不知火から知らせを受けてから数日後、無事に秋雲は鎮守府に着任した。そして家で筋トレをしていた俺の元にも彼女は挨拶に来た。
「どうも、陽炎型19番艦秋雲です。宜しくお願いします」
「三式中戦車チヌだ。宜しくお願いする」
頭を下げてきた秋雲に俺も頭を下げて挨拶する。
「いやぁ、チヌさんの事は不知火や黒潮から聞いてたけど、本当に戦車が居るんだねぇ、驚いたぁ」
「秋雲、チヌさんに対して失礼な物言いをするのはやめなさい」
秋雲の言葉に不知火が釘を刺すが、まぁ当然の反応だからなぁ。
「気にするな不知火、当然の感想だ……堅苦しく構えなくて大丈夫だ。俺自身そうしようとして拒否されたからな」
「へぇ、話がわかる人なんだねぇ。正直堅苦しいのは苦手でねぇ。よろしくねぇ」
そう言って差し出された手を俺も握り、握手する。
「まったく……それではチヌさん、他の方への挨拶が残っていますので私たちはこれで失礼します。行きますよ秋雲」
「はいはいっと。それじゃあねチヌさん」
そう言い残し、二人は俺の家を後にした。しかし、19番艦か。陽炎型は本当に数が多いんだな。まぁ、不知火と黒潮の妹だ、悪い奴じゃないだろう。
秋雲に対してそんな印象を持った3日後。俺は魚雷の訓練の為に訓練場に来ていた。さて、今日は少しは上達することができるといいんだが……。
「あれ、チヌさんじゃん。特訓なの?」
声をかけられその方向を向くと、そこには秋雲の姿があった。艤装を持っているということは彼女も特訓なのだろう。
「ああ、少しでも特訓をしておかないと、俺じゃぁ役に立てないからな。秋雲も特訓か?」
「そだよー。あ、じゃぁさ、一緒に特訓しない? 対戦形式とかどうよ?」
対戦形式か……まぁ、俺じゃ艦娘には勝てないが、俺にとってはありがたいし、秋雲からしても動く的のほうがやりがいがあるだろう。
「それは構わない。さっそくやるか?」
「ほいほい。じゃぁちゃちゃっと準備をするからちょっと待っててね」
そう言うと彼女は艤装の確認を行う。俺がそれが終わるのを待っていると、ふと視界の端に黒潮の歩いている姿が見えた。すると黒潮も俺に気づいたのか、歩く方向を変えて俺のほうに来る。
「黒潮、何やってるんだ?」
「うちはちょっと散歩やで。あれ、秋雲もおるやん。何するんや?」
「あ、黒潮。私今からチヌさんと特訓するんだ。黒潮もどう? 一緒にやらない?」
「そやなー。チヌはんが居るなら一緒にやるで、ちょっと待っててなー」
そう言うと彼女は工廠に向かって走り出し、しばらくして艤装を持って戻ってきた。その頃には秋雲も準備を終えて水面に立っていた。
「お、黒潮来たねー。じゃぁ、黒潮が準備してる間に対戦しようかチヌさん」
「へ? 秋雲、チヌはんと戦うんかいな?」
「そだよー。いやー、チヌさんが実際にどれだけ戦えるかとか気になるしさー」
それを聞いた黒潮が何か微妙な顔をしている。どうしたんだ?
「あー……秋雲、チヌはんと実戦形式はやめとくほうがええんとちゃう?」
「えー? 大丈夫だよ。いくらなんでも怪我させるような事はしないってー」
「いや、そうやなくてな……そのなぁ……」
「なにー? そんなに心配なの? 大丈夫だってー、秋雲の事信用しなよ。さ、始めようチヌさん」
「ああ、宜しく頼む」
何か言い淀む黒潮を置いて俺たちは海上を進んでいく。そしてある程度陸から距離が離れた所で互いに向き合った。
「じゃ、行っくよー」
秋雲の声を合図に俺たちは訓練を開始した。
特訓開始から五分後。そこに居たのは煙を上げて海面に座り込む秋雲と、ほぼ無傷の俺であった。……何を言ってるかわからない? 俺もわからない。
「いたーい! なんで、なんでチヌさんこんな強いのさ!」
「俺が聞きたい……じゃない。秋雲こそ一体どうしたんだ? どこか調子が悪いのか? それとも艤装に異常でもあるのか?」
「あーあ、やっぱりこうなったかぁ。予想通りやで」
困惑する俺たちの元に呆れ顔の黒潮が来た。だが、予想通りとはどういうことだ?
「黒潮、どういう事さ? もしかして、チヌさんって実は戦車じゃないとか?」
「ちゃうちゃう。単純な実力の差や」
「いや、何を言ってる黒潮、実力って……戦車の俺がどうやって艦娘に実力で勝てるというんだ?」
黒潮の言葉に俺も秋雲も困惑する。
「あのなーチヌはん。どんだけ実戦と訓練してきとるのか自分でわかっとらんのか? ぶっちゃけ、時間だけで言えばとうにこの鎮守府から別の鎮守府へ異動になるぐらいの経験をしとるんやで」
「いや、だからって、艦娘に勝てるわけがないだろう」
「あんなぁ、チヌはん元々深海棲艦を倒す力があるんやから、艦娘相手にかて勝つ力があるんやで。で、チヌはんの特訓の相手しとるうちらは、自慢やないけど前線の鎮守府に配属される事も視野に入れられとるぐらい錬度が上がっとるんや。こないだの鎮守府への襲撃でそういう話はのうなったけど、そんな艦娘を相手にチヌはんはずっと訓練してきとったんや、強くならんほうがおかしいで」
……そんな事があるというのか? 俺が艦娘より強くなるだと? そんな馬鹿な。
「あ、でもなー……言いにくいんやけど、チヌはんは確かに強うなったけど、それでもやっぱ上達の速度は遅いし、多分ちゃんと訓練と実戦をこなした艦娘相手やと勝てへんと思うわ。あくまでも、十分な実力のない艦娘相手ならなんとか……ってぐらいに考えてーや」
「なるほどな……ああ、納得できたよ」
続く黒潮の言葉に俺は安堵の息を漏らす。艦娘が俺に負けるような弱さだなんてシャレにもならないからな。
「なーんだ。それじゃぁ別に秋雲が弱いってわけじゃないんだー。あー、良かったぁ」
黒潮の言葉を聞いた秋雲もホッとしたのか胸を撫で下ろしている。だが、そんな彼女に黒潮が容赦なくチョップを叩き込んだ。
「アホゥ、いくらチヌさんのほうが強いうてもなんや秋雲のあの戦い方は。大方チヌはんの事を舐めてかかったんやろ。そうやなかったらあんなあっさり当たったりなんかせえへんで。次からは注意するんやで」
「アテテ……わかったよー。秋雲だって悔しいし……チヌさん、次からは本気で行くからね」
「ああ、是非そうしてくれ」
頭を抑えながらも、彼女の声には先程まではなかった真剣さが感じ取れた。どうやら本気になったようだな。このまますぐに俺を追い抜いてくれるといいんだが。