第88話
ヲ級が鷲鷹になってから結構な月日が過ぎた。その間秋雲の着任や、他の鎮守府への異動の話が出ていた不知火やヴェールヌイと言った古参の駆逐艦の異動の取りやめなど、この鎮守府では戦力の増強に手を回しているが、やはり十分な戦力の増強ができてるとは言い辛い。空母に関してはヲ級が加わったことで戦力の拡大はできたが、戦艦、重巡、軽巡洋、潜水艦と言った所は未だに榛名、足柄、川内、まるゆに頼りきりだ。これから提督はどういう風にするつもりなのか……。
そんな事を考えてる日々がしばらく続いたが、今日新しい艦娘が着任することになった。香取が挨拶に連れてくるらしいが……軽巡だと言うことだが、さて、彼女はこの鎮守府にそのまま残ってくれるのか……。
「ぴゃん。阿賀野型軽巡四番艦酒匂だよ、よろしくね」
……そう言って今俺の前に居るのが今日から着任する軽巡だという話だ……。軽巡は川内らへんしかあまり見たことはないが……なんと言うか、彼女より幼い感じだな。四番艦だからなのだろうか?
「……三式中戦車チヌだ。宜しくお願いする」
「はい。宜しくお願いします」
そう言って頭を下げる彼女。それから多少の話を交えた後、彼女は香取に連れられて他へ挨拶に行った。……ヘタすればヴェールヌイや不知火のほうが大人びている感じがするが、彼女は大丈夫なのだろうか?
俺の予想に反して、酒匂は十分な実力を持つ艦娘だった。俺との訓練でも秋雲みたいに油断するような真似もなく真面目にこなしていたし、出撃した時にも順調に戦果を挙げている。口調や見た目からは幼さが目立つが、流石に軽巡は精神年齢が駆逐艦に比べて高いようだ。
そう思っていたが、今日、俺は彼女が真面目になっている理由を知ることになった。
「ふぅ……。この辺にしておくか」
鎮守府の中にある訓練室。戦闘における戦い方ではなく、純粋な筋トレや対人用の体術を学ぶためのスペースで、俺はそこで刀を構え、剣術の型稽古を行っていた。実際に使う機会があるとは思っていないが……受け取ったからには多少なりとも使えるようにしないと流石に後ろめたいものがある。
「あれ、チヌさん。珍しい特訓してるんですね」
聞き覚えのある声に振り替えると、そこには酒匂が入り口からこっちを見ているのが目に入った。ラフな格好をしているし、何か訓練でもするんだろう。
「ああ。酒匂か。ちょっとした縁で手に入れてな。それより、ここを使うならどくぞ。俺がいると気が散るだろ?」
俺がそう聞くと、酒匂は少し迷った素振りを見せた後に刀に視線を向けてきた。
「ん~……酒匂、ちょっと興味持っちゃった。ねぇねぇ、どんな特訓してたのか見せてもらってもいい?」
「それは構わないが……見ていて面白い類のものじゃないぞ? それに、特訓はしなくていいのか?」
「ヘーキヘーキ。それに、特訓見せてもらわないと気になってしかたないよ~」
そう言う酒匂の目には確かに好奇心の光が見える。まぁ、別に構わないか。
「それじゃぁちょっとやってみるが、飽きたら言ってくれていいぞ」
そう前置きし、俺は刀を抜くと型稽古を行う。その途端、酒匂が息を飲んだのが気配でわかったが、俺はそちらに視線は向けずに一つ一つの動作を慎重に、型に乱れが生じないように体に馴染ませる。いざというときに考えるよりも早く体が動くように、一回一回の動きを体に刻み込ませていく。……まぁ正直、俺自身が全力で殴り掛かるほうが対人戦では早いし強いと思うが、そこは考えないようにしている。
しばらくの間型稽古を繰り返し、やがて最後の型の動きを終えた俺は静かに息を吐いて刀を鞘に納めた。
「ぴゃ~。……チヌさんすごーい。カッコイイ~」
型稽古を終えた俺に酒匂が拍手をしてくれる。それはまぁ嬉しいが……格好いいのか?
「まぁ、こんな感じの訓練だな。じゃぁ、俺は戻るから、後は自由に……」
俺が全てを言い終わる前に酒匂は目の前から走り去っていて、しばらくしたら、剣道で使う竹刀を持って戻ってきた。
「チヌさん。私にも教えて教えて」
「……なんでだ?」
俺が知っている限り、彼女はこう言った事に興味のあるタイプではなかったと思うんだが。
「チヌさんのを見てたら私もやりたくなっちゃった。ねぇねぇ、教えてよー」
「……俺も人に教えられる程身についてるわけじゃないが……取りあえずこれを読んで、その通りに動いてみればいい」
そう言って俺は、今俺が型稽古をしていた剣術の指南書を酒匂に渡す。それを受け取った酒匂は興味深そうに型の写真に目を通し始める。そんな彼女を横目に俺は先ほどまで繰り返した型稽古をもう一度やり始めた。
「ふーむ……なるほどぉ、わかりました!」
しばらく指南書に目を通していた酒匂だが、立ち上がると、彼女も型稽古を始めだした。と言っても下に置いてある指南書に目を向けながらだから時折バランスを崩したりすることもあるが、俺の最初の時はそんなもんだったから、まぁ当然なんだろう。
しばらくの間俺達はそうやって型稽古を続けてきたが、やがて酒匂がその場に座り込んだ。
「ぴゃぁ……疲れたぁ……」
「普段やらない動きをするからな。ちょっと待ってろ」
俺も刀を床に置くと、訓練室の隅にある自販機でスポーツドリンクを二つ買い、一つを酒匂に手渡した。
「あ、ありがとうございます……。あー、美味しい~」
手渡されたスポーツドリンクを一気に飲み、彼女は大きく息を吐く。
「自分の特訓をする前にそんな疲れてもいいのか? はっきり言って、実戦では役に立たないぞ」
「良いんですよ、私がやってみたかっただけなんですから」
そう言われてはこれ以上何か言うこともできないので、俺は適当な相槌を打ちつつスポーツドリンクに口をつける。
「しかし……酒匂は熱心だな。確か、この後短いとは言え遠征をするって聞いてるぞ。それなのに訓練をやるとはな。大抵のやつは遠征に備えて体力温存してる場合が多いが」
俺の言葉に酒匂は先ほどまでとは違う、少し乾いた笑みを浮かべた。
「あはは……。だって、やっと皆と一緒に戦えるんですから、頑張らないと。今は油が足りないって事もないから」
「やっと?」
「はい。あたしは、生まれてくるのが遅かったんで……戦いに行けなかったんです。戦いに行けず、皆が沈んだ知らせを聞くだけで……皆と……戦いたかったんです」
「……そうだったのか……」
……そうか。彼女が熱心なのは俺と同じような気持ちだからなのか……。戦いに行けず、ただ身内が死んでいく知らせを聞くだけ……そんな日々を彼女も送っていたのか。
「あ、ご、ごめんなさい。暗い話しちゃって」
「いや、構わない……。俺も同じだ。俺達三式中戦車も戦場に行けずに置いてかれた。だから、酒匂が熱心な気持ちはよくわかる」
「ぴゃ……そうだったんですか。……あたし達、似た者同士なんですね」
そう言って笑う彼女の顔はどこか親近感を感じるもので、俺達はそれから酒匂の遠征の時間まで互いの気持ちを語り合った。