女体化した挙げ句、転生先は存在しないクリスの妹でした。 作:わらぶく
遅れて、本当に申し訳ない……
「はーい検査終了、お疲れさまでしたクリスちゃん」
「どうも」
正方体の無機質な検査室に置かれた装置が、それまで放っていた緑色の光を収め動きを止めた。検査台の上で横になる検査着姿のクリスは了子のどこか嬉しそうな声を聞きながら、体を起こし手の開閉を繰り返す。違和感はない、至って無事な体。検査内容を聞こうと目線を了子へと向ければ、グッとサムズアップをこちらに見せつけていた。
「響ちゃんと同じく、クリスちゃんのどこにも異常はなかったわね」
「あのバカならまだしも、あたしが検査する必要なんてあんのか?」
「モチのロンよ。響ちゃんはデュランダルを掴んで、クリスちゃんはその余波に巻き込まれたでしょ。未だかつて、シンフォギア装者が完全聖遺物が放つエネルギーに巻き込まれたことなんて無いんだから、ちゃんと検査しないと。もし体に異変があったら大変だもの、特にクリスちゃんは家族を連れ戻すまで健康でいなきゃ」
「そういうもんか……助かった」
「どういたしまして」
感謝の言葉を口にする気恥ずかしさにクリスは頬を朱に染め、俯き顔を隠しながらも精一杯の笑みでもって了子への礼とした。ただその笑みは少しぎこちない。いつも
どうにもというか、クリスにとって了子に対する印象は『苦手』という負で固まり、取り除くことが出来ない。絶えずニコニコと笑顔を振り撒いてのおどけた口調でからかってくる様は、まさに生きている世界が違う人間のよう。
まぁ、それだけならいい。組織という人間関係の形にしたような物には必要な、その場の空気を明るく変えるムードメーカーというものだ。特筆することは何も無し。原因はもう一つ、クリスから見て櫻井了子という人間から、底知れない本心を感じ取っていることだった。
バルベルデでの捕虜生活を、大人たちの顔色を窺うことで生き抜いてきたクリスは、他人の感情を見抜く技術を培った。呼吸の様子、目の色、表情、手足の動き、その他諸々。全て代わりにその身を醜悪な大人たちに差し出した雪花の助けになればと、独学で学んできたもの。そしてそれは今日まで役に立ってきた。
誰かを例に出すならば、立花響だ。
美味しそうなものを見ればすぐさま目を輝かし、小日向未来という友人に会えば甘えるように身を寄り添わせ、悲しいことがあれば顔を曇らせ目を潤ませる。彼女ほど感情の起伏が分かりやすく、体の動きが激しい人間もそう居ないだろう。それでも感情が揺れ動かされる時、どのような人間でもアクションというのは必ず起こす。
だが櫻井了子という人間は、クリスが見てきた数多の例に引っ掛からない。
感情が無いという訳ではない。むしろ立花響のように、喜び、笑い、ふざけながらも、時には真剣な表情で仕事に打ち込む姿をクリスは見てきた。だからと言うのか、見れば見るほど起きるトラブルに対して引き起こされる感情の起伏というものが、一定を上回ることが絶対に無い。見慣れたアクション、聞き慣れた変わらずの声音。
クリスにとって、不気味という他なかった。
「クリスちゃん?」
「ッ、な、何だ?」
「何だ、って私の顔をジィッと見て動かないから気になっちゃうじゃない。何々、私の顔に変な物でも付いてた?」
クリスの眼前まで近付く了子の顔が、パチパチと瞬きをしながらグイッと覗き込んでいた。
「別に、少し考え事で意識があっちらこっちらしてただけだ。あんたに眼が向いてたのはたまたまだよ。それより、検査が終わったんだからもう着替えても良いよな? バカとは昼から約束があるんだ」
「勿論♪ 結果は早くて今日中か明日、遅くても二日後には出るから、それまでは出来るだけ激しい運動をしないように。っていっても、ノイズが出現したら出動してもらわないといけないんだけど……」
「んなこと分かってる」
「なら良かった」
顔にニパッと笑顔を咲かせてから、了子は機械の方へと戻っていく。
約束に遅れる訳にもいかないと、クリスは長時間の検査ですっかり重くなってしまった腰を上げ、手早く制服姿に着替える。着慣れたブレザーに腕を通し、スカートのポケットに入れていた二課配給の携帯端末に目を通した。画面右上端に書かれる無機質な数字が正しければ、現在の時刻は正午。四時間目の授業の終盤辺りかと当たりをつける。エレベーターを使えば直通でリディアン校舎に入れる事が出来る。精々かかっても十数分程度、遅れることはない。
四時間目が終わってからでもと頭の中で考えていたとき、背後から了子の声がかかる。
「そうだクリスちゃん、ここ数日で翼ちゃんの容態が飛躍的に良くなってるの。もしかしたら、もう目覚めてリハビリに取り組んでるかもしれないから、良かったら時間が空いてる時にでも様子を見に行ってあげてくれる?」
「へ? 何であたしが、あんたが行けば良いだろ?」
「そうしたいのは山々なのだけど、検査結果を精査して皆の前に出せるようにしないといけないのよ。それにクリスちゃん、翼ちゃんと仲良かったでしょ?」
「あー……」
頭の中で、翼との会話シーンを思い浮かべる。
そして考える。最近友人になったクラスメイトと笑いあって会話するほどではないものの、かといって邪険に扱うほど険悪でもない。
故に、言い表すなら。
「まぁ、仲が悪いとは言わねぇ。顔見知り程度だ」
「なら適任! 私の分の挨拶もお願いね♪」
サムズアップをまたも見せつけてくる了子に、クリスは溜め息を吐く他無かった。
「はぁ……わーったよ。ったく、あんた聖遺物研究者なんだろ? そんな適当で良いのかよ」
「良いの良いの。人間なんてちょっと抜けてるくらいが丁度良いんだから。それじゃあ、いってらっしゃーい♪」
「はいはい」
了子の軽口を耳に、クリスは笑って手を振ることで別れの挨拶とした。
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「な……な、な、な……!」
──いったい何を見せられているのだろうか?
