藤村さんに案内され、俺たちは事務所の客間に案内された。大人数用の畳式の部屋のおかげで俺たちは狭苦しさもなく出された座布団の上に座る。そしてしばらくして茶と多少の茶菓子を用意して頂いた。
「さて……しかしこうして目にすると不思議なものです。チヌ殿が提督殿、艦娘殿達と共にこの神社を訪れてくれるとは」
「私も不思議な気分です。いずれ訪れるつもりではありましたが、その時はお役目御免となった後の一人旅の中で、と考えておりましたので」
「おいおいチヌ。私が君をお役目御免にすると思っているのか? 君にはまだまだ働いてもらうつもりだよ」
「そうですよ、貴方は必要な存在なんですから、簡単にお役目御免になるとか言わないでください」
俺の言葉に提督と不知火から即ツッコミが入る。いや、そのうちお役目御免になるのは確かなんだが。
「これはこれは……チヌ殿がこう慕われているとは……父や木村さん達にも見せたいものですなぁ」
俺たちのやり取りを見た藤村さんが微笑ましそうにしている。その反応は少し反応しづらいんだが……。
「ハハッ、チヌは確かに戦闘力は低いですが、それをカバーする人徳がありますからね……ところで藤村さん、少々お尋ねしたいことがございますが……よろしいでしょうか?」
不意に提督の声が低くなる。それを感じたのか艦娘たちも藤村さんも姿勢を正し次の言葉を待った。
「……藤村さん、神職であり、チヌと関わりのある方だからこそお聞きします。チヌの……彼の正体についてなにか心当たりはありませんか?」
正体……そうか、そうだな。確かに神職に就いておられる藤村さんなら、何かわかるかもしれない。俺という存在について。
「彼は確かに深海棲艦を倒しうる力を持っている。それは艦娘と同じです。しかし、彼の身体能力……特に頑強さは艦娘とまったく異なっています。彼の体は文字通り戦車の装甲の如き頑強さを誇っており、それは艦娘よりも遥かに強い。それなのに深海棲艦の砲撃を食らえれば大きな傷を負う……私はそういう方面には疎いですが、チヌと艦娘が異なる存在だという事はわかります。ですから……どうかお心当たりがおありなら教えていただけないでしょうか?」
そう言うと、提督は深く頭を下げた。そうか、ここに来たいと言ったのはこの為だったのか。
「なるほど……そうでございましたか……先日提督殿よりこの神社を訪ねたいと言われた時には驚きましたが……なるほど、そういう理由だったのでございますね」
なるほど、妙にとんとんと中へ案内される事になったと思ったが、事前に言っていたのか。
「ふむ……そうですな……。これから述べるのはあくまで私個人の見解に過ぎません。当たっているのかそれとも的外れなのか……どうか鵜呑みにされず、参考程度にお聞きください」
そう言うと藤村さんは大きく息を吐き、それから改めて俺たちに視線を向けた。
「チヌ殿に関して話す前に、まずは私なりの艦娘への見解を述べましょう。……皆さんご存知の通り、艦娘とは先の大戦における各国の軍艦が女性の形をなったものです。それは艦娘の皆さんの記憶からも確かな事でしょう。では、なぜ貴女達は人の姿になったのか、皆さんが戦う深海棲艦とは何なのか……でございますね」
「そうですね、そこは私も興味があります。私たち艦娘も深海棲艦もなぜ生まれたのか……」
榛名の言う通りだな。そこは俺も興味がある。
「それですが……私はこれを二つの大戦や、今日までに起きた戦争の負の感情の爆発と考えております」
これは……予想外だな。先の大戦だけじゃないというのか。他のメンバーもそう思ったのだろう、頭の上に疑問符を浮かべてるのがなんとなくわかる。
「第一次大戦を皮切りに、人はあまりに血を流しすぎました。一次大戦は約3700万人、二次大戦は約8500万人。これだけで1億2千万……日本の総人口を超える死傷者が出ました。公式に死傷者とされていない人間を合わせれば更に増えるでしょう。そして他にも起きたいくつかの戦争、武装組織との戦い、僅か百数十年の間にあまりに多くの人が死にました。それも普通の死に方ではなく、戦争という中で死んだのです。彼らの憎悪、悲しみ、怒り……負の感情がどれだけのものなのか、想像が付くと思います」
「勿論、その死傷者の多くは陸上で亡くなっておりますし、各国とも鎮魂のための儀式や行事は行っております……が」
そこまで言ったとき、藤村さんは深く、とても深くため息をついた。
「海で死んだ方への鎮魂の行事はどうしても場所も回数も限られます。そして昨今の……科学を盲信し、神も仏も信じなくなった方々が増えたことによる信仰の希薄化は、儀式そのものの成果すら希薄にしてしまいました。それは海で死んだ方への鎮魂だけでなく陸で死んだ方への鎮魂も完全にはできない程に……残念ながら、神職にある者ですらそう言うものが増えておりますのですから、仕方がない事なのでしょう」
