女体化した挙げ句、転生先は存在しないクリスの妹でした。   作:わらぶく

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時系列としては、原作始まる前です。
とはいえ番外編なので、あまりそこら辺は考えなくても大丈夫です。


番外編
小話:雪音クリスの誕生日編


 都会の街並みは三日前にクリスマスが終わったというのにも関わらず、燻る残り火のごとく活気の余韻を残していた。人が溢れる商店街の大通りを挟んで立ち並ぶ売店の数々、店頭には売れ残ったクリスマスケーキが並び子供連れの親たちが品定めの為に見回っていた。

 その中を掻き分けるように、灰色のダウンコートを着て赤のマフラーで口元を隠した雪花は歩いていた。前述の通り、既にクリスマスは終わり店は年末年始に向けての準備が大忙しになるという頃だ。

 だが雪花にとって翌日となる12月28日は、姉である雪音クリスの誕生日だ。

 保護され元気に生きているということはフィーネから写真付きで聞かされている。クリスの目線や動作から明らかに隠し撮りだったものの、ちゃんと生きているということが分かるだけでも雪花には励みとなった。やはり会えないというのが辛い所ではあったが、現状ではどうしようもないと踏ん切りはつけていた。

 

 とはいえ、誕生日となれば話は別になる。

 日本に来て空港でフィーネによって誘拐されてから、姉に何かしてやれたことがない。リディアンで学生生活を送っているのだから、せめてプレゼントでもと考えこうして街の中を歩いてた。

 

「良いものを見つけないと。それに何か送る方法考えないとなぁ」

 

 現時点では、クリスが暮らす家の場所を雪花は知らない。

 となれば自然とリディアン経由、もしくは姉の身柄を確保している二課経由でしか誕生日プレゼントを贈ることしかない。

 

 さてどうするか。

 悩み続けても仕方ないとその場に立ち留まり、視界に入った店に入ろうと視線を横へと向けた。そこにあったのはコンクリートで作られた街並みから浮いた、木造の古ぼけた一軒のおもちゃ屋。赤いビニール軒の下には『目玉:スノードーム』と書かれた看板が立っている。

 あんまりにもメルヘンでレトロの店構えにどこに迷い込んだのかと辺りを見回せば、ここは大通りから外れた一本の路地だった。耳を撫でる遠い喧騒を聞きながら、人一人通らないこの路地は世界に切り取られたように静かだ。

 

(もう閉じてるのかな?)

 

 人気の無さに、雪花は窓から店内を覗き込む。

 店内両側の棚に陳列されているのは、少し作りの古い大きめのぬいぐるみや人形の数々。中でも一際目立つのが、カウンターに乗せられたサッカーボールほどの大きなスノードームだ。ライトに照らされ中で動いている雪のような何かが輝いて見えていた。

 目を惹かれた雪花はドアを押し開けた。ギギィと音を立てながら開くドアは重く、蝶番は油の切れた甲高い音を奏でて、ドア内側の上部に付いた大きなベルが来客を知らせる音を鳴らす。香る木の良い匂い。どこまでも古めかしいこのおもちゃ屋は、雪花の子供心を蘇らせる。ボタンを目の代わりに縫い合わせたぬいぐるみなんて、いつ振りに見ただろうか。

 

 今時、このようなおもちゃ屋は何処へ行ってもそう見られるわけではないだろう。むしろ都心の商店街近くに、こうもひっそりと佇んでいられたことが不思議でしかたがない。

 ともあれここなら良い感じの誕生日プレゼントを見つけられるかもしれない。そう考えた雪花は店奥へと歩を進めていく。見るもの全て見回ってカウンター前に帰ってきた雪花は、カウンターに置かれた大きなスノードームに目を向ける。

 

 綺麗だった。水の中をふわりふわりと舞い続け、光を受けてキラキラと輝く何かが、とても綺麗。何者にも命令されるわけでもなく、ただ何となく自由に動いているそれは、雪花にとって羨望の眼差しを向ける対象となる。

 

 形に残せるのならば、こういうのが姉さんに合ってるだろうか?

