女体化した挙げ句、転生先は存在しないクリスの妹でした。   作:わらぶく

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第十四話

 瞑った目蓋の向こう側が明るい。

 あの時、死んだとばかり思っていた雪花は、まだ意識というものがあることに驚かざるを得なかった。始めこそ寝起きのようなぼんやりとしたものではあったものの、二、三分と経って鼻腔をくすぐる病院特有のしんとした匂いを嗅いでようやく覚醒する。

 背中に感じる柔らかな感触、体を包み込む温もりがベッドなんだと理解して、自身の置かれている状況をハッキリと理解した。

 

(あぁそっか……あんだけ撃たれたのに、まだ生きてるのか、オレ……)

 

 身体の至る所に銃弾を受け、挙句の果てに致死量の失血。

 弱まっていく自身の鼓動は間違いなく死に至る寸前だったが、両足に走る酷い痺れと両腕の軽い痺れで済んでいるということは、最新化された医療技術の手にかかれば生存出来るということだろうか? であれば、末恐ろしき最新医療。生き永らえこうしてベッドに寝かせられているということは、ノイズの攻撃を打ち払いあの場からすぐに緊急搬送出来るだけの権力と能力が必要になる。

 そんなことを出来るのは間違いなく、シンフォギア装者三名を擁する二課だけだ。となれば、ここは二課の息がかかった医療施設だということが確定してしまった。

 

 あぁ、ここまで強く目蓋を開けたくないと思ったことは、誘拐された時以来だ。もし銃口を向け寝起きを狙っているなら、さっさと殺してほしい。

 渋々ながらも目蓋を開け、蛍光灯の眩い光に目を慣らしながら顔に付けられた酸素吸引器を外して辺りを見回す。真っ白な壁紙、ベージュの掛け布団、差し入れらしきリンゴ入りの籠。窓も無い箱庭のような病室の中に居る。前腕に刺された点滴のほとんどが輸血パックに繋がっていて、余程血液を失っていたんだと思い知らされた。まぁ刺されて撃たれて、むしろ輸血だけで助かっていると言うのも中々におかしな話ではあるが。

 体調面もおかしな所は一切無い。体に巻き付けられた包帯が痛々しく見えるが、異常と言えばそれだけのこと。上体を起こしながら体を探るが、やはり何ともなかった。

 

 ただ首に掛けたシンフォギアのギアペンダントは流石に取り上げられてしまったらしい。あれがなければ、雪花は何も出来ないただの一般人だ。

 どうせ逃れる術も何もないならばと、覚悟を決めて枕元のナースコールの紐を力強く引っ張った。

 

 ──ビービービービー。

 

 規則正しく鳴り続けるブザー音。

 真っ先に医者が来るかと思ったが、部屋の外から聞こえてくるドタドタ音は明らかに病院関係者の物じゃない。

 まさか、何て考える暇も無く──

 

 ガララッ!!

 

 左手にある病室の引戸が勢いよく開かれた。

 現れたのは肩で大きく息をしながらこちらを見据える、銀髪でベージュの瞳をした少女。見間違えるはずもない。彼女は間違いなく、最愛の姉──雪音クリスなのだから。互いに目を合わせて、少しの間時間が固まった。

 何も言わず、どちらも動かず数秒が経ってクリスの目尻に涙が溜まっていくのが見えた。すぐにでも拭ってあげたかったが、果たして自分にそんな資格があるのかと疑念を抱いて、気持ちを抑え込む。これまで無茶苦茶な言葉を投げ掛け大好きな姉を泣かせ続けてきた妹が、今更心配なんてする資格があるのか疑問で仕方がない。

 だけど、そんな雪花の考えを振り払うかの様に、クリスが駆け寄ってきたのだ。

 

「わ、わわわっ!」

 

 避けるわけにもいかず、だが受け止めて良いのかも分からず、せめて傷を負わないようにと真っ正面からクリスの抱擁に立ち向かう。ちょうどクリスの頭が鳩尾に当たり思わず「うっ」と呻き声を出し、ちょっと呼吸が止まった。冗談の一つでも言いながら、こっちは怪我人だよ、とでも咎めようかとも思考するが、肩を震わせて啜り泣き始めるクリスの姿を見てそんな考えは霧散した。

 

「……ぃたかったッ、もっと早く見つけたかった……!」

 

 病院着の布一枚向こうから感じるクリスの温かさは、数年前のバルベルデの時からは一切変わりない。あるとすれば既にどちらも年を重ねて、それぞれの人生を歩みだしているかとだけだ。今だけはと、その汚れた両手でクリスを抱き締める。

 

「ずっと……ずっとあたしは探してたんだ……ッ!」

 

「……」

 

「あたしらが住む部屋をおっさんに用意してもらって……ッ、パパとママの仏壇も用意して……ッ! ずっと一緒に暮らしたかったんだッ……平和な場所で、温かい場所でぇ……!!」

 

 嗚咽混じりのクリスの独白を、ただ静かに雪花は耳にする。

 

