女体化した挙げ句、転生先は存在しないクリスの妹でした。 作:わらぶく
バルベルデでの雪花の生活は年を超え、もう何度目かも分からない年中変わらぬ熱帯夜を、同じベッドでクリスと共に過ごそうという時だった。それまで聞こえていたのは隣で眠るクリスの寝息と、少しばかり開けた窓から入り込む風の音。気温的には寝苦しくとも、それを和らげるようにクリスの寝息が耳をくすぐって来る。
時折、耳元で囁くように寝言を話すため吐き出された暖かい息が耳たぶを撫で、ゾクゾクゾクッと電撃のような何かが背筋に走り、堪らず体をぶるりと振るわせてしまう。思わずクリスの腰に回していた腕に力を込めてしまうものの、何とか抱きしめてしまわないよう気を払うことが出来た。ここまで心地良さそうに眠っているのを邪魔するわけにもいかない。ゆっくりとその場から這い出し、ベッドの縁に腰を掛けてタオルケットをクリスの体にかけなおす。
「んぅ……雪花ぁ、行かないでぇ……」
背後から聞こえてきた声に思わず身震い。すかさず振り返り確認すれば、目を瞑り眠ったままのクリスの姿が視界に入る。ただの寝言かと安心して立ち上がろうとし、そこで少しだけ今どんな夢を見ているのか気になった。
口にした言葉から察するに『俺がどこかへと行こうとしている』ようだが、最近は何か用がない限り側を離れることなんて無い。ずっと一緒だ。それを知らせるように伸ばされていた右手に左手を重ねると、クリスの表情が笑顔に変わっていったのを確認。心の中が洗われるような気分になりながら、クリスを残して部屋を出た。
外に出れば不気味なほどに人気の無いキャンプ地。治安が現状全世界最底辺なこともありあまり外出は控えるべきだが、夜空に輝く満天の星たちを見れば悩みも不快感も、嫌なこと全部が吹っ飛んでいくようだ。これが日本でも見れたらと考えても無駄なのは知っている。
ここに高性能なカメラがあってこの光景を形にして残せたらいいのにと考えてしまうのは、成人男性だった頃の精神が体に引っ張られているのか、それとも自分が知らないだけなのか、そんなことは雪花に知る由もないのだが。
しばらく見惚れていれば、星空を裂くようにキラリと流れ星が一筋の線を書きながら、森の影に消えていく寸前で姿を消した。
「流れ星……そういえば、三回言えれば願い事が叶うんだったっけ。日本に居た頃じゃバカバカしくて考えたことも無かったけど、こう安心できるなにかが無いここじゃ流れ星にも祈りを捧げたくなるな……。よし、ちょっとだけ……」
「もー……何してるの……」
「ピッ──!」
突然背後から掛けられた声と乗せられた手に全身の毛が逆立ち、腹から出てしまいそうになる絶叫を必死にかみ殺す。後ろには眠たげに目を擦りながら不満そうに頬を膨らませているクリスの姿があった。
いやまさか、少し離れただけでここまで不機嫌になられてしまうとは、雪花も思いもしない。今日、両親がソーニャの家に向かっているのは幸運と言えるだろう。姉妹揃って真夜中の外に出ているところを両親に見られれば、間違いなく怒られてしまうに違いない。それは反省、なかなか消えない楽観視はこれまでの、そしてこれからの課題だ。
でも、心臓が口から飛び出すかと思うほど驚いたことは事実なので、ちょっとは文句を言わせてもらおう。
「姉さん……! いきなり後ろから声をかけないでくれよ……!」
「だって、暖かくなくて目を覚ましたら雪花が居ないんだもん……。勝手に外出ちゃうし……パパとママに怒られるよ?」
「そ、それはゴメン。でもちょっと外の空気吸いたくなっただけだから問題ないって。先に寝てなよ」
クリスを部屋の中に戻そうと繋いだ手を引いて小屋に戻そうとする雪花だったが、クリスの体はびくともしない。元々雪花の体は虚弱ということもあり力は弱いものの、それでも少しは動かすことが出来るはずだ。なのに、引っ張る動く様子はない。テコでも動かないクリスに雪花が視線を移動させれば、頬をぷくっと膨らませて不満そうに「むぅぅ」と唸っている姿があった。
