それから数日、ガングートの憔悴具合は半端なものではなかった。まぁ、仲間だと思ってたヴェールヌイに敵認定までされれば仕方があるまい。ここが日本で、他にソ連艦が居ない中でそれは精神的にかなりキツイだろう。
おまけにビスマルクの時と同じように俺への対応の悪さから、今もよく思っていない艦娘はそこそこ居るようだ。まぁ、そっちの方はまた言っておくとして、問題はヴェールヌイだ。早いところ彼女をどうにかしないとガングートがどうなるか……。
「……彼女の姿見てると、自分もああしてたんだなぁ、って思って気が滅入るわ。チヌ、どうにかならないの?」
「どうにかと言われてもな……。どうにかできるならどうにかしてるんだが」
家で緑茶を飲みつつ、俺とビスマルクはため息をついている。さて、本当にどうしよう。
「ビスマルク。そっちからガングートに対してアプローチはかけられないか? 前の時を考えると……情けない話だが、俺が何か言っても聞いてもらえる気がしなくてな」
「それ、私の時の事じゃない。……難しいわね、もうちょっと親しくなれてたらまだしも、着任当日からあれでしょ。取りつく島もないわよ。やっぱり、ヴェールヌイをどうにかするしかないんじゃない?」
……やっぱりそうなるか。
「それにしても、彼女、なんであそこまで怒ってるの? 言ったらなんだけど、私が最初に着任した時にはあんなに怒ったりしてなかったはずだけど」
「それは俺が聞きたい。まぁ、あの頃より接する時間が長くなった分親しくなったのは間違いないが、いくらなんでもガングートに対する態度は看過できるものじゃない。かと言っていくら言っても聞かないし……。まったく、どうするべきなのか」
「……私の時にもあの地震がなかったらもっと拗れてたでしょうし……何かキッカケが欲しいわね」
「キッカケ……か」
さて、キッカケと言ってもどうするか。困ったことに本当に思いつかないからな。かと言ってこのままなのも困るし……うーん。
結局妙案は何も思い浮かず、更に数日が経過していく。ガングートの様子は日に日に悪くなっており、このまま手を拱いていたら本当にマズイ事になりそうだ。……仕方ない、あまり強引な手は使いたくなかったんだが。
俺はその辺にいる人にヴェールヌイの居場所を尋ねて回る。すると、今日はどうやらトレーニングルームに居るとの事なので見に行ったら、小さい鉄アレイを使ってトレーニングをしている彼女の姿があった。
「ヴェールヌイ、ここに居たか」
「ん? チヌ、何か用かい?」
「ちょっとな。こっちに来てくれるか?」
俺が呼ぶと彼女は鉄アレイを置いてこっちに来たので、そのまま両脇に手を差し込んで持ち上げる。
「わっ、どうしたんだい。チヌのほうからこう言うのをやってくれるなんて」
「ヴェールヌイ、ガングートと仲直りしろ」
俺の言葉に彼女は即そっぽを向く。だが、今日はそれで追及を緩めたりする気はない。
「ヴェールヌイ、わかってるだろ。このまま彼女が憔悴したままなのはマズイ。何がそこまで怒らせてるのかわからないが、いい加減仲直りをしろ」
「チヌ、それはだめだよ。彼女は私の大事なものを侮辱したんだ。その謝罪もなしに許すわけにはいかないんだ」
「大事なものって……ともかく、それならそれでも、ともかく話し合いぐらいはしてくれ。今のままじゃ彼女が憔悴するだけだぞ」
「……っ」
無表情に見える彼女の表情から僅かに迷いの気配を感じる、よし、このまま説得を続けるか。
「ヴェールヌイ。彼女はまだ日本に来て日も浅い。そんな中お前に一方的に敵扱いされればショックもでかいはずだ。だからせめて話し合いぐらいはしてやってくれ。お前だって本心から彼女が嫌いなわけじゃないだろ?」
「それは……そうだけど」
「なら尚更だ。……な、ヴェールヌイ。頼むから、彼女と話し合いをしてやってくれ。俺としてもヴェールヌイが彼女と喧嘩したままなのは心が痛い」
「……わかったよ、チヌがそこまで言うなら……」
どうやら納得してくれたようだな。ふぅ、これで少しは事態の改善も図れるか。
「本当、頼むぞ、ヴェールヌイ」
彼女を降ろし頭をなでながら念押しすると、ヴェールヌイは頷いた。さて、あとはガングートだが……。
「貴様、ヴェールヌイに何をやっている」
不意に後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには俺を殺さんばかりに睨み付けているガングートの姿があった。
「ガングート……!」
「貴様が……貴様がああ!」
俺に詰め寄り、胸ぐらを掴むガングートに、俺は咄嗟にヴェールヌイを離す。
「貴様が、貴様がヴェールヌイを脅していたんだな! だからヴェールヌイは! ヴェールヌイは!」
ダメだ、完全に逆上してる。口で言って聞く状態じゃない。強引に取り押さえてもいいが、ロシアの艦娘に下手に手を出して問題を大きくするわけにもいかないし……仕方ない、しばらくの間されるがままになっておくか。力尽きたら落ち着くだろう。
「ガングート」
そう思っていたら後ろからヴェールヌイが声をかけてきた。おい、まさかこれ以上火に油を注ぐような真似は……。
「ガングート、君を避けていたのは悪かったよ。だから落ち着いて話をするために彼を離してあげてくれないか」
