女体化した挙げ句、転生先は存在しないクリスの妹でした。 作:わらぶく
「ゲホッ……コヒュッ……」
激しい痛みと熱を帯びる体に刻まれた断裂。左の肩口から右の脇腹まで切り裂かれた雪花は、溢れ出た血液の溜まりに沈む自身の体を知覚しながら、最早感覚が無い青冷めた右手を目の前にかざす。
息を吸おうと肺を動かせば、先の斬撃で斬り刻まれた肺の裂傷から血液が入り込み、たちまちのうちに痛みと血液で一杯になり呼吸が出来なくなった。息を吐こうとすれば、代わりに肺に溜まった血液が食道を逆流して口から吐き出される。全身の、特にあばら骨はどれ程の数が死んだだろうかと、ぼんやりと不明瞭な意識で思考する。今もどくどくと失われ続ける血液が自身の体の深刻さを物語っていたが、呼吸が出来ない息苦しさと空気と血液が頭に回らないことで引き起こされる意識の消失は、フィーネに首を絞められた時のものと似ていた。こんな時にでもフィーネのことを考えてしまうとはいよいよ意識も彼女によって毒されてきたのかもしれない、なんて自嘲気味に笑いながら目的は果たしたと多少の満足感を得る。
今回の目的は、現状二課の対ノイズ最大戦力となる風鳴翼の無力化。内容を聞かされ、最初こそ雪花は「無力化よりも排除の方が確実なのでは」とフィーネに説いていたが、フィーネ曰く「目的のために風鳴翼の生存は必須」なのだそう。その為に絶唱を歌わせるのも賭けではないのかと考えたが、そこは向こうに考えがあるのだとか。
ともあれ、こうして風鳴翼に絶唱を歌わせ目的を早期に達成させることが出来たのは良かった。二年前の事故を引きずり不安定になった精神状態で煽ったのが、功を奏したとも言えるだろう。それに姉と立花響が遅れたのも僥倖、おかげで分断目的のノイズ召喚という面倒な一手間を加えずに済んだのは正に素晴らしい結果と言える。
今こうして血溜まりに自身の体が沈んでいなければ、それはそれは最良の結果と大手を振って喜べたのだが。それとヴァイオリンを失ったのも大きい。あれはずっと使っていたお気に入りだったというのに。
並みの人間ならば、すぐにでも死亡判定が下されそうな重体を負った雪花の体。肺の甚大な損傷、筋繊維の断裂、出血多量。どれを取っても手の施しようがないほどに追い込まれているが、まだ形を残すネフシュタンの鎧があれば何の問題もない。
「ギッ……! ガァァァ──……ッ!!」
体に牙を突き立て無理やり肉という肉を掻き混ぜられるような痛み。あまりの痛みに意識を何度か飛ばしながらも、歯を噛み砕いてしまわないように自身の腕を使って何とか食い縛り耐え続ける。グジュリグジュリと嫌な音を立てながら傷口が細胞単位でゆっくりと塞がっていくのは、ネフシュタンの鎧が持つ能力。おかげで途中噛み千切ってしまった腕の肉もたちまち修復されていく。激痛を伴うものの、どのような怪我でも直してしまうのは完全聖遺物と呼ばれるだけのことはある。
ただしそんなものが何の代償なしに傷を癒してくれるわけもない。傷を負い鎧の驚異的な修復能力を活用すればするほど、傷口から入った鎧の欠片の一つ一つが自身の体に根を張り、完全な鎧の形へと修復を果たそうとして、いずれ体の内から食い破ってしまう一長一短の代物だ。これだけの治癒を施せば侵食も大きい。屋敷に帰ればそれ相応の『処置』が必要になるだろう。
「ゲブ……ッ!」
肺を潰した裂傷が、微塵に砕かれた骨が、傷口から取り込まれた鎧の欠片と共にあれよあれよという間に修復し、ご丁寧に地面に作られた血溜まりからも活動に必要な分の血液が回収され、ネフシュタンによって土などの不純物が取り除かれた上で体内に収納されていった。
数分もすれば、雪花の体は翼の居合を受ける前の健康な体にまで復活し活動可能となった。血に濡れた自身の髪をある程度絞りながら、上半身を起こし手元に落ちていたソロモンの杖を掴んで眼前で前のめりに倒れている翼の姿を眺める。微かに上下する肩を見てまだ生きていることを確認する。それに遠くからこちらへ近づいてくる車が一台、運転席に見えるのは赤髪の筋骨隆々の男。見間違いでなければあれは風鳴弦十郎、翼の救助にやってきたようだ。数十の後続の黒いスーツを着た人間が銃をその手にこちらへと距離を詰め、一部が翼の救助に尽力している。
どうすれば良いのか、そう思考する時には頭の中に撤退の二文字が浮かび上がっていた。目的を果たしている以上無暗な戦闘は無用であり、何よりも治癒による痛みで疲れきった体にもう少しの頑張りを求めるには酷というもの。
