女体化した挙げ句、転生先は存在しないクリスの妹でした。   作:わらぶく

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第四話

 フィーネに徹底的な罰を与えられた雪花はカーテンの隙間から差し込む陽光に目元を照らされ、眩しさと首元に残る絞められた痕に息苦しさを感じながら目を覚ました。カーペットの上で転がっていたはずの自身の裸体はベッドの上に移動させられ、唾液と泡で汚れた顔は綺麗に拭われていた。

 首はもう自由になったと言うのに、今も手で掴まれ絞められているような感覚が残っている。さながら首輪だ。いつでもお前を殺せるんだぞと常時囁かれている気分にさせられる。確認を含めて自身の首に手を伸ばし指先で触れてみるが、そこに首輪や絞める手なんて物はない。その事に安堵の溜め息を漏らしたものの、笑みを浮かべ首を絞めてくるフィーネの姿を思い出し背筋を冷たい恐怖が走った。

 

 胸に手を当てて動く心臓の鼓動に自分は生きているんだと安心しながらも、これさえもフィーネの思い次第で止められてしまうのだと考えれば、今の現状はバルベルデでの捕虜生活と何も変わらないのだろう。

 ならば尚のこと、この汚れたこちら側の世界に姉を引き込むわけにはいかない。あの人には温かい世界が似合っている。

 

「……終わらせる。姉さんにシンフォギアを纏わせず、戦わせないようにしながらフィーネの目的を達成させる。それしか姉さんを守るは出来ない」

 

 それにしても、と一拍おいて周囲を見回す。

 使い慣れたベッドの柔らかな感触に、やたらと射し込んでくる陽光。昨日足を運んでいた繁華街のビジネスホテルなら周囲を同等の高度を持つ建造物に囲まれて、ここまで爽やかな陽射しを受けられることはないはずだ。

 それに相も変わらず自身が裸体のままで寝かされているということは、気絶した後フィーネによって体を弄ばれたに違いない。もしくは実験か。ここのところ、左目が痛むことが頻発し異常な高揚感に襲われることがままある。体にいったいどんな細工を施しているのかは知らないが、最悪意識の乗っ取りさえ無ければ万々歳だ。

 

 ベッドから腰を上げカーテンを開けながら窓の外に広がる景色を眺めた。ここから見えるのは青々と生い茂る木々の数々、そして水面が陽光を反射しキラキラと輝いている大きな湖だった。湖畔の桟橋にはやって来たアヒルの子供たちがたむろして、水面を滑る親鳥の後に続こうと湖へと飛び込んでいく。

 こんな光景、雪花が知っている中で見られるのはフィーネが拠点とする山腹の洋館しかない。ということは、あの後気絶した雪花はフィーネによってここまで運ばれたことになる。

 

「雪花」

 

「ひッ……! フィ、フィーネ……!」

 

 意識が思考へと傾いている間に背後へ回り込んでいたらしいフィーネが意図的に首へ腕を回しながらゆっくりと抱き着いてくる行為に、雪花はか弱い悲鳴を上げてしまった。その声を娯楽にして楽しそうに笑みを浮かべるフィーネの顔が視界の端に映り込み、肝を冷やしながらも呼吸を整え胸部に伸ばされたフィーネの手に自身の手を添え鋭い目線を投げ掛ける。

 息苦しさが襲いかかってきた。首元にフィーネが手を近付けてくるだけで、昨夜の仕置きがフラッシュバックし息苦しさが強くなっていく。

 

 その現象が示すところ、今の雪花に沸き上がる感情はフィーネに対する恐怖だった。昨夜のことで死の恐怖と言うものをフィーネが直接植え付けたことにより、こうして抱き着かれている状況、もしくは一定時間以上をフィーネと共に至近距離で時間を過ごすことを体が拒んでいた。

 その場から離れようと腕と足に力を入れるも、ギュッと抱き締められて動くことが出来ない。胸の柔らかい感触が背中を襲い本来ならば多少心拍数が上昇しよう場面であっても、冷や汗を流させるほどの恐怖が体を強張らせている。

