イナズマイレブン 二回目は好きな物から逃げずに。 作:ウツマ
多呂斗先輩の身を挺したディフェンスによってゴールは守られ、尾刈斗は廃部の危機から脱することができた。しかし、その代償は大きかった。
☆☆☆
「多呂斗さん、いますか?」
「はーい」
病室から元気な返事が聞こえる。失礼しまーすと言いながらドアを開け、多呂斗先輩のベッドの隣に立つ。
僕達は今、稲妻総合病院に来ている。この辺りで一番大きな病院ということもあってとにかく広い。病室を訪れるのは初めてじゃないはずなのに、また迷いそうになった。
「えーっと、紫藤君と黒上君で良かったかな?」
「はい!」
お見舞いに訪れたのは僕と黒上。黒上は先輩と同じ黒魔術研究部所属ということで、サッカー部の中でも特に多呂斗先輩と親しくしていた。
「これ、羊羹です……前は和菓子が好きだったので」
そう言って黒上は紙袋を先輩に渡す。
先輩の好物なんて、僕は何ひとつとして知らなかった。
「ありがとう。多分羊羹は好きな気がする」
好き嫌いってのは、やっぱり変わらないものなのだろうか。
「怪我の具合はどうですか?」
「快方に向かってるよ。来週くらいには退院できるって言ってた」
丁寧語じゃない多呂斗先輩は、まだ少し違和感がある。こっちが素ってことなのかな。
「でも、両親からもうサッカーはするなって言われてる。だから君達とサッカーすることはできないと思う。ごめんね」
「謝らないでください。悪いのは僕らですし、ご両親がそう言うのも仕方ないことだと思います」
帝国戦の日の夜、多呂斗先輩の両親が監督に詰め寄っていたのを覚えている。多呂斗先輩が
サッカーはもうさせないと言う両親に、監督も反論できるはずがなかった。
「サッカーって楽しい?」
「はい。とても」
「楽しいです」
即答する。
最近僕も何が正しいのか分からなくなっちゃったけど、サッカーを好きだと思う気持ちは、絶対になくさないようにしている。
僕にとってサッカーはとても重要な存在だからこそ、多呂斗先輩からそれを失わせてしまったことを申し訳なく感じる。
「今の僕にサッカーをしていた記憶は全くないんだけど、多分僕にとっても凄く大切なものだったんだろうなって気はする。この羊羹が好きだったような気がするのと同じように。
君達の話だと、僕は自分からそのデスゾーンってやつに突っ込んだんだよね。僕の意思で。君達が責任を感じることじゃない、と僕は思う」
僕達の心の内を見透かしているかのように話すのは相変わらずだ。僕は悪くないなんて開き直るつもりはないけど、先輩の言葉に少し心が軽くなったのも確かだった。
「記憶が戻る手立ては何かないんですか? サッカーをしたら思い出すかも、みたいな」
「さあ、お医者さんもお手上げだって。記憶喪失でも体はサッカーを覚えてたりするのかな?」
あの帝国戦でデスゾーンを生身で受け止めて倒れた多呂斗先輩は、目を覚ましたとき、全ての記憶を失っていた。
僕達の名前も、家族の名前も、自分自身の名前も。
今一番辛くて不安なのは先輩のはずなのに、そんなことおくびにもださずに、明るく振舞っている。
「そういえば、小学校の頃から日記をつけてるって以前言ってました。それを読んだら思い出せることもあるかも……」
「そんなのあるの?」「ほんとに?」
黒上の衝撃発言に僕と先輩の声が重なる。日記というのは確かに記憶を取り戻す助けになりそうだけど、多呂斗先輩の場合恐ろしい事態になりかねない。
「おかしいなあ。母も同じことを考えて僕の部屋を物色したらしいんだけど、何も見つからなかったって言ってたよ」
日記なんてないはずだと首を傾げる先輩。
多呂斗先輩は簡単には見つからない位置にその日記を隠してたってわけだ。一安心。
「謎ですね……それと、黒魔術研究部は戻られるつもりはありますか?サッカー部はもう退部の処理がされていますが、黒研はまだ部員のようです」
「ああ、そういえば僕はその部活の部長もやってたんだっけ」
「一応今は俺が部長です。あの帝国戦の日の朝に、俺に部長の座を渡すと言っていたので」
「そっか、退院して元気になって、気が向いたら行ってみようかな」
黒上と先輩の黒魔術研究部に関するやりとりを聞いて、また考えてしまうことがある。
先輩は、帝国戦が最後のサッカーになることを悟っていたのではないか。原作知識などではなく、本当に未来を占う力があるとすれば、自らの運命くらい分かっていたような気もする。だから黒研の部長も降りたし、僕に後を託すようなことも言った。隠し続けていた秘密も最後だから僕に話した。
さらに悪い妄想は続く。もしかしたら、先輩はこうなることを望んでいたのではないか。未来を知っていたなら今よりももっとスマートな解決法があったはずだ。それをしなかったのは――
「紫藤君、なんか怖い顔してるけど大丈夫?」
いつの間にか先輩と黒上の話は終わってたみたいだ。
「あ、なんでもないです。大丈夫です」