いつもは見せないクリスの顔に雪花は額に汗を浮かべながら、慌てて機嫌取りに走ることになる。
「ね、姉さん……?」
呼びかけても何も答えてくれないどころか、その目尻に涙さえ浮かべつつある。
こういう時、精神的に大人である自分がクリスの心にある支えを取り除いてケアはするべきだと考えていたが、前世で人間関係弱者であった雪花にとって、何をすれば良いのかが分からない。最低限の財力があった前世ならばお菓子や何かを渡してあげられるのだが、今の雪花はあまりにも無力だった。
ならどうすればいいか。自身が幼かったころを思い出して解決策を探り、やがて一つの方法を思いつく。それをするには今ある少しの羞恥心を捨て去り覚悟を決める必要があるが、目の前で泣きそうな姉を助けるために出来るのはこれしかないと、一歩足を踏み出して両腕でクリスの体を優しく包んだ。これまでの意趣返しみたいにはなってしまったが、こんなことでもない限り雪花から抱きしめることなんて無かっただろう。
「大丈夫だって。俺は姉さんから離れたりしないし、居なくなったりもしない。これからもずっと一緒だからさ。だから泣かないでくれよ」
「……ほんと?」
「ほんとほんと。姉さんはどうか知らないけど、オレは姉さんの温かさが大好きだからさ。だから父さんと母さんが遅く帰ってくる前に部屋に戻らないと。二人一緒に怒られるのも嫌だろ?」
「雪花と一緒なら、別にいいよ……?」
「姉さんがオレの巻き添えに怒られるのは見てて罪悪感があるから嫌なんだってば……」
「じゃあ一緒に雪花と星を見てから寝たい」
「だから」とは言葉をつづけることが出来なかった。これまでの生活で雪花の身長はクリスを超していた。そのために、体を優しく抱きしめた腕の中で潤んだ瞳を上目遣いで向けてくる可愛らしい姉の破壊力に、雪花は目を反らし頬を赤くしながら陥落してしまう。
観念したように「わかったから」と伝えれば腕の中の姉は嬉しそうに喜んでいる。
その光景に雪花は笑みを浮かべながら、クリスを連れてキャンプ地の大通りの縁に手を繋ぎで腰を下ろした。
「別に、オレと一緒に居なくても良いのに」
「やだ、雪花と一緒に居る。手を離したらどこかに行っちゃうでしょ」
「別にそんなことないのに」
温かい。優しい姉が居てくれるというのは、こうも心を安らぐものなのか。
その後は何か話題がある訳でもなくただジッと満天の星空を姉妹一緒に見ているだけになったが、これまでにない幸福感が体を包んでいた。心に刻まれていく姉の全てが快感に似た心地よさに流れつつある中で、ふと耳に柔い声音で発せられる歌が聞こえていた。
首を傾けながら隣に座る姉の顔を覗き込めば、空を眺めながら可愛らしい口を小さく開けて良く分からないクラシックの曲を口ずさんでいる。独特なリズムと言語、雪花も聞いたことのある有名な『第九』だ。流暢なドイツ語で軽やかに歌う彼女は、やはり音楽家の間に生まれた才女なのだろう。ウィーンの本格な劇場でも、それなりの年月練習すれば通用するだろうと。
「姉さんは、やっぱり歌が好きなんだな」
「うん。いつもパパとママが聞かせて、歌ってくれる。それに歌は聞いてて楽しいから。雪花は嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど、オレは聞いてるだけかな。舞台で歌ってる姉さんの姿を、オレはずっと応援してるよ。ちゃんとサポートしてるから」
「一緒に歌えないの?」
「姉さんの邪魔をしちゃ悪いだろ。オレは姉さんの聴いてたいだけだからさ。だから姉さんは父さんと母さんの平和の思いを忘れずに、絶対に歌を捨てないようにしてくれよ? もしそんなことしたら、もう姉さんを姉さんと思わないから」