 

 その間もフィーネの手は雪花の体を這い回る。

 太ももへ、鼠径部へ、ヘソへと動いて徐々に登っていく手は、やがて胸部を通り鎖骨の所までやってきた。

 

「ふふっ、怯えるあなたは子犬のように可愛らしいわ。震える眼で見る私はどのように映っているのかしら。主人? 獣? ろくでなし? それとも化け物?」

 

「っ、少なくとも、良い意味ではありませんよ……姉さんを巻き込んでおいて、フィーネが善人に見えるのなら私はこの目をくり貫いて義眼にでもしてきます」

 

「強がりは変わらないのね。良いわ、それでこそよ雪花。反抗心の塊のようなあなたが容易く従順になったら、それこそ本当につまらない。愛するお姉さんのために足掻いて、足掻いて、足掻き続けるあなたの姿、私に見せてね?」

 

「っぅ……!」

 

 艶やかな笑い声をあげるフィーネに、雪花は最後まで体を強張らせていることしか出来なかった。フィーネとの上下関係は雪花の深層意識に刻まれつつある。

 何より『姉』という言葉を入れられてしまうだけで思うがままに操れてしまうのだから、フィーネにとって雪花は何と都合の良い駒だろうか。

 

 雪花の首筋に息を吹きかけたフィーネは体に絡めていた腕をほどきベッドから降りると、ブロンドの髪を揺らしながらドアへと歩いていく。

 

「さぁ朝食にしましょう。あなたにはまだまだ働いてもらわないといけないのだから」

 

 フィーネの言葉に従い、雪花は手近にあったローブを羽織って後を追いかける。機材まみれの見慣れた廊下を歩き、そのままの足で一階へ。壁一面にはこれまで彼女が聖遺物研究の費やしてきた時間の全ての記録が残されているサーバーやハードディスクが立ち並び、これらに触れることは雪花であっても禁じられていた。それもこれも全てはフィーネが目的とする『月の破壊』等と言う大言壮語を成し遂げるためなのだと、雪花は把握していた。地球の衛星である月を破壊すれば破片等が降り注ぎ間違いなく人類には厄災が降りかかるが、それさえこなせばフィーネは姉のクリスの命を保証すると言っている。

 ならば、やるしかない。何十億の命よりも、姉の命だ。

 その手は既に雪花の勝手なエゴによって喪われた人の命で汚されている。今更戸惑うこともない。邪魔をするのなら排除する。姉に手を出すなら誰であろうと殺す。敵はこの手で全て皆殺す。そして最終的には自分の命も──

 

「……ッダメだ思考を切り替えろ。過激なことばかり考えてどうするってんだ」

 

 次第に過激になっていく思考は頭を振って消し去り、足早に駆けていった。

 この屋敷は巨大な装置を無理やり収納するために、建物の規模が想定よりも大きくなったという事情がある。二人で暮らすにはあまりにも大きすぎる。屋根裏除いて三階建ての部屋数二十以上、そのほとんどが荷物もしくはデータ保管室となっている。

 雪花に与えられたのは二部屋。キングベッドが備え付けられた寝室と、真ん中にポツンと木質のイスだけが置かれた窓もない防音・反響仕様の殺風景な部屋だ。これまで何度もあの部屋の存在意義について何度も考えたことはあったが、あのフィーネの効率と成功を追い求める性格からしてあのような無駄な部屋を拵えるとは思わない。人を弄ぶ嫌な趣味も、あくまでも効率と成功に付随するものだと雪花は知っている。

 とはいえ自由気ままな櫻井了子の性格までその身に宿しているフィーネのことだ。万が一、本当に万が一、その気ままさであのような部屋を作ったのであれば、雪花はフィーネを見る目を少しは変えねばならないだろう。

 

 なんてバカなことを考えている間にも、雪花は三階の自室から一階のダイニングの前までたどり着く。途中足元を這う機械のコードに何度も足を取られていたが、幸い倒れることは無かった。

