そんな事があってから一か月。秋雲は毎日欠かさず訓練と実戦を行い着実に錬度を上げていった。そして今日、俺との特訓で俺は彼女の放った魚雷を回避できず、水上バイクから見事に叩き落された。
「よし! よし! やっとチヌさんに勝てた! やったー!」
俺に勝てたのが余程嬉しいのか、全身で喜びを表現する秋雲。やれやれ、これでやっと彼女も一人前……あれ、なんで俺が艦娘の試金石みたいな状態になってるんだ?
「へっへー。どうよチヌさん。秋雲強くなったでしょ」
水上バイクにしがみ付きながら頭に浮かんだ疑問について考えている俺に秋雲が近づいてくる。
「ああ、一か月でここまで強くなるとはな。凄いな秋雲は」
「あー……そんな素直に称賛されるとなんか調子狂うなぁ……ま、いっか」
そう言うと彼女は俺を引っ張り、水上バイクの上に乗るのを手伝ってくれた。
「ねぇチヌさん。秋雲けっこう頑張ったんだよ。だから、何かご褒美とかあってもいいと思わない?」
「そうだな……間宮の特別チケットでいいか?」
「お、それも貰うけどさー。それと別に、チヌさんの絵を描きたいんだけど、いいかな?」
「絵? それは別に構わないが……何かにでも使うのか?」
秋雲の要求に俺は首を傾げる。俺の絵なんかどうするんだろうか?
「いやいや、使うとかそんなのじゃないよ。単に描きたいだけだから。趣味だよ趣味」
趣味か。まぁ、そういう趣味もあるんだろう。
「わかった、じゃぁまた絵を描くときは言ってくれ。いくらなんでも今から描く。なんては言わないだろ?」
「そりゃそうさ。まずはチヌさんから貰う間宮のチケットで自分にご褒美上げないとね」
そう言うと彼女は早く俺にチケットを渡すようにせがんでくる。仕方がないので俺は訓練を中断し、彼女にチケットを渡すために家に帰る事になった。
秋雲が俺に勝てるようになってから更に一か月が経過した。俺は図書室で勉強をしながらも、彼女の今後のことをつい考えてしまう。既に俺では完全に勝てないまでに錬度も上がっており、あれなら別の鎮守府でもやっていけるだろう。これまでの例ならそろそろ彼女も別の鎮守府に異動する話が出てるはずだが、彼女はどうするつもりだろうか?
「あ、チヌさん居た居た」
声をかけられその方向を向くと、秋雲がこっちに向かってきていた。俺を探していたようだが。何か紙を持ってるのはなんだろうか?
「秋雲、どうかしたのか?」
「いやね。これあげようと思ったんだ。ほら、チヌさんの絵だよ」
そう言って彼女が差し出した紙を見てみると、確かにそこには俺の絵が描かれていた。水上バイクに乗って訓練をしている時の姿だが、よく描けている。色まで付けてるし……趣味どころか、これで食っていく事も十分できるんじゃないだろうか。
「……凄いな、こんな上手な絵なんて、俺は初めて見たぞ」
「へっへー。どうよこの秋雲の実力、御見それした?」
「ああ、御見それしたよ、よくできてる。こういう事ができるのは素直に凄いと思う」
俺が掛値なしに褒めると、秋雲の顔が少し赤くなった。
「あー……チヌさんって本当に素直に褒めてくれるよねぇ。あんま素直に褒められても照れるよ」
「そう言われても困るが……しかし、本当に貰ってもいいのか? けっこうな手間がかかったんじゃないのか?」
「んー? 大丈夫大丈夫。だって、これからまた描けばいいんだからさぁ」
そう言って彼女は笑みを浮かべる。まぁ、確かに、彼女なら実物を見なくても十分描けそうだな。
「そう言うわけだからさ。これからも宜しくねチヌさん」
「ん? これからも? ……秋雲は異動しないのか?」
秋雲の言葉に首を傾げると、秋雲は多少大げさだが、驚いたような表情を浮かべた。
「ちょっとちょっと。さっきチヌさんの絵をこれからも描くって言ったじゃん。実物もなしに絵描くと思ってるの?」
