結局、あれから艦娘達にいろいろやられた俺は、覚束ない足取りながらもなんとか家に向かって歩いていた。
「……気持ち悪……」
重巡の艦娘……確か足柄だったか、あれに無理に飲まされた酒のチャンポンが俺の胃の中で存在感を放っている。あいつとは酒を呑まないほうがいいな。
「チヌさん、大丈夫ですか?」
不意に後ろから声を掛けられ、振り向くと、そこにはメガネをかけた艦娘……確か香取と言ってた気がするが、彼女の姿があった。
「ああ、香取か……正直キツイ」
敬語を使うのをやめ、俺は普段の口調で彼女に返す。
「そうだと思いましたので。私の肩に手を置いてください」
「……ああ」
前に出た香取の肩に右手を置いてそれを支えにしてなんとか歩き続け、そして家に着くと彼女から手を離し、畳の上に倒れこんだ。
「……動けないな」
ヘタに動けば吐きそうだ。いくらなんでも配属された当日に自室を汚したくはない。
「少し待っててくださいね」
そう言うと、香取は押し入れから布団を出してきて俺の横に敷く。俺がなんとかそこに転がっている間に水を入れてきて俺の横に置いた。
「それでは、私ももう戻らないといけませんので。おやすみなさい
そう言って、香取は俺に微笑みを残して去って行った。
(世話係とかそんな立ち位置なのか? ……あー、今の頭じゃどういう自己紹介してたかも思い出せん……寝よ)
早々に考える事を放棄し、俺は眠りに全てを委ねて行った。
翌日、俺は目を覚まし……そして、頭痛に顔を顰めた。
「痛って……二日酔いなんて、初めて酒を飲んで以来か」
それでもなんとか体を起こして時間を確認すると、朝の5時を指している。取りあえず皺くちゃになった服を着替え、洗面所で体裁を整えると、家を出て、まずは警備の為に施設内を巡回する。
「あー……頭痛たいな……。人間の体はこういうのが面倒なんだ……」
そんなことをぼやきつつ、俺は施設内を順調に巡回していく。そして2時間もして巡回を終えると、俺は食堂に足を向け、歩き出す。だが、ふと足を止め、視界に映った物に視線を向けた。
「あれは」
俺の視線の柵にあるのは港湾施設。そしてそこから今まさに出撃している14名の艦娘達であった。彼女達は途中で6人、4人、4人の三つのグループに分かれて水平線へと消えていった。よく見てみると、6名のグループの先頭には榛名が。そして4名のグループの先頭にはそれぞれ不知火と香取の姿があった。
「彼女たちは今日の出撃グループだ。6人のグループは深海棲艦の撃退。4人のグループはそれぞれ偵察と資源確保に向かっている」
「うお!?」
突然声を掛けられ、俺が慌てて後ろを振り向くと、そこには提督の姿があった。いつのまに背後取ってたんだ!?
「彼女たちは毎日ああして敵との戦いに備えて活動している。でも、この鎮守府は人手不足だから彼女達だけじゃ手が回しきれないんだよ。特に、この鎮守府の防衛にはね。そして、深海棲艦を相手にする以上、普通の軍人を増やしても大した役には立たないし、不埒な輩をどうにかするために多くの軍人を置いておけるだけの余裕もない」
「まぁ、彼女達は一般人たちの中で生活したことがほとんどない世間知らずだから、不埒な輩を相手にさせるのも避けたいんだけどね。うっかり口車にやられかねないし、彼女達の敵はあくまでも深海棲艦だ」
「だから、君には期待しているよ。深海棲艦からも、人からも、この鎮守府を守る事ができる存在としてね」
そう言うと、提督は俺の肩を軽く叩いて「じゃぁ、食事に行こうか」と言って先に歩き出し、俺もその後を追う。
(人からも深海棲艦からもねぇ……。俺だって、そんなに長く人と接してきたわけでもないし、深海棲艦相手に役に立つかどうかもわからないんだが……)
まぁ、それでも鎮守府の中で他の提督以外の人間とほとんど接する事のない艦娘に比べればマシなんだろう。なんでも、各鎮守府には妖精と呼ばれる謎の存在達が雑用もこなしているという事で、普通の人間は本当にごく少数らしいし。
(……ま、いいか)
深く考えるのをやめ、俺は純粋に必要とされているだろうという事を喜ぶことにした。