女体化した挙げ句、転生先は存在しないクリスの妹でした。 作:わらぶく
言の葉を乗せた演奏はここにいるどれだけの人間に伝わったのか。一曲弾き終えた雪花を包んだのは万雷の拍手だった。講堂に満ちる破裂音に演奏を終えた雪花は構えていたヴァイオリンを下ろし、観客の生徒たちへと深くお辞儀をする。
扇状に広がる無数の観客席は全て生徒で埋っていた。1200の目線が集中するというのは、なるほどなかなかどうして固唾を呑むことになる。全身に突き刺さるような視線に左手首の肌がピリリッと痛みを訴えていたが、右手でおさえながら耐えよう。
「自分の演奏を最後まで聞いていただき、本当にありがとうございます。そして、このような機会を与えてくださった教職員の皆様に感謝を。
改めましてこんにちわ、最近は演奏会の方に顔を出させていただいているヴァイオリン奏者、名前は──そうですね、この際名前を公開しておきましょう。雪音雪花、今は亡きヴァイオリニストの父、雪音
今回は演奏ということで招待されたのですが、自分が一人で話すのもあれですから、早速質疑応答の方に入りましょう。何か質問のある方はどなたからでも構いませんよ。ヴァイオリンの弾き方とか、ある程度のことなら答えられます。誰か居ますか?」
観客を手で示すジェスチャーをしながら問い掛けてみれば、生徒のほとんどから手が上がる。流石は国内で有名な音楽学校と言ったところか。ここにいる全員は音楽に対する熱意がすごいらしい。
とはいえ最初から難しい質問をされると、雪花が良くても次の質問者が気後れしてしまいそうだ。ここは少しプライベートな話をしてくれそうな──というか、先程からすごい大きな声をあげている立花響の姿が目立つ。立ち上がりそうなほどに勢いがある。
ならガングニール装者らしく、彼女には一番槍を務めてもらおうか。
「では大きな声のそこの子、名前を言った後に質問をどうぞ」
「やったやったッ! はい、立花響です! 先生の年齢を教えてくださいッ!」
「早速プライベートな情報を抜きに来るとは、君も物好きですね。では逆に自分は何歳に見えます?」
「うぇぇぇッ!? え、えと、スタイルは良いし、それに大人っぽいから……えーっと、二十半ばぐらいだと思いますッ!!」
「はい残念、実はこう見えてもまだ十六歳ですよ? ですから、ここにいる皆さんは同年代ぐらいということになりますね」
「嘘ぉっ!?」
「嘘なものですか。でもそうですね、今この場に自分の言葉を証明してくれる人は居ませんから、どうしたものでしょうかねぇ」
少しおちゃらけた口調で質問者をからかうように話す雪花は、一度見つけた姉の姿を絶えず視界に納め続けていた。最初こそ半信半疑だったみたいだが、呆然として見つめくる辺りそろそろ確信を持ってくれただろうか。
この講堂で二課の装者に自身の存在を知らせ、あわよくば雪音クリスの無力化を計るというもの。妹が本当に生きていると知った後、それが敵だと知ればまともな行動が出来なくなるだろうというフィーネらしい悪辣な思考だ。
まぁ、雪花にとっても姉がシンフォギアを纏わないようになるのは嬉しいことだ。悩みながらも二つ返事をした辺り、フィーネの考えに自分から乗っている。
「さぁ次の質問者はどなたですか?
ではそこの青髪のあなたにしましょう。お名前をどうぞ」
「風鳴翼です」
そう言い、見えるように立ち上がったのは風鳴翼だった。
眉間に深いシワを刻み少女らしからぬ険しい形相の彼女は、いきなり現れた雪花を警戒しているようだ。あれは本物か否か。そしてもし本物であれば、これまでどこで何をしていたのか。問い詰めるような表情に、雪花は口を硬く接ぐんだ。
「質問です。あなたのもう一人の家族、兄弟ですか? それとも姉妹ですか?」
「姉妹ですよ。先に生まれた姉さんが一人居ます。面倒見の良い優しい姉です。さて次の方はどなたですか?」
気付かれるように、本物だと気付かせるように言葉をチラつかせて目で姉の様子を伺うが、もう既に泣きそうになっている。小さい時から感情的で結構な泣き虫だったことは覚えているが、それはもう何年も前で今はもう精神的にも成熟しているはず。
いや工業地帯で一度顔を合わせた時も泣きそうになっていた。
(もしかして……まだ泣き虫のまま?)