雪花が口の中に溜まる血液を吐き出しながらこの場を離れようと動き始めた時、声がかけられる。
「君は、雪音雪花くんだな」
呼び止められ、足を止める。
振り向けば黒服たちを掻き分けて弦十郎がこちらへと近付いてくるのが視認できた。
「俺の名前は風鳴弦十郎。二年前、バルベルデから帰って来た君をうちで保護しようとしていた者だ」
「……それで?」
「単刀直入に言おう、俺は君を助けたい。姉の雪音クリスくんもうちで保護をし、彼女はいつも君のことを考えている。クリスくんのためにも、一緒に来てもらえないか」
雪花から見て、その言葉に嘘がないのは目を見ればすぐに分かった。こちらを一新に見つめる、真っ直ぐな黄色の瞳。揺らぐことの無いその瞳はなるほど、二課という組織の長を務めるだけのことはあるのだろう。瞳の奥でグツグツと闘志を煮え滾らせているこの人間は、間違いなく相手にしてはいけないと頭が警鐘を打ち鳴らしている。
この人間なら何があっても姉を守ってくれるかもしれないと一縷の願いを込めながら、その手に持つソロモンの杖を掲げ緑の光を放ち壁となるようにノイズを配置する。
「な──ッ!?」
「素晴らしい提案痛み入りますが、生憎とオレはあなた方二課の敵です。従って、オレは敵対行動を選びます。この身、二課の元に寄せるわけにはいきません」
「ならば二年前から君の帰りを待ち続けるクリスくんの思いはいったいどうするつもりだッ! これまで一緒に暮らしてきた家族なのだろうッ!? 君は二年前のあの日以前、ずっとクリスくんのことを守り続けてきたはずだッ!!」
「ッ、感情に訴えかけるような論法は大嫌いですよ……ッ! オレにも触れられたくないことの一つや二つあるんだ。この気持ち、理想、あなたに理解されてたまるかァッ!!」
並べていたノイズを黒服たちへと飛びかからせ、場が混乱している内に雪花はその場から撤退する。空高く跳び上がり月を背にしながら横目に始末できたかと様子を伺えば、弦十郎があろうことか地面を踏み隆起させてノイズの足止めをしていた。思わず漏れる「化け物か」の言葉には畏怖と、撤退を選んで良かったとの安堵が含まれていた。
今はともかく遠く、遠くへ。木の上を飛び跳ねて、その次は住居の屋根の上を飛び跳ねて。目的とする町の外れまで向かえば二課からの目を逃れてることが出来る。目立たないよう屋敷までは明け方まで歩く必要があるが、ここで捕まらないのなら耐えてみせよう。
手頃な場所に足を着けてさっさとこのネフシュタンの鎧を脱がなければ、いつまでも二課のレーダーに補足され続ける。ずっと見られているのは気分が悪い。ビルとビルの間に体を入れ込んでネフシュタンの鎧を解き、いつもの私服姿に戻って群衆に紛れ込む。血液で濡れた髪も体も、私服姿に戻った時点で全て元通りになるのは幸いと言える。
さっさと屋敷に戻るとしよう。
山間の屋敷に徒歩で到着した頃には、朝日の木漏れ日を浴びる羽目になっていた。体の傷はネフシュタンの鎧で癒されても痛みは未だ体の中に残り続けているため、ここまで来るのに数度意識を飛ばしかける。
やはり目立たないように移動となるとやはり徒歩が主流になるため、どこへ向かうにも時間がかかる。まだ体が健康な状態だから良いものの、この先更に大きな怪我でも負おうものなら間違いなく道中で倒れる自信があると、雪花は心の中で断言した。そもそも山間、それも人目につかないというだけあって道中は劣悪その物。一応フィーネが使う車両用の道があるが、山をぐるりと回る遠回りの道を歩けばそれこそどれだけ時間がかかるか検討もつかない。
玄関の大きく重い木質扉のドアノブを回しながら、体全体を使って押し開ける。ギギッと蝶番の油が切れた甲高い音が鳴り響く。あの狡猾な性格のフィーネだが、目的と音楽、料理以外のことに関してはかなり杜撰だ。やる気がないというよりは興味がないと言った方が正しいのか、そういうことは全て同居人の雪花が請け負うことになっている。
「ただいま、戻りました」
帰りの挨拶をポツリと呟きながら、その足で屋敷の一階奥にある大部屋まで向かう。この時間帯は基本的にフィーネは帰宅していない。大方、櫻井了子としての業務を全うしているのだろうと目星を付けながら、左右に精密機械が立ち並ぶ廊下を辿々しい足取りで抜けていく。
