女体化した挙げ句、転生先は存在しないクリスの妹でした。   作:わらぶく

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第十二話

 二課本部付属病院。

 ノイズを筆頭とした最新技術が詰まった二課施設には、集中治療室を代表に様々な医療機器が揃えられ優秀な人材が駐在している。怪我、メンタルケア、緊急医療といった病院の機能が詰め込まれ、やはりその分維持費用がかさむことになる。とは言え、常に生死の狭間に立ち続ける二課職員をサポートしていた。

 雪音クリスは、右手にリンゴの入ったカゴを持ち一人の病人を求め、履き慣れたローファーで廊下を歩く。傍らには少しもじもじと落ち着きのない立花響を添えて。

 

「おいバカ、病院内なんだからもう少し落ち着いて歩けっての。隣にいるあたしまで変な目で見られるだろーが」

 

「だってぇ未来に何かあったら心配でぇ……!」

 

「わーった、わーったから抱き着くなって」

 

 制服にしがみついて今にも泣いてしまいそうな響を、クリスは軽くあしらいながら足を進める。

 いつもはウザいくらいに明るい響も、親友が事件に巻き込まれ一時的な入院となれば心配すると言うもの。むしろ心配していなければ薄情者というレッテルを、心の中で響に貼ってしまいかねない。とはいえ、しがみつかれると歩き辛くて仕方無い。

 だから切に願う。早く離れてくれ。

 

「未来ぅ~~……未来ぅぅ~~……」

 

「止めろ、唸り声をあげるな。生霊にでもなったてか?」

 

「あの現場に巻き込まれたんだよ?」

 

「それは分かってるっての。でも、外傷もなく軽いパニック症状が出てるって医者から言われたろ? 専門知識もないあたしらが喚いたところで診断が出来る訳でもないんだ。分かったら背筋伸ばしてシャンとしてろ」

 

 へにゃっと折り曲がる響の背中を、クリスは平手で思いっきり叩いた。

 口をつぐみ痛みに目をかっ開く響の姿は何とも面白い。「何でぇ!?」と言わんばかりに目をパチパチとさせ、叩かれた背中に手を伸ばしひぃひぃと痛みに喘いでいる。色々と、ウザくもあるがそれ以上に、見ていて楽しい人間だ。こんな人間が世界にごろごろと入れば、いつか両親が夢見た平和が実現するかもしれない。

 ……いや、無いか。

 人が争う理由なんて、何でもない日常のちょっとした事から生まれてくる。嘘を吐いた、約束を破った、寝坊した……果ては少しの会話不足まで。僅かな行き違いでケンカが勃発するのだ。それが個人を多分に含む団体となれば、文言と思想一つで弾丸を使った即席の殺しあいへと変貌する。

 結局、平和なんて望んで得られるものでもないのだろう。

 

「クリスちゃん?」

 

「っん、何だ?」

 

「今すーっごいしかめ面になってたよ? ムムッて、了子さんが悩んだ時みたいに眉間にシワがうじゃうじゃって」

 

「お前の表現はいったいどうなってんだよ。あたしの眉間に芝生でも生えたってのか?」

 

「うん!」

 

 「バカ」とだけ突っ込んで、改めて背中を叩く。

 アホみたいなやり取りを繰り返す内に、二人は病院三階にある病室へ。引き戸の隣、丁度目に高さあたりに存在するネームプレートにはクリスの友人、小日向未来の名前が刻まれている。

 昨日の事件に巻き込まれ憔悴状態になっていた彼女は、事件の重要参考人としてすぐさまこの病院へと運び込まれていた。幸いとトラウマやPTSDになっていないのは、精神科の医師たちが懸命のメンタルケアをしてくれたこともあるが、何よりも彼女自身の心の強さがあった。取り乱すでもなく、経験した惨事から逃げるでもなく粛々と飲み込み納得する強さが、クリスには羨ましい。

 ただ、自分から未来に会いに行くというのが初めてだったがゆえに、恥ずかしながらも緊張しているのが現状だ。それも、隣にいる響がいればお構いなしになってしまう。

 

「未来、お見舞いに来たよッ!」

 

「もう響、病院内なんだから静かに」

 

 飛び込まんばかりに抱き着きに行った響の姿を、開きっぱなしになった戸を閉めクリスも室内に入った。公園で見た、憔悴する未来の姿はない。いつものように微笑みを浮かべて抱きつく響を、何とか嗜めている母性の詰まった彼女。それはやがてクリスの方へと向けられた。

