不知火に案内されて、俺は鎮守府内を歩き回る。まず案内されたのは艦娘が主に生活面で行動する寮、食堂、運動場、図書館と言った施設であった。
「寮は男性の立ち入りは禁止されているので注意してください。ヘタに入りこめば砲撃を食らいます」
「……気をつけましょう」
戦車が軍艦の砲撃なんか食らったらどんな重装甲だったとしても吹っ飛ばされるのが目に見える。流石に味方からの砲撃でそんな無様な死に方はしたくない。
そんなことを考えている内に、俺たちは戦闘に関する施設……武器庫や倉庫、港湾などが存在する区域に足を踏み入れた。どうも最初に俺が居た場所からは見えなかっただけのようで、この辺はしっかりと軍事基地としての雰囲気を出しているし、実際どの建物も重厚なコンクリートや鉄鋼によって作られている。
案内された設備群を見ていくが、どこか古ぼけた印象を受けるのはやっぱりこの鎮守府が重要拠点でない事を現してるんだろう。まぁ、俺の居た寂れた港町に比べたら十二分に最新なんだが。
「ここが工廠となります。中に明石という艦娘がいますので、挨拶を先に済ませておくのがいいと思います」
「ああ、お願いします」
俺は不知火の提案に頷くと、工房の中に入っていく。工房らしく、あっちこっちに工具や材料らしき物があるが、こういう事に詳しくない俺にとってはどれがどれやらわからない。
「明石さん、新しく配属になった方が挨拶に来ました」
不知火がそう言うと、奥のほうからツナギを来た赤い髪の女性がこっちに向かって走ってきた。
「あー、話は聞いているよ。貴方が新しく配備された戦車さんですってね。初めまして、私は工作艦明石。ここで装備の制作とか、皆の近代化改修とかを担当しているんだ」
「初めまして、明石さん。よろしくお願いします」
工作艦か。確か日本では唯一の艦種なんだっけな。
「それじゃぁ、さっそく装備を渡して貰っていいですか?」
「……なぜですか?」
突然の要求に、俺は戸惑いの声を上げてしまう。
「あれ、提督から聞いてないんですか? そのままの装備じゃ厳しいだろうから、装備の改修や換装を行うようにって事ですよ」
「なるほど」
まぁ、言われれば当然の処置だな。
「では……これを」
取りあえず主砲と機銃を取り出して明石に渡す。
「はい、確かにお預かりしました。それじゃぁ、当面はとりあえずこれを装着しといてください」
そう言って出されたのは、俺の主砲の二倍ぐらいの大きさの単装砲であった。
「これ、12センチのなんですけど、とりあえずこれなら装備できますか?」
「そう……ですね」
受け取った単装砲を装備する。正直かなり重いが、なんとか装備したまま戦闘はできそうだ。
「じゃぁ、装備の改修は私のほうでやっておくのと……チヌさん自身の近代化改修もやらないといけないので、時間のあるときに私のところ来てくださいね」
「わかりました」
俺自身の近代化改修か……なんか、見た目だけが同じなだけで中身が完全に変わりそうな気もするが、どうせ今の俺じゃ役に立たないんだからやってもらうしかないんだろうな。
そんなことを考えつつ、俺は工房を離れ、不知火に案内を続けてもらった。結局2時間程で鎮守府の全体を案内された。
「さて、全体の案内はこんなところです。後は、貴方の住居となりますが……」
「そう言えばまだ案内されていませんでしたね。どこになるんでしょうか?」
「司令の住居の予備を使用して頂くことになりますが……艦娘の寮や司令の住居から少し離れていますので、少々不便ではありますが……」
「構いませんよ」
「そうですか。では、ご案内します」
そう言って不知火が俺を案内したのは、一応生活区に入るが、端のほうにある一軒家だった。確かにこれは寮とかに比べると遠いな。他の施設から10分ぐらいは離れてる。
「こことなります。では、これで施設の案内は終わりますので、私はこれで」
「ありがとうございました」
お礼を言い、不知火が立ち去るのを見送ってから、俺は家の中に入る。家の中は古い日本住宅らしく、玄関を上がってすぐに6畳の居間があり、奥には台所が見える他、トイレや物置と思しき扉も見える。畳の上にはちゃぶ台や木製の箪笥もあり、ちゃぶ台の上に置かれている紙に目を通すと、そこにはこの部屋にある物は全て軍からの支給品で、自由に使って良いという旨が書かれていた。
