女体化した挙げ句、転生先は存在しないクリスの妹でした。 作:わらぶく
櫻井了子という仮初めの姿を脱ぎ捨て二課本部から洋館へと帰宅中のフィーネはこの日、無意識の内に口角を上げ堪らず笑い声を漏らしてしまうほどに心の昂りを感じていた。
融合症例である立花響を使った、輸送作戦という名のデュランダル起動実験。ギアペンダントを媒介としてシンフォギアを纏う風鳴翼、雪音クリス両名とは違い、心臓に刺さった第三号聖遺物と交わり人の身を離れつつある立花響が産み出すフォニックゲインは凄まじいものだった。何せ、莫大なフォニックゲインを要する完全聖遺物の起動をたった一人、それも数十分で済ませてしまったのだ。ソロモンの杖を起動する際は、雪花のヴァイオリンの才能を活かして各地の演奏会に参加しても三ヶ月もかかったというのに。
ともあれ、これで計画は既に九割を越え、二課施設改修と称したカ・ディンギル完成を残すのみ。後は時期だ。二課を裏切るのに最適な時期を見据えなければならない。幸いとこちらにはこの先の展開を知る雪花の深層意識が手の内にある。薬物の投薬と一度間違えれば廃人にでもなりかねない危険な実験ではあるが、何千年も秘めた思いと雪花の命、どちらを取るかと言えば前者なのは変わりない。
今は計画が大きく前進したことを喜ぼうではないか。
功労者たる雪花には、それ相応の褒美を出そう。料理か、ちょっとした自由か、はたまたヴァイオリンか。一日雪花の用事に付き添ってみるのも中々に面白そうな話だ。
今までならば冗談と一蹴する愉快な話も、今のフィーネには本気ですることが可能なほどに心の余裕がある。あの子には幸福を噛み締めるだけに当たる、献身と自己犠牲という対価を払ってもらった。
久方ぶりに手放したくないと思えた優秀な駒だ。どれだけ姉のために人を殺せるとはいえあの娘はどこまで行けどもただの人間、ガス抜きをさせなければ気丈を振舞うことも出来ずに心が崩れ去るだろう。
二課支給のレンタルカー──了子のコンパクトカーは輸送作戦時に大破からの廃車処分となった──を洋館の玄関前に停め降車したフィーネは、それまで茶色だった髪をいつもの金色へと戻した。
遠くに見える山際から登る朝日の爽やかな陽光を浴び、ドアノブへと手を伸ばした時。
「……あら?」
突如として聞こえてきたのは、耳を撫でる聞き慣れたヴァイオリンの音色だった。
どこからか響く音色に耳を傾けながらその出所を探すために足を音の方へと向け動かしたが、分とかからずに特定する。
洋館東側に存在する湖畔だ。
正確には、湖の中央へと伸びる桟橋の上。波も立たず、山際から漏れる陽光を反射する湖からの輝きを浴びながら、ヴァイオリンを弾く雪花の姿があった。目を瞑り姉を渇望する思いを、雪花の音色から汲み取る。
雪花が外でヴァイオリンを弾くのは珍しい。
いつもなら洋館の中に設けた防音室の中で弾くことが多かった。理由を聞き出した時、「他の誰にも聞かれたくない音色ぐらいあるんです」と、どこか怒った様子で返されたのはまだまだ記憶に新しい。
そんな雪花が、今日はどんな風の吹き回しなのか。明け方には帰ると雪花には事前に通達してあるし、まさか忘れてたとでも言うほど馬鹿でもあるまい。
では、その真意は何か?