 

「いらっしゃい、お嬢ちゃん」

 

「あ、いえ、失礼してます」

 

 かけられた声に反射するよう返事をする雪花は、聞こえてきた声の主を探してカウンターの向こうへ視線を向ける。住居へと繋がるだろう襖が半分ほど開いて、人が良さそうな微笑みを浮かべている老人の男性が姿を見せていた。

 最初こそ少し驚いてしまったものの、全身から溢れる優しいオーラに警戒心もすぐに弱まり、拙くぎこちない笑みをなんとか返す。

 

「今日は何を買いに来たのかな?」

 

「離れて暮らす姉さんに向けて誕生日プレゼントを贈りたいんですけど、形として残るもので何か良いものを探しています。それでそのスノードームが外から見えて、気になったので」

 

「ほっほっほ、プレゼントか。そうだのぉ、時間があるならスノードーム作りでもしていくかな?」

 

「作れるんですか!?」

 

「そう難しいことじゃない。慣れてしまえばすぐにでも作れる。どうかな?」

 

「是非お願いします! あの、メッセージを入れられたりとかは?」

 

「長い文章なら不可能だが、一言なら容易く入れられるぞ」

 

 よし、と言わんばかりに雪花はガッツポーズをする。

 その姿を見て老父は笑いそれに気がついた雪花はほんのりと頬を赤らめながら佇まいを戻した。

 

「姉思いの良い子じゃの。奥の作業場に案内しよう。材料もしっかりとあるから、好きなように飾っても良い。ほら、ついてきなさい」

 

「はい!」

 

 高ぶる気持ち冷めやらぬまま、雪花は老父の後を追いかけ作業場へと向かっていった。

 

 

 

 

==========================================

 

 

 

 

「……見つかるわけねぇか」

 

 公園のブランコに腰を着け、公園で楽しそうに遊ぶ子供たちの姿を眺めながらクリスはボソリと呟いた。その声は誰にも届くことなく子供たちの喧騒の中に揉まれ、やがて消えていく。リディアンの制服の上から着た白のダウンコートのポケットから二課で貰った端末を引っ張り出し、時間を確認。

 今は午後五時。冬場の日が沈むのは早いもので、この辺りはもう薄暗くなり始めている。「時間なんて止まっちまえばいいのに」なんて愚痴を吐きながら、項垂れ悲しみで溢れそうになる涙を必死に手で拭っていた。

 こんな場所に足を運んだのは、ただの偶然だった。どこかへ、どこかへと当てもなく都心を歩き回り、その終着点として選ばれたのがここだっただけのことだ。

 日課になりつつある妹探しの彷徨癖も、これまで一度も実を結ぶことはない。雪花の後ろ姿だと思い込んで後を追いかけたものの結局は別人だったということが何度も起こっている。焦らしのような空振りを繰り返し続け、クリスの心は既に荒れ果てていた。

 

 とはいえ怒りを何かにぶつけるようなことはしない。

 代わりに毎日の活力が削られていくような怠さや無力感が体を襲い、食欲が湧かず何も食べられずに二日、三日動けない日もあるほどだった。そういう時は、二課の方で厄介になり最低限の栄養を確保するために点滴を打つ。

 それでも、まだ容姿に悪影響が出ていないのが幸いだろう。そこまで行けば学校での生活にも問題が出始めてしまうのは間違いない。

 

「雪音」

 

 聞き慣れた声が前方からかけられる。足元には人の形をした影が伸びていた。「またかよ」とぼやきながら俯かせていた顔をゆっくりと上げれば、リディアンの制服を身に纏ったさらりと伸びる青い髪の女性──風鳴翼が右手を腰に置きながらこちらを見つめている。

 彼女は「探したわ」とその手に二課の携帯端末を握り掲げるように持ちながら、クリスの側へと歩み寄る。クリスの体は翼の影にすっぽりと隠れてしまい視界が薄暗くなっていく。逆行で見えにくい翼の体は、やけに大きく感じてしまう。

 

「雪音を探しに来る度、私はいつも来たことの無い場所に連れてこられる気がする。ちょっとした探検をしているような気分だ。これはこれで悪い気はしない」

 

