女体化した挙げ句、転生先は存在しないクリスの妹でした。   作:わらぶく

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第二話

 とある雑居ビルの屋上には、私服姿の雪花がソロモンの杖を片手に眼下に広がる商店街を見下ろしていた。

 現在、午後の六時。

 帰宅ラッシュのサラリーマン、部活帰りの学生たちで溢れる大通りは今日一番の賑わいを見せている。

 

 雪花が今、フィーネに求められている仕事は、リディアン周辺でノイズを発生させ死者を出し、とにかく騒ぎを大きく、多く発生させることだ。そうすることにより、今もリディアンの地下深くで眠り続けている完全聖遺物のデュランダルを地上へと引っ張り出すことが出来るらしい。

 ちなみにだがフィーネから聞くところによると、本来ノイズが自然発生する確率は一生涯において通り魔に襲われる確率と同じ、分かりやすく言えば滅多に無いということ。

 その偶然を完全聖遺物というインチキで必然とし、雪花はこれからノイズで一般人の虐殺を行おうというのだ。まず、まともな精神状態では行えない。

 

 だが、どこまで行こうと監視の目はある。

 雪花が目を向けた先にあるのは、古びた自殺防止用の監視カメラ。最初こそ首を右へ左へと動かしていたが、雪花が視線を向けていると気付いた時、動きが止まりレンズが絞られて雪花をじっと見つめ始めた。その動きはまるで獲物に狙いを定めた捕食者の目だ。

 

 はぁと溜め息を吐き、プルルと音を立てる耳に着けた無線の着信音に答える。

 

「フィーネ、こっちは配置に付きました。いつでも」

 

『ええ、ちゃんとカメラから見えているわ。今日はあなたが人殺しとして生まれ変わる特別な日、結果を楽しみにしているわ。お姉さんのためにも、頑張りなさい。あなたのこと、見ていてあげる』

 

「……言ってて自分で悪趣味だと思いませんか?」

 

『そう? こう言えばあなたはやる気を出してくれると思ったのだけど。それにただの駒としてしか見てなかったら、ここまであなたのことを見てないわ。それに、他の誰でもないお姉さんのためにも、頑張ってね?』

 

「分かってますよ。無線はここまで、終わり次第また連絡をします」

 

『じゃあ結果はまた後で。途中報告は無しよ、私はこれから地下深くで経過を確認しないといけないのだから。それじゃあね』

 

 フフッと不敵な笑い声を残して、無線が切られた。

 

 これから行うのは一方的な虐殺。

 ただ一人の姉を守るために行う、不合理な行動。

 ソロモンの杖を握りしめる右手に力が入る。一度踏み込んでしまえば、二度と戻れない闇に飲み込まれて手を汚すことになるだろう。

 

 覚悟を決める深呼吸、これから起こす大罪から目を背けぬよう目蓋をかっ開き、ソロモンの杖を掲げ放射された緑の光が通りを挟む建築物の屋根をなぞり、その跡から百を超えるノイズを並べる。

 それだけじゃない。

 騒ぎが更に大きくなるよう、四車線の大通りにもノイズを片っ端から配置し、いつでも人間たちを殺せるように準備させる。後は頭の中でただ一言──殺せ、そう命じるだけ。

 夕陽が傾き、地平の彼方に消えていく最中。

 今ここに、地獄が開かれる。

 

「……殺せ」

 

 そう雪花が小さく呟いた途端、ノイズは動き出した。

 飛びかかったノイズたちは、眼下に広がっていた通行人たちに振りかかった。奇襲は見事に成功しノイズが一人、また一人と、その体を黒い炭素に変え形を崩していく。

 ノイズの特性上、一体が殺せるのは一人だけ。並んでいた第一陣が半数以上飛び降りたのなら、またソロモンの杖から新しいノイズたちを並べ人間たちを襲わせなければいけない。

 

 ──いやぁぁッ!! 助けてぇッ!!

 ──死にたくないッ! 死にたくな──

 ──ママ……どこぉ……ママぁ……ッ

 ──足がぁッ! やだやだやだぁッ!!

 

 ……嫌と言うほど耳にこびりつく、通行人たちから発せられる悲鳴と懇願の声。炭素に変えられ死んでしまった人間たちの残骸がふわりふわりと宙を舞い、夕陽によって鮮やかな茜色に染め上げられた空が黒く濁っていく。

 そんな中で、足から炭素に変わっていく一人の女子生徒と、覗き込んでいた雪花の目が偶然合った。涙を流し、叫び声は酷く枯れたものとなっていて、目をパッチリと開けて雪花を見ている。その表情は驚愕だった。

 

 どうしてあんなところにいるのか?