「なのに……雪花が敵になって、今度は死にそうにもなって……ッ! 一週間も目を覚まさなくてずと死ぬんじゃないかって……ッ、もう訳分かんねぇんだよッ!! あたしはただッ、ただずっと雪花と居たいだけなのに……ッ!」

 

 喉が痛くなるだろうに、これまで押し止めていただろう後悔の念を溢れさせたクリスの背中を、雪花は擦る。人間不信になって大人に噛みつくツンツンとした性格で、シンフォギアを纏う適合者であっても、彼女は一人の少女だった。幼い時、流れ星が落ちるバルベルデの夜空を一緒に眺めていた、可愛らしいクリスそのまんまだ。

 

「もうやだよ……あたしを一人にしないでよぉ……お願いだからぁッ……!」

 

「……泣かないで、姉さん」

 

 目を潤ませてこちらを見上げるクリスの頭に手を置いて、出来うる限りの笑顔で答えた。クリスは優しい子なのだ。何の因果か、この世界へと引きずり込まれ雪音雪花として生まれ落ち右も左も分からない自分を、そして最初は拒絶してしまった自分を、彼女は泣きこそしたものの最後は笑顔で助けてくれた、知る限り誰よりも優しい女の子。そんな子に泣いてほしいなんて思うものか。クリスを助けるために、生きていてもらうために何でもすると、手を差し伸べてくれた日に、そう決めたのだ。

 零れるクリスの涙を拭い、目尻に溜まった涙を親指で払い落とす。

 

「……雪花?」

 

 言い返せる言葉なんて、雪花の中に有りはしない。

 それでも、この温もりと姉を慕うこの気持ちだけは決して変わってないのだと知らせるために、雪花はクリスを力強く抱き締める。

 人殺しで数え切れない罪を背負ったこの体でも、どうしようもなくクリスの妹なのだ。

 

「……久しぶりに顔を合わせた日、姉さんの言葉を聞かずに立ち去ったときの事、怒ってる?」

 

「……怒ってる」

 

「そっか……どうしたら許してくれる?」

 

「……もう、居なくならないでくれ。あたしは……雪花がいないとダメなんだ……。ご飯を食べるにも、寝るにも、雪花の温もりがないとダメなんだよ……」

 

 ギュゥッとクリスの抱き締める力が強くなった。

 だが、その願いは難しい。無数の人を殺した罪人である以上、どれだけ反省したとしてもいつかは首を吊る日がやって来る。

 

 容易に首肯できない雪花に助け船を出すかの如く、開きっぱなしの引戸から赤髪の精悍な顔付きをした屈強な偉丈夫が入ってきた。以前、風鳴翼を学園から引き離して戦闘不能にした際、黒服たちと一緒にやって来た二課の風鳴弦十郎に違いない。こちらを見るなり眉間のシワを深く刻んで険しい表情をしている辺り、捕まえた罪人に判決でも言い渡しに来たのかもしれない。

 

「雪音雪花くん、だな?」

 

「……久しぶり、と言うほど時間は経ってないと思いますよ。風鳴翼さんの時はお世話になりました」

 

 当時の感情に訴えかける言葉を思い出して、言葉に少し怒気が含まれる。

 勿論、弦十郎が言っていたことはどこを取っても間違いはない。クリスを心配させたのは紛れもなく事実であり、泣かせてきたのは事実だ。だが、理解しているからこそ、理解していることを他人から説教のように言われるのは身勝手だとしても腹が立つのだ。

 

「クリスくん。出来れば、彼女と二人きりで話をしたい。部屋の外で待っていてくれないか」

 

「……ぐすっ。おっさんが言うなら従う。でも、雪花を怒らないでやってくれ。お願いだ」

 

「ああ、心得ているさ」

 

「……雪花、あたしは部屋の外で居る。もう、絶対離れないからな」

 

 ベッドの上にしなだれている雪花の左手をギュッと握り締めた後、名残惜しそうに見つめてから部屋から出ていく。

 その姿を見送ってから、雪花は弦十郎と向き合った。

 

「あなたが居るということは、ここは二課の関連施設と考えても良いんですね?」

 

「関連施設も何も、ここはリディアン音楽院地下深くに存在する特異災害機動対策二課の本部そのものだ」

 

「……驚きました。まさか敵対してる人間を、拘束もせずに二課本部まで連れてくるとは。いささか対処が甘過ぎるのでは? オレが暴れる可能性は考慮してるので?」

 

「なら、俺はそれを諫めて叱るだけだ。それに、君が無暗に暴れたりしないと信じているからな」

 

「はぁ……」

 

 根拠の無い、強いて言えばこの子だからという、あまりにも真っすぐで子供染みた信頼の仕方に困惑の吐息が漏れる。

 

「それで、何の話をしたいんです?」

 

 その出で立ちから実直という言葉がお似合いの彼が言い淀む姿は、関わりがほとんど無い雪花の目から見ても珍しく思えた。

 目を強く瞑りしばしの間考え込んだのか、再び力強い目線を投げかけてくる。

 

「すまなかったッ!!」

 

「は……ッ?」

 

