「ふむ……もうこのような時間ですか。申し訳ない、少々お話が長くなってしまいましたな」
時計に視線を向けた藤村さんの言葉に俺たちも時計に視線を向ける。時間は既に一九○○を指していた。確かにこれは長居しすぎたか。
「いえ、どうかお気になさらないでください。大変有意義な時間を過ごすことができました」
確かにそうだ。藤村さんの言ってることが正しいのかはわからない。だが、参考にするには十分すぎる内容だった。
「皆さん、もうこのような時間になってしまいました。もしよろしければ晩御飯等いかがでしょうか?」
「宜しいのですか?」
榛名の言葉に藤村さんは頷く。
「はい、この国を守る皆さんに食べて頂けるならば光栄な事でございます。それにもしもまだお聞きしたことがございますならその時にお答えもしましょう」
「提督、どうされますか?」
「私は構わない。実際、まだお聞きしたことはある。皆はどうなんだ?」
提督の問いに俺たちは了承の意を示す。その時、ふと藤村さんが提督と……俺のほうを見て視線を外に向けた。……これは、何かはあるということか?
「かしこまりました。では準備を整えてまいりますので少々お待ちください。ああ、その間はご自由に境内を見ていただいていて構いませんので、それでは」
そう言って藤村さんは客室から出て行った。さて、恐らくさっきの藤村さんの行動の意味は外に出てくれということだろう。それに従うか。
「チヌ、少し私と一緒に歩かないか? 色々と聞いたことだし、少し君の意見も聞かせてもらえるといいんだが」
立ち上がろうとした俺に向かって提督が声をかけてきた。提督も気づいているようだな。
「わかりました、お供します」
そう言って俺は立ち上がり提督と一緒に部屋から出ようとする。すると、後ろから飛鷹が声をかけてきた。
「あら、榛名を連れて行かないの? 珍しいわね」
「ああ、たまにはな」
短く答えて提督は部屋を出る。俺もそれに続いて歩き、事務所を出る。すると、そこには先ほど出て行った藤村さんの姿があった。
「申し訳ありません、このような形でお二人をお呼びしてしまい……提督殿にこちらの意図に気づいて頂けて幸いでございます」
「これでも管理職の軍人ですから、ああ言うのには多少機敏なのですよ。さて、私とチヌの二人だけに目配せしたということは艦娘や深海棲艦には聞かせられないお話ということでしょう。いったい何のお話しなのですかな?」
「はい、あの方々にお聞かせするかどうかはお二人にお任せしますが、まずはお二人だけにお話しをしておくほうがよろしいかと」
そう前置きして、藤村さんは俺たちを事務所から少し離れた場所へ案内する。
「ここなら大丈夫でしょうか……。さて、お二人にお聞かせするのは、艦娘と……恐らくは深海棲艦にも通じるであろう事柄でございます」
「両者にですか? それはいったいどういった事なんでしょうか?」
俺が聞くと、藤村さんは神妙な面持ちで俺たちを見てきた。
「先ほどの話の中で私は艦娘や深海棲艦は思念体、幽霊が実体化したものだとお話ししました。さて、そう言った類のものは生きている者に強く惹かれる習性があります。また、彼らは自身の想いの発露に対して人間よりも積極的な傾向があります。……お二人はお心当たりがおありじゃないでしょうか?」
「……確かに、艦娘である彼女たちは人間以上に感情を率直に表していますね。チヌ、君はどう思う?」
「私もそう思います。彼女たちは年相応……いや、それ以上に感情を表す事が多いですし、感情が行動に直結しているところも見られます。……提督と榛名は極端な例としても、他の艦娘達もそんな感じはします」
そうだ、思い返してみれば彼女たちの感情の表現は人間に比べればかなりハッキリしている。表裏がないと言うわけじゃないが、概ね素直に感情の通りに体が動いている傾向にあるという感じだろうか。
「やはりそうでございますか。さて……そうした感情の発露の激しい彼女たちですが、それ故に近くに肉体を持つ者に惹かれやすいでしょう。特に提督殿とチヌ殿は艦娘と普段から過ごしていますゆえ、その想いの矛先としてはうってつけです」
「しかし、それは……こういう言い方をするのは申し訳ないのですが……彼女たちの近くにいるだけで勝手に好意的に見られる部分があるということです。勿論それは人間関係を構築する上ではありがたいでしょう。しかし、一度それが負の感情のほうに流れた場合、それは人間に嫌われる時よりも過剰な拒否反応を見せられる可能性もあるということです」
「恐らくそうなれば、艦隊運用にも支障をきたすかもしれません。また、彼女達の好意を利用して何かを企むものもいるかもしれません。その懸念だけ、お伝えしようと思った次第でございます」
……これは、恐ろしいな。そうか、愛憎という言葉もあるように、感情と言うのはそれこそあっさり引っ繰り返ったりもするし、そうじゃなくても普通に嫌われれば加速的に進む事もありうる。……と言うか、俺自身も気を付けたほうがいいんじゃないかこれ? 依代があるとは言え、俺自身も人の想いで生まれたんだから、藤村さんの懸念が当たる可能性があるぞ。
「なるほど……ご忠告、痛み入ります。肝に銘じておきましょう」
「私もです。肝に銘じておきます」
「そう言って頂ければ幸いです。それでは、私は晩御飯の用意に入りましょう。お付き合い頂きありがとうございました」
そう言って藤村さんは俺に一礼すると足早に事務所に戻っていった。
「しかし……これはまた、とんでもない事を聞いてしまったな。……だが、私にも心当たりはある。チヌもそうなんじゃないのか?」
「そうですね。正直、先ほどの話が真実だとするなら納得いく話です。彼女たちが戦車である俺に対して向けるには些か過剰な好意だと思っていましたから。と言うかそもそも任務のためとは言え俺の家にさして抵抗もなく泊まりにくる時点でおかしいとは思ってましたから」
「確かに。私も艦娘からある程度の反対があるとは思っていたが、榛名を除けば皆あっさりと承諾したからな。……さて、この事を彼女たちに話すべきか……」
「……話すほうがいいとは思います。彼女たち自身に自覚ができたらそれの対処もできるでしょう。極端な言い方ですが、悪意のある人物の話術でコロッと騙されたりしたら大変な事になります」
「……そうだな。だが、今すぐと言うのも言い辛いな。少し日を空けよう」
「わかりました」
取りあえずの結論を出した俺たちは取りあえず事務所に戻る事にした。あまり外に長居してたら艦娘からも変に思われるだろう。だが、そうしようとした矢先に提督が不意に俺の後ろに視線を向けてきた。
「ん? ……チヌ、何か物音がしなかったか?」
そう言われ提督の視線を追うが、特に不審なものは見当たらない。
「さて……私にはわからないですが、調べますか?」
「いや、単なる気のせいだったかもしれない。気にしないでくれ」
そう言って提督は事務所へ歩き出す。俺もそれの後についていくのだった。