仮初めではあるものの、聖遺物考古学者としての席に身を置いているフィーネの好奇心は、留まることを知らなかった。演奏の邪魔だけはせぬよう静かに桟橋へと足を運び、引き続ける雪花の元へと近寄っていけば音色が更に色濃く聞こえてくる。
その距離にして五メートル足らず。肌を撫でる柔らかな風に乗って雪花の仄かに甘い匂いが漂っていた。朝日を背にヴァイオリンを引く姿に、どこか神々しさをフィーネは感じていた。
──パチパチパチパチ。
演奏を終えた雪花を、フィーネは拍手で迎える。
ヴァイオリンを下ろし怪訝な顔でこちらへと振り返る雪花に笑顔を見せた。
「良い演奏だったわ、雪花」
「おかえりなさいフィーネ。出迎えも出来ずすみません」
「そんな事構わないわ。それにしても外で演奏するなんて雪花らしくないじゃない。どういう心境の変化なのかしら?」
「気紛れ……なんて言い訳をしてもフィーネは信じませんよね。姉さんのため以外に、一つしてみたいことを見つけただけのことです」
「へぇ、是非聞かせてもらえるかしら」
「立花響の思いの強さを、一度この手で知りたいのです」
雪花の言葉に、フィーネは眉をピクリと動かした。
思いもしなかった言葉に動揺して思わず息をのみながらもながらも、本心を知りたい気持ちを胸に言葉を返す。
「何故?」
「デュランダル襲撃の時、立花響は敵であるはずのオレを助けたいと姉さんと一緒に呼びかけてきました。正直に言って甘い言葉だとは思ったのですが、どうしてもあの眼が気になってしまって」
「眼? あの子の眼に何かあると?」
「これは感覚的なものなんですけど、信念的なものが見えました。それこそ、フィーネのように狂気じみた眼でしたよ。ただ真っ直ぐに何かを求めてる、オレに似た眼でした。問い詰めてみたいのです。何であそこまで他人を思いやれるのか。
知りたいんですよ。それに、あの姉さんの良い友達にもなってくれそうですからね。今のうちに探れるだけ探らないと」
「……ふふっ、あなたが知りたいって言うなんて」
「オレも人間ですから知りたいことぐらいたくさんあります。姉さんの身長とか体重とか、食生活ちゃんと出来てるのか、ですね。フィーネから聞くだけじゃなく、この眼にしっかりと焼き付けたいものです。誰かのせいでこんな思いをしなければならなくなったこと、忘れてはいませんからね」
キッと睨みつけてくる雪花に、フィーネは口角を上げ怪しい笑みを湛えながら「怖い怖い」とおどけるように返した。
対外的には余裕を見せつける一方で、フィーネの胸中はざわめいている。
これまで姉の為と盲目的な動きを見せ続けてきた雪花が、デュランダル起動時に会した立花響によって心境の変化を今ここで見せている。あの日、不運なことにも頭を打ち朦朧とした意識によって雪花の活躍をその目に焼き付けることが出来なかったフィーネは、雪花と立花響の間で交わされた言葉を知らない。目覚めてから今までそれほど影響が無いと高を括っていたのが良くなかったのか。
よろしくない、これは本当によろしくない。
雪花の頭の中から取り出したこの先の話──これを仮に原作と呼称しよう──によれば、ネフシュタンの鎧とイチイバルを駆使する雪音クリスは、立花響に挑んだものの無残に敗北し原作の自身によって捨てられている。はっきりと言って、雪花がそのようなヘマをするとは思っていない。勝てるとは言わなくても引き分けには持っていくはずだ。
ただ、今そこまでの危険を冒すべきなのか。
雪花と立花響を引き合わせずとも、既に融合症例のデータは原作から出来うる限り抜き取っている。これからの計画に支障はなく、後は時期を座して待てばいいだけの話。焦ることなんて無いはずだ。まして雪花という稀に見る優秀な駒は、これからも側で侍らせておきたいところ。
が、覚悟を決めた純粋な目を向けられてしまうと、心がグラグラと揺らぐというもの。うつむきながら呟くように「随分と私も甘くなった」と言葉を吐けば、観念したように溜め息を吐いた。顔を上げ雪花の目を見据えながら、腕を組んで最後の疑問を投げかける。
「そんなに、立花響のことが知りたい?」
「はい。何よりもオレの目の前で、オレの姉さんとコンビネーションを盛大に見舞ってくれたんです。両親を亡くしてから他人に心を開かなかった姉さんの心を解きほぐしたあの人を、妹であるオレが知りたくない訳ないでしょう? 軽く手を合わせた時にも一応真っすぐな気持ちは伝わってきました。でも知るなら上辺だけじゃなく、立花響という人間の全てを知りたい。どうしてオレにも手を差し伸べようとするのか。その原動力を、知りたい。これがあなたの計画に何の利益も齎さないただのわがままだということは分かっています。ただ一度のわがままを、どうか聞いてもらえますか」
「ちゃんとその辺りは弁えている、か」
腕を組み、悩み、悩み、悩み抜いた末、フィーネは折れた。
「……良いわ。それくらいなら計画に何の影響も及ばないでしょうから。ただし、ソロモンの杖の使用は無し。ネフシュタンの鎧もこちらで預かるわ。あなたの胸にある、そのイチイバルだけで何とかしなさい
そして、手を抜かないこと。町の監視カメラは私の目、森の中であろうと目は及んでいる。もしこれが守れないなら……分かるわね?」
「ありがとうございます、フィーネ」
「あなたには一つ褒美を用意しようと思っていたのだけど、これで帳消しよ。あなたは私の駒だということを、忘れないように。」
「それで構いません。これは、完全なオレのわがままですから」
それまで引き締めていた顔を綻ばせて明らかに喜んでいる雪花に、フィーネは再び溜め息。
心の中では雪花が裏切ることは無いと思いながらも、どこからか来る不安に保険としてソロモンの杖とネフシュタンの鎧を取り上げた。最早原作などと考えている暇はない。
「はぁ……朝から変な気を使ったわ。食事にしましょう雪花。立花響が使う通学路を教えてあげる。襲撃ポイントは自分で決めなさい」
「分かりました。感謝します」
フィーネは雪花を伴ってダイニングへと向かった。
本筋が終わった時、しないフォギア的な日常パートは必要ですか? それとも不必要ですか?
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必要
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必要ない
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どちらでもいい