「しかしヴェールヌイ。こいつはお前を脅したんだろ? なら私はこいつを許すことはできん」
「その事を含めて説明するから。だからチヌを放してくれ」
重ねられたヴェールヌイの言葉にガングートも渋々と言った様子で俺から手を放す。さて、これで後はヴェールヌイ次第なわけだが……まぁ、今の彼女の様子を見ると……恐らく大丈夫だろう。
「さて……ガングート。まずは君を避けていたことを謝るよ。それに対して具体的な理由を述べなかった事もね」
「理由の説明など要らん。この鉄屑のせいなのだろう。今からここのアドミラルに直訴してくるぞ」
「待って、お願いだから待ってほしいんだガングート。チヌが関係してるのは事実だけど、私はチヌに脅されてなんてないんだ」
ヴェールヌイの言葉にガングートが不思議そうな顔をして彼女を見つめる。
「……ならば、なぜあんな事をしていたというんだ?」
「それはね……ガングート。君はチヌの紹介の時に大日本帝国陸軍の事をバカしただろ。……例え所属する軍が違っても、彼らは日本の国民であり、私が守るべき国民であったのは変わりないんだよ。そんな彼らをバカされて、黙っているのはできなかったんだ」
その言葉にガングートはハッとした表情になる。
「……そう、だな。確かにそうか。すまないヴェールヌイ。私が浅慮であった。他の艦娘達にも謝らなければならないな」
「そうだね、機会があればそうしてほしい……。で、あともう一つ。と言うより、こっちが本命だよ」
「本命だと? いったい私が何をしたというのだ?」
「彼を……チヌを馬鹿にした事だよ」
その言葉が予想外だったのだろう、ガングートは呆気にとられた様子で俺とヴェールヌイを交互に見る。
「ガングート。彼はもうこの鎮守府に一年以上在籍している。確かに彼は艦娘より弱い。でも、深海棲艦を倒す力を持って実際に私達と一緒に出撃もする。……わかるだろ? 戦車が軍艦の攻撃を食らえば一発でアウトだ。そんな危険の中を、彼は戦ってきて深海棲艦を倒しているんだ。そんな彼を馬鹿にされて……仲間を馬鹿にされて、君は気分を害さずに済むのか?」
「む……だがヴェールヌイ。本当にあれは深海棲艦を倒す力を持っているのか? 正直なところ、私はその部分から疑問なんだが……」
「気持ちはわかるよ。でも私は彼と一緒に何回も出撃して、彼が深海棲艦を轟沈させる場面を見てきた。ガングート、そんな彼を君は公衆の目前で馬鹿にしたんだし、彼の家でも侮辱もしただろう。仲間がそんな事をされたら誰だって怒るだろ?」
「む……う……」
「さぁ、彼に謝ってくれ、ガングート。それで私は君を許すし、他の艦娘との仲も取り持つよ」
ヴェールヌイの言葉にガングートは暫く迷ったが……やがて、俺に向かって頭を下げた。
「すまなかった」
短い謝罪。だが、恐らく彼女にとっては精いっぱいの謝罪なのだろう。
「いえ、どうかお気になさらず」
俺も短く答える。それを聞いたガングートはどこか安堵した様子を見せると、ヴェールヌイに向き直った。
「ヴェールヌイ、どうだ、彼は許したぞ」
「うん、チヌが許すならこれ以上は言わないよ。それじゃぁ、改めて宜しくね、同志ガングート」
「ああ、宜しく頼む、同志ヴェールヌイ」
二人の間に握手が交わされ、これで仲直りとなったのだろう。やれやれ、ビスマルクの時よりは穏便に終わったし……よしとするか。
結局、あれからガングートはヴェールヌイと一緒に鎮守府の中を回って、提督を初めとして、艦娘達全員に謝っていったらしい。そのおかげで彼女に対する態度も緩和されていった。ビスマルクの時に比べたら短い期間で終わったし、まぁ良かったと思っておこう。
だがまぁ……彼女の苦労は終わりそうにはないが……。
「なん……だと……」
今、俺の家でガングートが信じられないものを見る目で俺とヲ級を見ている。理由は……俺がヲ級を鹵獲したという話を聞いたからだが。
「……ガングート、知らなかったのかい?」
ヴェールヌイの問いにガングートは表情そのままに頷く。
「……祖国ではそんな情報は聞いていなかったし、ここに来てからは……ヴェールヌイの事で頭がいっぱいになっていて……」
まぁ、確かに話す機会なんてなかったからな。だが、俺が鹵獲した。と言う情報は海外には伝えてないのか。とはいえそれがロシアだけなのか、それとも全ての国に対してなのかはわからないが。
「……すまないチヌ! まさかチヌがそのような功績を上げていたとは……!」
「……どうか気になさらないでください」
深々と頭を下げる俺に声をかけるが、ガングートは顔を上げようとしない。そんな彼女を見ながら、ヲ級が小さく呟いた。
「……私を鹵獲したって事を聞いた途端にこの態度……ガングートって……功績でしか人を見てない……?」
「グウ!」
ヲ級の何気ない呟きがガングート殿の胸を抉る。そして。
「ヲ級、だめだよ本当のことを言ったら」
「ガハア!」
ヴェールヌイの追い打ちでガングートは床に突っ伏した。
「……二人とも、その辺にしておけ」
一応止めはするが……多分、ガングートはこれから先も弄られるだろうなぁ。……まぁ、これ以上俺ができることはないし……彼女自身に頑張ってもらうしかないだろう。