酒匂が行方不明になってから10日が経過した。今も向こうの鎮守府では周辺の無人島等を捜索しているらしいが、既にその生存は絶望的だと言われている。……俺はその間、表面上は普段通りに過ごしていた……と思う。正直自信はない。
(俺はもっと……何かできたんじゃないだろうか?)
心の中に巣くっているこの考えはずっと離れなかった。俺がもっと彼女が強くなるために何かできれば……いや、もしかしたら、彼女が他の鎮守府に異動するのがズレてるだけでも、もしかしたら……。
「チヌさん……チヌさん。聞いていますか?」
「……あ、不知火か。悪い、聞いていなかった」
訓練場のベンチに座っていた俺の目の前にいつの間にか不知火が立っていた。マズイな、全然気づかなかったぞ。
「はぁ……。司令官がお呼びです、酒匂さんに関することですので至急提督室に来るようにとのことです」
酒匂の名前を聞いた俺は即座にベンチから立ち上がった。
「……酒匂に関することか……。不知火、お前はどう思う?」
「……判断が難しいところです。轟沈が確認されたのか、発見されたのか。いずれにせよ、司令官の元へ行けばわかると思います」
「……そうだな」
不知火の返事に俺は頷くとすぐに提督室へ向かう。……見つかったという知らせならいいのだが。
提督室に到着した俺を迎えた提督の雰囲気は普段より重いものだった。……これは、無事に見つかったというわけではないのか。
「来たなチヌ。さて……要件は不知火から聞いているかな?」
「はい。酒匂に関することだと聞いています。提督、酒匂は……無事なのですか?」
「さて……それは判断が難しい。これを見てくれ」
そう言って提督が差し出したのは一枚の写真だった。俺はそれを手に取って……そして、そこに映っている内容に目を見開いた。
「提督……これは……!?」
「……酒匂捜索中の阿賀野型によって撮影されたものらしい」
俺の手の中にある写真。そこに映っているのは多数の深海棲艦。そしてその中央にいるのは……。
「酒……匂……?」
深海棲艦の持つ艤装を装備し、目の部分にはバイザーのようなものが覆いかぶさっていて素顔はわからない。だが……それは確かに酒匂だった。
「……これと遭遇した艦隊は説得を試みるも失敗。敵の攻撃を受けて撤退したとの事だ。そして、現在この深海棲艦はこの鎮守府に向かって侵攻中だ」
「この鎮守府に? ……いったいなぜ?」
「理由は不明だが、来るというなら迎え撃たねばらない……だが、私はこれを好都合だと思っている。なぜなら……チヌ、君なら……」
提督がそこまで言ったとき、部屋の扉がノックされた。提督が入るように言うと、入ってきたのはヲ級だった。
「……提督。酒匂の事で用事があるって聞いたけど……なに?」
「ああ……ヲ級、今チヌが持っている写真を見てくれ」
提督に言われるがままヲ級が俺の手の中の写真を見る。
「……これ、酒匂。……どうしてこんな事に?」
「……理由は不明だ。だが、私は彼女を轟沈させたいなどとは思わない……。ヲ級、彼女を艦娘に戻すことは……できるのか?」
提督は真剣な……これまでにない程の真剣な顔でヲ級に聞いた。俺もヲ級に視線を向ける。……それに対してヲ級の返答は。
「……うん。できるできる」
……あまりに軽かった。
「! 本当なんだな? 本当に、酒匂を元の艦娘に戻せるんだな?」
「……元の……と言われるとわからないけど。酒匂がこうなってから日も浅いから、少なくとも記憶や人格に損傷がない状態で艦娘に戻すのはできるかな……。チヌが協力してくれるならだけど」
「俺の力で……できるのか?」
「……うん。私を鹵獲したチヌならできる。あ、あの刀が必要だから持ってきてね」
ん? なんでそこであの刀の事がでるんだ?
「ヲ級、それはどういう意味なんだ?」
「……酒匂が顔につけてるこれ。これを壊せばいけるけど……チヌが直接殴ると……多分私と同じ深海棲艦としての酒匂の鹵獲になるから……あの刀の力で深海棲艦から艦娘に戻さないと……元に戻せたとは言えない……かな」
……正直、俺はヲ級の言ってる事の半分もちゃんと理解はできてないと思う。だが、それは重要なことじゃない。俺にとって今重要なのは、それで酒匂が戻ってくるかどうかだ。
「……なるほど、刀には古来より邪悪な気を払う力があるとされている。深海棲艦と言う負の感情から生まれた者を艦娘に戻すにはその力が必要になるわけか。……天之御影命由来の刀ならば確かにできそうだな。……チヌ、やってくれるな?」
「勿論です。身命を賭してでも、彼女を元に戻します!」
「よく言ってくれた。榛名、これより我が鎮守府は総力を挙げて酒匂救出に動く。すぐに艦隊を編成し、出撃するぞ!」
「はい! すぐに準備します! チヌさん、ヲ級さんも、行きましょう」
「ああ」
「……了解」
榛名の後に続いて俺とヲ級も提督室から出る。……酒匂、絶対に助けるぞ!