火はどうするの?」
「不知火もです。今のまま、単なる駆逐艦の一人で終わるなんて事はさせません。絶対にです」
「そう。それじゃぁ私達、これから一緒に頑張りましょう。あの朴念仁、並大抵のことじゃこっちの気持ちに気づかないでしょうし……」
「ええ、まったくです。頑張りましょう」
こうして不知火達は一つの戦いを始めることにしたわ。本来ならやる必要のない戦いなのはわかっている。でも、この悔しさ悲しさをそのままにはできない。この好きって気持ちもそのままにはできない。だからチヌさん、覚悟してくださいね。