女体化した挙げ句、転生先は存在しないクリスの妹でした。 作:わらぶく
雪音雪花の前世は男であった。それこそ何の変哲もないただのサラリーマン。
両親が早死にし、地頭だけを頼みに、がり勉の果てに学生生活を投げ捨て、なぜ生きているのかも分からずにただただ社会の歯車となった男。まるで執着心も欲も無かったような存在。傍から見ればきっとそれは感情を失ったロボットのように見えたことだろう。そんな男であった。
そんな男にやって来たのは、一つの転換点だった。
自身の寝床として拵えた六畳間の一室に布団を敷き、いつものように身体を横たえていた時のこと。いつも夢を見ない男が、この時だけは夢を見た。偉大な音楽家という日本人の父と外国人の母を持ち、気丈で優しく面倒見の良い姉を持つ少女の夢だ。三人の口から何度も呼ばれる名前──雪花と聞く度に、体が喜びで打ち震えるのを感じていた。
そこからだ、違和感を感じ始めていたのは。
毎夜使っている掛け布団は寒さを覚えてしまうほどに頼りない物であったはずなのに、閉じた目蓋から感じる太陽のものであろう薄明と体を包む布団がやけに心地よく、そして暖かかった。その温もりに体を震わせた男は、次に身動き出来ないことに違和感を抱き重い目蓋を開けた。
「んぇ……んッ!?」
一に、漏れ出た自身の声。
上擦るように高く、鈴が鳴るような可憐な声だ。自慢でもないが、男にとって唯一誇れるのが小学生の時から異様に低い自身の声。小中高と合唱団で鍛えたバス、テノールの両方をこなせるほどまでに鍛え上げられた声帯を持っていた男には違和感しかない。
そのため、漏れ出る声は低くあらねばおかしいのだ。だが、今出たのはまるで少女のように可憐な声である。ありえない。自分は生物学的に大人だったはずだ。
二に、自身の体の異常な動かしにくさ。
口を布か何かで押さえられているのか異常に息がしにくく、肺活量が異常に少ない。吸っても吸っても体中の細胞が酸素を求めてやまない。苦しいともがき、両腕と両足をじたばたさせればべしべしと柔らかい何かにぶつかる。異常事態だ。この状況を悪い方向に想定するならば、今自身の体は縛られ口に何かを入れられているのかもしれない。
現状を打開するためにはともかく行動を起こすしかない。口元に引っ付く何かから顔を動かして離れると、口元を包んでいた何かの正体を知ることが出来た。さらりと流れる長く白寄りの淡い銀髪の、幼くも整った顔立ちをした少女だ。すぅすぅと安らかな寝息を立てながら眠っている。寝床に他人が入っていることに胸がざわめき、思わず飛び起きそうになる心を何とか静めようと鼓動の早くなる自分の左胸に手を置いた。
もちろん男にこんな可愛い少女と交流なんて全くない。だから困っている。同じベッドの中で寝るなんて、それこそ以ての外だ。こっそりと逃げ出し知らん顔して外を出歩くべきか、それとも何とか事情を話し示談にでも持ち込んで許してもらうか。寝起きの頭ではそれぐらいしか考えられないことを恨めしく思いながらも、今はこの場をどう切り抜けるかをひたすら思考し続ける。
そうこうしている内にも、目の前の少女が目を覚まし始めていた。モゾモゾと動き始め、小さく可憐な唸り声に合わせて両腕をこちらへと伸ばして来た。それを男はたまらず避ける。寝惚けて抱き締めた後に意識をはっきりとさせた少女が、悲鳴の一つでもあげようものなら大変なことになるからだ。
少女の両腕は空を切り、そのままベッドへ力無く落ちていった。火急の窮地を乗り越えた男は少女に掛け布団をかけ直しベッドから飛び降りる──飛び降りる? なぜ、わざわざ飛び降りる必要がある? 身長も足の長さも人並み以上にはあったはずだ。それなのに、どうしてこうも動作を大きくせねばならないのか。それは、この部屋の隅に置かれていたスタンドミラーを見れば一目瞭然だった。
「な、何だこれ……。映ってるのは、オレか……?」
