BLEACH Fragments of Remnant 作:ヴァニタス
本作は「にじファン」で連載されていたBLEACHの二次創作、「オリ主が好き勝手するだけの駄文」のリメイク作にあたります。
筆者は原作の漫画は拝読していますが、アニメは見ておりませんので、基本的にアニメの設定、アニメのキャラクターは出てきません。
本作は「BLEACH」でオリ主がハーレムをするという目的の元に作成されております。
本作は原作の約八百年前からの開始となります。作中の年代は後書きで記します。
一部キャラクターの女体化及び、原作死亡キャラクターが生存する展開があります。
本作は筆者の趣味とハーレム願望を融合させたような代物ですので、人によっては大変不快な内容となる可能性があります。警告タグ等に危機感を感じた方は閲覧しない事を推奨します。
何者に翻弄されようとも 世界に等しく価値はない
誰もが求めるそれはひどく虚ろで 手にした傍から消えていく
永遠などこの世になく 確かなものなど一つもない
いずれ全てが消えゆく世界に 何の価値があるというのだ
そう考える 己でさえ
何者にもかえられない 価値無き物であるというのに
人が死んだら、その魂はどこへ逝くのだろうか。
おそらく生きとし生ける人の全てが一度は考えるであろう、自分の死後に関する疑問だ。
悪行ばかりを働いていたら、地獄に落とされるのだろうか。善行を積み続けていたら、極楽へ昇れるのだろうか。あるいは天国はなく地獄のみで、または地獄はなく極楽だけがあるかもしれない。
もしかしたら、そもそも死後の世界なんてないという可能性もあるだろう。人は死んでもどこにもいかず、魂だけが永遠と世界をさまよう。死別した家族と触れ合えもせず、語りかける事もできず見守り続ける事しかできない――そんなある種の悲しい現実が、死後の世界というものなのかもしれない。
しかし死後の世界と言うのはそんなものではなく、もっとありきたりで平凡なものだった。死んでみて初めて分かる死後の世界。それは想像していたような幸せにあふれた場所でも、恐怖しかない場所でもなく――言ってしまえば死ぬ前と変わらない、当たり前のような日常だったのだ。
「……ん……」
まぶたの裏が妙に眩しい。真っ暗なはずの視界が明るく輝いているのを感じ取り、ゆっくりと目を開けると、鋭い日差しが網膜の中まで突き刺さった。
「……もう、朝か……」
寝起きには少し強すぎる光に手をかざし、男性にしてはやや高めの声で呟いた。そして凝り固まった身体をほぐすように大きく背伸びをして、顔を洗うために布団を出る。
起き上がったその男は、とても大きな身体をしていた。少し手をのばせば天井に届いてしまうくらいに身長が高く、線もあまり細くない。ぼりぼりと頭をかく腕は白く、筋肉質だ。
「くあ~~……」
男は大きなあくびをすると、ふらふらとおぼつかない足取りで玄関に向かう。まだ完全に目覚めきっていないのだろう、切れ長の真っ赤な眼は眠そうで、半分しか見えてない。それがいけなかったのか、普段は気をつけているのに玄関の
「いっつ!」
短い悲鳴がもれ、男は痛そうに頭を押さえる。
――ああ、くそ、やっちまった。いつもならこんな事ないんだがなあ。
少し赤くなった
桶にためた水を乱雑にすくいあげて顔にぶつけるのを二、三度繰り返し、頭を振って水滴を飛ばす。それから濡れた
まだ空に昇ったばかりの太陽は白く、淡い橙色の日光を溢れ出させている。その光は透き通った湧水のようにも、咲き乱れる花のようにも見える。連日雨が降り続いていたせいか、その光はいたく新鮮に感じられて、男は澄んだ空気とともに大きな身体へ取り込んだ。
――ああ、今日は清々しい朝だ。
目を細めながら心中でそう思い、男は彫りの深い顔を微笑みで満たす。雨続きでじめじめとした空気の中、数日間も家の中で缶詰めになっていたのだ。それを考えれば、久々の陽光は彼にとって格別な物なのかもしれない。
――こんなに良い天気の日は、ロクな事がないんだがな。
しかし男は、心の中でそんな言葉を付け足した。それが何を意味するのか考える前に、男は遠くから誰かの声がしているのに気付く。耳を頼りに声のする方向に目を向けると、こちらに手を振りながら走ってくる女性の姿が見えた。
「……おが……さん……――
「あれは……確か、長老の……」
娘か、と言い切る前に女性が正面までやってきた。長老の家からずっと走って来たのだろうか、背を丸めて荒い呼吸を繰り返している。それを見かねた男、大神は娘が息を整える間に井戸から飲料水を汲み出し、ついで玄関のすぐ側にある台所から竹筒をとって娘に水を渡した。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
娘は礼を言うと深呼吸をして水を一気に飲む。大神はそれを見つめるのもなんだろうと後ろを向いて、井戸にふたをして
「おはようございます、サララさん」