「はっ、勝手に探しに来ておいて随分な言い草じゃねぇか。あたしは別に探してくれともついてきてくれとも言ったつもりはねぇ。あたしは一人でも生きていけんだよ」

 

「なら、その震えてる手は何?」

 

「……こんなの、ただの痙攣だ。あんたには関係ないだろ。さっさとここから立ち去ってくれよ……」

 

 かたかたと震えている右手を、空いている手で必死に押さえつける。力む際、歯を食い縛り血を止めてでも押さえつけてやろうとの必死さが顔に色濃く現れ、弱い姿を少しでも見せてたまるかとの念が現れている。

 そこへ膝を突き出来るだけ目線を合わせようとする翼の両手が優しく重ねられる。その両手は暖かかった。記憶に残る雪花の両手とは比べ物にならないが、それでもほんのりと暖かい。

 

「私はあまり手足が暖かい方じゃない。それでも私の手が暖かく感じるほどに、今の雪音の手は冷たいじゃないか」

 

 柔らかい笑みを浮かべながら上目遣いで目を合わせてくる翼に、クリスは気恥ずかしさやらが心の中でグシャグシャに混ざり合い耐えられなくなって目線を逸らす。幸か不幸か、その先には手を繋いで仲良く家へ帰る幼い姉妹の姿があった。黒いお下げの姉が寡黙で自己主張の薄いおかっぱ頭の妹をグイグイと引っ張って、先へ先へと歩いていく。

 それをクリスはバルベルデで両親を失う前の自身の姿に幻視してしまった。楽しそうに笑う幼い自分たちの姿。居なくなってしまった妹がもう見られない笑顔を見せている。姉さん、姉さんと呼ぶ妹の声が耳を襲った。鼓動が早まる、呼吸が詰まる。脳裏に両親を失った日がフラッシュバックして、耳をつんざく爆発音と悲鳴が蘇ってくる。

 

「雪音、大丈夫、大丈夫」

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

「何が見えてるの?」

 

「あたしだ……居なくなった妹と手を繋ぎながら歩いてる……」

 

 胸が痛い。心が苦しい。

 渇く喉が居なくなった妹を求めて訴えかけている。妹はどこだ、どうして私はひとりぼっちなんだ、と。意地っ張りなくせしてその実寂しがり屋なクリスには、一人残された今の環境はあまりにも過酷で厳しいものだ。両親は死に、居たはずの妹さえ側から消え誰も居なくなってしまった。

 

 ──大丈夫だって。オレは姉さんから離れたりしないし、居なくなったりもしない。これからもずっと一緒だからさ。だから泣かないでくれよ。

 

 両親を亡くしたあの日にかけてくれた雪花の言葉が蘇る。

 

(何で、何で居なくなっちまったんだよ雪花……ッ!)

 

「帰りましょう。叔父様たちが雪音のことを心配してる」

 

「……なら、一つだけ聞かせてくれ」

 

「ああ、答えられることなら何でも聞いてほしい」

 

「あんたの相方、天羽奏が死んだ時あんたはどうしてたんだ」

 

 クリスがその言葉を口にした刹那、それまでにこやかだった翼の表情が固まり笑みが失せていく。空気が凍っていく感覚に嫌気をさしながらも、それだけはクリスにとって聞かなければならないことだった。

 家族にも等しい人間を失って、その壁をどうやって乗り越えたのか。

 

 気合い? 踏ん切り? 諦め? それとも受け入れたのか?

 

 目の前のこの人間はどうしてこんなところで笑って他人の心配をしていられる。

 

「……雪音、それは」

 

「辛かったはずだ。何もかもが嫌になったはずだ。だってのに今はあたしの横で笑って励ませる余裕まである。何でだ、辛くはないのか。あたしは死んでしまいたいぐらいに辛い。あんたはどうなんだ」

 

「……」

 

 吹き出す感情、疑問を思うままにまくし立てていくクリスは、目が泳ぐ翼の顔をじっと見続けた。別に心を責めようとも、貶してやろうなんて思いは、今のクリスには一片たりともない。