「では……深海棲艦はやはり……」
提督の言葉に藤村さんは頷いた。
「はい、先の大戦における海での死者の負の感情。それが形をとったものでございましょう。そしてそれを核として、陸で死んだ方々の浄化しきれない怨念を吸収していったのだと思われます。戦争程に大きな負の感情が渦巻く状況はございません。そして……彼らが陸を目指すことがあるのは、未だ吸収していない、陸における昇華しきれていない戦争の死傷者達の負の感情を吸収する為だと思われます。それらを吸収する事ができれば彼らは更に強大な力を手に入れるでしょう」
藤村さんの言葉に俺は背筋が寒くなるのを感じた。深海棲艦が更に強くなればどうなる? 今でさえ人類は優勢とは言えないのだ。これ以上深海棲艦が強くなれば……手に負えなくなるかもしれない。
「そして、それに対して艦娘の皆さまは正の感情を元にして生まれた存在……かと思われます。ただ残念ながら……戦争とは志願した者だけが行く場所でなければ、兵士でない民間人も多く亡くなります。それに、例え志願して御国のためにと意気込んでいようとも、大半の人間は死ぬときには負の感情が勝るものです。それが……深海棲艦と艦娘との絶対的な数の差を生み出しているのでしょう」
……いくら言葉で言おうとも、そのつもりであったとしても、やはり人間にとって死の瞬間はそうなるのか……。
「でも、藤村さん。私たちは確かに先の大戦の軍艦の生まれ変わりだと思います。では……なぜ私たちは女性として生まれたのでしょうか?」
飛鷹の問いに藤村さんは非常に言いにくそうな顔をする。
「そうですね……一つは船霊と呼ばれる海の女神の影響が考えられるでしょう。この女神は船を作った時に祀られる神なので、その影響を受けたとは十分考えられます……後は……そうですね………やはり生み出した人の想いの影響もあるでしょう。船には女性の名前を付けるという風潮があります。それはまぁ……男性が乗るものとしてのあれですので……どうしてもその想いが影響したのかと……」
それを聞いて艦娘達が心なし顔を赤くする。俺も正直なんとも言えない気持ちになる。……もしかしたら俺も女に生まれてたかもしれないって事だよなぁ……戦車だって男が乗るものだし、そもそも陸上戦艦を目指して作られたのが俺たち戦車の祖だもんなぁ。
「ゴホン……まぁ、それは置いといて……藤村さん、それではなぜチヌと彼女たちの頑強さは大きな違いがあるのでしょう。船の生まれ変わりであるなら、むしろ艦娘のほうがチヌよりも頑丈であるべきではないかと」
小さく咳払いして提督が話を戻す。それを聞いた藤村さんも気を取り直したのか表情を改めた。
「そこでございますか……そうですね、総数こそ大きな違いがありますが、恐らく艦娘と深海棲艦はコインの表と裏のような存在……性質は違えど人の想いから生まれたのでしょう。しかし……中国の陰陽思想にあるように、万物は陽と陰の二つがなければ成り立ちません。ならば、陰である深海棲艦、陽である艦娘。完全に二つに分かれたわけではなく、ある程度は双方とも両方の性質を持っているでしょうが、あまりにバランスが取れていない事は想像できます。恐らくはそれが、彼女たちの力を小さくしているのでしょう」
「もしも艦娘と深海棲艦が一つの存在として生まれたのならば……それはきっと元の船と同じ戦闘力……いや、人ならざる力を宿すことになっている以上はそれ以上の力を持っているのかも……しれません。これが、私が考える艦娘と深海棲艦の存在について、です。先も言いましたが、あくまでこれらはただの私の想像に過ぎません。どうか鵜呑みはせぬよう、お願い申し上げます」
そう言って藤村さんは頭を下げた。
「いいえ……大変参考になるお考えでした。しかし……それではチヌはいったいどのような存在なのでしょうか?」
「そうですね……チヌ殿は恐らく……付喪神の一種でございます」
付喪神……人の想いが宿った道具に魂が宿ると言う妖怪。やはりそうなのか……だが、疑問は残る。
「艦娘、深海棲艦は人の想いが核となって実体化した……言わば思念体、幽霊に近いと思います。しかしチヌ殿はれっきとした依代を持つ付喪神……その依代という物理的な存在がチヌ殿の頑強さの元なのでしょう。その一方で戦車と軍艦という違いの影響によって深海棲艦からの攻撃には大きな傷を負ってしまう……そのように考えられます」
「……しかし、藤村さん。付喪神は百年程の時を経た道具がなるものだと聞いています。私は未だそれだけの歳月を過ごしていません。それに……一度たりとも使われていない私が……なり得るものなのですか?」
そうだ、俺は使われる事はなかった。ただの一度たりともだ。確かに俺の中には俺に乗るはずだった小隊の想いが宿っている。だが……それは僅かな間に宿ったものだ。それでも俺は付喪神となったのか?