「じゃあそろそろ俺達部活に戻りますね」
「部活の途中だったんだ。頑張ってね。それとまた機会があったらこうして遊びに来て、尾刈斗について教えて欲しい」
「はい! 先輩が大好きだった尾刈斗のみんなについて教えますよ」
お大事に、と言いながら僕達は病室を後にする。
「紫藤君、ちょっといいかね」
帰ろうとしていると後ろから呼び止められる。
「え、豪炎寺さん?」
修也の父親、豪炎寺勝也がそこにいた。
☆☆☆
「突然呼び止めてすまないね。君と話がしたくて」
「そういえば、豪炎寺さんは稲津総合病院に勤めてらっしゃるんでしたね」
豪炎寺さんとは、影山に関するあれこれで顔見知りである。
最初は会うのが怖くて、資料とかだけ送ってやりとりは修也に任せるっていうスタイルでやっていた。でも豪炎寺さんが僕に感謝していて会いたいということで、会って話すことになった。
娘の命の恩人だと頭を下げられると、どうしてだかいつも申し訳ない気持ちになる。
「過去の影山の事件の被害者からの情報収集は今のところ順調だ。影山が関わっているとする状況証拠は集まりつつある。
ただ、知り合いの弁護士と話したんだが、実際に裁判に持ち込もうなどとすると難しいらしい。ほぼ全ての事件が過失致死などで判決が下されていて、具体的な証拠なくしてそれを覆すのは難しいそうだ」
「そうですか。本当にありがとうございます」
ほとんど成果はない、という風に豪炎寺さんは話すが、どれも僕や刃也だけじゃ到底できなかったことだ。子供2人での情報収集力なんてたかが知れているし、そんな凄い人脈も持っていない。やっぱり大人っていうのは頼りになるな。
帝国を倒し、世宇子も倒す。それが影山を失墜させる正攻法だと僕は思っているけど、司法に頼る方法だって諦めていなかった。
影山が警察内部とも繋がりを持っていることは気がかりだけど、豪炎寺さんもそれなりのコネがある。簡単にもみ消されたりはしないだろう。
そうそう、警察といえば、もちろんあの人も僕達の仲間だ。ずっと前から接触したいと思っていたけど、その方法を考えあぐねていた。
だから向こうから僕に接触してきたときは本当に驚いた。影山についての捜査の途中で同じように調べ回っている存在を知ったのだという。
「何やら考えこんでいるところ悪いが、今日はその影山の話をしに来たわけじゃない」
「すいません、悪い癖で」
豪炎寺さんに言われてまた1人考えこんでいたことに気づいた。最近こういうことが多い気がする。
「影山と全く関係ない話ではないんだが、本題は多呂斗君のことだ」
「はい、ってえ?」
どうしてここで先輩の名前が?と少し驚くが、冷静に考えれば何もおかしな話では無かったことに気づく。
「もしかして、多呂斗先輩が言っていた医者というのが――」
「ああ、多呂斗占君の主治医は私だ」
世界は狭いというやつだ。先輩の症状を考えると豪炎寺さんが駆り出されるのも必然なのかもしれないけど。
「もう一度、彼が倒れたときの状況を教えてくれないか。監督さんからも話は聞いたが、同じフィールドに立っていた君からの視点も欲しい」
「作戦の都合で、先輩には試合の前半から負担が集中していました。後半も出すべきじゃなかったのに、先輩なら大丈夫だと思ってしまったんです。先輩自身も出たいと主張していて、つい頼ってしまいました」
聞かれていることはそんなことじゃないはずなのに、僕の口からは言い訳がこぼれる。言い訳をするということは、僕が自分が悪いと思っていることの何よりの証拠だ。
「ザ・タワーという必殺技があって、最大で8mくらいの高さから落下もしていました。最後の方は5mもないくらいの高さでしたが、落下は2回ほど。不乱先輩という大柄な先輩がキャッチしてくれていたので、ダメージはあまりないように僕には見えました」
「その時はなんともないように見えても、損傷は体に蓄積されていくものだ」
8mから落下と聞いて少し面食らったようにも見えたが、豪炎寺さんは冷静に何があったか分析をする。
「そして試合終了間際、デスゾーンという必殺技を使われて、それを止めるために先輩は生身で立ち向かいました。胸のこのあたりでボールを受け止めて、シュートの勢いを失わせました」
自分の胸をこのあたりと指さしながら説明する。いわゆる胸トラップの位置だ。
「そしてその直後に試合終了の笛がなり、みんなが先輩のもとに駆け寄ろうとしたとき、先輩は倒れました」
「その倒れたというのは頭からか?」
「細かくは覚えていませんが、多分そうだったような気がします」
「なるほど……」
一通り僕の説明を聞き終えた豪炎寺さんは、今度は医者として先輩の今の状況について話し始めてくれた。
「私も修也のサッカーの試合を見に行ったこともあるが、必殺シュートを生身で受け止めて大怪我をすることは理解できる。逆に今までほとんど怪我人がいなかったことが不思議で仕方がないくらいだ」
怪我もするときはするけど、サッカーの試合中っていつもよりも体が頑丈になる気がする。
