甘いお菓子に心を込めて   作:すもも飴

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第1話

日曜日の食卓は、陽務家四人が揃う貴重な時間だ。

おはようございまーす、とあくびをかみ殺しながら階段を降りると、もう他の三人は席についていた。妹の瑠美に遅刻だよとつつかれながらいつものポジションに座る。

 

「お父さんそれとってー」

 

「ホッケ半身余るんだけど誰か食べない?」

 

家族全員が席についている光景に、目新しさまで感じてしまう。たまには家族旅行位行くべきなんだろうか……、魚と虫に溢れた密林ツアー以外なら、まあ。

 

優先順位の頂点が趣味ではあるが家族仲は割と良好なので、集まれば会話はそこそこ弾む。明日からしばらく海釣りで留守にする、バイト先にクラスメイトが来た。他愛なくも貴重な一家団欒の雑談も終わって、そろそろ自室に戻ろうかという時。いつの間にかエプロンを身につけていた瑠美が声をかけてきた。

 

「お姉ちゃん、チョコ作るんだけど手伝ってくれない?」

 

なんでチョコ? と言いかけて思い出す。

 

「あー、そういえば明日かバレンタイン」

 

「……え、忘れてたの」

 

信じられないという顔をしているが一応ちゃんと覚えてたぞ、さっきまでそのチョコレートで斬り合いしていたからね。

 

「先週からずっとイベ期間だったから、明日が当日は思ってなかったけど」

 

「それを忘れてたって言うんだよ」

 

そうかなぁ。

 

そういえば、席を立つタイミングを逃してしまった。座っている私の目の前に、着々と準備が整えられていく。ボウルに砂糖、デコレーションペン……一度冷蔵庫に戻って持ってきたのは大量のチョコレート。お徳用の塊が惜しげなく積み上げられていくが、いや今年何人に配るつもりだ……?

 

「クラスメイトと委員会と、あと明日はバイト3つはしごだからさ」

 

「妹ながら心配になるなその密度」

 

「月一で三徹する姉に言われたくないかなー」

 

というか、自然に手伝う流れになっている。別にそこまで嫌ではない、というか毎年なんだかんだ手伝ってはいるが、茶色い山が視界にかけてくる圧が凄まじい。この経験がない量、恐らくは午前中が潰れるコース……!

 

「ところで私これから用事があって」

 

「ほんとに大事な用だったら今までここに残ってないでしょ」

 

私だってタダで手伝ってもらおうとは思ってないよ、そう言って半目の瑠美が人差し指を立てる。

 

「耳寄りの情報です。お姉ちゃんが探してた……かびん? だっけ。あれの持ち主を見つけました」

 

「えっっマジで!??」

 

「うわっびっくりした! バイト先の子が持ってるって言ってたんだよ、どうせやらないからタダで譲ってくれるって!」

 

思わず立ち上がって瑠美の肩を掴む。火瓶、正式名称「花の真髄」は界隈で何度か聞いたことのあるクソゲーだ。花道に近い内容らしいが、なんでも制作者オリジナル流派のセンスに寄り添えなかった場合花瓶が火を吹くらしい。何でだよ。是非プレイしたい。

 

「悪いから友達には相場払う。チョコも刻むし溶かす。これでいい?」

 

「オッケー! じゃあ痛いから離して」

 

「ああごめん。……いやぁ瑠美の人脈凄いね」

 

「永遠様が含まれてる時点でお姉ちゃんの人脈はプラチナを凌ぐって自覚してる?」

 

「アッハイ」

 

一瞬暖房が効いていないかのような寒気がしたが……妹とクソゲーのためだ。さっさと終わらせてゲームもしたいし、いっちょ気合いれますか!

 

 

一時間後。

 

「はい、刻む分はこれで最後」

 

「つ、ついに……!」

 

「休憩したら次は混ぜる方ね」

 

「のあぁぁ……」

 

——正直に言おう、チョコレートをなめていた。

 

最初の方はまだ良かったのだ、中盤から疲れが出てくると直角に刃が入らなくなり、大きな塊が切れてしまう事態が発生しだした。細かく刻まないと後で泣きを見るのは溶かす自分だ。結果刻む回数が増え、疲れてミスも増え、また追加で刻む負のループ。

フェアカスの好感度稼ぎを思い……出さないな。アレよりは千倍マシだ。よし元気出てきた。

 

瑠美側の作業が終わるまで次には進めないらしいので暇つぶしに見学する。私が包丁片手に格闘している間サボっていたという訳ではなく、むしろ私よりずっと細かい作業を延々続けていたらしい。何か小さい型で薄いチョコを抜いたり、それにデコレーションを施したり。バイトでの経験が基だろうか、ペンを握る横顔に貫禄を感じるな。

 

「私そろそろ終わるから溶かすの始めてもらっていい? 下地はもう丸めてあるし、コーティングは私がやるから。何回かに分けてやった方が楽だよ」

 

「一回まとめて酷い目に遭ったからなあ……じゃあそうする。テン……テンパウンド?」

 