「あ、お、おはようございます! あの、お水、ありがとうございました!」
「いえ、いいのですよ。困った時はお互い様ですから」
長老の娘、サララは慌てて大きくお辞儀して、強い声で竹筒を差し出した。それを笑顔で受け取りながら、大神はさっきと同じように快晴の空を見上げる。
「今日は晴れて良かったですね。ここのところずっと雨続きでしたから、太陽の光がとてもありがたく感じられます」
「あ、確かにそうですね! ずっと家の中にいたら腐っちゃいますし。うーん、ぽかぽかして気持ちいいなー!」
サララは大神と同じように空を見上げて、日の光を精一杯浴びるように身体を伸ばした。その様はとても快活で、素朴な彼女の雰囲気に良く似合っている。大神がそう思いながらサララを眺めていると、見られている事に気付いたサララがやや気恥ずかしそうに聞いてきた。
「あ、あの……どうかしましたか?」
「ああ、いえ。大した事ではないですよ。ただ、雨に憂う貴女も美しかったですが、やはり陽だまりの中で笑う方が綺麗だと思いまして」
「え!? や、やだな~大神さんったら! お上手なんだから~!」
「本心を言ったまででございます」
大神の屈託のない笑顔にサララは赤くなった頬をおさえて照れ照れと首を振る。大神はかなり整った顔立ちをしているので、彼に笑いかけられながら褒められるのは嬉しいようだ。でもサララにとって大神が褒めるのはいつもの事なので、照れくさそうにしながらもすぐに立ち直る。その辺りを見極めて、大神は優しく切り出した。
「サララさんはどのようなご用件でこちらに来られたのですか? 随分と急いでいらっしゃいましたが、僕に何か頼みたい事でもあるのでしょうか」
「あ、そうだった! あのですね、
「長老が?」
「はい、そうなんですけど……」
きょとんと紅い眼をしばたたかせる大神の下で、すこし眉根をひそめてサララは考え込むように胸をおさえる。
「……実は私、どんな理由で呼び出すのか聞いていなくて。
こちらを心配そうに見上げてくるサララに、大神は下あごに親指を当てて考えてみる。
――まあ、心当たりがないわけじゃないんだが……
数日前の出来事を思い出しながら、大神は心の中で目を細めた。どんな出来事だったか思い出そうとしているのではなく、どう言ったら当たり障りのない解答になるか考えているのだ。時間にして十秒が経った後、大神はあごから手を離して、サララに困ったような微笑みを向ける。
「……ついこの前、森に迷った
「え? 大神さんを、怖がってるんですか?」
「その通りでございます。今でこそ皆様に受け入れられておりますが、僕はこのような容姿ですので。暗い森の中で迷子になった挙句、助けに来たのが僕のような男では怖がって当然でしょう」
「あー……」
大神がつとめて軽く言葉にサララは気まずそうな声をもらす。サララも大神を最初見た時は、見た目と同じように恐い人だと勘違いしたからだ。
大神はこの辺りに住む他の住人とは違った風貌をしている。真っ白な肌、真っ白な髪、大きな身体の上で光る真っ赤な眼。海の向こう側に住んでいそうな蛮人、ともすれば鬼のようにも見える姿をしている。
それにサララと大神には
大神がここにやって来た二十年前は、白い肌をさしてか、白い髪をさしてか、あるいは真っ赤な眼をさしてか、皆が口々に鬼のようだと言い合ったものだ。それを露のように払ったのは、まぎれもない大神自身の微笑みだった。
大神は常に笑っていた。時に優しくも厳しくもなったが、ほとんどの場合を柔らかく受け止めるような笑顔で過ごしていたのだ。その笑顔につられて一人、また一人と大神に声をかけだし、大神自身も積極的に人付き合いをしていたので、すぐに大神はここに溶け込んでいった。
今となってはそれがただの印象に過ぎない事くらいは分かっている。でもやっぱり、森のような光が遮られる場所で会うと怖いものがあるかな――サララがそう思った。その後すぐ、こんな反応を返されたら傷付くに違いないと思い至り、慌てて取り繕おうとする。それを大神は分かっていると言いたげな笑顔をしながら手をかざしてとめた。
「いいのですよ、サララさん。僕は昔からそういう風に見られてきましたから、慣れていますので。それにあの子はまだ子供です。僕はむしろ、あの子に心の傷を負わせてしまった事を謝らなければなりません」
「で、でもっ!」
「いいのです。サララさんの気持ちだけで、僕は十分でございます」
「……そう、ですか……大神さんがそういうなら……」
サララは肩を落としてしゅんとする。自分の事でもないのに本当に悲しんでくれているサララは良い人だと大神は思う。だからサララが落ち込んでいるのを見かねた大神は大きく手を叩いた。パンッ、と鳴り響く音にびっくりしたサララが目を見開いて上を向くと、大神は明るく笑いかけた。
「僕は大丈夫ですよ。本当に気にしておりませんから。それよりも、わざわざ走ってここまで来られたのですから、急ぎの用ではないのですか?」
「あ、ああーっ! そ、そうでした!