そこで限界だった。不意に足から力が抜け前のめりに倒れていく自身の体。痛みで疲弊しきった意識が危険信号を所構わず発信し、もう歩けないと訴えかけているかのよう。このまま倒れ頭でも強打しようものなら間違いなく意識を失うだろう。せめて脳挫傷なんかにはならないよう祈る雪花の体は倒れていき、やがて止まった。
下腹部と胸部に回される暖かい何かに目を向ければ、それは腕だった。キメ細やかな珠の肌に細く長い華奢な指、手首には真っ白な袖口が見えていて優しい匂いが雪花の体を包み込む。
「お帰りなさい、雪花」
耳元で囁かれ背筋に甘い痺れが流れる中、「まだ仕事中では?」と聞き返せば微笑みながら答えを返してくる。
「風鳴翼の治療は山を越えたから後は医療班に任せて来たわ。二年前の天羽奏の時とは違って、アームドギアに絶唱の威力を載せていたから比較的体への負担はないはず。それよりも今はあなたよ。ネフシュタンの鎧の侵食、映像で見た傷の治癒でかなり深刻になったわね。根がかなり張られている。少し危険よ。処置をしましょう」
「ちょっと──」
仰向けになるよう引っ張られた雪花の体は、お姫様抱っこという形でフィーネに易々と持ち上げられた。言いかけた拒絶の言葉はもう出てこない。気恥ずかしさというものはあったが、何よりも過度な疲労を背負った体をこの屋敷まで動かしていたのは結局のところ気合い。抱き上げられた時点で張っていた気が弛み、それまで溜め込んでいた脱力感がここに来て一気に解放されたことによって、雪花は四肢をまともに動かせないようになっていた。
甘えるようにして頭をフィーネの胸元に預け、だらりと垂れ下がる自身の四肢を見ながら溜め息を吐く。何だかんだ言って、こうしてフィーネに体を預けてしまうというのは、存外心地の良いものだった。唯一、人殺しとしての雪花が気安く体を預けられる同罪人のフィーネの体は、見た目から来る不気味な印象に対して暖かい。求めてはいけない温もりを、どこか渇望しつつある自身に辟易としながらも抗えないのが正直なところだった。
「やけに優しいですね。悪いものでも食べました?」
「目的を果たしてくれる子なら私は元々優しいわ。それにとっても扱いやすい。あなたにはこの先まだまだ働いてもらわないといけないのだから、その為にも私は私にとっての最善を尽くすのよ」
「そうですか……」
あまり見ない表情と声色の柔らかさに身震いしながら、これから先も道具として扱われる未来を予想して苦笑いする。そんな弱々しい姿を見て鼻で笑ってくるフィーネに、雪花は目尻をつり上げて抗議の意を示した。
そこで、ようやくヴァイオリンを喪失したことを思い出し、何と言われるか身構えてからゆっくりと口を開いた。
「その、フィーネ」
「何かしら?」
「今回の行動で、フィーネからもらったヴァイオリンを壊してしまいました、すみません」
「何、そんなこと。あれぐらいなら良いわ。あなたには別のヴァイオリンを用意するから、そっちに慣れなさい」
「……怒らないのですか?」
「どうして? あれはお金を払えば買えるものよ。オーダーメイドでもない普通のヴァイオリン、でもそうね、あなたがそんなに責任を負うならもう少し高等な物を買いましょうか。数千万単位なら、もっと満足できそうね」
「ハハッ……」
目的の部屋に着いたのは、そんなバカバカしいやり取りを行っていた時だ。丁度フィーネの目線の高さに張られた白のプレートには『研究・処置室』と書かれている。「着いたわ」とアナウンスしてくるフィーネに従って目を扉の方へと向けた。お姫様抱っこをされた状態で少し休憩できたおかげか、何とか動く右手でドアノブを回し扉を開いた。
室内に入って真っ先に目につくのは、薄暗い部屋の奥で煌々と光を放っているモニターの数々と、そして淡い陽光が射し込む大きな格子の窓の下で異物感を放つ円柱状の巨大な装置。元々アンティーク調の家具とサーバー類の無骨な科学が同居するねじくれた屋敷だが、この部屋だけは特に異質だ。
フィーネは件の装置に近付き足場に登った後、雪花を地面に下ろし優しい手付きで服を脱がせていく。ニット、ジーパンと一枚一枚脱がせていけば雪花の素肌は露になっていき、フィーネは雪花の肌に痣や殴打以外の傷口が残っていないかを確認していた。
以前にあったような包帯は、もう影も形もない。
「人の肌を、じろじろと見ないでもらえますか?」
「私と雪花の仲でしょう。ほら、食い縛るための布」