その後も次々とやって来る質問に答えながら、思考する。
離れ離れになっての二年間、フィーネからは写真付きで元気だとは聞かされていた。ただ、精神状況まで詳しく聞いていたわけではない。というよりは聞かされていなかった。
最初こそ問題ないから聞かされていないのだと思い込んでいたが、雪花の負い目を強くしたいのなら、なるほど効果は大きい。
どれほど経っただろうか。
合間合間に雑談と演奏を交えながら、数十の質問に答えた時間はかなり短く感じる。司会の教師が「次の質問で最後に」と言ったのを首肯し、「では最後の質問を」と声を出せばいつものように手が上がる。
その中で、今まで静かだった姉がゆっくりと手を上げた。ブレることなくキッとこちらを見つめて離すことはない。
「ではそこの銀髪のあなた。お名前を」
「雪音、雪音クリスだ」
雪花と同じ結び方をした髪を揺らしながら立ち上がり、クリスは微かに肩を震わせ教員から手渡されたマイクで話す。
一瞬、会場がざわめく。
同じ雪音という名字。立ち上がったことで目立つクリスの髪色、顔立ちは全くと言って良いほど同じ。最初もクリスの周辺はざわめいていたが、今はそれが会場全体に広がっている。
「……どうして、ヴァイオリン奏者になったのか、教えてくれ」
「父の演奏を良く聞いていましたから。姉に比べて歌が上手くない自分は、どうにか音楽の道を続けようとヴァイオリンの道を進みました。始めた当初は縁がなく誰にも聞いてもらえませんでしたが、何事も諦めずに続けてみるものです。今こうして、リディアンの皆さんの前で演奏できるのですから」
「音楽は、好きなのか……?」
「もちろん、両親が遺してくれた道ですからね」
その場は、クリスの質問を最後にお開きとなった。後は自主参加でヴァイオリンの弾き方等を生徒に手取り足取り教える時間が設けられたものの、そこにクリスが来ることはなかった。
舞台裏の楽屋に戻ってきた雪花はヴァイオリンをケースにしまい、鏡台前に座った。最後の台詞を吐いた時自分はどんな表情をしていたのかと、頬に手を着けながら考える。
笑っていた?
真顔だった?
顔を赤く染めていた?
思い返せば思い返すほど、あんな台詞を素面で言ったのだと思うと恥ずかしさで顔が燃えそうなほどに熱くなっていく。事実、鏡に写る自身の顔はビックリするほどに赤い。
「あんな公衆の面前でなぁんであんなこと言ったのか……。あー恥ずかしいことこの上ない……。ダメだ、さっさと帰って目的を──」
「あたしに、何も言わず帰るつもりかよ……」
声が、かけられる。
凛として、それでいて震えている儚い声。耳朶を撫で耳孔へと流れ込む可憐な声に体の細胞という細胞が、その存在を強く意識して求めてしまっている。
果てなき欲求、嗚呼麗しの彼女は振り返ればそこにいるのだろう。とくんと脈打つ左胸の淡い家族愛が、抱き締めさせてくれと叫んでいる。
ダメだ。ここで振り向いてしまえば、他人の血で汚れてしまった手を姉に触れさせてしまうことになる。それは避けなければならない。嫌われてでもこの場から離れてもらわなければ、雪花はこのリディアンから動けない状態が続いてしまう。
そうなれば、この後に予定されている立花響捕獲計画に支障が出る。もし失敗すればフィーネからどんな大目玉をくらうことになるか。姉に危害を加えられることになれば、あのフィーネが容赦するわけがない。
「何で振り向いてくれないんだ……?」
「……」
答えたい、答えられない。
あぁダメだ。一度この口を開いてしまえば、沸き上がる姉へと愛が溢れ出してしまう。手を伸ばせば届く距離に姉という存在を置かないでくれ。喉が乾き、チリチリと痛む指先が切なくて、柔らかい姉の体を腕一杯に抱き締めたくて仕方がない。
鏡に写る制服を纏ったクリスの体。制服の袖口から見える血色の良い肌色によっぽど良い生活が出来ていることの証左。ふっくらとした頬も、発育良く大きくなったバストも、肉付きの良い太ももも、これまで健康に生きてきてくれたんだと感慨深くなって目尻が熱くなってくる。
でもクリスの顔に浮かぶのは悲しみと怒りが入り交じった、辛く切ない表情。目尻を吊り上げながらも鼻をひくひくと動かして、潤む瞳は涙を流す前兆だ。
「なぁ……ッ! 何で答えてくれないんだよ、雪花ぁ……ッ!」
「……今さら、オレから姉さんにかける言葉は無いよ」
湧き出す感情を殺して持ち込んだ荷物を持って楽屋から退室しようとする。クリスが泣きそうな顔で腕を広げて扉の前に立ちはだかっており、雪花のことを睨んでいた。震えている。肩を震わせて、通さまいと覚悟を決めている。
昔の雪花だったら、身を案じてくれるクリスの姿に喜びを覚えて抱き締めていただろう。何よりも大切で大好きな姉が自身の身を案じてくれているのだ。身を寄せあって、予定していた行動も無かったことにしながら一日だらだらと過ごしてしまうのも悪くはない。
それが許されれば、の話になるが。
クリスの元まで歩いた雪花はたった一言「退いて」と吐き捨てて、「嫌だッ!」と吠えるクリスを鋭い眼光で睨み付ける。今まで出したことがない、かなりトーンを低くドスを入れた声にクリスの顔は怯え後退っていたものの、扉の前から離れようとしない。