 ただ単に、知りたかったのだ。

 何を考えた、何を思い、どうして一人で生きていられるのか。

 

 やがて気持ちの整理をつけたのだろう翼は、一度目蓋を堅く閉じ深呼吸をしてから改めて目蓋を開ける。そこから覗く目に、先程見せた迷いのようなものはない。

 信念をもってじっとクリスの目を見つめ返して、開いた口から言葉を紡ぎ始める。

 

「奏は、私にとって生き方のほとんどだった。居なくなった時は私の中から何もかもが喪われたような気分だった。もう戻ってくることもない遠くへ行ってしまった。

 だけど、奏の人を守る思いは私の心の中に残ってる。だから頑張れる。深い意味なんて無い、ただそれだけで私は生きていられる」

 

「思い……」

 

「雪音にも、大切な妹の思いは残されているはず。元気になんて無責任なことは言わない。でも生きて。それにあなたの妹はまだ生きている可能性があるでしょ? だからまだ諦めるのは早い」

 

「……一年以上、二課に全国各地探してもらっても見つからなかったんだ」

 

「だとしても、生きていないことにはならないでしょ?」

 

 そう語る翼の瞳は濁っていたものの、表情は晴れやかだった。

 赤々と燃える紅葉のごとき夕焼けの空をバックに、翼は立ち上がりクリスの手を取るとブランコのイスから引っ張り起こした。

 

「私は雪音の質問に答えた。今度は雪音が私の願い事を聞いてもらう番ね。帰りましょう雪音。あなたの場所、私が整えてみせるから」

 

「はぁ……ほんと、敵わねぇよ……」

 

「決まりね。なら帰りましょう、叔父様が待ってる」

 

「はぁ? 何でおっさんが待ってんだよ。帰るのはあたしの部屋じゃねえのか」

 

「?? 雪音、今日何の日か分からないの?」

 

「ただの平日だろ?」

 

「……これは重症ね。いや、その方が都合が良いか……?」

 

「何ぶつぶつ言ってんだよ」

 

「……ふむ、そうとなれば早い方が良い。さぁ雪音、急ぐぞ!」

 

「だから何なんだよぉッ!?」

 

 翼に手を強引に引っ張られ、公園の外で待機していた車に押し込められたクリスは考える間も無く二課へと向かうことになる。急なことに隣で楽しそうに笑いながら見つめてくる翼に問い詰めてみるが、「何のことか」とすっとぼけられそのまま二課施設のエレベーターに乗っても何も教えてもらえない状態が続く。

 すぐ側に立つ翼のマネージャーの緒川慎次にも質問するが、明らかに知っている顔で「僕にも何がなんだか」なんてはぐらかされてしまう。

 

 結局何も分からないままあれよあれよと最下層まで降り開いたエレベーターの先に広がっていたのは、電灯が消され薄暗くなった二課の廊下だった。

 その光景に思わず身震いしていしまうクリスは、周りに立つ二人にニコニコとした表情でさえ不気味に感じてしまい全身の毛が逆立っていくのを実感する。

 

「さぁ行きましょう。叔父様が発令所で雪音を待ってる」

 

「何でこんなに物々しい雰囲気なんだよ……。呼ぶだけならこんなことをしなくても良いじゃねぇか……」

 

「そろそろ察しそうなものだけど、本当に忘れてるのね?」

 

「だから何のことなんだよ」

 

「いえ、こっちの話」

 

 クリスにとって冬場のイベントと言えば数日前に終わったクリスマス、もしくは年末年始のお正月ぐらいである。12月28日なんてどっち付かずの中途半端な日付、今よりも無気力だった去年は自身のマンションの部屋に設置したこたつの中で丸くなっていた。

 そう、この日が自身にとって大事な日であることを、これまでの時間を妹探しに当てていたクリスは完全に忘れてしまっている。二人からの生暖かい目線を浴びて尚沸き上がるのは猜疑心。何故そのような目線を向けられなければならないのかと、嫌な居心地の悪さを感じ始めてしまっている。

 

 それでも前を歩くように催促されたクリスは、その指示に従い普段はあまり顔を出すことの無い発令所へと足を動かせる。景色の変わらない殺風景な廊下を歩き、幾度か曲がり角を曲がって発令所前の自動ドア前まで来る。