口の中に柔らかいタオルを突っ込まれた雪花の四肢は、フィーネによって装置に付随する手枷足枷にそれぞれ合わせるようにはめられる。最初こそ枷に繋がる鎖はだらんと弛んでいたが、フィーネが装置横のレバーを引くと同時に鎖が巻き取られ、段々と装置と雪花の背中の接触面積が大きくいく。
T字状に磔にされた雪花の額からは、一筋に冷や汗が流れた。
ネフシュタンの鎧の根を除去するには、人が受けても生存可能なギリギリの電気を流さなければならない。細胞の一つ一つから神経の末端まで体のあらゆる所まで伸びる根を、確実にかつ手っ取り早く除去するにはこの方法が最適解。そこにフィーネのいかなる思想信条が介入しようと、それだけは覆ることの無い事実だ。
これが、雪花にとって初めての処置。だが体に相当量の電気が流されるなんて聞けば、ろくでもないことになるのはずぶの素人でも予測できる。
「さぁ雪花、準備は良い?」
「……はい、いつでも」
「ふふっ、そんなに怯えなくても良いわ。完全な除去に成功する確実な時間は計算上三分弱。死なないようにこちらでちゃんと調整してあげる。それとも、今更痛いのは嫌?」
「……ご冗談を」
「ふふっ、その言葉を待っていたわ。なら、歯を食い縛りなさい。痛みは人の心と絆を繋ぐ唯一のもの。あなたと私の不安定な関係も、今も体に残る痛みだけが繋いでくれている。これまでも、そしてこれからも」
その言葉を最後にフィーネが操作盤のレバーを下ろして、雪花の体へと電気が流された。
全身が焼かれるような痛み。流された電気は雪花の筋肉を収縮を起こし固められたかのように動かなくなり、体を震わせることさえ困難になってしまう。視界もブラックアウトしてしまい、無様にも白目を向いてしまっていた。
それでも痛みで無理やり覚醒させられた意識は、歯を食い縛って痛みを堪えようと耐え続ける。口と詰め込まれたタオルの間からは、喉を引き裂かんばかりの絶叫が漏れ出す。
「ん"ん"ん"ぅ"ぅ"ぅ"──ッ!!」
「ああぁッ、良いわ雪花ッ!! もっとッ、もっとあなたの歪んだ顔を見せてちょうだいッ!!」
「あ"あ"あ"あ"あ"──ッ!!??」
==========================================
処置の間、苦悶の表情を浮かべる雪花をフィーネはずっと愉快そうに見つめていた。
この時ほど、フィーネのサディスティックな一面が最も発揮される場面はないだろう。体にギリギリの電気を流し、白目を向きながら絶叫する雪花の姿はフィーネにとって、愉悦を最大限まで高めてくれる崇高な存在だった。姉のためと自身に言い訳をし、これまで何度も痛い目にあいながら人殺しをするさまは、それこそ何よりも不憫で愛おしい。
それに雪花にはまだまだ働いてもらう予定だった。
二課の後ろ盾になっている広木防衛大臣を米国政府の協力のもとに暗殺し、雪花がソロモンの杖によって引き起こした多数のノイズによって、目的となる完全聖遺物デュランダルをリディアン地下から引っ張り出されることになるだろう。そして輸送の最中に雪花を襲撃させ、ガングニールの融合症例である立花響に半強制的に歌を歌わせる。
ああ、愉快だ。ここまで計画が順調であれば愉快だとも。
「あ"……あ"あ"……」
思考するフィーネを遮ったのは、掠れる雪花の声だ。
意識を雪花の方へ向ければ、そこにあるのは意識を飛ばし体のありとあらゆる所から体液を垂れ流す雪花の姿。足元には失禁して出来た排泄物の水溜まりが広がり、流れる電流にも反応していない。
腕時計を確認すれば既に時間は五分を経過している。ネフシュタンの鎧の欠片は除去されたが、これでは命まで消えかねないとフィーネはレバーを上に戻す。通電が止まりようやく筋肉の収縮が終わった雪花の体からは湯気が立ち上っていた。
「処置は終了よ、お疲れ様」
「フィー……ネ……」
「これはご褒美」
半開きになった口に、口づけを交わす。
そしてそのまま口を塞ぎ続け、呼吸を出来なくしてから意識を闇の底へと落とす。最初こそ何とか離れようと抵抗していたが、手で頭をしっかりと掴み逃さない。やがて雪花の動きは完全に止まる。
フィーネにとっては、雪花の意識を落としてからが楽しみの本番だ。道具を使うか、それとも自身の手で弄ぶか。まずは汚れた体を綺麗にしてからだと、雪花の体を抱き上げてバスルームへと向かった。
本筋が終わった時、しないフォギア的な日常パートは必要ですか? それとも不必要ですか?
-
必要
-
必要ない
-
どちらでもいい