手を右の頬に持っていけば、鏡の向こうの人間も同じように動いた。鏡に映るのは、間違いなく自分自身だ。困惑の声を漏らせば違和感がつきまとう高い声が自身の声だとして、何度も耳の奥に刻まれていく。
顔立ちは先ほどの少女と全く同じ。他のことに意識が取られすぎて分からなかったが、明らかに身長も低い。声と身長から推察するに小学生ぐらいだろうか。
訳が分からない。今、自分の身に非科学的なオカルトが発生しているのは確かだ。
立ち鏡の前で呆然と立ち尽くす少女となった男。後ろではもぞりもぞりと動く掛け布団──というよりはタオルケットでは先ほどの少女が目を覚ますところだった。
「んぅ~……ふぁぁぁ~……。今日は早いね、雪花」
誰のことを言っているのか分からない。だが少女の目線はこちらへと向けられていて、自分のことを言っているのだと男は理解する。
向こうはこちらのことを知っているのに、こちらは向こうのことを知らない。これほどまでに不平等なことがあるか。どう接すれば良いのか分からない。見知らぬ少女と、どう言葉を交わせば良いのかなんて、知るわけがない。
だから、第一声は正直なものとなった。
「あの、誰ですか?」
「え……? わ、私だよ! クリスだよ! ねぇ雪花!」
「いや、自分あなたとは初対面でして──おぉう!? ゆ、揺らさないでください……!」
「雪花はそんな話し方しないの! うわ~ん!!」
泣きじゃくる少女に対して、どうすることも出来なかった。
その後、部屋に駆け込んできた両親であろう男女に連れ出された男──いや雪花はすぐさま医者のところへと運ばれていく。最中、見えた町並みは母国日本の物とはあめりにもかけ離れていた。建ち並ぶボロ小屋やテントの数々に、銃器を持ち町中を警戒し続ける軍人たち。向かった先も病院かと思えば、天幕には赤い十字を施した白のテントだった。全て雪花の常識を塗りつぶしていく。
それらを飲み込めるような形で理解できるようになるのは、医者の診断を終えて自身が住むことになっている小屋に帰ってきたときのことだ。結局診断は、付近の戦闘行為の銃声や砲音に晒され続けたことによって、精神の緊張状態が続いたことによる一時的な記憶喪失ということになった。
両親、ヴァイオリニストの父、雪音雅律と声楽家の母、ソネット・M・ユキネから聞かされた話によれば、ここは南米にある政情不安定な軍事政権国家『バルベルデ共和国』で、雪音家は歌を用いたチャリティーコンサートと難民救済のための救援物資配布を行っているようで。
雪花はそんな音楽家の両親の間に生まれた双子の妹だそうだ。
まぁ、良いだろう。今は何も変えられない現状を飲み込むしかない。少女の体になろうとも今日という生き延びていかなければならないのは、日本にいた時と変わることはない。ほぼ内戦状態の戦地で生活したことなどないが、なんとか両親の庇護で生きてはいけるだろう。そこまではいい。
ただ一つ、問題があるとすれば経験したことのない双子の姉がいることか。少し泣き虫であるらしい姉は、雪花の周りから離れないようになってしまった。原因は両親から優しくしてあげてと言われたからだが、ギュッと抱き締めてはなさない辺り起き抜け一番の出来事がトラウマになってしまっているのかもしれない。
だが雪花にとっても悪いものではなかった。
今まであまり感じてこられなかった人の温もりに優しく包まれて、体の緊張が柔く解されていく。
「大丈夫、記憶が無くなっても、私は雪花のことが大好きだからね」
極めつけに優しくかけられる甘い声。少女の物とは思えぬほどに包容力に満ちたそれに意識は容易く、暖かい闇の底へと落とされていった。
本筋が終わった時、しないフォギア的な日常パートは必要ですか? それとも不必要ですか?
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どちらでもいい