 今もベッドの上でイチャイチャする二人の元へ。すぐに赤くなる頬を抓り、持っていた籠をベッドに併設されたテーブルの上に乗せた。

 

「クリスもお見舞いに来てくれたの?」

 

「あ、あぁ、一応友達だからな」

 

「えっ?」

 

「え……?」

 

 未来の惚けた返事に、気まずい返事が流れる。

 産まれて初めての学園生活と人間関係にこれまで何とか順応しようと、クリスなりに努力し励んできた。勝手に思い込んでいただけなのかと、背筋に冷や汗が流れる。

 クスクスッと未来が笑う声が聞こえた。

 まさかとうつむきかけた顔を上げ未来を見れば、薄く開いた目蓋から覗く瞳と僅かに上がった口角が笑っている。

 クリスは弄ばれたのだと思い知らされた。

 

「おまっ、おまっ……!」

 

「クリスって、からかい易いよね」

 

「あ、焦ったじゃねえかッ!! お前、あたしのことになるとすぐにからかってくるだろッ! あんまりふざけるならもう口きいてやらねえからなッ!?」

 

「それは、ダメだよ」

 

「何でだよッ!」

 

 クリスにとって、小日向未来とは友人であり天敵でもある。

 言葉の掛け合いではこれまで勝てた試しが無く、一方的にからかわれてばかり。

 

「クリスちゃん、あんまり大声を出すと怒られるよ?」

 

「お前が言うんじゃねぇよバカッ!」

 

「いたぁぁいッ!」

 

 その分は響の背中にぶつける。

 「ったく」と溜め息混じりに呟いてふと病室の扉を見てみれば、不自然に隙間が開きこちらを覗く青の瞳が一つ。ゆらりと動く青の髪も見えている。明らかな挙動不審、点滴スタンドを持って動いている所を見れば、それが誰なのかクリスにはすぐ分かった。

 

「……はぁ、ちょっと飲み物買ってくる。何か欲しいものはあるか?」

 

「じゃあ、水お願い」

 

「私はイチゴオレ!」

 

「はいはい、なら少し待ってろよ」

 

 苦笑いを浮かべ軽く手を振った後、クリスは病室を後にした。

 廊下から室内の様子を窺っていたのは、やはり風鳴翼その人。かつて感情そのままに剣を振るう傍若無人の振る舞いの彼女は今、点滴スタンドの強く握り口を堅く引き絞っていた。

 

「何やってんだよ」

 

 クリスの呼び掛けに、翼の体はビクンと跳ねる。体を縮ませショボくれた表情を露にする翼の姿は、クリスの目に酷く情けない姿で映っていた。

 

「や、やぁ雪音。立花たちの様子はどうだった?」

 

「そとからコソ泥みたいに覗き込んでたあんたなら分かるだろ? 元気も元気、今から外に連れ出しても元気に帰ってこられるぐらいには元気だぞ」

 

 クリスの言葉に、翼は弱々しい言葉で「そうか」とだけ返しまた俯いてしまった。

 その姿に思わず舌打ちしそうになるのを堪え、仕切り直しの溜め息を吐きクリスは改めて問うた。

 

「もう一度聞くぞ、何やってんだよ」

 

「……部屋に、入るタイミングを見計らっていた」

 

「なら今すぐにでも──」

 

「ま、待って欲しい」

 

 クリスの言葉を、翼は弱々しい声で遮った。

 翼とクリスの身長差は十センチ以上あったが、今の猫背になった翼の体はクリスと同等。いや、もしかしたらクリスよりも小さいかもしれない。

 

「何だよ?」

 

「私は、自分勝手な思いで立花にあんな態度をとってしまった。風鳴の剣、防人としてあってはならないことだ。だと言うのに私は……」

 

「だからって、コソコソと様子を伺うってか?」

 

 クリスの言葉に、翼を返事をしない。

 かつての励ましてくれた翼の姿はどこへやら。雲がどこか急ぎ足で流れていく青空を枠に収める窓をバックに、翼は動かない。

 動きもせず、ただ無為に時間を過ごす彼女にクリスも限界を迎え、半ば胸ぐらに掴むような形で病院着を掴み、顔を引き寄せた。

 

「あんたがメソメソしていようが、情けなく泣いていようがどうでも良いが、あのバカに暴言吐いてへこませたのはあんたの業だ。なのに何だ? 一回の失敗に心折って謝りもせずに、チョロチョロと周りから様子を伺ってるだけ? あたしより年上の癖に何なめたことやってんだ」

