女体化した挙げ句、転生先は存在しないクリスの妹でした。 作:わらぶく
私立リディアン音楽院高等科。
海を望む高台に作られた広大な敷地に建つ校舎だ。
高等科に在籍する生徒は約1200人と、都内屈指のマンモス校である。特徴的なのは名の通り音楽へと力を入れていること、私立であるにも関わらず学費が安く抑えられていること、そしてトップアーティストである風鳴翼が特設されたタレントコースに在籍していることである。
音楽を目指す、あるいは風鳴翼に憧れて入学する生徒が大半を占める中、二回生である雪音クリスは違った。
「雪音さん、お昼私たちと一緒に食べない?」
「……わりぃ、そんな気分になれねぇんだ。他の奴でも誘ってくれ」
「そっか、また誘いにくるからその気分にしててね!」
顔馴染みとなったクラスメイトの誘いを断り、クリスは居心地の悪さを覚え弁当を片手にいつもの避難場所となる屋上へと足を運んでいた。リディアンの生徒は賑やかな場所を好む人間が多いのか教室や食堂などの場所に人が集まるため、屋上の常連となっているのはクリス一人だけだった。
学院から隔絶されたように静かな屋上は、クリスにとって唯一の心が安らぐ場所である。ベンチに座り横においた弁当の蓋を開けながら、はぁと溜め息。少しは料理の腕も上がり見映えが良くなってきた弁当の景色を眺め、今更こんなしてもと心の中で吐き捨てる。
二年前、遺された唯一無二の妹が居なくなってからというもの、クリスの人生は惰性的なものと化した。何の目的も無く、ただ学校の授業を受けてダラダラと過ごすだけの毎日。楽しいこともなく、二年も経ち妹の行方どころか生存さえ絶望的なものとなっている。
生活自体は『
ただ、あたし一人がこんな生活をしてしまって良いのか。
何も出来ずただ学院生活を送るだけで良いのか。
妹すらも守れない姉なんて、死んでしまえば良いんじゃないか……。
心の奥底から湧いて出てくる、途方もない罪悪感の数々がクリスの自尊心を蝕み続けていた。
そしてリディアンに修学してからずっとのことだが、クリスが屋上に逃げ道を見出だしてから、見透かすかのようにこの時間に現れる一人の女が居る。
──そら、今日も固っ苦しいのがお目見えだ。
「雪音、今日もここに居るのね」
風鳴翼。
鮮やかな青のロングヘアーに、一部の髪を髪飾りでキュッと纏めたスレンダーな体型の女性。
今をときめくトップアーティストであるらしく、生徒からの人望は厚く崇拝されている恵まれた人間。そして、特機部二に所属する正義のヒロイン様。出会って少しの頃はやたらと突き放すような物言いが多かったが、同情でもしたかある日を境に物腰が柔らかくなった。
だがクリスにとってそんなことはどうでも良い。
「……何の用だ」
「クラスメイトから話は聞かせてもらったわ。一人、寂しくはないの?」
「うるせぇよ……あんたには関係ないことだろ……
「……悩んでいるのは、あなたの妹のこと?」
「──ッ!!」
衝動だった。
触れられたくないところにずかずかと踏み込んできた、と認識した時には、立ち上がったクリスの手は翼の胸ぐらを掴んでいた。翼のネクタイが弛みシャツに大きなシワができてしまうが、そんなことを今は気にしている暇がない。
完全に、頭に血が上ってしまっていた。
少しの沈黙の後、クリスはシャツから手を離してベンチに座り直す。横に置いていた弁当を手に取り、焼いた卵焼きを口に放り込みながら心を落ち着ける。
目の前の厄介者に、イライラをぶつけたところで何も解決しないことを、地獄を生き抜いてきたクリスはよく知っていた。
「今まで一緒に居た家族が、ある日を境に居なくなってしまう悲しみは、私にも分かる。何も全てを打ち明けろとは言わない。でも、弱音ぐらいはぶつけて欲しい」
「……今は放っておいてくれ」
強くなってしまう語気を抑え、握り拳を作って必死に堪える。
翼が、奇しくも二年前に家族に等しい友人を喪っていることを、風鳴弦十郎から耳にしていた。家族が居なくなる悲しさは、誰よりも知っている。
だから、喪ったにも関わらずこちらを案じてくれる翼に、クリスは心無いことを言うことは出来ない。
翼はクリスの反応が弱いのを見て、右隣に腰を着けた。
「温かいものでも必要ね」なんて冗談を言いながら元気付けようとする優しさは、流石のクリスも感じ取っていた。
「雪音の双子の妹、名前を聞かせてもらっても良い? 司令は、本人から聞く方が良いだろうって教えてくれないから」
「……雪花、雪の花って書いて雪花だ」
「良い名前ね」
「自慢の妹なんだよ。いつも側に居てくれて、子供なのに度胸があってあたしのことを助けてくれたんだ」
「そう、まるで雪音が妹ね」
「あたしが妹、か……。そうだな、何も出来ないあたしが、雪花の姉なんて名乗る資格、無いんだよ……。代わりに雪花に傷を背負わせてしまったあたしなんかが、ここで生きている資格なんて──ッ!」