さっきまでの暗さが嘘のようにサララはおろおろと慌てふためく。大神はそれがおかしくて声をあげて笑った。
「ああ、では急がねばなりませんね。長老は怒ると怖いですから」
「ほ、本当に怒ると怖いんですよ~! 大神さん、他人事だと思って~!」
「あはははは!」
「笑わないでくださいっ!」
「ははは、いえ、失礼。おかしくてつい……おっと。申し訳ございません、少し待っていてもらえますか? 流石に寝巻のままでは恥ずかしいので」
「あ! そ、そうですよね! すみません、気が回らなくて」
「構いませんよ。ではしばしの間、失礼いたします」
サララが頷いたのを確認して、大神はいったん家の中に戻る。一つしかない簡素な
金色に淡く輝く
大神の白い手が離れると、右分けにされた髪に髪留めがさしてあった。
「お待たせいたしました」
「あ、それ……いつ見ても思うんですけど、やっぱり似合ってないですよ」
大神の白い髪の中で咲いている紅色の扁桃花を見て、サララは微妙な笑顔になる。確かに
「申し訳ございません。これは僕の趣味ですので」
「はいはい、分かっていますよ。もう、大神さんはいつもそう言うんですから。その趣味と、後は女の子には誰にでも優しくする性格さえなければ、私だって……」
「私だって、なんでしょうか?」
「あ、ああ! い、いえ! なんでも、なんでもありませんからっ! ほら、早く行きますよっ!」
「……そうですか。分かりました、御同行させていただきます」
大神が上から覗き込んで聞くと、サララは顔を真っ赤にして慌てて走っていった。
――分かりやすい人だなあ。
大神は走っていくサララを見ながら慈しむように微笑むと、あのままでは転びそうなので追いつく為に足を動かす。サララは案の定道端の石に足をひっかけて、間一髪間に合った大神に抱えられてボンッと耳まで赤く染めた。
φ
人は死んだらどこへ行くのだろうか。その答えは当然だが、死んだ人間にしか分からない。まれに生きている人間でも死後の事実を知る機会が訪れるが、そんなものはごく少数だ。大抵の人間は死を恐れ、極力死後というものを考えずに生きている。
そんなあらゆる人間が絶対視していると言ってもいい死後の世界。それは人々が思い描く地獄でも極楽でもなく、当たり前のような日常でしかなかった。
西流魂街第一地区「
潤林安はその中でも最も治安が良く、犯罪や揉め事とはまるで縁のない場所だった。多少人間関係が険悪になる時もあるが、それでも大事にはならない、そんな住みよいところだ。
大神が潤林安に現れたのは二十年前。初めの頃はそれなりに苦労もあったが、今ではこうして潤林安の住人としての生活を手に入れている。それでも先の話題に出てきた握菱の娘のように、怖がられる事が全くないという訳でもない。
「……では、あの子の好きな果実を土産に持っていくのはどうでしょう? あの子は内気ですが素直なので、きっと受け取ってくれると思うのですが」
「どうでしょうね……子供って怖いものはずっと怖いものですし……お土産をもらっても、出てきてくれないかもしれないですよ」
「そうですか……何か良い手があればよいのですが」
大神の住いから長老の家まで向かう道中、大神とサララはどうすればまだ少女である握菱の娘の心の傷を癒せるのか、相談しながら歩いていた。
大神の住いは潤林安の外れにあり、瀞霊廷に近い場所にある長老の家からは結構遠く離れている。これも彼の容姿が関係していて、日中はともかく夜中に見ると怖すぎるからだ。
「うーん……ここはやはり、時間が解決してくれるのを待つしかないのでしょうか」
「それが一番いい方法かもしれませんね……」
大神は幅の広い肩をがっくりと落とし、長いため息をつく。サララはその横で「大丈夫ですよ!」と元気よく励ました。
「大神さんが優しい人だって事はあの子もちゃんと分かってるはずですし! この前も一緒に遊んであげて、泥だらけになってたじゃないですか!」