 グッと頭を深く下げる弦十郎の姿に、雪花は目を丸くした。

 普通ならば、重要な情報を持っているかもしれない捕虜に対して尋問なり、拷問なりしてでも吐かせようとするはずだ。実際、バルベルデではNGO活動をするグループの一味として、それなりの目に遭わされている。

 だが、この風鳴弦十郎と言う男は、随分と甘い。

 

「二年前、君がクリスくんの元から離れることになってしまったのは、俺たちの周囲の警戒が足りなかったからだ」

 

「……そうですか」

 

「今更言ったところで、俺の罪が消えるわけではない。当時は了子くんのことを疑いもしなかった。時間が巻き戻ったとしても、同じことが繰り返されるだろう」

 

「待ってください。何で今その名前が──」

 

 出てくるのか、とは言葉が続かなかった。

 揺るぎ無い決意を琥珀の瞳に湛える弦十郎の目に射貫かれ、真実の残酷さに向き合う彼の感情を思い知らされた。雪花には、彼が櫻井了子の皮を被ったフィーネとどれほどの期間を過ごしてきたのか知る由もない。だが、触れた彼の感情は、偽る隙が無いほどに強すぎる。

 

「ああ……なるほど、頑張って調べたんですね」

 

「何年も彼女の上司として連れ添って来たが、疑うことがここまで心苦しいことだとは思わなかった。だが、考えてみれば当然のことだ。君に完全聖遺物となるネフシュタンの鎧を与えた人間は、聖遺物に精通してかつその機会に恵まれる人物に限られる。それでいて二課の作戦を先回りするような君の妨害。世界中にも少ない聖遺物の考古学者の中、公安からは海外から訪れている人間は居ないと聞かされた。そこへ第二のイチイバル出現だ。

 ここまで来れば物的な証拠がなくとも……間違えようがない」

 

「そうですか」

 

「それともう一つ。それを裏付けるように、三日前了子くんが行方をくらませた。研究室はもぬけの殻、バックアップデータも全て破棄されている状態だ。現在彼女を諜報班が追いかけてはいるが、何の情報も得られてはいない状況だ。そこで恥を忍んで聞きたいことがある。君が知っている、了子くんの裏側を教えて欲しい」

 

「……別に構いませんよ。どうせオレもあなたと同じくあの人に裏切られた身です。ただ、敵の言葉なんて信じられるんです? 嘘言うかもしれませんよ?」

 

「支えるべき子供の言葉を信じてやれなくてどうする」

 

「ぷふ……ッ!」

 

 思いもしない言葉に、雪花は堪らず噴き出した。

 この男、甘いと断じたがそれは間違いだろう。大バカだ。裏切られたばかりだというのに、それでも人を信用するその様。眩しいほどに裏表のない純白なこの男、なるほどクリスが心を許すというのも理解できる。

 

「いつか、寝首を掻かれることになりますよ?」

 

「同じことをクリスくんからも言われたよ。双子の姉妹だと聞いたが、君たちが見た目だけでなく姉妹だと実感させられるな」

 

「どうも。じゃあ、知ってること洗いざらい話しますよ」

 

 聞かれるままに、これまでの経緯を全て話した。

 誘拐されてから現在に至るまでは勿論のこと、これまで拠点にしていた山中の屋敷の場所、風鳴翼に絶唱を歌わせるまで追い詰めた理由、ソロモンの杖、その他諸々。包み隠さず、それこそ問われる前に根掘り葉掘り全て吐き出した。

 

「カ・ディンギル……君も意味までは知らされていないか……」

 

「所詮、オレもただの人形だったみたいで、計画の全容は知らされてません。撃たれて死にかけた所をあなたたちに助けてもらわないと死んでたでしょうから」

 

「それなんだがな。君を助けたのは我々でなく、他でもない了子くん自身だ」

 

「……はぁ?」

 

 琥珀の真剣な眼差しは、その言葉を本物たらしめる。

 

「何考えてるんですかあの人。裏切っておいて恩でも売ろうとしたんですか? 頭おかしいんじゃないんですか?」

 

「ともかく、カ・ディンギルは諜報班による解読を待つとして、明日にも山間の屋敷に向かうとしよう。貴重な情報をありがとう、雪音雪花くん」

 

「別に感謝なんていりませんよ。それで、情報を吐き出し終えたオレは利用価値が無くなったわけですが、どうします? 牢の中にでもぶち込みます?」

 

「君の身柄はこのまま二課で保護することが決まっているから安心して欲しい。二課の施設内も回ってもらって構わないぞ!」

 

「……本気です?」

 

「勿論だとも。俺はここで席を外すとしよう。クリスくんよりも長話するわけにはいかないからな」

 

 膝に手を置いて立ち上がり退室する弦十郎の背中を見送り、次いで再び突撃してくるクリスの突撃を受け止めることになった。何故か乱入してきた響たちの賑やかさも相まって、雪花の病室は随分と賑やかになっていく。

本筋が終わった時、しないフォギア的な日常パートは必要ですか? それとも不必要ですか?

  • 必要
  • 必要ない
  • どちらでもいい

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