「やれやれ……今日からここが俺の家か……」
古ぼけてはいるが港町で住んでいた家よりもしっかりしているし、見た処家具もちゃんと揃っている。流石に予備とはいえ提督の住居なら当然か。
俺は家に上がると、荷物のトランクケースを畳の上に放り投げ、その隣に胡坐をかく。天井にはLEDの電球がぶら下がっている。
「しかし……やっぱり俺にここでの戦闘は厳しいよなぁ……」
装備を出現させ、俺は新しく支給された単装砲を触る。12センチのこれは旧型で大した威力なんかないはずだが、それの装備にすら難儀する有様では……。
「……まぁいい。どうせやられてなんぼの戦車だからな……」
俺は少し溜息をつくと、とりあえず家の中を確認していく。台所には料理道具が一通り揃っており、トイレは水洗式になっている。その横の扉には小さいながらも木造りの浴槽の設置している浴室があった。台所の隣には勝手口があり、そこから出ると目の前は海が広がっており、防風林として松が何本も生えている。。
それから中に戻り、箪笥や押し入れの中を確認する。中には生活に必要な道具が一式と、軍服が揃っている。軍服を取り出してみると、それは海軍の物であった。
「……俺、陸軍の兵器なんだが……。贅沢も言えないか」
少し溜息をつき、俺は試しに軍服を着てみる。すると、事前に俺に合わせて作られたのであろう、服のサイズは俺にキチンと合っていた。
「……なんか居心地悪いなこれ……仕方ないか」
そう呟き、俺はトランクケースを開ける。そこにあるのは数日分の衣服に財布等の貴重品。後は古本屋で買っていた第二次大戦に関する本数冊。これが、今の俺の私物の全てだが、とりあえず財布を除いて全部箪笥に仕舞っておく。
「さて……後は明日からか……って、もうこんな時間か」
ふと時計を見ると、時間は既に1時を回っている。この間の戦闘からの空腹も相まって、少し気分が悪くなってきている。取りあえず台所をもう一度確認したが、食材がまったくなかったから、俺は家を出て、生活区の中で案内された食堂に足を向ける。
「はーい、いらっしゃいませー」
俺が中に入ると、割烹着を来た女性……さっきここに案内された時に不知火から紹介された間宮が俺を出迎えた。
「あら、チヌさんですか。お食事ですか?」
「ええ。何かお勧めの物はありますか?」
「そうですね……。では、定番海軍カレーを用意しますので、少々お待ちください」
そう言っておくに引っ込んだ間宮を見送り、俺は席の一つに着き、カレーを待つ。だが、カレーが到着するよりも早く、新しい客が食堂に入ってきた。
「あら、チヌさん。貴方もお食事ですか」
中に入ってそう言ってきたのは不知火であった。
「不知火殿も今からお食事ですか?」
「ええ。少し仕事で時間が遅くなってしまいましたが……。相席、宜しいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
俺が頷くと、不知火は俺の向かいに座る。そして不知火が来たことに気づいた間宮が奥から顔を出すと、俺と同じカレーを注文する。
「部屋の服を着られたんですね。お似合いですよ」
「……私は陸軍の兵器ですから、違和感は拭えないんですけどね」
不知火の言葉に俺は苦笑を浮かべる……まぁ、内心はもっと苦いものがあるんだが、表に出すわけにもいくまい。
そんな考えを押し込みつつ、俺は不知火と会話を続ける。しばらくしてカレーが到着し、それを食べながらも同じような調子だ。しかし、海軍のカレーはうまいと聞いていたが本当だな。おまけに、あの主砲を撃って以降の空腹まで満たされていっている感覚がする。どうなってるんだ?
やがて、不知火が先にカレーを食べ終えると、水を一杯飲んでから席を立つ。
「それでは、私は午後の仕事がありますので、これで失礼します」
「わかりました」
俺がそう言って不知火を見送ろうと顔を上げると、不意に不知火が俺の顔を見つめてくる。
「貴方の喋り方って素じゃないですよね?」
「はい?」
突然の言葉に俺は首を傾げる。
「これから同僚となるあなたに一応の忠告としておきますが、この鎮守府内でその敬語を使い続けるのは疲れるので、素の口調もある程度だしておいたほうがいいですよ」
そう言うと、不知火は俺の返事も待たずに食堂を後にし、残された俺は不知火の言葉の意味を考えながら食事を続けることとなった。