不乱先輩もあれだけボコボコにされていながらほとんど怪我はなかったし。いや、不乱先輩はもとから体が凄く頑丈なのか。
「彼は肋骨が複数箇所折れて、内臓も損傷していた。試合中盤までの疲労の蓄積がどれほどかは分からないが、そのデスゾーンとやらを受け止めたのが原因だと考えて間違いない」
だが、と言葉を区切って豪炎寺さんは続ける。
「どうして記憶が失われたのかが私には分からないんだ。脳機能は私の得意分野のはずなんだが、彼の脳には一切異常が見られない。そもそも話を聞く限り、頭を打ったり心停止していたりなどは特になく、原因がどこにも見当たらない」
「原因がわからない限り、治療もできないってわけですか」
「そういうことだ。紫藤君、何か心当たりはないかね?倒れた日の試合以外でも、練習中に頭を打ったりだとか、頭痛を訴えたりとか」
「僕の知る限りではありませんでした。そういうのなら、さっき一緒にいた黒上のほうがもう少し詳しく知っているかもしれません。普段から親しくしていたので」
頭を打ったなどは聞いたことがないが、僕なりに原因を推理することもできる気がした。転生者だとかそういうことは言うわけにはいかないから(言ったら間違いなく僕の脳が正常か疑われる)、少し濁して説明する必要があるけど。
「僕は医学的なことはわかりませんが、原因は脳ではなく心にあるような気がします」
「心……どういう意味なんだ?」
心とは脳のことだ、とする考え方もある。実際、心が心臓にあると考えるよりも脳にあると考える方が自然だろう。心を“意識”と定義しても、“感情”と定義しても、あるいは“記憶”と定義してみても、それらは全て脳の機能にすぎない。専門家である豪炎寺さんはこんな議論もとっくにご存知なんだろうけど、僕はあえて脳と心を異なるものとして話した。
脳が異なるはずなのに記憶と意識と感情を共有する“転生者”という、今の理論のまさに反例となる存在がここにいるからだ。
多呂斗先輩の記憶喪失は、前世の記憶と関係がある。そう僕は確信に近いものを感じている。
「先輩は、忘れたいと思っていたことがあったんじゃないでしょうか。心のどこかでそう望んでいたから、試合の怪我がきっかけとなって記憶喪失になった。僕はそう推察します」
多呂斗先輩の前世で何があったかは僕は全く知らない。話す暇もなく倒れて記憶を失ってしまったから。でも、
「その忘れたいことは一体?」
「先輩は、影山の悪行について知っていました。その上で何もしなかったことを後悔しているようにも見えました。先輩が助ける義務なんてなかったはずなのに、知っていたら責任だけ感じるんです。
そして、先輩はこれから起きることも知っているようでした。全てを救えるか分からないのに知っているということが辛いから、それならいっそ全部忘れることができたらいいのに。そう先輩は思ったのかもしれません」
一番辛いのは、変えられない過去の記憶ではない。変えたくても変えられないかもしれない未来の記憶だ。
「そうか、なるほどな。貴重な情報と意見をありがとう」
最後にもう一つだけ、豪炎寺さんは僕に質問する。
「『知っていることが辛いから、いっそ忘れてしまいたい』これは君自身が考えていることだったりするか?」
修也によく似た瞳が僕を貫く。いつもみたいに生意気に誤魔化せばいいのに、豪炎寺さんを前にして嘘をつき通せる気がしなかった。
「そう、かもしれません。
ただ何にも知らずにみんなとサッカーできるなら、それが一番幸せなんだと思います」
そう僕はしおらしく答えた。全く僕らしくない。
「そうか、君は十分頑張ってる。どう見ても頑張りすぎているくらいに。もっと頑張った自分を褒めて、そしてもっと大人を頼ってみても良いんだ」
豪炎寺さんが優しく諭すように話してくれる。
でも、全部を打ち明けることなんてできない。僕は1人で戦わなきゃいけない。
「ありがとうございます」
そう豪炎寺さんにお礼を言って病院を離れる。
唯一の秘密の共有者になりうると思った多呂斗先輩が記憶を失ったということは、思ったより僕の心にダメージを与えているのかもしれない。
いつもより重い足どりで歩きながら、そんなことを冷静に考えていた。
ところで、尾刈斗に対してどの程度知識がありますか?
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正直誰も分からない
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主要な数人は顔が分かる
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アニメに登場した範囲で顔と名前は一致する
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ベンチメンバーまで全部完璧に分かる