 

 最初こそ、死への恐怖と疑問で頭が一杯だったのだろう。

 けれど、周囲のノイズたちが襲わないのを見て、雪花が今回の下手人なのだと理解したようだ。垂れ下がっていた目尻はつり上がり、射殺さんばかりの目線と鬼の形相で睨み付けながら立った一言、「人殺しぃッ!!!」それだけを言い残して、彼女はゆっくりと死んでいった。

 

 込み上げる吐き気に襲われ、酸っぱく不快な匂いを漂わせながら食道を逆流し口内まで昇ってきた吐瀉物を屋上にぶちまける。覚悟はしていた。

 それでも、いざ目の当たりにすれば耐えられない。

 バルベルデの時とは違う不快感、主にストレスで削り取られすっかりと小さくなっていた良心の阿責が、目の前の光景に警鐘をならし続けている。

 

「……謝らないよ、謝って許されるようなことじゃない。だからせめて、姉さんが生きるための礎になってくれ。罰なら後で全部受けてやる」

 

 第三陣のノイズ召喚、聞こえてくる悲鳴が少なくなってきたのは、この辺りに生きる人間たちが数を減らしたからだろう。

 近年稀に見る大惨事だ。

 死者は数十、数百……いや、もしくは数千か。

 炭素で濁った空は、黒く染め上げられていた。空を埋め尽くすばかりの炭素は、これ全て人間の残骸。数えきれない程の人間を殺したことの証だ。

 

 フィーネは満足してくれるだろう。

 街の監視カメラを掌握する性悪の彼女なら、この光景を見て高笑いをあげるのだろうか。それとも、よくぞ手を汚したと満面の笑みで迎え入れてくれるのか。

 

 第四陣のノイズ召喚。

 これでこの辺りの人間は全員死ぬはずだ。この場に留まる必要はもう無い。敵勢力と伝えられた『特機部二』も動き始めているだろう。こんなところで立ち止まっていれば、間違いなく疑われて連行からの断罪になるだろう。

 断罪されるのは良い。当然の成り行きだ。

 ただ、今されるわけにはいかない。姉さんの安全のためだ。

 

 足元に置いていたヴァイオリンケースにソロモンの杖を収納し、右手にぶら下げ屋上から階段で下りていく。この雑居ビルにも結構な人間は居たはずだ。踏む度にザクッと音を立てる炭素が床の一面を覆っているのを見る限り、ここの住民も全て死んでしまったようだ。

 儚いものかな、積み重ねてきた数十年の人生が、たった一人のわがままで崩されていくのだ。釣り合わないことこの上ない。

 

 とはいえ、今雪花が行うべきは逃走することだ。罪悪感に浸っている場合じゃない。駆け足で雑居ビルから飛び出し、最寄りのフィーネの息がかかったホテルへと向かった。

 通りは一面炭素で埋め尽くされ、買い物袋、スーツケース、ビジネスバッグが埋め尽くされて無数に散らばっている。効率的に死人を出して十分程度、そろそろ事前に聞かされていたシンフォギア装者がしてもおかしくないだろうと足を急がせる。

 

『雪花、聞こえる?』

 

「フィーネ? 今は無線を使えないのでは?」

 

『それはまた後で。緊急事態よ、そこから北東にある海辺の工業地帯で大きなアウフヴァッヘン反応が検出されたの。識別は「第三号聖遺物:ガングニール」。意味が分かる?』

 

「フィーネから聞かされた情報を鵜呑みにするならば、ガングニールは二年前のツヴァイウィングの事件で喪われたはずでは?」

 

 そうよ、と肯定するフィーネの声に雪花は表情を曇らせる。

 第三号聖遺物:ガングニール。先程口にした二年前のツヴァイウィングの事件で死者となってしまったシンフォギア装者の天羽奏が持っていた。原因は過大な負荷と引き換えに装者に爆発力を与える絶唱、いわば諸刃の剣だ。聞かされた情報によれば、一人の少女を守るために絶唱を歌ったらしい。

 ともかく、その際ガングニールは絶唱の負荷に耐えられず天羽奏の体と共に粉々になり消失してしまったというのが、フィーネが与えてくれた情報だ。

 

 これまで雪花に連れ添ってきたフィーネの考え方的に、腹黒ではあるものの嘘は吐かない。声質的にもフィーネは目の当たりにしている状況に、本当に驚いている様子だ。

 

「無くなった聖遺物の出現、オレにどうしろと?」

 

『雪花には近くまで行ってその現象をカメラに納めてきて欲しいの。こちらでも見えるけど、雪花と私で見えているものが違ったら大変でしょう?』

 

「聖遺物の出現となれば、特機部二がすぐさま回収、もしくは破壊するために動いているはずです」

 