 しかしその日は感知センサーがどういうわけか作動せず不審に思ったクリスは背後へと目線を向ければ、緒川から「こちらのスイッチを使ってください」と赤いボタンが付いた機械を渡されてしまう。

 

(何で今日はこんなに静かなんだよ)

 

 とはいえなにもしないわけにもいかず、二課が危害を加えてくることはないと知っているため、仕方なくボタンを押し自動ドアを開ける。

 ゆっくりと開かれていく扉の中から漏れ出す眩い光に手を翳して、発令所に入ったクリスを出迎えたのは、

 

 ──パンッ! パパパンッ!

 

「誕生日おめでとうッ! 雪音クリスくんッ!!」

 

「……ぅえ?」

 

 二課司令官の風鳴弦十郎による祝いの言葉と天井に吊り下げられた『お誕生おめでとう 雪音クリス様』と書かれた横断幕、そして空から舞い落ちるクラッカーの紙吹雪だった。

 虚を突かれ反応することが出来なかったクリスは目をパチパチと瞬きをし、目の当たりにする温かい光景に体を硬直させた。ここでクリスが12月28日は自身の誕生日であることを思い出し、その場に崩れ落ちてしまう。背後から翼の「大丈夫?」と心配する言葉がかけられるもそれが耳に届くことは無い。

 

「あたしの、誕生日……」

 

「ああ。去年はクリスくんの不安定な精神面を鑑みて開催出来なかったが、今年こそはと一週間前から企画していたんだ。本来ならばクリスくんの部屋で盛大に開きたかったんだが、これだけの職員で祝い尚且つ即応性も兼ね備えてとなると、やはり発令所になってな。せめて見た目は煌びやかにしようと飾りつけも頑張ってみたぞッ!」

 

「頑張ってって……あんたも飾り付けやったのかよ……?」

 

「もちろんだとも。君は大事な二課の一員、司令官である俺が祝わないでどうする! 今日は七面鳥にジュース、デザートもある。思うまま楽しんでくれ!」

 

 にっかりと良い笑顔で話しかける弦十郎に手を取られクリスは立ち上がる。

 幼い頃から政情不安定で国連の治安維持部隊が投入されるようなバルベルデ共和国に盛大なパーティを開ける余裕も無く、クリスはもちろん妹の雪花もこのような誕生日パーティなんて物は経験した事がない。精々ソーニャの家で行われた食事会ぐらいが、精々のパーティと言えるものか。

 そのために、クリスはどう振舞えばいいのか分からなかった。このような場で祝福される側の人間となった場合、どう立ち回るのか。思い浮かべたのは雪花の誕生日、祝われる側だった雪花はどんな反応をしていたのか。

 

 ──楽しそうだったのか? 控えめだったのか? 粛々とご飯を食べていたのか?

 

 もちろん祝いの規模が全く違う今回のケースと比べるにはあまりにも差がある。それでも、当時から大人っぽかった雪花はどうやって対応するのか。必死に、考える。

 そこへ救いの手を差し伸べたのは翼だった。

 

「雪音、悩む必要はない。それこそ、ただ食事をするだけでもいいわ。私たちが祝うから」

 

「そうだぞクリスくん。もし何を食べればいいのか困っている時は、この俺が見繕おう。君はあまり食べていないからな、ここはやはり七面鳥にするか。よし座って待っていて欲しい。すぐに持って来よう」

 

「あっ……別にあたしは……」

 

「今は素直に祝われて、雪音。あなたは救われても良いの。いつか必ず、あなたの妹も見つけてみせる。それまで、待ってて」

 

「あ……ぅぁぁあああ……ッ」

 

 翼に後ろから優しく抱擁されたクリスの心は、もう限界だった。

 崩れ落ちてしまう今のクリスにもう立ち上がるだけの精神力はない。優しく解きほぐされた冷たい心。もちろん雪花がこの場に居ないという悲しみはある。それでも、今の自分にはここに帰る場所が出来た。