今日の昼、クリスが昼から約束があるのは前述の通り。
野外での昼食のお誘い、声をかけてきたのは言うまでもなく響から。隣でテンション高めに誘ってきたのを頭半分で聞き流していたら、参加することになってしまった。
とはいえ、最初こそ面倒臭がっていたものの、鞄の中に三人分の弁当を見てその意気込みを推して知るべし。保健室──連絡によれば体育の途中に響が怪我をしたらしい──までの足取りは軽かった。
もう授業は終わっている。気の早い
「み、未来、そこは、あいたたたたた……!」
「だーめ、ちゃんと後処理しておかないと、痕になったり化膿したりするんだから。ほら下着も脱いで、隅々までケアするからね」
「うぅ、傷口に沁みて痛いよぉ……」
「無茶ばっかりするからじゃない。無理に走っても体はついていかないんだから」
「あは、あはは……」
「もう、響が怪我しちゃ意味ないのに……」
傷のついた響の柔肌を、消毒液で湿らせたガーゼで撫でている未来の姿。西側に存在する保健室のため室内は薄暗い。だからか、締め切ったカーテンから漏れる陽光によってベッドの上で浮かび上がる二人の重なった輪郭が、クリスの目には睦み合っているように見えてしまった。実情は、ただ怪我した響が未来に手当てしているだけである。下着まで脱ぐ必要があるのかという疑問はぬぐえないが。
一際大きく「痛い!」と声を上げた響が、保健室入り口前で目を大きく見開いたクリスの姿に気がついた。
「あっ、クリスちゃん! 待ってたよぉッ!」
「……」
「あれ、クリスちゃん? どうしたの?」
元々そういうそう言うことに過敏なことに加え、早とちりをする傾向にあるクリスにこの光景はよろしくなかった。繰り返すが勿論、未来が行うのは通常の治療行為。そこにやらしい目的なんて無いはず。
だがそこに、クリスの豊かな発想力が加わるのなら。
「──てんだよ……」
「へ?」
「ッ、学校で何してんだって言ってんだよこのバカ共がぁッ!!」
淫猥なものに見えて仕方がなかったのだ。
クリスの興奮が収まるまでは数分を要した。納得のいく事情の説明、先生からの許可は取得済みなこと。この二つを事細かに言い伝えて、何とか事は収まる。
頭の中には先程まで妄想していた淫猥な想像が脳裏を過ぎり、クリスは頬を真っ赤に染める。だがそれも仕方ないことなのかもしれない。過去一度、クリスが響と未来の寮にお邪魔した時、正に睦み合っている最中だった。恍惚の表情で見つめ合う当時の二人の姿がフラッシュバックしてしまう。
「す、すまねぇ、早とちりしちまった……」
「私も未来も気にしてないし大丈夫ッ!」
クリスは軽く頭を下げて謝罪する。
「それにしても、クリスちゃんは怪我した時とか誰かに見てもらったりしないの?」
「昔なら雪花が居てくれたんだが、今は一人だからな。家で怪我も包丁で指先を切ったりするくらいしかないし、今思い返せば、あたしって割と家でグータラしてるな。料理ぐらいしかしてねぇんじゃねえか?」
「クリスちゃんって料理が出来るのッ!?」
「弁当ぐらいなら作れるぞ」
そう言ったクリスは、半開きになった鞄から膨らんだ赤い巾着を取り出した。それまでクリスに向けられていた視線がギョッと動き、不思議そうに見つめてくる二人に対して得意気な笑みを浮かべた。
今までに何度も交流のあった二人組だが、こうして驚かせるのは初めての事。弁当だぞ、と努めて素っ気なく渡したつもりのクリスだが、吊り上げる広角を抑えることが出来ない。
「こっちがバカの分、こっちは未来の分だ」
「おぉーッ! ありがとうクリスちゃんッ! ひゃっほーッ! クリスちゃんのお弁当だーッ!」
「保健室では静かにしろ、バカ」
感情を激しく露にする響を、クリスは冷たい目で嗜める。響が分かりやすい反応をしてくれるのはいつもの事。今回の目的はもう一人、巾着をじっと見つめたまま顔色一つ変えず表情を固めている、小日向未来その人だった。
彼女には今までにたくさん世話になった借りがある。独りで排他的だった自分に手を差し伸べてくれた、最初の恩人。こんなことで返せるなんて微塵も思っていないが、少しでも喜ばせることが出来たのなら、それはクリスにとっての幸福。
吟味するかのように見回すため、俯いていた未来の顔がクリスへと向いて華咲いた。
「ありがとうクリス」
「──! ま、まぁあたしにかかりゃ二人分の弁当なんて朝飯前だ。礼を言われるほどでもねぇ」
「でも、全部手作りでしょ? ……私、尊敬する」
「な、なら今度休みの日にでもあたしが教えてやるよ」
