事務所に戻った俺と提督はそのまま客室に戻る。そこにはヲ級と飛鷹の姿だけがあり不知火と響の姿はなかった。だが、程なくして二人も戻ってきて、それからしばらくして俺たちは藤村さんが用意してくれた晩御飯に舌鼓を打つこととなった。料理そのものが美味しいというのもあるが、どこか懐かしく感じたのは、きっと俺の中にある藤村二等兵と木村准尉の想いの影響なのだろう。
料理を食べ終え、食後のお茶を頂いていた俺たちだが、そんな中、藤村さんが俺に声をかけてきた。
「実は……チヌ殿に是非ともお渡ししたいものがございます。少々お待ちいただけますか?」
そう言って藤村さんは客室を後にし、そしてしばらくして戻ってきたときにはその手には何か棒状の物を持っている。布で厳重に包みがされているが恐らくは……刀の類だ。
「藤村さん、それは?」
「これは……かつて木村准尉のために父が作った刀です」
そう言って藤村さんが包みを解く。そこにあったのは95式軍刀。大日本帝国陸軍で下士官用として作られた軍刀であった。だが、俺にはそこから言葉にできないような、何か大きな力のような物を感じ取った。そしてそれは俺だけではなかった。
「これは……単なる刀じゃない……ですね」
「うん……形容はできないけど、何かが違う」
「……チヌ、これ、少し怖い」
駆逐艦の二人も何かを感じたようだし、飛鷹は口を開けたまま刀を凝視している。ヲ級だけはそう言って俺の後ろに隠れた。
「私は何も感じないが……藤村さん、この軍刀はいったい?」
「これは、我が神社に伝わるヒヒイロカネを加工し、父自らが作り上げた物です」
その言葉に俺は耳を疑った。ヒヒイロカネ。日本神話に出てくる伝説上の金属だ。まさかこんなものまで実在したというのか。
「御上神社には伝承があります。それは天之御影命が日ノ本の地に降り立ち、この金属を使い、お前たちの最も信頼のおけるものの為に武具を作りなさいと言い残したと。それが本当なのかどうかはわかりません。ただ、この神社では古くより、そのヒヒイロカネを使って武具を作り、それを信頼のおける武将や兵士へ預けると言うのが代々行われるようになりました。不思議な事に、その武具を受け取った者はいかなる戦場からでも生きて戻り、その武具を返却してきたと言われています。そして、その武具を溶かし、再び信頼のおける者の為の武具を作り預ける。それを繰り返してきました」
「父もそれにあやかり、木村准尉の為にと自ら槌を振るいその刀を作り上げました。しかし、皮肉なことに父も木村准尉も戦場に赴くことすらなく、この刀はそのまま使われることなく仕舞われていたのです」
そう言って軍刀を見る藤村さんはお二人のことを思い出しているのか、とても懐かしい物を見るような、そんな目をしていた。
「しかし……よく個人で作った物を軍刀に混ぜれましたね。それに、GHQの刀狩からもよく逃れたものです」
提督の言葉に藤村さんはどこか悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「この神社は天之御影命のご利益のおかげで古くより軍に連なる方とは懇意にしております。その伝手でどうにかしたと聞いております」
そう言うと、藤村さんは俺の前に軍刀を置いた。
「チヌ殿、どうかこの刀をお持ちいただけないでしょうか? 今の戦場ではもはや軍刀の必要とする場面はないでしょう。しかし、父達の想いを宿し、木村准尉の姿を持つ貴方以外にこの刀を持つべき方はいらっしゃいません」
「この……刀を……」
思わず唾を飲み込む。この刀には人間には感じられない何かがあるのはよくわかる。そんなものを俺が持っていいのか? だが、俺の体は思考に反するように置かれた刀を手に取り、少しだけ鞘から抜く。電気の光を反射したその刀身に俺は目を奪われた。俺には日本刀の知識はない。だが、その刀身の美しさ、そして神秘さだけは目で見るだけ十分に理解ができた。そして同時に、この刀から発せられる力のような物を更に感じ取った。
「! ……チヌ……」
俺の後ろに隠れていたヲ級が俺を掴む手に力を入れる。そのおかげで何とか気を取り直した俺は改めて刀を鞘から抜き、目の前に掲げた。
「おお……これは凄い……」
「「「……」」」
刀身を目にした提督は息を飲み、不知火たちは言葉もないままに刀身を凝視する。
しばらくして俺は刀を鞘に納め、目の前に置く。
「藤村さん、これは私にはとても過ぎた物です。本当に、私なんかに預けられるのですか?」
「チヌさん、貴方ならわかるはずです。使われない道具の悲しみが。その刀も貴方と同じ、使われる機会を逃してしまった物なんです。どうかお持ちください。それが、その刀の為なんです」
そう言われ、俺は改めて刀に視線を向けた。そうか……木村准尉の為に作られ、使われなかったこの刀は……確かに俺と似たような境遇にあるのか。
「提督……よろしいでしょうか?」
「無論だ。チヌの刀の所持許可は後々取るようにしよう。今はとりあえず私の刀を運ばせている。という形にしておく。一応、私個人は刀の携帯許可は持っているからな」
「……ありがとうございます」
俺は深く、頭を下げた。