女体化した挙げ句、転生先は存在しないクリスの妹でした。 作:わらぶく
「ほら雪花、半分こ!」
「ありがとう姉さん」
男が雪花となって、早半年。
雪花は小屋の壁に背中を預けながら、姉のクリスと共に国連の救援チームが配給するスティック状の食料物資を頬張っていた。今日も今日とて、救援物資を配給する国連の白のテントの前には優に百を超える戦火を逃れてきた難民たちが長蛇の列を作り、一部ではただでさえ数の少ない救援物資を求めて小競り合いを起こしている。それでも私たちのような子供から取り上げるような輩は存在しないのは、最低限のモラルというものが彼らには残されているからだろうと、雪花は食料を噛み砕きながら思考する。
こんな光景も、半年も見続ければ飽きもするというもの。
むしろ、あれほどまでに暴れられる力があるのなら、その分の力を手助けに回せばこの苦しみが少しは和らげられるんじゃないかと考えてしまうのは、雪花がこれまで日本という土地で危険に直面したことがなかったからなのだろう。職も畑も全てが戦火によって燃やされていくこの地では、持つ者から奪うというのが最善の手のようだ。
まぁそれはいい。こちらに火の粉が飛んでこなければ万々歳、安泰である。
ただ、この時間帯は両親が近場を回って難民や戦傷を負った人間に向けてのチャリティーコンサートを行っている最中だ。その間、大人たちの庇護なんて受けられないし、何かあっても自分たちで何とかしていくしかない。それが恐ろしかった。
最悪、自分自身の身はどうとにでも守れよう。小柄な体格を活かし、建物のがれきの隙間にでも身を隠しながらやり過ごせば何とかなるはず。その後は別のキャンプ地を探して、三日彷徨えば誰かには見つかるはずだ。
だが、クリスをどうするか。この姉には受け入れてもらい、優しくしてもらっている恩がある。政情不安定な地での生活は彼女の方が長い。ここで生きていくための、戦渦に巻き込まれないための最低限の動き方を、全て教えてもらった。記憶喪失という体で話が進んだため、最初の一日は朝起きてから夜寝るまで、身の回りのことを全て教えてくれたのだ。そんなに優しい子を、雪花はこんな戦地で喪いたくなかった。
「雪花? どうしたの?」
「な、何でもないよ……」
不安げな表情をして、雪花の顔をクリスが覗き込む。少し考えていたのが顔に出たみたいだ。
この半年の共同生活で、雪花のクリスに対する評価は聡く心優しい子だというものだった。自身のことを忘れてしまった他人行儀な妹に対し、彼女は諦めることなく優しい心で接したのだ。まだ幼い子供の心なら拒絶してもおかしくはないというのに。
雪花は柔く微笑むクリスの顔を直視できずに、思わず目を背けてしまい後悔する。傷付けてしまったかと顔を向ければ、未だ笑みを浮かべたまま。小さな手のひらで頭を撫でられてしまい今度は恥ずかしさで押し黙った。
前世では姉というものが居なかったために、こういうことにはどう言葉を返せばいいのかが分からない。一言の感謝を伝えるだけで良いのか、それとももっと別の良いものを用意した方が良いのか。前者はともかく、後者に関してはこんな場所で作れるものなんてたかが知れているが。
「大丈夫、雪花は私が守ってあげるからね」
「う、うん。ありがとう、姉さん……」
姉の存在は、やはり慣れない。
少し考えていたのが顔に出てしまっていたようで、それをクリスは不安がっていると受け取ったらしい。クリスに体の横からぎゅぅっと抱き締められ、洋服越しからでも感じる体温に雪花は思わず目を丸くする。包容力溢れる笑みに思わず鼓動が早くなり、顔が熱くなっていくのを自覚し赤くなっているのだろうと予測して羞恥心で表情が強張っていく。
半年前、雪花が本当の意味でこの世界に生まれ落ちた日から、クリスの様子はずっとこの調子であった。余程記憶を無くしたという情報が彼女を傷付けてしまったのか、ずっと優しくしてくれている。ここまでさせるとむしろ迷惑をかけてしまうのでは、と考えるほどには。
それほどまでに、彼女にとって妹の存在は重要なのだろう。
両親はこのキャンプ地を拠点として、周囲に存在する他のキャンプ地へと絶えず足を運び続けているため、基本的に日中は姿が見えない。護衛には国連の部隊が付いているから大丈夫だとは思うが、それでも不安は尽きない。彼らも雪花にとって今は親なのだ。
雪花は味気無い質素な食料を食べ終え、指先に付いたカスを叩いて落としながら難民で溢れる舗装もされてない通りをじっと眺める。今は体感午後十二時半頃。隣のクリスは何事かと雪花をじっと見ていたが、雪花はそれに軽く手を振って応える。