「秋雲なら十分できそうだが……異動はしなくていいのか? お前の実力ならもう他の鎮守府でもやっていけると思うが」
「いやぁね。ここの鎮守府って戦力の増強求められてるでしょ? だからさ、秋雲もそれに加わろうと思ってるんだ。不知火や黒潮がいる鎮守府だしねぇ」
確かに先の鎮守府襲撃以来、ここは戦力の増強を図ってはいるが……。
「確かに戦力増強を図っているが、秋雲はいいのか? 他の鎮守府なら他の陽炎型や夕雲型も居るんだろ?」
「いやぁ、皆にはまた機会があれば会えるしねぇ。それより、私は今はチヌさんのほうが興味あるんだよ」
「……俺に興味?」
秋雲の言葉の意味が分からず俺は首を傾げる。俺は別に彼女にとって興味深い何かがあるとはとても思えないんだが……。
「そう、艦娘を除いて唯一深海棲艦を倒す……だけじゃなくて鹵獲まで成し遂げた戦車。興味がわかないほうがおかしくない?」
「ああ、そう言うことか。確かにそれならまぁわかるが……」
そこまで言った時、不意に秋雲が俺に顔を近づけてきた。
「まぁ、それだけじゃなくてさ。チヌさんの人柄とかにも興味があるんだ」
「……なんだそれは? 俺は別にそんな面白い性格はしてないと思うんだが……」
「いやぁ、興味あるよ。だって、あの不知火が一人称変えてまで、自分をよく見せようとしてるんだよ? 黒潮は懐いてるし……実は秋雲も好きって思ってるんだよね。陽炎型の三人が揃って好きになるなんてさ、そりゃ興味ないわけないじゃん」
そう言って彼女は俺に顔を近づけ、とても良い笑顔を浮かべた。
「……は?」
「ま、そう言うわけだからさ。秋雲はこの鎮守府に残るよ。それじゃ、また新しい絵を描くからね」
そう言い残して秋雲は図書室を後にした。
「好きって……いきなりなんなんだ?」
秋雲の言葉に俺は首を捻る。確かにここ二か月程の間は彼女とよく交流していたし、訓練でもよく相手をする事があった。だが、それが好きなんて感情に結びつくか?
「……ああ、同僚としての好きか。それならまぁ……わかるか」
しばらく考えた俺はそう結論を出して図書室を後にする。勉強の途中ではあるが、彼女から貰ったこの絵をちゃんとしまっておかないとな。
うっわぁ……恥ずかしい! 超恥ずかしい事言っちゃったよ自分!
図書室を出た私は急いで離れる。うわぁ、自分の顔がめっちゃ赤くなってるよ。こんなの誰かに見られたらシャレにならないって。
取りあえず近くの物陰に隠れて深呼吸する。……よし、落ち着いてきた。
「まったく、不知火、黒潮だけじゃなくてこの秋雲さんまで落とすなんて、まるで同人誌の主人公だよねぇ。いやぁ、そんな人が実際に居るなんて思わなかったよ」
そう呟きながら、チヌさんとの二か月を思い返す。特訓の時にはいつも真剣に付き合ってくれて、実戦で私がミスって怪我した時には背負って入居施設まで連れて行ってくれたっけ。それに、何かと秋雲に気を使ってくれたし……。
「……チヌさんってなんだろうなぁ、お父さんって感じに近いけど、絶対にそれだけじゃないよね。天然たらし? ジゴロ? ……完全に無自覚なんだよねぇ」
ぶっちゃけ、普段の彼のやり取りからは下心の類なんて一切感じない。もしそんな気があるなら不知火や黒潮があんなに懐くとは思えないし……何より秋雲だってそんな人を好きになんかならないしー。
「あー、もう。変に考えるなんて秋雲らしくもない。こうなったらなんでチヌさんが好きになったのか、じっくり観察してやるんだから」
どうせあの人の性格のことだ。私以外にも同じような態度で接してるだろうし、私と同じように思ってる艦娘もいるはず。彼女たちに話を聞いたりして、なんとか探ってそして……。
「最高の一枚を描いてプレゼントしてあげたら、きっとこの秋雲さんが本気だってわかるはず! 頑張るぞ!」
拳を突き上げ、私は宣言する。絶対にチヌさんを振り向かせてやる!