 招くように開かれたダイニングの扉を潜り、出迎えたのは清潔な白のテーブルクロスを敷かれているアンティーク調の長机に並べられた豪華な食事の数々。あまりフィーネに対して良い感情を持っていない雪花だが、フィーネが出してくる料理は舌鼓を打つほど絶品だ。町中に降りてレストランで食事するよりも、彼女から食料を恵んだ方が精神衛生上よろしいのはこれまでの生活で分かりきっている。

 ……こういうのを胃袋を掴まれているというのだろうと、雪花は自嘲の笑みを浮かべる。

 結局、今の雪花にとってフィーネは生活面で居なくてはならない存在であり、どこまで行っても雪花はフィーネの下僕。その関係が危ぶまれることになれば命にも関わってくるのだ。

 

「さあ座りなさい。今日はあなたの好きなロールキャベツにコーンスープ、それにローストチキン。おかわりもあるわ」

 

「……ご機嫌取りか何かで?」

 

「失礼ね。部下の体調管理も上司である私の役目でしょう? それに、反抗してくるとは言え結果と情報はしっかり残してくれる優秀な人材だもの。こんなところで体調不良、栄養失調にでもなられないように献立は考えてるの。今日は、昨日頑張ってくれたご褒美。好きなだけ食べなさい」

 

「どうだか……とはいえ、食べないとオレが死ぬのも事実……。いただきますよ、捨てるのなんて殺した動物たちにもったいないですし」

 

「そう♪」

 

 手で示されるままに雪花はイスへと座った。

 料理から漂ってくる香りで口内に溢れだしてくる唾を飲み込み、皿の両側に置かれたナイフやフォークを使って料理に手を付けていく。頬杖を付きながら愉快そうに眺めてくるフィーネに対して「見ないで」とアイコンタクトしたもののそんな戯言を彼女が聞いてくれるわけもなく、食事のシーンをまじまじと見られてしまうことになった。

 だけど心のどこかで、こんな光景が温かい家庭の物なのかもしれないと考えている。暖かい料理を振舞ってくれる母が居て、振舞われた料理を食べる娘がいる。片や悪だくみをする極悪人で、肩や人殺しを行い実行犯。世界的に見れば二人は指名手配級の犯罪者だろう。

 

「暖かい……美味しい……ほんと、何で料理はおいしいんですか。不味かったら心の底から恨んで嫌いになれるのに」

 

「料理は練習しておくものよ。あなたのような子でも、料理さえ美味しかったら喜んで食べてくれるもの。それとこれ、あなた宛ての手紙」

 

「手紙?」

 

 向かいから差し出された白い封筒。『名無しのヴァイオリニスト様へ』と達筆な文字で書かれた表面に目を走らせ、手に取り裏面へとひっくり返せば、差出人の名前を見て目を疑う。差し出してきたフィーネへ堪らず「何でこんな手紙がッ!?」と大声を上げながら質問することになるが、いつものように彼女は答えてくれない。

 裏面に書かれていた差出人は私立リディアン音楽院高等科教職員一同、姉が通っているはずの学校の教員からだ。名無しとはいえちょっとした資金調達のために、フィーネが雪花のそれっぽく扮したホームページの解説の中にこれまでの実績などを載せている。

 

 最初こそ無名だったものの、ヴァイオリン奏者として音楽界で一躍有名となった雪花にこうした手紙や電子メールが飛んでくることは珍しくない。そういう時はフィーネが先に閲覧して、赴けるものとそうでないもので仕分けていた。

 とはいえ、そのほとんどに雪花は参加している。

 少し前開催された雪花参加の演奏会もその類いだ。別にヴァイオリンを演奏することは苦ではない。今は亡き父を側に感じられるような気がして、時々見てしまう亡くした日の悪夢を振り払えると思えてしまう。

 

 ただし、今回のような事案は別だ。

 

「リディアンって……」

 

