第61話
その日、俺は明石の工廠を訪れていた。理由は装備の点検、そして、俺自身を見てもらうことである。
「うーん、あとちょっと……だと思うんですけどねぇ」
俺のデータを見ながら明石が困ったように頭を掻く。
「あとちょっとというが……本当にできるのか?」
俺の問いに明石はすぐに視線を俺に向けなおしてきた。
「もちろんです! チヌさんは何回も実戦をこなしてきていますし、艦娘ならもう改に改造できておかしくないんです……けど」
そういって明石は首を傾げる。そう、艦娘たちはある程度の練度に到達することで自身の艤装の改造を受けてさらなる強化を図ることができる。なぜ一定の練度にならなければできないのか、それはいったいどういう基準で図られているのかは俺にはわからないのだが、ともかくそういう事らしい。
そして俺自身もそれはできるそうなのだが……今のところできそうにはないようだ。既に俺が配属された後に配属された艦娘の中には改造を受けて他の鎮守府に配属されていった者も幾人かいることを考えると、やはり俺は艦娘の基準で考えてはいけないということだろうか。
「取り敢えず……チヌさんにはいつも通りの戦闘や訓練をこなしてもらうしかないでしょうか……すみません。ご期待に沿う事ができなくて……」
「いや、構わないよ。俺に問題があるんだからな」
明石から点検を受けた装備を受け取り、俺は工廠を後にする。さて、どうしたものか、艦娘に比べて役立たずとはいえ、それは今の実力に甘んじていいという言い訳にはならないんだ、なんとかできればいいんだが……。
そんなことを思っている中、不意に鎮守府の中に警報が鳴り響いた。
「これは……!」
この警報は知っている。これは、敵襲来の警報だ。
急ぎ作戦室に到着した俺を提督と榛名が迎える。そして俺の後にも続々と鎮守府内の艦娘が作戦指令室に到着した。
「全員きたな。緊急事態だ。敵の大部隊がこの鎮守府へ向けて侵攻しているのが確認された」
その言葉に艦娘達からどよめきが起こる。そんな中提督は海図を示し、敵の侵攻ルートを表示する。
「既にほかの鎮守府に向けて救援を要請しているが、敵の侵攻ルートから見ると、敵がこの鎮守府に到着するほうが早い。その為、今より榛名を中心として第一艦隊、足柄を中心とした第二艦隊による連合艦隊を結成し、敵へ攻勢を仕掛ける。更に残りの艦娘で第三艦隊及び鎮守府防衛部隊を結成する。第三艦隊は連合艦隊の支援が任務だ。敵部隊は戦艦、空母を含めて30に及ぶ数となる。大半は駆逐艦や軽巡だと確認されているが当然油断はできない。各員迅速に準備を整えよ!」
提督の指示に全員が「了解」と返事し、各自準備に走る。俺は当然鎮守府防衛部隊に回され、明石と共に埠頭で敵の侵攻に備える。
「これで二回目ですね……チヌさん、あの時みたいにならないでくださいよ?」
「当然だ。同じ轍を踏んでたまるか」
以前の鎮守府防衛の時を思い出し、俺は少し顔を顰めた。あの時俺は明石に助けられるばかりで、そのうえ羽黒の誤射で大破した。流石に今回は羽黒も誤射してこないと思いたいが、万が一のことを考えて気を抜かないようにしなくては……。
「! 支援艦隊の砲撃が始まりました!」
明石の言葉に俺は緊張を感じる。そこから更に、支援艦隊の撤収、連合艦隊の攻勢と明石を介して戦局を聞いていく。
「……連合艦隊側が押されています。敵の主力部隊は抑えれてるみたいですが、いつ突破されるかわからないそうです。どうやら、敵の目的はこの鎮守府のほうにあるようですね」
「艦娘じゃなくて鎮守府に? ……まさか、ヲ級か?」
あの日、俺が鹵獲したヲ級、今は事態が事態なので拘束具を付けたうえで独房に入れられているが、もし敵の目的が彼女であるなら……。
「奪還……ですか、随分日が経ってからの行動ではありますけど、無いとは言い切れないですね……彼女自身戻る気があるのかわからないですけど」
「普段の言動からはそう思えないが……。正直わからないな」
鹵獲してから既に少なくない日にちが経過している。その間の彼女は俺たちに一切反抗することなく過ごしてきた。だが、あれが本心であると言い切れる保証はない。
「支援艦隊より入電! 一部の敵が防衛線を突破しこちらに向かっています! 向かってきているのは軽空母1戦艦1です!」
その言葉に俺は顔を顰めた。軽空母に戦艦、とても俺と明石で抑えられる敵じゃない。敵がこちらに近づく前に特攻できればまだ可能性はあるかもしれないが、今の状態では水上バイクに乗って突撃しようとしても届く前に轟沈させられるかもしれない。
「敵艦載機来ます!」
俺たちの視線の先に軽空母から発艦した敵艦載機が映る。
「チッ!」
俺と明石の機銃、高射装置から無数の弾丸が飛び艦載機に向かう。どうやらヲ級のよりも弱いのか、それともあれから俺たちの腕が上がったのか、なんにしろ艦載機は思っていたよりも早いわけではなく順調に撃ち落として行けている、だが。
「! 戦艦からの砲撃来ます!」
明石の言葉に俺は反射的に横に飛びのく。すると先ほどまで俺がいた地点に戦艦の砲撃が命中し、轟音と多量の土埃を上げる。
(これは……榛名の砲撃より強力だ。一撃でも直撃すればその時点で死ぬ!)