この時間たちなら工場で働く人間たちに少しの休憩が与えられる時間。となればやって来るのはかなり前からクリスと親交がある友人が来るはずだ。
「クリス、雪花」
「ソーニャ!」
ぱあっと顔に華を咲かせて、手に持っていた食料を口の中に放り込み、嚥下して近付いてくる褐色肌の女性──ソーニャに駆け寄っていく。大きく腕を広げて飛び込んだクリスの体を、ソーニャが後退りながらも受け止めそのままギュッと抱き締め合う。
その後ろからはソーニャの姉妹たちが現れて、瞬く間にクリスのことを囲んでしまった。雪花の位置からはクリスの髪が少し見えるだけ。たくさんの人間に愛されている姉の姿を見ながら、一度深呼吸。流石にあの中に入り込むほどの度胸も、愛されるような愛嬌も雪花にはない。
ただクリスが笑っていてくれたら良い。
半年お世話になり続けた雪花にとって、それだけが何物にも代えがたい願いであった。両親に音楽家を持つだけあって、クリスも音楽に関する才能は恐ろしいほどまでに素晴らしいものがあった。絶対音感に加えリズム感覚、オペラにでも通用しそうな高音域を持つ才女。将来は間違いなく音楽家として覚醒するだろう。前世で合唱団にいた経験を持つものの、雪花のそれはクリスに及ぶことはない。
幸いというか、一人には人生経験上慣れている。
それよりも憧れていた声楽に進むことも出来ず、結局中途半端で終わってしまったことが前世の心残りだった。ならせめて前世で何も出来なかった分、今世はあの優しい姉に尽くして死んでやろうと。
だけど、それをクリスが許してくれない。
三角座りをしたまま呆けていると、足元に影が射す。顔をあげれば膨れっ面をしたクリスがむすっとしていて、小さな手のひらを雪花に見せ手を差し伸べていた。
「ほら雪花も! 一緒に遊ぼっ」
「オレは良いよ。それより姉さんが──」
「ダメッ、雪花も一緒なの! ほらっ!」
引っ込めていた手を握られ、引き起こされる。
「オレは──」と否定の言葉を言いかけて、クリスがどこまでも真っ直ぐに見つめてくるのをみて半分開きかけた口を閉じた。こうなったら絶対に折れないのはもう知っている。これ以上の反論は意味がないと悟って、おとなしくその場から歩き出しグループの中に入ることにした。
だが、何をするにしてもやたらと国連の平和維持チームの慌ただしく動く姿が目に入ってくる。車体を白く塗りつぶされた兵員輸送車と歩兵戦闘車が何度も通りを往復し、そこまで動いてガソリンがもったいなくはないのかと問い質したいぐらいだ。カチャカチャと銃本体と肩掛けベルトの金具が喧しく鳴り、さながら銃器と兵器の合奏コンサートが始められたのではと錯覚してしまうほど。
政情不安なバルベルデだ。昨日もこの近くで砲撃があった。
そろそろこのキャンプも狙われてしまうのだろうと、大方の予想はつく。
だからせめて、今だけは姉に楽しい毎日を過ごして欲しい。
「雪花?」
「ん……何でもないよ。遊ぼっか」
「うん!」
二人して眩しいほどの見事な笑みを浮かべるソーニャたち姉弟の元へと歩き出してようやく──雪花は目を覚ました。
コンクリート打ちっぱなしの小汚ない部屋に満ちる卵と肉の腐乱臭が鼻腔を抉る。部屋の端々には汚れたボロ切れだけを見に纏った少年少女たちが座り込むか横たわるかで分かれ、自身はその後者に分類されるのだろうと働かない頭の片隅で思う。
頭には生暖かい感触と鈍痛、四肢は神経に意識を持っていくだけで激痛が走り、胴の付随する女性らしさはヒリヒリとして持続する痛みに襲われている。
……これを言葉で表すならば地獄か、と。
雪花の胸元に顔を埋めてすすり泣いている姉の姿に、右手だけでもと頭に乗せた。少しだけ上げられたクリスの顔の目元は赤く晴れ上がり、これまでずっと泣いていたのだと思い知らされる。
「雪花……雪花……」
「大丈夫……クリスのためならこれぐらい……」
嘘だ、涙が溢れ出しそうなぐらい痛い。いっそのこと頭を銃で撃ち抜かれた方が楽なんじゃないかと思うくらいには、痛い。泣きわめいてしまいたいぐらいだ。
それでも、クリスを泣かせたくはない。
だから死ねない。もう亡くなってしまった両親の為にも、クリスを守ると決めたのだから。
本筋が終わった時、しないフォギア的な日常パートは必要ですか? それとも不必要ですか?
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どちらでもいい