『それはもう雪花のやり方にお任せするわ。あなたなら、私のお使いをこなしてくれるのでしょう?』

 

「はぁ……分かりました。ただ、こちらの判断で見つかる前には撤退します。本来ならこんな命令事前に受け取っていないので、逃走経路はこちらで考えますよ」

 

『んぅ、さっすが雪花ちゃん。じゃあ良い報告、楽しみにしてるわねん♪』

 

 今のフィーネは元々の肉体の持ち主『櫻井了子』の性格が同居しており、奥底で眠らせた櫻井了子を自身の意識として引き出せるらしく、本来の見事な金髪にも、誘拐された二年前に見せた茶髪にもなれるのだそうだ。

 普段の冷徹な声から一転、櫻井了子の物らしいまるで媚びるような猫撫で声になったフィーネに溜め息を吐きながら踵を返し残骸を踏みながら港湾へと駆け出した。

 

 距離、目算にして五キロといったところか。

 歩くにはちょっと遠い、幸いと大通りには所有者を失った車や自転車がゴロゴロしている。

 拝借しよう。車で行けば図体がでかくバレやすいから、ここはバイクで行くとするか……。

 

(エンジンはかかったまま倒れてる……これ貰ってくよ)

 

 一度エンジンを切り、車体を起こしてからかけなおす。

 けたたましいエンジン音が再起動を告げ、握ったハンドルを回せばいつでも走り出せるだろう。それほどまでにしっかりと整備と手入れが行き届いている。名前を彫ったネームプレートを座席の所にぶら下げているのを見れば、どれほどこのバイクに入れ込んでいたのかが窺い知れる。

 座席の残骸を払い除け、見つかった時顔バレしないようサイズの合わないヘルメットを被り、ヴァイオリンケースを後ろに括り付けていよいよバイクを走らせる。運転自体はフィーネから教えられ、免許はないものの出来るようにはなっていた。

 これまでに教えられてきた技術のほとんどは、フィーネが無茶ぶりを吹っ掛けてきてもあらゆる手段でこなせるためのものなのだろうと、雪花は考える。

 現に、こうしてバイクを使って現場に向かうことが出来ていた。

 

 特にトラブルは起きることはなく現場から二百メートルほど離れた所には、五分と経たずに到着する。とはいえ既に日は沈み、辺りは建造物から発される申し訳程度の灯りで照らされているのみ。中央部に向かえばかなり明るくなるだろう。

 現場ではやたらとたどたどしい歌が響いている。

 比べるのも酷かもしれないが、姉の歌声と比べれば雲泥の差だ。

 

「歌……聖遺物で歌となると確かシンフォギアシステムか。二年前に失われたガングニールを纏う何か、フィーネが知りたがらない訳がない。早く写真撮ってホテルに避難するか……」

 

『あ、そうそう、もう一つ注意事項。今、翼ちゃんがそっちに向かったわ』

 

「……また厄介ごとですか。もうこりごりですよ。というか、やたらと無線入れてきますね。そんな余裕あるんですか?」

 

『それがね、ノイズ発生にガングニールの登場、今のところ唯一の装者である翼ちゃんは飛び出しちゃって、こっちはてんやわんや。だからみんな大忙しで、誰も私一人の小言に気にしてられないのよ。だから、ちょちょっと助言はしてあげる。そこからはノイズの召喚はなし。あなたの身一つだけで頑張ってねん♪』

 

「了解」

 

『あぁそれともう一つ』

 

「何ですか、まだトラブルが?」

 

『あなたにサプライズを用意しているの。とっても喜んでもらえるはずよ』

 

「サプライズ?」

 

 上擦るフィーネの声を聴いて、雪花は嫌な予感が過ぎり冷や汗が過ぎる。

 フィーネがこのような声を出すときは、何か悪だくみを考えているとき、もう一つはこれから起こる出来事を予想しそれが自身にとって愉快な物であった時だ。それも、基本的に雪花に関連することである。

 

『ええ、とっても大事なサプライズ。今そっちに向かってるから、楽しみにしていてね♪

 じゃあ、無線はここで本当におしまい。続きはホテルでね?』

 

「ちょっと、サプライズっていったい──」

 

 返事を聞く前に、無線を切られてしまった。

 言葉には疑問は残るものの、雪花は歌の発信源を目指してヴァイオリンケースを片手に無機質なコンクリ工業地帯を走り抜ける。監視カメラはフィーネがどうにかしてくれているとは言え、どこから見られているか分からないので建物の影をコソコソと。かつ迅速に、今は一秒でも時間が惜しい状況だ。