敵の砲撃の強さに目を見張りつつ態勢を立て直すが、その隙に敵の艦載機が鎮守府の建物へ爆撃を仕掛けてきた。
「敵の攻撃によって出撃ドックと入居施設に爆撃! 被害はさらに拡大中!」
無線から聞こえる内容に俺は更に焦る。提督の居る作戦室は頑丈な作りになっているためちょっとやそっとで壊れるものではないが幾度も爆撃を受ければどうなるかわからない。
「明石、俺は水上バイクで敵に特攻をかける! このままじゃ艦載機はどうにかできても戦艦の砲撃に耐えれない!」
「無茶です! 出撃ドッグも爆撃を受けて、今のままじゃ発進する前にやられます!」
「だが、このままじゃじり貧だぞ……敵機!」
明石との会話を切り上げ、頭上を飛ぶ艦載機を撃ち落とす。だが、その隙に再び戦艦の砲撃が俺たちに向けて撃ち出された。
「ぐう!?」
「キャア!」
直撃は回避できたがその衝撃で俺と明石は吹き飛ばされる。急いで立ち上がる……だが。
「嘘!?」
そんな俺たちに再び戦艦の砲撃が飛んできた。今度は横に飛ぶ暇もない。なにより明石がマズイ!
「明石!」
咄嗟に俺は明石に覆いかぶさり、その体を抱きしめ、その直後、戦艦の砲撃による衝撃と爆炎が俺たちを吹き飛ばした。
「キャアアア!」
吹き飛ばされながらもなんとか明石をかばう。そのおかげか、なんとか明石無事だ……が……あ……。
「チ、チヌさん! チヌさん!」
俺の下から出てきた明石の服が血に……いや、俺自身が血に染まっている。それを認識したとき、喉から多量の血がせり上がり、思わず吐き出す。意識が朦朧とし、体の動きが鈍る。ああ、俺はもうダメだ。
「そんな、私をかばって! 早く……早く治療を!」
「治療は……いい……それより早く逃げ……ろ……」
もうこの場はダメだ。明石一人で戦艦と軽空母をどうにかできるわけがない。俺自身既に体の感覚も怪しくなってきていて、どこを負傷したのかの把握すらできない。かつてヲ級にやられた時よりマズイのが自分でもわかる。
「そんな! だめです!」
俺の言葉に明石が反発しつつ俺を担ごうとする。だが、自分も負傷している中で俺を担げるはずがない、すぐにバランスを崩した明石に俺は再度声をかける。
「逃げ……ろ……提督と合流して……はや……く……! 俺に構う……な!」
朦朧としてくる意識の中、なんとかして明石を逃がそうと力を振り絞って明石を突き飛ばそうとするが、逆に明石はその腕をとって俺を担ごうとする。
「え……!? なんで!」
そんな中、不意に明石が視線を上にあげ言葉を失う。俺もその視線を追うと、そこには倒壊した建物の影から出てくるヲ級の姿があった。拘束具を外し、こちらに視線を向ける彼女の手には飛鷹の予備の甲板である巻物が握られている。
「イッテ……!」
巻物が開かれ、飛鷹が使うのと同じように、式神が次々に艦載機になり空に舞う。
「チヌさん!」
明石が俺を庇うように抱き着く。だが、俺はそれを気にする余裕もなかった。
「ヲ級……!」
目を見開く俺の視線に映る艦載機たち。そして……彼らから放たれた機銃は、俺たちではなく、敵の艦載機を撃墜していき、更に戦艦と空母に爆撃を仕掛ける。
「え……?」
その光景に明石が目を見開く。だが、俺にはもう余裕がなかった。空を飛ぶヲ級と軽空母の艦載機を見つつ、俺の意識は闇の中に落ちていった。