「テンパリング。端末にやり方送ったから見ながらやってね」

 

「りょーかい」

 

手鍋に湯を沸かしながらボウルと温度計を用意する。ただ温めるのではなく、温度管理をしながら溶かすことで格段に口触りが良くなる、らしい。面倒だけど、必須のフラグ管理みたいなものらしいので仕方ない。

 

「今回はどんなチョコに?」

 

「量多いからシンプルにトリュフ。まとめて作って、見た目は今作ってる飾りで補う感じ」

 

「なるほど。……おおー店で売ってるやつみたい」

 

手元を覗き込んでみると、洒落た飾りが大量生産されていた。花に星に……雪の結晶? 聞けば、チョコペンで書いたものを固めたとかなんとか。型抜きだけじゃなかったのか。

 

「こういう一手間が大事なんだよお姉ちゃん。内面から滲み出る輝きこそが己を高めていく、私は常に永遠様のファンとして恥じない自分でありたいの……!」

 

お菓子よりイエローケーキの方が好きそうだけどなあ、と思ったが口には出さないでおこう。露骨な死亡フラグは踏まないに限る。

 

変なスイッチが入ってしまった妹は置いておいて、そろそろ始めようか。チョコを取り分けたボウルをお湯につけ、温度計を見ながら氷水のボウルへ移す。温度が下がったらまた湯につけて、少し待てば作業は終わりだ。ただし一回で出来る量は全体の十何分の一なのでまだ序盤も序盤、甘ったるい匂いに胸焼けしそうだ。

 

温度計から目を離しさえしなければそうそう失敗はしないが、何セットもやっていれば飽きてくる。

横を見ると、溶かしたチョコレートが下地にかけられていくところだった。丸く並んだそれらは、飾りやペンで手際良く整えられていく。出来上がった分は大皿に移されていた。

 

「ほんと器用だよね瑠美。お店で売ってるやつみたい」

 

「お姉ちゃんそれさっきも言ってた。もっとちゃんと褒めて」

 

「えー……、強化値に補正入りそう」

 

「……本心っぽいから許してあげる」

 

やったね。

しかし、と作業台の上を見ながら思う。雑談の間にも瑠美の手元はくるくると動いてチョコレートを飾り付けていく。私がやっていた単純作業とは全く異なるその様子を見ていると、何というか。……あ、気付かれた。

 

「おねーちゃんもこれやる?」

 

「え、いいの? 失敗するかもだけど」

 

ダイブ中ならともかく、ぶっちゃけリアルではそこまで器用じゃないぞ。

 

「どうせ余裕持たせてるから大丈夫。というか、配る分はもう終わったんだよね」

 

「じゃあありがたく」

 

うやうやしくピンセットを受け取り、小さな飾りをつまみ上げる。瑠美の分を参考にしつつ乗せていくと、我ながら案外様になったチョコが完成した。……これは、中々楽しい。

瑠美にも褒められ、ほいほいと手早く作っていく。家族と自分たち用でも、きれいな方がテンションは上がるものだ。

 

「ねえ、お姉ちゃんは今年も手作り配らないの?」

 

横から覗き込む妹に聞かれ首を縦に振る。一度徹夜テンションでウイスキーボンボンを配り回って怒られたし、浅く広い友人全員に手作りするのはちょっとばかりめんどくさい、のでばら撒くためのブラウンサンダーはもう買ってある。

……そういえば、バレンタインを忘れたままだったら部屋の一角に居座ることになってたのか、危なかった。

 

「ちなみに本命、はないよねー。折角上手いのにもったいない」

 

「私もちょっと惜しくなってきたけど、ないねー。瑠美は?」

 

「ないない」

 

肩を竦める瑠美。まあ仕方ない。無限ではない青春の、空き時間を全て趣味に注ぎ込んでいるのは私も妹も同じだ。飾られていくチョコレート達は、この家で消費される定めにある。

 

そういえばクソゲー仲間はどんなバレンタインを過ごしてるんだろうか。いつの間にか濃い面子が集まった、旅狼の変人達が頭に浮かぶ。

鉛筆と鰹はチョコで埋もれてるだろうし、ルスモルは当たり前のようにチョコのリクエストを(ルストが)しているのをこの前見たな。

 

考えている間も、手元は次々とチョコを生産していく。気付けば残りは数個だ、少し飾りが足りないかもしれない。

 

えーとそれから、……京極は多分もらう側だ。幕末でしなびてるのを見ると疑問が湧いてくるが、普段は王子様的キャラで通っていると前に聞いた覚えがある。

秋津茜はどうだろう、どんなリアルかは知らないが……沢山の人に囲まれてるんだろうな、友チョコの争奪戦が起きてそうだ。

 

そして、と思い浮かべた友達と、さっきの瑠美の声が重なった。

目の前に残るのは、まだ無地のチョコレート。

 

思いついたことがあった。

 

「ねえ瑠美」

 

「ん?」

 

「飾り用のチョコってまだある?」

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