 

「全て私の咎なのは分かってる……。だけど、彼女の事も考えず……」

 

「あぁもうじれってぇなぁッ! なら、あたしに良い方法があるから教えてやるよッ!」

 

「良い、方法……?」

 

「あぁ、それはな──」

 

 グッと翼の両手を掴み、クリスへ勢い良く扉を開けた。中からは響と未来の二人が目を見開いて驚いていたが、誰よりも驚いていたのは側に居る翼だろう。

 

「とっとと部屋の中に入って謝り倒してくることだッ!!」

 

「ゆ、雪音──ッ」

 

 返事をさせる間も与えず、翼を部屋の中へと突っ込んだクリスは扉を閉めた。

 多少強引であろうとも、さっさと行動に移した方が手っ取り早く済むというのがクリスの考え。もちろん、感情剥き出しの怒声を浴びせた相手に素面で会うのは気まずい事は知っているが、それが会わない理由にはならない。むしろ悪いことをしているのは翼なのだから、さっさと響に謝るのは道理だろう。

 

「ったく、あたしが言えたことじゃねぇけど、めんどくせぇ性格してんなぁ」

 

「はははッ、今日も元気そうだなクリスくん」

 

「はぁ、今度は暑苦しいのが……」

 

 飛んできた弦十郎の声に、クリスは今一度溜め息を吐いて顔を向けた。

 殺伐とした大人の世界に身を沈めながらも、朗らかさと子供のような好奇心を忘れることなく育った彼と、偏屈者となったクリスとは相性が悪い。未来に吐いた言い訳を今少し片隅に置き、壁を背にして話を聞く。

 

「小日向未来くんの様子はどうだった?」

 

「今はあんな場所に居たのが信じられない程ピンピンしてるよ。あのバカの友達だからと言うべきか」

 

「あれだけの惨事に巻き込まれた民間人だ。最悪の場合、PTSDの発症を覚悟していたが何とも無くて良かった」

 

 心底安心したように、弦十郎は胸を撫で下ろす。

 

「んで? 特機部二リーダーのあんたがわざわざ、女学生一人相手にここまで歩いてやって来たんだ。どうせ、あいつに口封じの契約書を書かせるんだろ?」

 

「……顔には出さないようにしてたが、やはりクリスくんには分かるか」

 

「バルベルデでの経験でな、生憎と人の顔から思考を汲み取るのは慣れてんだ。別に咎めなんてしねぇよ。それがあんたの仕事で、やるべきことだからな。あたしは場の空気を壊さないように飲み物でも買って時間でも稼いで来るさ。じゃあな」

 

 壁から背を離し、弦十郎の隣を通って自動販売機へ足を向ける。

 

「待つんだクリスくん」

 

 だがそれを弦十郎に止められる。

 

「何だよ、あたしと話すことはもう無いはずだろ?」

 

「君に、渡したいものがある。これを」

 

 弦十郎が赤シャツの胸ポケットから取り出したのは、メモの切れ端だった。

 手に取ってよく見てみれば、何やら住所がツラツラと書かれていた。

 

「何だこれ?」

 

「二課の諜報班が最後に確認した、雪花くんの拠点だ。現在は実働班が突入したが、多くの死体と炭素が床に転がっていた」

 

「……」

 

 そっと、写真が添えられる。そこに写るのは血で汚れた居間と、床に積もる黒い炭素。

 今更、他人の血や人だった炭素を見ることに拒否反応なんて物はありもしないが、それが妹でなければの話だ。

 

「ここに、雪花の血はあったのか」

 

「玄関近くの床や壁に付着していた。乾き方から見て雪花くんは、以前公園で確認された武装勢力からここへ逃れてきた後、再び襲われたものと推測する。そこに運悪くノイズが現れ……と言ったところだろうか。以前のアウフヴァッヘン波形の観測と重要参考人『小日向未来』からの情報を加味し、クリスくんと同じイチイバルを所持しているはずだ。炭素に変えられ命を落とした可能性は低い」

 

「あたしと同じ、シンフォギア装者……」

 

「ああ」

 

 別段、おかしい話ではない。

 姉のクリスに素質がある以上、妹にもその素質があろうと自然なことだ。何より、資料でも見たネフシュタンの鎧を操り、精神面が不安定ではあったが装者三人のなかで最も腕が立つ風鳴翼を下してみせた。この中では間違いなくトップクラスの才能を持ち、事件を素早く解決してみせるだろう。

 だが、素質があると言うことは戦う使命を義務付けられると言うこと。

 

