提督との話が終わってから数日後、提督同士の間で酒匂の異動が正式に決定し、改めて彼女はこの鎮守府所属となった。比較的最近まで所属していただけあって、他の艦娘達からも問題なく受け入れられ、今も演習形式で訓練している。傍から見たら、つい最近まで過ごしていた日常に戻ったようなものなのだろう。ただ……。
「えーい、いっくよー!」
「おわあ! 危ないで!」
「ちょっと、酒匂さん強すぎるよぉ」
酒匂の砲撃が黒潮、暁に襲い掛かっている。その着弾の正確さ、二人の動きを読む洞察力。明らかにここを出て行ったときに比べて高くなっている。彼女が配属された鎮守府は前線の鎮守府だとは聞いていたが、それだけで短期間であそこまで強くなるというのか? 酒匂がこの鎮守府から異動してから半年も経過していないのに。
「……酒匂、強くなってる」
俺の隣で演習を眺めているヲ級が小さく呟く。
「そうだな。明らかに強くなってる……前線の鎮守府はそれほどに苛烈な状態なのか?」
「……あ、違うと思う。あれは……深海棲艦になった影響だと思う」
……ちょっと待ってくれ。ヲ級は今なんて言った?
「……ヲ級、どういう事だ? わかるように説明してくれ」
俺の言葉にヲ級はゆっくりと頷き、話し出す。
「……藤村さんの話だと艦娘も深海棲艦を正と負のバランスが偏っている……だから、一時的にでも深海棲艦になった影響で、それがある程度整えられたから……その分強くなってる」
……酒匂の攻撃の正確性が落ちていたのは別の要因があったって事なのか? いや、それよりも大切なのは……。
「……それは本当なのか? ……いや、彼女の強さを見ればある程度納得はできるが……」
確かに藤村さんはそう言っていた。だが、俄かには信じがたいな……。
「……多分私もそう。私の場合は艦娘寄りになってるって事だけど……。チヌに鹵獲される事で艦娘寄りになったんだと思う」
「……いやいや。流石にそれはおかしいと思うんだが。なんで俺が鹵獲したら艦娘寄りになるんだよ」
「……うーん。でも、それ以外に説明がつかないし……チヌ自体、艦娘寄りの存在だからだと思うけど」
……首を傾げられても俺は困るんだが。
「あ、あの! それ、本当ですか!? 深海棲艦になったら……強くなれるんですか!?」
対応に困る俺の後ろから声が聞こえ、振り向くとそこにはまるゆが立っていた。
「……まるゆ、それを聞いてどうするの? まさか……深海棲艦に捕まりに行くとか……言わないよね?」
「……まるゆ、まさかとは思うがそんな事考えてないよな」
俺とヲ級の追及にまるゆは口籠る……が、少しして俺達を見上げながらはっきり口に出した。
「わ、私は弱いです、だから……少しでも強くならないと。……戦車のチヌさんがこうして頑張ってるのに、私が弱いままじゃ……」
……確かにまるゆの実力は最近伸び悩んでいる。だが、だからと言って深海棲艦化させるなんて、そんな馬鹿な事をさせられるわけがない。
「……まるゆ、先に結論言うけど、無理だと思う」
「な、なんでですか!? 私と酒匂さんじゃ……何が違うって言うんですか!?」
俺が話すより先に出たヲ級の言葉にまるゆが噛みつく。だが、次に出てきた言葉に俺達は言葉を失うこととなった。
「……だってまるゆ潜水艦だから……チヌが鹵獲にいけないし」
「「……あ」」
そうだ、確かに仮にまるゆが深海棲艦になったとしても絶対に海面に出てこない。それじゃぁ俺がどう頑張っても鹵獲に行けはしない。
「……それに、原理も何もかもが不明瞭、不明確だから……なれるかもわからない、なれたとしてもヘタしたら他の鎮守府へ向かって、そこでやられちゃうかもしれないし……地道に強くなってくしかないと思う」
「そ……そうです……ね」
ヲ級の言葉に反論点を見いだせなかったのか、まるゆは肩を落としてしまった。だが、今の考え方のままじゃ危ういな。
「……まるゆ」
「はい? なん……わわ」
俺は腰を下ろすとまるゆの両肩に手を置く。変な声を上げるまるゆだが、俺は構わず話し続ける。
「まるゆ、さっきみたいな考え方はもうしないでくれ。……そんな不確かな、危険な方法で強くなろうとするなんてのはダメな事なんだ。そんなまるゆが危険に晒されるような方法を取ろうなんて……頼む、今後はもうあんな考えを起こさないでくれ」
「……そう、ですよね。ごめんなさい、もう、あんな考えはしませんから」
まるゆは俺の目を見ながらしっかりと頷く。その様子からどうやら危ないことに先走ろうとする考えは改めてくれただろうか。だが、また同じ考えをしないとは限らないし、提督に相談したほうがいいな。