早く退いて欲しかった。時間が惜しいという事情もあるが、何よりも手を上げたくない。言葉で聞いてくれないのなら、力で示す。フィーネから嫌というほど聞かされた言葉だ。その言葉は確かに正しい。今も雪花がこうして覚悟を決めなければならないのは、フィーネがその地位、知識という力を使って姉に危害を加えさせないためだ。
「一緒に帰るまで、絶対に通さない……ッ!」
「三度も同じことを言いたくはない。だからこれが最後、そこを退いて」
「嫌だッ! 絶対に退かないッ!」
姉の意固地さを雪花は嫌というほど知っている。こうなった姉はテコでもその場を動かない。最後まで粘って、ずっと我を通そうとする。
だが、それはもう幼い頃の話だ。当時に比べて身長も大きくなったしフィーネから課せられる、特訓と称した雪花の体をじわりじわりと痛め付けるサディストの戦闘訓練の数々をこなして筋肉も付いた。体を割り込ませて押し退けるようにすれば、クリスにも汚れた手を触れさせることも大きな怪我をさせることもない。
やるならば、まだ他の装者が来ていない今しかない。
一歩大きく進み、右腕でクリスの左肩に触れ力強く押し込みながら、部屋からの退出経路を確保する。掴んだクリスの健康的な体は暖かく、年相応ということもあって柔らかい。覚えてしまってはダメだとすぐに手を離したが、外へと出ようとする雪花の後ろからクリスが抱き着いていた。
「うぅ……ッ!」
「……乱暴はしたくないけど──ッ!」
力の限り、クリスをソファーの方へと突き飛ばして、自身は外へと駆け出す。来た時生徒で溢れていた廊下はしんと静まり返っており、靴が床を叩く音が鳴り響く。
後ろにクリスが追ってくるような気配はない。あの様子なら、あの部屋で茫然自失となり踞ったままか、それとも泣き出してその場から動けなくなってしまったか。見た限り泣き虫なのは治っていなさそうだった、なら後者の方だろう。
今はとにかく無我夢中で走り続ける。
謝礼のお金は既に受け取っていたし、帰る時は一人で大丈夫と伝えていたから問題はないはずだ。それよりも今はただ、この場から離れるしかない。要注意人物の風鳴翼がこの地下にある二課本部に連絡をしているのなら、すぐにでも離れなければ応援を呼ばれて捕えられてしまう。
外へ、外へ、外へ。
坂を駆け下り、止まっていたバスに飛び乗ってとにかく遠くへ。道中に見つけた公園に入り立ち止まった通路の真ん中で、雪花は空を見上げながら思わず呟いてしまう。
「あぁ……オレは姉さんになんてことを……」
罪悪感から来る一言だった。
守ると決めた姉に手を上げるなど、それこそ決めた自身の信念への裏切りに他ならない。ましてやそれが、状況を打開するための最後の一手だとしてもだ。
嘲笑うように雪花の体を包む風が吹き、パッと点灯した街灯が照らす。グチグチと後悔を呟いてもどうにもならないことは、理解している。
思考を切り替えよう。姉を守るためにはああするしかなかった。フィーネに殺されないためだ。
(……姉さんのためだ。姉さんが元気でいてくれるなら、オレは人だって殺すし傷付ける。ああでもしなかったらフィーネが姉さんを殺してた。だから仕方ない、これは仕方ないことなんだ)
「見つけた」
冷たい声が掛けられて、後悔が霧散し思考が切り替わる。
目尻を吊り上げながら振り返った先にいたのは、二課の風鳴翼。射殺さんばかりの鋭い目付きは、間違いなく武人のそれだ。少しでもたじろげはその隙をついてこちらに襲いかかってくる。
「雪音雪花、雪音クリスの双子の妹にしてヴァイオリニスト。両親はNGO活動の最中に激化した内戦に巻き込まれて死亡。その後日本に帰国するも消息不明となる。
あなたが雪音の妹ね」
「聞かなくても分かるでしょう? オレが何者かどうか」
「なるほど、雪音と同じ顔にその物言い、間違いではないらしい。あなたには日本政府から直々に二課で保護するようにとの連絡がされている。ついてきてくれると嬉しい。それに、お姉さんに会いたいでしょう?」
「残念ですが、それは出来ません」
「……理由を聞いても?」
「やらなければいけないことがあるからですよ。あなたがオレを捕まえなければいけないように、オレには為さなければならないことがあるッ!!」
ヴァイオリンケースを足元に置き、雪花は翼の方へと差し伸ばした手の平から光を溢れさせた。
「な──ッ!」
眩い光が雪花の体は包み込み、雪花の姿を変貌させて消えていく。
「ただで捕まるわけにはいきません。お相手願います」
ネフシュタンの鎧を纏った雪花が、翼の前に立ちはだかる。
早く、早く聖詠シーンを書きたい所存……。
思ったよりも日常シーンをみたい方がたくさんでビックリしました。これは書かねばならない……!
本筋が終わった時、しないフォギア的な日常パートは必要ですか? それとも不必要ですか?
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必要
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必要ない
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どちらでもいい