鎮守府への襲撃から一か月が過ぎた。幸いにもあれから敵の襲撃はなく、無事に爆撃された施設の修復を終えることができた。妖精さん達の技術や明石、夕張の手際はとんでもなかったな……。あの技術が外に広まれば建築業界の常識がひっくり返りそうだ。
だが、どういうことか妖精さん達は鎮守府の外へ出ようとはしない。理由は教えてくれないが、まぁそう言うものなんだろう。相手は人間じゃないんだからその辺の常識で図ってはいけないのだろうきっと。
施設の修復が終わったことで各鎮守府から来た応援も各々の鎮守府へと戻っていった。その中にはこの鎮守府から他の鎮守府へ移動した顔見知りが多くいたので彼女たちの状況を聞いたりできたのはよかっただろう。革元提督から加古も来ていたが、しっかりと過ごせていたようでなによりだった。
また、上層部からの指示でこの鎮守府にも戦力の拡大を求められるようになり、それによって他の鎮守府への異動が決まっていた幾人かは引き続きこの鎮守府に残ることとなった。また、新たな艦娘の増員も認められらと聞いている。もしかしたら、既に異動している艦娘の中からもここに戻るものが居るかもしれない。まぁ、それだけ先日の襲撃は大事であったわけだが。ヘタをすれば鎮守府陥落もあり得たかもしれないからな、というかヲ級が居なければ本当にそうなってたかもしれない。
そんな事を考えながら、俺は隣で本を読んでいるヲ級に視線を向ける。彼女は艦娘の寮に住むことになった今も、こうして暇を見つけては俺の家に来て俺と一緒に過ごしている。流石に夜になったら帰るように言っているんだが、それでも結構な割合で普通に泊まりにくる。
そう言えば、ヲ級の引っ越しに伴ってヲ級監視の任務もなくなったんだが、今でも艦娘は普通に泊まりに来てるな。まるゆはまぁ同じ陸軍同士としてわからなくはないんだが、他のやつは何を考えてるんだろうか。
「……チヌ、どうかした? 顔に何かついてる?」
「いやなんでもない、気にするな」
俺の視線に気づいたヲ級が小首を傾げてくるので俺はなんでもないと答えると、彼女は再び本に視線を落とした。
そんな時、家の扉がノックされた。俺が入るように促すと、入ってきたのは飛鷹と黒潮、不知火の三人だった。
「あ、やっぱりここに居たわね。ヲ級、提督が呼んでるわ。一緒に行くわよ」
「……チヌも一緒じゃダメ?」
そう言ってヲ級が俺の腕を掴んでくる。おい、親離れできない子供かお前は。
「チヌも一緒で良いわよ、どうせチヌも聞く事になるって言ってたからちょうど良いわ」
俺も聞くことになる? なんの事だろう……まぁ行けばわかるか。
「じゃぁ行くか、ちょっと待っててくれ」
そう言って俺は立ち上がると軽く身支度を整え始める。
「早くしなさいよ。あ、不知火も黒潮も手伝ってくれてありがとう。もう帰ってもらっても大丈夫よ」
「いえ、折角ですのでこのままついていきます。司令官がヲ級に何の用事なのかも気になりますので」
「せやなぁ。どうせヲ級に何かあったらうちらにお鉢が回ってくるんや、先に聞いとくほうが手間かからんで」
どうやら二人も一緒に付いてくるみたいだな。まぁ確かにヲ級に関しては二人に色々頼んできたから他人事だと思わないんだろう。俺一人じゃできる事に限界があったから仕方はなかったんだが、申し訳ないことをしてしまったな。
「よっと……待たせたな、三人とも」
「それじゃぁ行きましょうか」
こうして俺たち五人は提督室へと赴いた。そこでは普段通りの提督と榛名が俺たちを迎えてくれた。
「待っていたよヲ級……しかし、チヌはわかるとしてなぜ不知火と黒潮までいるんだい?」
提督が不思議そうに聞くがまぁ当然の疑問だよな。