「本当? 良いの?」
「あ、あぁもちろん。今度の日曜日にでも良いなら」
「じゃあ、お願いしても良いかな」
未来の笑顔に、クリスは勝てない。
それに、誰かに頼られるというものは、存外悪いものではないとクリスは認識した。故に照れ臭いのだ。ただでさえ赤くなりやすい頬をリンゴの如く真っ赤に染め、指先で掻く姿は何ともはや。気勢に任せて胸を叩き「任せとけッ」と豪語したのは良かったが、声は震え浮かんだ笑みは酷くぎこちないものだった。
そしてそんな姿を、響が見逃す訳もなく。
「あれれ~? クリスちゃんってば、顔真っ赤っ赤~♪ もしかしてもしかして、未来のお礼に照れてるのかなぁ~♪」
「~~ッ!! うるせぇバカァッ!!」
ふざけながらも図星を突いてくる響に、クリスは声を荒げることしか出来なかった。
「もう二人とも、保健室では大きな声を出さない。響、昼休みに課題の提出をするんでしょ?」
「そーだったそーだったッ! シュババッと行って最速で提出してくるよッ! だから二人とも、私が帰ってくるまで弁当はそのままでお願いだよッ! 約束だからねッ!?」
「大丈夫だよ、響。二人で待ってるから」
「ヨシッ! それじゃ行ってきまーすッ!」
その言葉を残して、響は保健室を飛び出した。
「……台風みたいな奴だな、ホント」
「それが響の良いところでもあるんだけどね……」
あまりにも元気すぎる響に、二人は笑う他無かった。
だが騒がしいのもそれまで。元々他人と話すのが苦手なクリスと、大人しい性格の未来が同じ部屋に居ても会話が然程続くわけもなく、両者の間には沈黙が流れ始めた。切り出すための話題も見つからず、かといってこの状況を甘んじて受け入れたくないクリスは葛藤する。
悩み果て頭を抱えそうになるクリスの視界の端で、黒髪が揺れていた。その先にいるのは口に手を翳してクスクスと笑っている未来の姿だった。
「な、何笑ってるんだよ?」
「ごめんね、頑張って話題を考えてくれてるクリスの姿がどうしても面白くて」
「~~ッ!? つ、つまらないのは嫌だろ? だから、あたしが話題に華でも咲かせてやろうかって」
「クリスは優しいね」
「別に、優しくなんかねぇよ。ただ、お前には助けてもらってばかりだから、何か出来ればって思ってるだけだ。でもそういうのはあたしには向いてないらしい。まともに話せるような話題がこれっぽっちも思い付きやしねぇ」
「それでも、誰かのために考えられるのはすごいことだよ」
「お前も、あのバカのために頑張ってるだろ?」
「……そう、だね」
予想もしなかった声音が、未来から漏れる。思わず側の未来へ目を遣れば、そこにいるのは儚げな雰囲気を漂わせる弱々しい未来の姿。悲しんでいる、というわけではなさそうだ。罪悪感が一番正しいのだろうか。
未来と響の関係を、クリスはこれまで深く立ち入ったことがない。今までただ単に仲の良い二人組という印象があったが、どうにも並々ならぬ事情があるらしい。深くまで立ち入るつもりはない。クリスと雪花の例があるように、この手の人間関係を解決するには周囲の助けがあろうと、結局のところ本人たち次第なのだ。
「まぁ、そのなんだ。あたしに手伝えることがあれば言ってくれ」
「うん、ありがとうね」
「たっだいまーッ!」
それまで漂っていたしんみりとした雰囲気が、一人のムードメーカーによって木っ端微塵に砕かれた。それまで緊張の糸を張り続けていたクリスと未来は、あまりの緩急に思わず笑いを漏らしてしまう。
「あれ? 二人ともどうしたの?」
「別に。一人でも元気な奴がいれば、存外空気も変わるもんだなと感心してただけだ」
「クリスと同じ、かな」
「はぇ?」
状況が理解できない響の姿を見て、二人は小さく笑いあった。
因みに──
「んふーーッ!! クリスちゃんのお弁当すっごく美味しいよ!」
「美味しい……」
「あたしが一から作った弁当だ。しっかりと噛み締めて味わえよな」
日向で食べるクリス製の弁当は、何物にも代えがたい程に美味しかったという。
本筋が終わった時、しないフォギア的な日常パートは必要ですか? それとも不必要ですか?
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必要
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必要ない
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どちらでもいい