「そうよ。雪花のお姉さんが在学している音楽学校にして、敵である二課の玄関口。これもあなたの努力の結晶よねぇ。顔は広く売れ今や毎月誘われているほどまでに有名、名無しのヴァイオリニストって肩書きが胸に刺さったのかしら」

 

「……何がしたいんですか」

 

 沸き上がるのは、疑問。

 どうしてか、フィーネはクリスと雪花を引き合わせようとしている節がある。楽しむためか? ただ、それは考えにくい。繰り返すが、楽しむのは最低限の効率を求めてから。今回の例で言うのなら目的の達成のために策を巡らし、それを達成してからである。

 であれば、フィーネは何を考えているのか?

 

「気になる?」

 

「ええ……こっちはずっとあなたの思惑に振り回されてばっかりで、事前にマトモな情報提供をしてもらったことがないんですよ……。教えてもらえませんか、フィーネは何がしたいんです?」

 

「そうね、一言で言えば筋書きの変更かしら」

 

「筋書き?」

 

「ええ筋書き、それともプロットって行った方が良い? 組み立てられた通りに事が運ぶのが、私は大嫌いなの。それも不愉快な方に進むのがね。だから私にはあなたが、雪花が必要なのよ。これから先、引っ掻き回してやるためにもね」

 

「……まるで未来を見たかのような言葉じゃないですか。神にでもなったつもりで?」

 

「神ね……ふふっ、私なんかが神になど届きはしない。ネフシュタンの鎧とソロモンの杖があっても、私は結局ただのルル・アメル……。カストディアンには届かないのよ」

 

 ルル・アメルとカストディアン。

 聞きなれない言葉に雪花は首をかしげる。文での使い方からして上下関係を表すものらしいとは理解できたが、意味は分からない、

 質問してみようかと視線をフィーネへと向けてみれば、慈愛の笑みを浮かべたフィーネから既に射抜くような目線が向けられていた。

 優しい笑みとは違う、見たことの無い表情に雪花は体を強張らせた。

 

「ねぇ雪花、私から質問をさせて。愛するお姉さんにあなたの声が届かなくなったらどうする?」

 

「……質問の意図が分かりません」

 

「単なる興味よ。答えて頂戴」

 

 いつもの見せるような高圧的な言葉は無い。

 本当に疑問になったから聞く、普遍的な人間の問い方。あまりにしおらしい姿に目の前に居るのが本当にフィーネなのかと疑ってしまう。

 それに、問われたことだ。声が届かなくなったらとは、おそらく言葉の真意が伝わらないということ。声が使えないのならどうするか。そんなこと、雪花は決めている。

 

「行動で示します。姉さんはああ見えて頑固ですから口で言っても素直に頷いてくれません。なら体を張って守るしかないでしょう? 俺は姉さんが元気に生きてくれたら良いんです。その為になら俺は死ねます」

 

「……お姉さんが死んで欲しくないって言ったら?」

 

「その時は出来る限り死なないようにはしますよ。あんまり泣かせたくないですからね。死ぬ時は、最終手段です」

 

「そう……あなたに情報があってよかった。これからも最期まで手を組みましょうね?」

 

「は、はぁ……何か気持ち悪いなぁ……」

 

「聞こえてるわ。無駄口を叩く前に料理を食べなさい。見ててあげる」

 

「……はぁ、なら最後にリディアンに向かう日を教えてください」

 

「一ヶ月後のこと座流星群が見られる日。その日に行動も起こすつもりよ。ここからはイベントが盛りだくさんだから、精々体を壊さないようにお願いね?」

 

「分かりました」

 

 会話を終えた雪花は食事に戻る。

 頭の中がゴチャゴチャに乱れて思考が定まらないが、ここからが本番になるだろう。二課との対峙、装者との対峙、そして愛する姉と対峙。

 雪花にとっては棘の道でも、進んだ先には姉の幸せな生活がある。

 

 

 それを見届けた後に、断罪され静かに死んでいこう。

本筋が終わった時、しないフォギア的な日常パートは必要ですか? それとも不必要ですか?

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