「ええ。他の子供たちも一緒になって遊んでましたから。あれは楽しかったです――また、みんなで笑い合って遊びたいものですね」
励まされている事を感じ取った大神は、サララのために気を持ち直したような振る舞いをする。それからサララと軽い談笑をしながら進んでいくと、ようやく長老の家が見えてきた。
「あれ……?」
しかしそこで、サララは奇妙な異変に気付いた。普段は長老を慕う人たちや子供たちでにぎわっている家の前の広場が、今日に限って人っ子一人見当たらないのだ。それどころか周りの民家も全て戸が閉めきられ、何か異様な雰囲気が漂っている。
「いつもはこんなに閑散としていないのに……ど、どうしたんでしょうか……」
「確かに……あまり好ましくない気配がします」
怖がって袖を掴むサララに大神は不審に思っていると感じさせる言葉を返す。だがその色白の顔に普段通りの柔らかな笑みはなく、かわりに長く切れた紅い眼が三日月のように細くなり、妖しげに光っていた。
――ああ、やっぱり。晴れた日はロクな事にならなさそうだ。
心中で大神が透明な息をつくと、二人の前に人影が現れる。辺りを見回していた二人がそれを察して振り向くと、そこには年老いた老齢の男が杖をついて立っていた。
「と、
「おはようございます、長老」
急に現れた自分の父親にびっくりするサララの横で、大神は普通に挨拶をする。人で賑わっているはずの場所に人がまったくいないと言うこの異様な雰囲気の中、その挨拶はあまりにも場違いに見えて、長老は大きなしわがたくさん寄った顔に、新しいしわを一つ作った。
「
「…………」
サララの問いに長老は黙して答えない。柔和な笑顔を取り戻した大神を、ただ厳然と見据えている。サララが大神と長老を交互に見ながら困惑していると、やがて長老は静かな口調でサララに言った。
「サララや。お前は握菱さんのところへ行っていなさい」
「え? で、でも……」
「儂はこれから
「……大神さん……」
サララは心配そうに大神を見上げる。大神はサララの気遣わしげな表情にゆっくりと笑みを浮かべ、大きな手のひらをサララの頭に乗せた。
「僕は大丈夫ですよ、サララさん。さあ、握菱さんのところへ行ってください」
「……はい……分かり、ました……」
しぶしぶ頷いたサララは、握菱の家に行くまでの間何度も振り返った。その度に大神は柔らかく笑って大丈夫だと手を振りサララを見送る。そしてサララが握菱の住いに入り、その戸が完全に閉められた後、大神はようやく厳しい表情をしている長老と向き合った。
「…………用件は、分かっておるじゃろうな? ――
「はい、もちろんでございます」
長老の厳とした問い掛けに、大神御蔭丸は穏やかな笑顔で返した――優しげに細めたその眼から、紅く染まった瞳を覗かせながら。
「――僕があの日、
大虚。普通の魂魄が口にするにはあまりにも過ぎた言葉に、長老は顔のしわを苦く歪める。他ならない御蔭丸自身から聞き出したその事実を、いまだ現実のものとして受け入れきれていないからだ。
「…………うむ。お前さんは死神に引き渡され、瀞霊廷へと連れて行かれる事となる。異論はないな」
「あるわけがないでございましょう。僕自身が自覚していなかったとはいえ、あれ程の力を有していた事実は既に存在します。それを無視してここに留まり続ける事は、すなわち貴方への恩義に対する大逆でしかありません」
御蔭丸は掴んでも手のひらから逃げる雲のようなするりとした答えを返した。肌にはりついた蚊を潰すような事も無げな物言いは、いっそ自分の行く末を理解していない愚図のようにも感じられる。
だが御蔭丸という男に限ってそれはないだろうと、二十年来の付き合いになる長老は断定していた。御蔭丸は頭が良い。少なくとも相手の思考をある程度読める知能と、何をすれば相手を喜ばせる事ができるかの判断力を持っている。