「も、もぉー、そんなことしないってば……」
むくれる姉に、微笑み返す。
はっきりと言えば、音楽を目指しずっと歌の練習を続け、結局花咲くことなく夢を諦めた前世の記憶が枷として未だ蝕み続けている。持て囃されるだけ持て囃されて、最後は誰にも目を向けられなくなってしまったあの頃の記憶が、姉の可愛らしい歌声が耳たぶを撫でる度に甦っては胸を締め付けた。
聞いていたいのにも関わらず、記憶が拒絶する矛盾に体が震えている。
「雪花?」
「大丈夫だよ、大丈夫……」
不審がるクリスに、何とか笑顔を作り心配させないように警戒。
「そのまま歌ってていいよ」と話し続きの歌を催促し、姉の歌声を聞こうと耳を澄ませていた時のこと。耳を襲ったのは姉の歌声ではなく、静寂で包まれた深夜のキャンプ地に似つかわしくない爆発音だった。
それまで静かだったキャンプ地が一気に阿鼻叫喚の地獄と化し、無人だった大通りに国連治安維持の装甲車と兵士たちが走り去っていき、直後射撃音が響き渡る。ゲリラと戦闘が始まったのかと察し、遂にここまで内戦の戦火が広がってきたのかと歯噛みしながら状況把握のために立ち上がり周囲を見回し始めた。あちこちからモクモクと立ち昇る光景に地べたに座るクリスはすっかり怯え、雪花の足下まで近づいて体を寄せてる。
そんな中で見たのは北東方向で立ち昇る黒煙。
頭の中で何度も間違いじゃないかと思考を繰り返す。でも方向を何度も確かめようとあの黒煙が立ち昇るのは北東方向。両親が向かった、ソーニャの家がある方向だ。
雪花はもちろん、聡いクリスも理解したようで震えていたはずの彼女が、雪花の視界に入り走り去っていくのを雪花は見て慌てることになる。
「パパッ!! ママッ!!」
「姉さん待って!! 今飛び出したら危ない!!」
砲火行き交う戦場と化したこの場を、走り回るなんて自殺衝動と取られても仕方ないほどに危険行為だ。だがそれでも、クリスの行動を雪花は咎めることが出来ない。先に飛び出したのはクリスであっただけで、雪花も半ば飛び出す寸前だったからだ。
逃げ惑う難民たちの流れに逆流するように駆ける姉の後を追いかける雪花。一時は人混みの中に姉の姿を見失うものの、目的地がソーニャの家に変わることはなく走り続ける。諦め半ば、希望半ば。生きていてほしいけど、砲撃に巻き込まれて無事な人間なんて存在しない。そう考えてしまうのは、まだ戦地の恐ろしさを知らないからだ。
駆けて、駆けて、駆け続けて、ソーニャの家に着いたのはクリスとほぼ同じだった。ただ僅かにクリスの方が早い。だから目の当たりにしてしまう光景に「見るな」という暇もなく、自身も引きずられるように地獄を見ることしか出来ない。
崩れたコンクリートの家の中、圧し掛かったガレキで上半身が潰れてしまった母の姿と、轟々と燃える炎の中に取り残されて灰となっていく父の姿はこれから先、一生消えない傷として自分たち姉妹の頭の中に残るんだろうと。夕方まで笑っていたはずの両親が、目の前でもう物言わぬ肉塊と灰に変えられてしまったことが、心に大きな穴をあけて事実が受け入れられなくなる。
だけどその場で泣き喚く姉の姿に意識を無理やり現実に引っ張り出された雪花に出来るのは、後ろから羽交い締めにして飛び出さないようにすることしか出来なかった。
「離してッ!! 離してよ雪花ッ!! ママがッ! パパがぁッ!!」
「ダメだ姉さんッ! 姉さんも死ぬッ!!」
「でもママがッ!! パパがッ!!」
「もう、手遅れなんだ……ッ! だから……ッ!」
「嘘だッ、嘘だ嘘だ嘘だッ!!」
両親へと手を伸ばすクリスが炎に巻き込まれないようぎゅっと抑えていれば、後ろの方からソーニャがこちらに駆け寄ってきていた。周囲に兄弟たちの姿が無いことからどこかへ避難させていたのだろうと推測する。
正直、今まで行ってたんだと八つ当たりに近い怒りの感情が湧き出す雪花であったが、それを代弁していたのは羽交い締めにしていたクリスだった。