 自身の耳を頼りに細い路地を進んでいけば、いきなり大きな広場に体を晒すことになった。慌てて道を引き返し、影に隠れて広間の様子を窺う。

 

 居た、歌の発生源だ。

 四方をノイズに囲まれながらも、片腕に抱いた小さな女の子を守ろうとしているシンフォギア装者。オレンジと黒のインナースーツと身を守るための装甲を身に纏い、シンフォギアから流れる音楽に乗せて歌を口ずさんでいる。

 肩口に切り揃えられたブラウンの髪の毛先が外へぴょんと跳ねる独特な癖を持った、雪花と同年代ぐらいの女の子。ノイズが飛びかかる度に必要以上に飛ぶ姿は、明らかに戦闘経験を持った人間のものじゃない。むしろシンフォギアを初めて纏い内蔵されている超人的な能力を引き出す機能に振り回されている、そんな印象を雪花は覚えた。

 

 その姿を目に焼きつけながらヴァイオリンケースを地面に置いて、ジーンズのポケットから携帯端末を取り出しカメラ機能を起動させる。ただ、ぴょんぴょんとウサギのようにあちらこちらへと跳ね続けるのがあんまりにも煩わしくて、堪らず怒鳴りそうになるのを必死にかみ殺す。

 

「ッ、まだか……」

 

 未だ来ぬシャッターチャンスに右足が貧乏揺すりを始めてしまう。

 チッと舌打ちをしながら、ヴァイオリンケースからソロモンの杖を掴み目の前で動くノイズの操作を行う。飛べないように二足歩行型にジャンプさせ空を奪い地面に体を縫い付ければ、こちらからの視線が通るようにノイズの隊列に隙間に空ける。

 企みは上手くいった。思考回路がパンクした少女は迫るノイズを見て身をこわばらせ動けなくなっている。カシャリと写真を撮り、もう一枚予備を撮った。

 

「よしきた!」

 

 これでフィーネからのお使いは終了、すぐにホテルへ戻って報告をしなければならない。

 端末とソロモンの杖を片付けて終わり、後はここから退散するだけ。

 それだけなのだ。

 だというのに……

 

 ──どうして、姉さんの声が聞こえているのだろうか……?

 

「姉、さん……?」

 

 歌が、聞こえる。

 優しい歌声だ。小さい頃に聞かせてもらった声よりも少し低くなっているものの、聞き間違えることは無い。この歌声は間違いなく姉さん──雪音クリスのもの。

 慌てて視界を動かしどこから発せられているのかを探して、空を見上げる。

 

 見つけた。

 冗談みたいな話だが、火を噴くミサイルの上に赤いシンフォギアを纏っている姉の姿がある。

 

「何で、姉さんがシンフォギアなんかを……?

 まさか──」

 

 いや、まさかという必要もない。

 意味深な発言を発言を繰り返してきたフィーネの仕業だ。シンフォギアなんかを姉さんに与えるのは二課、もしくはフィーネしかいない。こうなれば、事情を問い質すしかないだろう。姉さんに武器なんかを与えて、何が安全を保障するのか。

 

 頭の中が怒りで埋め尽くされる。

 変なことでも言えば、あの顔を一発殴ってやらないと気が済まない。

 おそらくはすまし顔でいなされるだろう。それでも、協力しているのは姉さんの安全保障が前提なのだと直談判しなければならない。

 

 広間からは大きな爆発音と銃声が轟いた。

 今は安全な場所へとケースを持ってその場を離れる。

 バイクは適当なところで乗り捨てればいい。

 そう考えて、足を乗ってきたバイクを向けた時だった。

 

「──動くな」

 

「ッ」

 

 バレた。

 しかもこの声は……。

 

「あたしは、撃ちたくねぇ。ゆっくりと振り向いて、その顔を見せてくれ」

 

 従う。従うしかない。

 金属音が鳴らされて、こっちに銃口が向けられているのが分かる。

 

 声からして姉さんはこちらの正体に薄々気づいているようだ。

 だから撃たない。それは理解している。でも、銃なんて物を姉さんに持たせたくはない気持ちが逸って、どうすれば銃を持たせないで済むかを思考する。二秒か三秒、たったそれだけの時間なのに、何十分も経っているように感じて仕方がない。

 考えて、考えて、答えを得る。

 

「早く、振り向いてくれ……頼むから……ッ」

 

「なら、これでいい?」

 

 一歩、足を引いて振り向く。

 ああやっぱりと、視界に収めて改めて気づく。

 

「あ、あぁぁぁ……ッ!」

 

 ──あぁオレは、どこまでも姉さんが大好きなんだ。

本筋が終わった時、しないフォギア的な日常パートは必要ですか? それとも不必要ですか?

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