「……ならば良い。もう間もなく死神がやってくる。それまでお主がすべき事はなんじゃ?」
「それは言うまでもなくこの場で別れて帰ったふりをし、そのまま失踪する事でしょうね。良識ある大人の方々ならともかく、僕を慕ってくれた子供たちに余計な傷を負わせたくはないですから。確かな別れと言うのは存外記憶に残るものです。僕はそういった明確なものでなく、真冬の粉雪のように溶け消えるものでなければなりません」
まるで秀歌でも歌うような口振りだ。それもこちらが思っている事を御蔭丸は的確に理解している。だからこそああして笑い、周囲の記憶から錆びついて剥がれていく事を許容しているのだ。
優秀な男だと考えると同時に、やはり奇妙な男だと長老は渋面の裏で苦々しく思った。御蔭丸は相手を喜ばせようとするが、自分の喜ぶ事をしようとしない。まるで他人の幸せが自分の幸せだと言い張らんばかりの生き方をしている。
それはそれでないとは言い切れないが、あるにしては奇矯な行動が目立つのだ。心が伴わないというか、感情がそこにないというか――この男からは、中身というものを全く感じられない。
例えるなら赤子をあやす風車のような男だ。一時の感情に喜びの色をつけるためだけに回り続け、飽きられれば捨てられる。それを理解していて、あえてそうしているような印象を長老は受けていた。
「……分かっておるならば良い。早々に立ち去れ、御蔭丸よ」
そんな思考をおくびにも出さず、厳格な長老として御蔭丸に潤林安からの退去を命じる。御蔭丸は「はい」という短い返事ですぐに応じ、こちらに背を向けた。その姿は長老の瞳の中で、二十年前と変わらぬものとして融合する。
紅い着物と赤い瞳。白髪の海で咲き誇る鮮血の華。笑顔が見えない御蔭丸の姿は、相も変わらず恐ろしいものだった。
「……ああ、そうだ。一つ、やり残した事がありました」
と、そこで前触れもなく御蔭丸は呟き、もう一度長老と正面から向き合う。不測とは言えないが突然の事態に長老がわずかに緊張した面持ちになると、御蔭丸は姿勢を正し、深々と綺麗に頭を下げた。
「――――今までありがとうございました、
「――……ああ。儂らもお前さんがおった事を、感謝しておる。それ故に済まぬ――お前さんと、こんな形で別れる道しか選べなかった儂を、どうか許しておくれ」
その儚げな姿勢に、言うまいと決意していた許しの言葉を乞いてしまう。それでも御蔭丸は一切の負の感情を浮かべず、いつも見せてくれていた柔らかな笑顔で、別れの言葉を口にした。
「許すも何もありませんよ。僕は元々ここに居るべきではありませんから。他人の手に逃れていた刀が元の鞘におさまる――ただそれだけでございます」
最後に御蔭丸はそう言って今度こそ踵を返して歩いていった。その姿が陽光の
「……まるでこの地に未練が無いと言っているようにも聞こえるぞ、御蔭丸よ」
本当に小さな呟きは誰の耳にも届く事なく風に消えた。暫しの間祈るように黙していた長老は、深く目を閉じて開いた次の瞬間には、既に厳格な空気を取り戻している。
御蔭丸は去った。この地を恐怖に陥れかねない脅威は既にいなくなった。後は御蔭丸が瀞霊廷に連れて行かれるまで、住人たちを家から出さないように気を配れば良い。
それが潤林安の長老としての務め。例えそれが善良と分かっている住人の排斥だとしても、誰かがやらねばならない以上、己のような老躯が務めるべき事なのだ。
長老はそう思い、まずは事情を聞きたがっているだろう娘の元へ向かう。彼とて人の子。ここから御蔭丸がいなくなる事で一番悲しむであろう娘を気にかける、一人の親でしかないのだから。
φ
「――さて、と。別れの挨拶も済ませたし、後は死神たちが来るのを待つだけか」
長老との別れを済ませ、御蔭丸は住いから潤林安まで来た道を逆に辿っていた。
表情は暗くもなければ明るくもない、至って平静と言った感じだ。これから死神に捕まり瀞霊廷へ連行される身とは思えない、平凡な態度をとる御蔭丸は、胸元をぼりぼりかいて嘆息する。