俺が疑問を問うと藤村さんは温和な笑みを浮かべて俺に視線を向ける。まるで、香取が俺に指導をしているときのような……そんな雰囲気を思い出してしまうような、そんな笑顔を浮かべて。
「チヌ殿、妖怪とて命あるもの。機械のような厳密な定義があるわけではありません。それに……チヌ殿の場合は……恐らく父と木下准尉が影響を与えていると思います」
お二人が影響を? どういうことなんだ?
「その……身内自慢ではありませんが、父はいわゆる霊力と言うものが非常に強力な方でして。そして木下准尉も父の幼馴染でこの神社でよく一緒に過ごしていた事もあり、その影響で木下准尉も大きな霊力を持つようになりまして。普通の方に話せば鼻で笑われる話ではありますが、皆さんなら問題はないかと」
……確かにそうだよな。普通に考えればこんな事を言われれば一笑に付すだろう。だが、俺も艦娘も人間じゃないし、提督はそんな俺たちとずっと接してきているんだ、笑うわけがない。
「恐らくチヌ殿が今こうして付喪神の一種となられたのも強い霊力を持つ父と木下准尉の霊力の影響を受けたからでしょう。特に木下准尉の想いがチヌ殿の姿を作るほどに強かったのであれば尚更です」
……なんか和風ファンタジーじみた話になったなぁ。まぁ、仕方がないか。
「そして、チヌ殿は深海棲艦が生まれた時と同じくして生まれたと聞いております。恐らくは深海棲艦が誕生した時の霊的な余波がチヌ殿の誕生を促したのでしょう。その余波を受けた事で、チヌ殿もまた艦娘と同じように深海棲艦にダメージを与えらえれる……しかしながら戦車としての存在故に艦娘と同じ程にはいかない……のではないでしょうか」
……つまりこう言うことか。俺は元々遠からず付喪神になるはずだった。だが、深海棲艦誕生の余波を受けてその時期が早まり、更に深海棲艦とも戦えるようにはなったが、あくまで戦車であるため、艦娘ほど強くはない。その代り、付喪神としての依代のおかげで物理的な頑強さだけは強いって事か……。
「なるほど……非常に参考になるお言葉です。私だけではそのような考えには辿り着かなかったでしょう」
「いいえ、繰り返しますがこれはあくまで私の私見に過ぎませんし、これだけでは説明のつかない事もあるでしょう。例えば……そこの深海棲艦に関する事など、でしょうか」
その言葉に俺たち全員が目を見開く。藤村さんの視線は確かにヲ級に向けられている。気づかれていたというのか?
「なにを仰っているのですかな? 彼女が深海棲艦等と、冗談にしては少々悪趣味ではないかと」
提督がそう言って藤村さんを睨むが、藤村さんはその視線を正面から受け、はっきりと言葉を口にする。
「これでも私も神職の端くれでございます。最初のうちは気づきませんでしたが……彼女の気配は艦娘のそれに近い……ですが、負の気配が強い。艦娘に近く、なおかつ負の気配のほうが強いとなると深海棲艦以外におりますまい」
「……なるほど、御見それしました。確かに彼女は深海棲艦……いや、元と言うべきでしょう。彼女はチヌに鹵獲されたヲ級です」
観念したのか提督はヲ級の事を藤村さんに説明する。それを聞いた藤村さんも大きく首を傾げた。
「なんと……チヌ殿が鹵獲でございますか……うーむ、それはなんとも不可思議な事です。付喪神故の何かがあるのか……。申し訳ありません、その件に関しては私がわかる事はなさそうです」
どうやらこの件に関しては藤村さんもわからないようだな。まぁ、前例がなければ仕方ないとは思うが。
その後も俺たちは質問を重ね、気づけばけっこうな時間が経過してしまっていた。