「なんや司令はん。うちらが聞いたらマズイ話なんか?」
「ヲ級になにかあると結局私たちが対応することになりますので、先に聞いておこうと思いまして。ダメでしょうか?」
「ああ、いや、大丈夫だ。どうせすぐに鎮守府の全員に伝わる事だからな」
そう言うと、提督は机から一枚の書類を取り出す。それを榛名が受け取り、ヲ級へと手渡す。
「……艦娘としての正式な名前の決定? 名前は……鷲鷹?」
「そうだ。鷲鷹。これが君の艦娘としての正式な名前だ」
そうか、ついに決まったのか。
「へー、鷲鷹かぁ、悪くない名前ちゃうん?」
「そうですね、飛鷹さんの妹となるなら順当な名前ではないでしょうか」
「ええ。隼鷹と似たような感じになるかしら。改めてこれからよろしくね、鷲鷹」
三人が口々に思いを口にしていくが、その肝心の鷲鷹は……彼女にしては珍しく眉間に深い皺を寄せていた。
「? どうした鷲鷹」
俺が尋ねると皺を寄せたまま鷲鷹がこっちを向いてきた。
「……皆にお願い。私を呼ぶときはヲ級って呼んでほしい」
その言葉に全員の視線がヲ級に向いた。俺も怪訝な表情を浮かべてしまう。
「ヲ級、もしかして名前が気に入らなかったのか? ならば上層部に名前の変更を願い出るが」
「……提督、そうじゃない。私が戦う理由は一番にチヌの為、二番目に鎮守府の皆の為、正直人類だとか国だとかはさして興味がない。だから、そう言うものを守る者としての名前には凄い違和感がある。自分が自分以外の誰かの名前で呼ばれてる気がして……正直嫌」
その言葉に俺たち全員が驚きの表情を浮かべてしまう。
「……イヤイヤイヤイヤ、何言うとるん鷲鷹、あんま我儘言うもんやないで。てか、人類とかに興味ないとか口にせんほうがええでホンマに」
「そうよ。と言うか本当何言いだしてるのよアンタは」
黒潮と飛鷹が諫めるがヲ級は眉間に皺を寄せたまま意見を変えようとしない。どうすればいいんだこれは。
「……鷲鷹、一つ聞きたいのだが。君はチヌに鹵獲された故に深海棲艦を裏切ったと言っていたな。それでも君にとってこの鎮守府の皆は戦う理由に値するというのか?」
提督のその言葉にヲ級は頷いた。
「……不知火も黒潮も飛鷹も、他の皆も、最初の頃は私を警戒してたしギスギスした雰囲気を感じたけど……しばらくしてからは口でなんだかんだ言っても私の事を邪険に扱わなくなってくれた。皆私を受け入れてくれて行ってた。だから、私にとって鎮守府の皆も戦う理由になる」
胸を張って堂々と宣言する鷲鷹の姿に俺たちは呆気にとられた。彼女がこんなハッキリと物事を宣言するような事などあっただろうか? 俺は見たことがない。
「い、いやいや。ホンマ何言っとるんや鷲鷹、うちは別にあんたの事……」
黒潮が慌てた様子でそこまで言ったとき、鷲鷹は黒潮に視線を向けてきた。
「……そんな事言っても、黒潮も他の子もなんだかんだで私を相手してくれた。だから、チヌと貴女達が私の戦う理由」
そう、はっきりと宣言する鷲鷹。……困ったな、どうすればいいんだ? 俺がどうすべきか悩んでいると提督のほうがヲ級に声をかけてきた。
「……ふむ、そうか……。わかった鷲鷹……いや、ヲ級。今後も君のことはヲ級と呼ぶようにしよう」
「司令官、宜しいのですか?」
不知火の問いに提督は頷く。
「ああ。確かにこれまでヲ級と呼んでいたんだ、無理に変える必要もあるまい。ただし、それはあくまでこの鎮守府の中での話だ。対外的には君はあくまで飛鷹の三番艦、鷲鷹だ。必要とあれば私たちもそう呼ばざるを得ない、それだけは忘れないでくれ」
「……わかりました」
提督の言葉にヲ級はしっかりと頷く。やれやれ、最初はどうなるかと思ったが、どうやら大きな問題にはならなかったな。