(元はと言えば、全部あたしが守れなかったことが原因なんだ。雪花に……これ以上辛い思いはさせられない)

 

「おっさん、一つだけ言わせてくれ」

 

「どうした?」

 

「雪花を保護しても、あいつをあたしたちと同じ装者に引き込まないでくれ。シンフォギアを纏う素質があっても、あたしはもう雪花に戦って欲しくない」

 

「それは──」

 

「頼む。あたしはもう雪花が傷付くのを見たくないんだ」

 

 声は震え弱々しく、されど胸を張って毅然とした態度を願う。

 クリスは手を強く握り締め、爪が皮膚を食い破りポタリと鮮血を一滴垂らした。

 

「……断言は出来ない」

 

 だが、弦十郎から返ってきたのは苦虫を噛み潰したような表情と、キツく伏せられた彼の目だった。

 

「シンフォギアを操れるのは、クリスくんたちのような極少数の少女たちだ。今は敵対関係にあるが、保護の後、上からの命令次第では二課に編入としての形を取らざるを得ないだろう」

 

「……っ」

 

「だが、上には俺なりの言葉でできる限り掛け合おう。約束する」

 

「わかっ、た……頼む」

 

 それを最後に会話は途切れ、クリスは振り返り自動販売機目掛け歩き始める。

 その後ろ姿を目で追いかける弦十郎は、自身の不甲斐無さに湧き上がる怒りを自覚せずにはいられなかったのだ。

 

 

 

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「……これで良し」

 

 薄暗い部屋を青白く照らすコンピューターディスプレイに映し出された、『送信完了』の無機質な四文字。二課の研究室に籠ったフィーネは自身の計画遂行のため、最後の一押しを進めている所だった。雪音雪花を含めた重要な情報を全てコピーし、極秘回線を利用して送った先はかつて作ったF.I.S.のデータサーバーだ。この体で手に入れた有益な情報は全て補完せねばならないの精神の元、バックアップはしっかりと取る。

 そして、何よりこれまで遅々として進まなかった二課の機能拡張を建前にしたカ・ディンギル建設計画がようやく完成するのだ。これを喜ばずにして何としようか。何百、何千、何万の果てしない年月を経て込められた願いは、今ようやっとその花を咲かせようとしている。

 

 米国の支援が打ち切られ裏切られようとも、二課との関わりを全てを失ってでも。

 バラルの呪詛を月ごと撃ち砕き、この世界に統一言語を齎し人類の統一と神々との調和を図る。それこそが、何よりの目的。

 

「止まれない、止まらないのよ。もう私を止めるものは何もない。後は時期を見計らうだけ。これで私はようやくあのお方に、この思いを、この言葉を届けることが出来る……!」

 

 喜びに、体の細胞という細胞が震えて、その昂りを抑えられないでいる。

 

(……雪花、あなたがくれた絶好のチャンス、決して無駄にはしないわ)

 

 天井を仰ぎ、抑えられぬ愉悦に口角を上げる。

 恍惚に意識が浮かれるのを咎めるように、デスク上の内線が音を鳴らした。無粋な奴めと不満を堪らず漏らしながらも、受話器を手に取り明るい口調でもって受け答える。

 

「はいはーい♪ こちら研究室責任者、櫻井了子よん♪」

 

『了子さん。改装の作業員の方からトラブルの報告が上がりました。何でもエレベーターシャフトの最下層で分からない構造があるみたいで』

 

「あらあら。確かに下の方の設計は複雑にしちゃったものねぇ。分かったわ、今纏めてる聖遺物の研究のデータがあるから、それまでの作業員には少しの休憩を伝えておいて。ほんと、すぐに行くから!」

 

『分かりました。伝えておきます』

 

 受話器を直し、目線は再びディスプレイへ。

 キーボードを叩く指は早く、感情そのままの文字列が並べ立てては消して、また並び立ててを繰り返した。

 

 最愛の生贄には感謝を。お気に入りの人形には手向けを。

 

(バラルの呪詛が壊れ人類が統一された時は、約束通りにクリスの事は守ってあげる。勿論、生きていればあなたの事も一緒にね)

 

 もう間も無く全てが整えられるだろう。

 かつての時代、かつての地球へ戻し、人類はあるべき統一言語によって心を均される。

 

「この思いはもう間も無く、成就される」

 

 全ては、この悲願を果たすために──。

本筋が終わった時、しないフォギア的な日常パートは必要ですか? それとも不必要ですか?

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