女体化した挙げ句、転生先は存在しないクリスの妹でした。   作:わらぶく

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第五話

『南米 バルベルデ共和国にて孤立していた邦人二人を国連治安維持部隊が救出』

 

 そんな大それた記事が書かれた新聞を開けているのは、見出しの『邦人二人』となった片割れの雪音雪花だ。母国となる日本の国際空港に用意された一泊用個室のソファーに座りながら、久方ぶりの日本語を読んでいた。

 綺麗な水、綺麗な食事、快適な空間を与えられ人間としての文化的な生活を取り戻した雪花の体は、十三歳少女の平均的な体躯、身長が他よりも高い状態となっていた。サラサラになった銀髪ショートヘアの毛先を指先で弄りながら、悲しげにも不満げにも見える表情で文字に目を走らせている。

 

 あれからというもの、週刊誌、新聞共にバルベルデから帰還した雪音姉妹のことで持ちきりであった。

 それだけなら、いい。別にお金の出所、それころ打出の小槌にされようが、別に気にもしなければ興味もない。

 

 だが、何よりも腹立たしいことは、その記事の中で著名なコメンテーターがすり寄るように同情の声を上げていることだ。

 善意から出た言葉かもしれないが、雪花からすれば結局はどれもこれも上からの言葉にしか見えなかった。

 

「雪花、まーた新聞なんて見てんのか?」

 

 声がかけられる。

 扉を開けて入ってきたのは、姉である雪音クリス。

 呆れた声音を出しながらもその顔には楽しそうな笑みを浮かべている。両手には湯気を昇らせる紙コップが握られていて、一つを机に載せると自身は雪花の隣に腰を落ち着けた。

 中のココアをグイっと飲みながら、雪花の肩に頭を載せて一緒に新聞を覗き込む。

 

「あたしらの記事なんて書いて何が面白いんだか、まったく」

 

「こういうのは、『こういう良いことがありました!』みたいなことを書けばお金になるからだよ」

 

「結局、大人なんてそんなもんかよ」

 

「でも、俺たちを助けてくれたのも大人。悪い大人も居れば、良い大人もいるってことだよ。ちゃんと感謝は忘れないように」

 

 少し不貞腐れたように、「わーったよ」とクリスは呟く。

 やはりというか、捕虜生活ですっかり吊り上がってしまった目尻が垂れたところを見れば、この穏やかな生活は心地良く感じているのだろう。

 

 ジィッと顔を眺めてくる雪花にクリスがようやく気付き、頬を赤らめながらも見つめ返す。

 流石に気まずくなってしまい、何かないかと探してクリスが持つココアに目を付けた。

 

「そういえば、そのココアはどこからもらってきたの?」

 

「……話の切り替え下手かよ。ここの職員からもらったんだよ。制服を着た女の人で、最初は断ったけど是非って言うから一杯だけもらってきた。ちゃんと雪花の分もあるぞ」

 

「ほんと、バルベルデと比べたら平和な国だなぁ……」

 

 雲泥の差と言うのは正にこの事だろうと、雪花は考えホッと息を吐く。

 これまで数年間の扱いを考えれば、こうして姉妹一緒にココアを飲むことが出来ることがどれだけ幸せなことかを思い知らされる。

 

「なぁ雪花、住む家はどんなのが良いとか希望があるか……?」

 

「ん、どうしたの急に」

 

「パパとママが死んじゃって、ここに居るのはあたしと雪花の二人だけだ。なら、二人で住む家は雪花の希望通りにしたいんだよ。あたしってどこでも寝られるからさ。あわせるなら雪花にって決めてんだ」

 

「姉らしいことしたくなった?」

 

「なっ、ふざけるところじゃないだろ! 今は!」

 

 頬を赤らめたまま怒るクリスの姿に、流石の雪花もまずいと思い「ごめん」と謝る。

 それはさておき、早く答えろと催促せんばかりの目力に圧され、首を傾げながら家の理想図を何とか描く。前世でも、あまり家というものに固執したことのなかった雪花にとって、どんな家が良いという質問はあまりにも難題だった。

 部屋数を考え二階建ての方が良いのか、それとも掃除しやすいよう部屋数の少ないこざっぱりとした家が良いのか。クリスに全て任せてしまいたいが、当のクリスは目を輝かせて雪花を見つめていた。

 

 ここまで期待しているクリスを待たせるのは悪いと、頭で描きながら口に出し始める。

 

「あー……日の光がよく入って、風通りの良い家が良いかな。家の中でも風を浴びられたら、個人的にはすごく良い。今まで淀んだ空気の中で生きてきたからかなぁ」

 

「何だよそれ……。でも……分かった……あたしが……雪花の希望を……」

 

「姉さん?」

 

 弱々しくなっていくクリスの声に雪花が様子を覗き込めば、うとうと、うとうと、と眠たげに船をこぎ始める姿があった。微笑み、掠れいく嬉しそうな声は、眺めているだけでも心が安らぐ。

 バルベルデで姉を守ると決めたあの日から、こうして安らかな姉の姿を見られることは、心を踊らせるほどに望外の喜びであった。

 

 クリスが手に持つココアを取り机に避難させ、その体をソファーの上に寝かせて上から毛布をかける。いつものように変わらず雪花と妹の名前を呼び続けていたが、それもどこか楽しそうな声だった。バルベルデの時とは比にもならない、幸せそうな寝顔。