自責に苛まれたクリスが右腕を振り上げたベンチに叩きつけようとすれば、隣に座る翼が止める。
クリスの目尻には涙が溜まっていた。キッと隣の翼を睨み付ければ、真っ直ぐな瞳で見つめてくる翼の姿があった。その表情は悲しみ、怒り、その両方がグチャグチャに混ざり合って、目の当たりにしたクリスは思わずたじろいだ。
「妹の思いを無駄にするつもり?」
「……」
「私の奏は、自殺して欲しいから人を助けていたんじゃない。生きて欲しいからあのコンサート会場で命を燃やした。
雪音の妹がそうだったとは限らない。でも雪音に怪我して欲しくないから、元気な姿でいて欲しいから、代わりに傷を負った。私はそう思う。それにまだ死亡確認が出来ていない以上、まだ諦める必要なんて無い。だから雪音、生きるのを諦めないで。あなたのためにも、そして妹のためにも」
クリスの手が、翼の両手に優しく包まれる。
「……んだよ、それ。慰め方、下手くそかよ……」
「これが私に出来る精一杯の慰めだけど……おかしかった?」
「ああ、おかしくてヘソで茶が沸きそうだっての。あーもう! 悩んでたのがバカバカしく思えてきた。あんたのせいだぞ。あんたが茶化すから、こんな気持ちになるんだッ!」
「それは怖い。私も言葉には気を付けないと」
「バカバカしい……本当に、バカバカしい……」
「雪音?」
「何でもねぇよ。でもそうだな……少しは気が楽になった。礼を言うよ」
──ありがとな。
生気の戻った顔でクリスが礼を告げれば、間を計っていたかのように学校のチャイムが鳴る。手を振り、駆け下りることで視界の下から競り上がってくる階段の影に消えていく翼の姿を目に焼き付けながら、自身の教室へと帰っていく。
今日一日の授業を終えたクリスの顔は朝に比べて晴れやかな物だった。
憑き物が取れたような、すっきりとした表情。リディアンではあまり浮かべることのなかった笑顔を湛え、「さーてっと」なんてわざとらしく声を上げながら席を立つ。その姿にクラスメイトも物珍しげにクリスを観察していたが、昼クリスを誘った子が楽しそうに近づいてくる。
「ねぇ雪音さん、帰り道バーガー食べに寄らない? 期間限定のが今日までで、雪音さんそういうのあまり食べなさそうだからどうかなって」
「飯、食べに行くのか?」
「そう! 味は保証するよ! 何たってグルメな私が一度食べて感動するほどだからね!
で、どう? 今の雪音さんはそういう気分になってる?」
「あたし、は……」
悩んだ。かなり悩んだ。
ここに居ることを雪花が許してくれるなら、クソみたいだった人生をやり直しても本当に許してくれるなら、ここから一歩をゆっくりと踏み出していこう。バルベルデの悲しみを少しの間だけ忘れても良いのなら、今だけはどうか許してください。
「そうだな……今日は、行ってみようかな……」
「ホント!? やったやった!」
「先に、門の前で待っててくれ。あたしは先生に提出したいものがあるんだ。少ししたら、そっちに行くから」
「うん! 約束だからね!」
ドタバタと教室から出ていく友達の姿を見送って、クリスは思わず微笑み教室の時計を眺める。
現在は午後三時半。まだまだ日は高く昇っている。
ちなみに、先程友達に行った先生云々は自身の心を落ち着けるための時間を作るために吐いた嘘だ。今の精神状態では一拍置いてから行動を起こさないと思考が乱れ、容易くパニック状態に陥ってしまうほどにまで不安定になっている。
それを知ってのこの行動。自分のことをちゃんと理解しているといったところか。
別に用もなく黄昏て三分ほど。
ふぅと溜め息を吐いたクリスはカバンを肩に掛け昇降口へと向かった。下駄箱前に立ち、自身の箱の扉を開けた。
「……? 何だこれ」
開けた下駄箱の中に見たもの、赤い蝋で封をされ『雪音様へ』と裏面に書かれた一通の手紙だった。差出人は不明、どこを見返しても全く書いていない。それに、状箱も内容物によって一部に突起を作る歪な膨らみ方をしている。
気になったクリスが中を透かして覗き込むと、そこにあったのはカプセル状の薬剤の形をした何か・危険物ではないだろうと踏んで開けてみれば、赤い宝石のようなペンダントだった。
「?? 間違いか? でもあたしの名前が書いてあるんだよなぁ……手紙の方も何か胡散くせぇし、交番か学校案件か……まぁ、飯食ってからでもいいだろ。一応あたし宛てだし最悪なにかあれば棄てればいいしな」
ペンダントをスカートのポケットに突っ込みながら、クリスは友達が待つ校門へと向かった。
手紙の内容
『雪音様へ
この度、あなたの身の安全を保障するため、こちらのペンダントをお送りいたします。是非ご活用ください』
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