「二人とも大丈夫ッ!?」
「ソーニャッ! 今までどこ行ってたのッ!? 何でパパたちを守ってくれなかったのッ!? ねぇ何で!? 何でなのソーニャッ!!」
他所から見れば、ただの難癖かもしれない。
だけど目の前に両親の死体がある今のクリスにそんなことを考えるわけもなく、今までどこに行っていたのかを問いただすためにその胸倉に掴みかからんばかりだ。必死に抑える雪花も今までに感じたことにない姉の力強さに動揺する。向かいに居るソーニャは敵意を向けてくるクリスの吊り上がった目に怯えているのか、それ以上近付こうとしなかった。
「わ、私たちは……」
「ソーニャのせいだッ!!」
「落ち着いて姉さん!」
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「雪花、おい雪花」
「……っ? あれ、姉さん……?」
どうやら思い出したくない過去を、雪花は夢として見ていたようだ。
ジャブジャブと聞こえる水の音、体を包む温かいお湯と姉の肌、体のあちこちから意識を蝕む痛みを感じながら目を覚ませば、木で即席に作られた捕虜収容所の入浴場のバスタブに姉と一緒に入浴している最中だった。後ろには背もたれ代わりになっている姉の姿があって、心配そうに眉をしかめながら雪花の顔を覗き込んでいた。
濡れて輝く珠の肌に張り付いたシルバーの髪が雪花の目にはやたらと艶やかに映っていて、大きく実った胸の膨らみの柔らかさが背中に感じている。
「あれ……ごめん姉さん……寝てた……?」
「もう、バスタブの中で寝る奴がどこに居るんだっての。まさか、今日酷い目にあわされたんじゃ──」
「問題ないって……ただ、最近あんまり寝れてないからさ……」
「頼むから……あんま、無茶しないでくれよ……雪花はあたしに残された一人だけの家族なんだよ……お願いだから……」
「あはは、大丈夫姉さんを残して死なないって」
ぎゅうぅッと抱きしめる力が強くなるクリスの腕に、雪花は手を添え「大丈夫」とうわごとのように繰り返していた。
両親を失った後、本格化したキャンプ襲撃に巻き込まれた姉妹は、反政府の武装組織に捕まり捕虜としての生活を送ることになっていた。他にも捕まった子供たちはいたものの、男たちの目に留まったのは容姿端麗であった雪音姉妹だった。
姉が毒牙にかけられる前に雪花は男たちと交渉、末に男たちの相手を一身に受ける代わりに姉には手を出さないこととお風呂に入らせることを約束させて、もう何年経つだろうか。確実なことは、クリスと雪花の体に大人の女性としての魅力がハッキリと出てくるぐらいには時間が経っているということ。年単位は間違いない。
その長い時間で、姉のクリスも大きく変わってしまった。
男たちの口調に感化されてしまったかどこか粗暴で乱暴な言葉遣いになってしまっている。だけど優しい姉の心は全く変わらず、こうして傷ついている雪花の体を案じてくれる。
既に雪花の体は汚され、恥辱を受け、純潔も人としての尊厳も残っていない状態だが、それも姉の為と思えば耐えられる。雪音家はもう二人しかいないんだ。なら、後悔しないように姉を守り続けていたい。
「なぁ姉さん、もしここから抜け出せたら何がしたい?」
「えっ、な、なんだよ突然」
「もしもだよ。オレはこの捕虜収容所から抜け出せたら、お父さんの生まれ故郷の日本に行ってみたいなって思ってるんだ。白米とかうどんとか、お腹いっぱい食べてみたいなって。だからそれまで耐えるよ、姉さんの体が汚されないために」
「だから無理すんなってば……」
殴られ、犯され、それでも姉が無事ならと耐え続けている。
この地獄の日々がいつか終わることを望みながら。
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どちらでもいい