「どうやらたった今
そう呟く御蔭丸からは、先の長老やサララと話していた時の優美な所作や柔らかな物腰、丁寧な口調を欠片も感じない。起床した場面でもやや雑な部分が見られたし、これが彼の素なのだろう。
気だるげに片目を閉じる御蔭丸の足取りはゆるめで、覇気がないという言葉を大きな布にして全身に余すところなく巻きつけているような印象だ。ふやけた
「あ~……晴天だな~……曇らねえかな……雨でも降りゃあ、少しは気が紛れるんだが……」
しまいには猫背になって陰鬱な台詞を呟く始末だ。当然ながらその程度で太陽が機嫌を損ねるはずもなく、むしろ雲が逃げていくように晴れ渡っていく。その様子を見て「やっぱりロクな事がない」とがっくり肩を落とした瞬間――その姿勢で停止する事を、御蔭丸は余儀なくされた。
「――――」
目の前を、
首筋に感じる冷たい感触は暖かみのない金属のそれ。そして視界には写らぬのに人が居ると確信できる重圧は、間違いなく暗殺者の気配。
――強いな。少なくとも並みの死神よりはできるか。
中途半端な姿勢で
この時御蔭丸は知る由もなかった事だが、周囲を固める黒装束の死神は
隠密機動の計四十の鋭い眼光が御蔭丸に突き刺さる。彼らの眼に宿るのは紛れもない敵意であり、流魂街の一般的な魂魄ならば正気を保てなくなるほどの濃密な殺意だ。
その黒装束の暗殺者たちの奥から、遅れて白い術者たちがやってくる。
そこに敵意はなかった。殺意もなければ好意もない。そこには余裕もなく、諦観もなく、そもそも意志と呼べるような感情は一切浮かんでいなかった。
それは鬼道衆の放った術で全身を拘束され、隠密機動に乱暴に地面に叩きつけられ、更に鎖と拘束具でがんじがらめにされても変わらない。多少は苦悶の声を上げたが、眼帯をつけられて
――ああ、やっぱり。晴れている日はロクなことがない――
眼帯をつけられる直前、一瞬だけ垣間見えた青空に、御蔭丸は人知れず呟く。彼はそうして捕らえられ、瀞霊廷へと運ばれていった。
人が死んだら、どこへ逝くのだろうか。肉体から分離し、魂だけの存在となったとしても、人が歩む道は果てし無く続いている。
例え生前は歴史に名を残す人生を送っていても、死後にはただの一般魂魄として、転生するまで慎ましやかな生活しか送れない者もいる。逆に平平凡凡なありきたりの前世であっても、死後にその力を発揮する者たちが皆無というわけでもない。
人は死んでも、どこにも逝かない。死んだとしても世界は回り、魂もまた、新しい世界で生き続けるのだ。いずれ全ての歯車が噛み合い、大いなる輪廻の渦に還る時まで。
大神御蔭丸もまた、その流れの中で生き続ける。特に理由もなく、特別な意志もなく。多くの魂がそうであるように、彼は選択をする間もなく、巨大な大河のような世界に翻弄される運命に飲み込まれる。
だから、特に思う事はない。例えその死後が安穏たるものでなく、激動に満ちた波乱の海であったとしても。御蔭丸はひたすらに笑い、苦難の道を歩み続ける。
火蓋は切って落とされた。彼の本当の死後は、ここから始まる。
原作より約七五〇年前の出来事。
本作でハーレムに入らない女性キャラクターは以下の方々です。理由としては、筆者がNTR嫌いである事、純粋に好みではない事、倫理的な問題等があげられます。
アニメオリジナル女性キャラクター
黒崎遊子 黒崎夏梨 黒崎真咲 紬屋雨 本匠千鶴 小川みちる 国枝鈴 夏井真花 浅野みづ穂 越智美諭 ジャッキー・トリスタン 鰻屋育美 朽木緋真 志波都 久南白 雛森桃 銀美羽 草鹿やちる 曳舟桐生 猿柿ひよ里 虎徹清音
以上の女性の方以外は、愛情の大きさは別れるでしょうが、本作のオリ主に好意を持つ事になるでしょう。
一話書き上げてから一週間の冷却期間を置いて推敲しますので、更新は一週間以上の間隔で行います。