「お休み」と一言だけ告げて、雪花は立ち上がり用意してくれたココアに口をつけながら外へ出ていこうとした時だった。

 

 ──ガチャリ。

 

 突然、ドアノブが回り扉が開いた。

 ノックをしないやつはろくでもないやつ、という経験上からすぐさま警戒し姉の前に立ちはだかるように立つ。どんな人間なんだとジィッと見つめていれば、入ってきたのは白衣の女性だった。

 

「……あら、部屋間違えたかしら?」

 

 艶やかな茶色の髪を頭頂で団子にし、桃色にも似た色の瞳を濃桃のフレームに嵌め込まれたメガネの向こうから覗き込ませている。背格好も雪花より大きく、何よりニコニコっとした一見愛想の良い笑顔の向こう側に隠れた何かに、雪花は背筋が凍りつくような錯覚を覚える。

 間違えたと言いながらも、観察するようにこちらを眺めてくる白衣の女は、雪花の後ろにいるクリスに目を向ける。そして再び雪花への目を向け、また険しくなりつつあった表情にパッと花咲かせた。

 

「何ですか」

 

「いーえ、どうやら私が間違えちゃったみたい」

 

「間違えたのなら、わざわざオレたちのことを観察しなくても良いと思うのですが」

 

「こういうの、好奇心溢れる学者の性なの。不愉快にしちゃったのなら、ごめんなさいね」

 

 あっけらかんと答える女に、雪花は警戒を強める。

 ここに居るということは関係者なのだろうが、どうにも不信感が否めない。

 

「なら何をしに来たんですか? オレたちは別にここから抜け出したりなんてしませんけど」

 

「そういうことなら別に気にしてないわ。ただ──」

 

 女が白衣の懐から取り出したのは、黒光りする拳銃だった。

 銃口を雪花へと向けてクスリと笑う女に、雪花は動揺せず背後の姉を守るためどうするかを頭の中で思考する。これまでに前世でのミリタリー雑誌と、今生のバルベルデでの観察によって得てきた銃に対する知識をフル活用し、最適解を探し続ける。

 

「怯えないのね?」

 

「そんなもの、バルベルデで嫌というほど見ましたから。今はどうしてあなたのような不審者がここまで来られたのかが、疑問で仕方ありません」

 

「ふふふ、良いわその度胸、欲しくなる」

 

「あなたに求められても嬉しくありませんよ。さっさと帰ってください。そして脅迫で自首することをオススメします」

 

「あら、今日来たのは脅迫じゃないの。協力してもらうための説得、もしくは交渉と言ったところかしら。あなたの歌を、是非とも私の下で使って欲しいのよ。どう? 受けてくれたらそこで寝てるお姉さんのことは、老衰で死ぬまで面倒を見てあげるけど?」

 

 ……読めない。

 目の前に立つこの女の心の内が全く読めない。

 

 姉のことを出汁に使われている時点で、雪花の手の内は全て知られてると言っても過言ではない。その言葉を一つ脅しに組み込むだけで、雪花にとっては心臓を直に握られていることと同義。

 比べて雪花は今初めて知った女の弱みなんて知る由も無し。

 こんなものを交渉と呼ぼうものなら、今日本各地に出回る国語辞典は全て改稿が必要となるだろう。

 

 明らかな不利を強いられている中で、下手なことを言えば間違いなく殺されるかモルモットにされるのは明白だ。

 

「……もし断れば」

 

「あなたのお姉さん、どうなるかしらね?」

 

「やっぱり脅迫じゃないですか……!」

 

 笑みを絶やさない女。

 再三思考しようと解決策が見つからなかった雪花は、両手を頭上に掲げて敵意がないこと、平伏することを証明することしか出来なかった。

 女の口端が来たかとばかりにつり上がり、満足げに声を漏らしている。

 

「……抵抗はしません。ですが、姉さんに危害を加えようとすれば、オレは死んでもあなたを殺します」

 

「その反骨心、良いわぁ……。手折りがいがある」

 

「何を言って」

 

 いるのか、とは言葉を続けられなかった。

 それまでハッキリとしていた思考にモヤがかかり始め、うまく考えることが出来ない。最初こそ目の当たりにしている敵を前にしながら、張り巡らせていた警戒の糸がぷつり、ぷつりと一つ一つ切られていく。そして、最後にやってきたのは耐えがたい睡魔だった。

 

 足がふらつき、目を開けていることさえ辛い。今少しでも気を抜けばその場で倒れてしまうだろう。

 額に手を当て頭を振りながら眼前の敵を見据えてやれば、視界に入ってきたのは頬を朱に染めた女の恍惚の笑み。

 

「ココア、ちゃんと飲んでくれたのね。お姉さん嬉しい」

 

「まさ、か……?」

 

「睡眠導入剤入り、無味無臭って本当に便利よね。だって、ココアに入ってても誰も気付かないんだもの。大丈夫、約束は守ってあげるわ。大事な、大事なお姉さんですものね♪」

 

「ク、ソッ……」

 

 抗いがたい睡魔に意識を奪われてしまった雪花は、失意の中ぼやけた視界に収まる姉の安らかな寝顔を、脳裏に焼き付けていた。

本筋が終わった時、しないフォギア的な日常パートは必要ですか? それとも不必要ですか?

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