 なら、もし雪花が見つかったならこの暖かい場所に連れて来られるように、いや絶対にこの場所に連れてくると。堅く、決意する。クリスの心が完全に持ち直したわけではない。心の半分以上を埋めてくれていた妹の代わりとなる物はなく、今も風穴空いた心は壊れてしまう寸前にまで追い込まれている。

 

 それでも、今はここに居場所がある。一人になってしまった自分を助けてくれる人間が居る。

 それだけでも、クリスにとっては救いだった。

 

「……なぁ」

 

「ん? どうした雪音」

 

「多分、あたしはどうせまた嫌なことしか思い出せなくなる。もしそん時は、あんたが助けてくれるのか……?」

 

「ああ、自殺なんて考えようものならこの私がひっぱたく。動けない時は私が背負う。家に閉じこもるなら叔父様と食事を使って押し入る」

 

「何だよ、それ。最後のただの押し入り強盗じゃねぇか……」

 

 あまりのおかしさに笑い声を漏らすクリス。初めて見せる笑顔に対して職員たちが周りから集中させる暖かい目線にクリスはギョッとし、真っ赤になっていく顔を自覚する。やがてやけくそになると、弦十郎から差し出された七面鳥のチキンにかぶりつく。柔らかい肉の歯ごたえを感じながら咀嚼し、ごくんを飲み込んだところで周囲に目を配る。

 そこで改めて「誕生日おめでとう」と歓声が上がる。

 

 この日、クリスは改めて長い人生の第一歩を踏み直すことになった。

 そこへもう一つのサプライズがやって来る。

 

「さぁて、良い感じの雰囲気になったところで私からクリスちゃんへの贈り物があるのよぉ」

 

「あたしに?」

 

 人混みを掻き分けて、サンタが持つような白い布袋を片手に近づいてくる、白衣を着た櫻井了子がクリスの元へと近付いてきた。目尻の涙を拭いながら努めて丁寧な口調で「何すか?」と聞いてみれば、了子は怪しい笑みを浮かべて袋の中に手を突っ込む。わざとらしくガサゴソと袋を動かしている。

 そうして出てきたのは何とか掌に乗るサイズのスノードームだった。

 

「じゃーん、とってもとっても綺麗なスノードームよ。これ、匿名であなた宛てに送られてきた物なの。ちゃんと安全の方は確認してるから安心してね?」

 

「スノードーム……?」

 

「そう、雪音の苗字に合わせて送ってくるなんて、相手も粋なことをするわよねぇ」

 

 ドームの中でふわりふわりと舞う雪、中央には煙突のついた大きな家がポツンと建てられて玄関口には赤い服を着た少女らしき人形が立っていた。クリスの目に見ても職人の手で作られたような精巧さはない。

 それでもここには確かに暖かさというものがあるのを感じていた。

 ただ、木製のドームの土台に彫られた文章が読めない。外国語なのは間違いないが、英語でないことは確かだ。

 

「なぁ、これなんて書いてあるんだ?」

 

「それはクリスちゃんが解読してみて。こういうのは、自分で解読した方が面白いわ」

 

「そういうもんか……?」

 

「そういうもの。さぁ誕生会もっと楽しむわよ! 七面鳥なんてこういう機会じゃないと食べられないんだから、もっと食べないと損損。翼ちゃんもそう思うでしょ?」

 

「櫻井女史に言うとおりだ、雪音。もっと食べて今の内に元気を蓄えるんだ」

 

「わーった、わーったから押すなってばッ!」

 

 これまでのクリスの人生は決して良いものだとは言えず、これからの人生も良いものになるとは限らない。

 それでも今この時間だけは、クリスにとっても良い記憶として残されるだろう。

 だからこそ、クリスは強く願う。いつか必ず、雪花を見つけてここに連れてくると。

 

 

 

 

 

 スノードーム名

 ──Zu meiner lieben Schwester(親愛なる姉へ)




おかしい、明るくするつもりだったのに……。

では改めて祝言を。
お誕生日おめでとう、雪音クリスちゃん!

本筋が終わった時、しないフォギア的な日常パートは必要ですか? それとも不必要ですか?

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