自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第9話 ペレアスとドラクル

 一難去ったリヨンの街。

 竜の魔女を退け、新たな協力者を迎えた一行。彼らは適当な広場を見つけ、そこで今後の方針を決めるための会議をしようとした。

 なのだが、そこにはある男の姿がない。不審に思った立香は辺りを見回し、その男を見つける。

 広場の外れ。体育座りで、目に見えるほどどんよりとした暗い空気を醸し出すペレアスがそこにいた。

 彼がそんなことになっている理由は考えずとも察せられる。

 湖の乙女の加護によって、ランスロットと戦うことができないペレアス。何の因果かランスロットがこの街にいたせいで、傍観することしかできなかったのだ。

 目の前に飛竜というエサをぶら下げられながらも、ありつくことができなかった。その悲しみはエタード婦人の例とよく似ていた。

 同情した立香(りつか)は、ノアに問い掛ける。

 

「り、リーダー。ペレアスさん大丈夫なんですか。励ましてあげた方が良いんじゃ?」

「ほっとけ、何か言ってもあいつをさらに惨めにさせるだけだ……そう考えると悪くねえな。よし行ってくる」

「わああああ待ってください! この鬼畜! ドS! ノンデリカシー! Eチームのリーダー!」

 

 そんな二人のやり取りを、マリーは子犬のじゃれ合いを眺めるような目つきで見ていた。

 

「皆さんとっても仲が良いんですのね! 楽しい旅になりそうね、アマデウス!」

「僕は今から胃が痛い……」

 

 モーツァルトからすれば、召喚されたことにも疑問を残している。

 なぜ竜だの魔女だの聖人だのが鎬を削り合う戦いに、音楽家でしかない自分が呼ばれるのか。彼は吐き出しかけたその言葉を飲み込んだのだった。

 それはそうと、この場にはマリー・アントワネットがいる。フランス革命で処刑された悲劇の王妃。その生き様は多くの解釈をされ、作品や論文といった形で現代の世の中に出回っているほどだ。

 立香とマシュはどこからかサイン用の色紙を取り出した。

 

「マリーさん」

「はい、何でしょうお嬢さん?」

「ファンです! サインください!」

「わたしもお願いします。とびっきり大きく書いてください」

 

 マリーはぱあっと笑顔を輝かせて、

 

「あげましょう、何枚でも! ねえ、わたしのどんなところが好きなのかしら!」

「そんなの多すぎて語り尽くせませんよ! 会議とかやめてベルばらを語る会にしないと!」

「強いてひとつ言うならフェルゼンさんとの恋模様がとても美しいです。ドキドキします」

「『……あの〜、話が進まないんですが』」

 

 ロマンの声は誰にも届かず消えていくのだった。

 マリーとモーツァルトはこの時代に召喚されてから、フランスの街々を巡り情報収集と人助けを繰り返していたらしい。このリヨンに訪れたのもその一環なのだとか。

 この街に逃げ延びていた竜殺し──ジークフリートは、マルタと同じように重度の呪いに汚染されている。ノアの魔術と不死身の肉体によって、多少ならば戦闘もこなせるが、発揮できる実力は全力の十分の一にも満たないだろう。

 そのため、なおさら聖人の力を必要とする状況になったのだが、マリーとモーツァルトは手掛かりとなる情報を手に入れていた。

 竜の魔女の軍勢に抵抗する、ふたつの砦。一方はここから西に行ったティエールの街付近。そして、もう一方はオルレアンに近い北の方角にて、抵抗が続いている。

 防戦に徹しているとはいえ、飛竜の群れに反抗できているということはサーヴァントがいる可能性が高い。

 カルデア一行は二手に分かれ、それぞれ北と西を目指すことにしたのだが、

 

藤丸(ふじまる)、俺たちは別れるぞ」

「そ、そんな! 置いていかないで、あなた!」

「引き裂かれる男女の愛……王道ね! けどハッピーエンドでも良いのよ?」

「Dr.ロマン、この人たちは放っておいて話を進めてください」

 

 ロマンはこくりと頷いた。彼らの茶番に付き合っている暇はないのだ。

 

「『とりあえずマスターと、その契約しているサーヴァント、呪いを受けている二人は別々にした方が良いだろうね。問題はどう分かれるかだけど……』」

「なかなか難しい問題ですね。どちらかに戦力を傾けるわけにもいきませんし」

「ジャンヌさん、選べなければくじで決めればいいじゃない!」

 

 ……というマリーの提案で、くじで決めることになった。ちなみに、くじの作成は人柄を考慮して聖女コンビに任されることになった。

 立香はからかうようにノアに言う。

 

「リーダー、魔術でイカサマとかしないでくださいね」

「おまえもな。袖から密造したくじが見えてるぞ」

「…………よ、よく見抜きましたね。これはリーダーを試してたんですよ! あっはっは!」

「『Eチームのマスターたちはなんて浅ましいんだ……』」

 

 

 

 

 リヨンから数km西へ離れた街道。

 そこには、四つの人影があった。その内の二つは、頭上に暗雲が立ち込めるほど、肩をがっくりと下げていた。

 しばらく静寂が続いていたが、ある一言がそれを打ち破る。

 

「──華がない!!」

 

 どこまでも草原に響いていきそうなその声に対する反応は、皆それぞれだった。

 

「どこ見て言ってんだ、俺がいる時点で華しかないだろ。一面の花畑が広がってるようなもんじゃねえか」

「すまない、華がないサーヴァントで本当にすまない」

「……ハハッ、どうせオレに華なんてねぇよ。カムランの戦いに参加してないし、竜も殺せないんだからな! アヒャヒャヒャヒャ!!」

 

 そんな光景を見て、モーツァルトは頭を抱えて嘆く。

 

「ほら言った通りだろ!? 端から端まで地獄絵図じゃないか! こんな綺麗に男女で分かれるとかどんな確率なんだ!!」

「この時代にランスロットが召喚される確率くらいだな」

「ノアお前喧嘩売ってるだろ」

「ランスロットに売られた喧嘩は買えんのか?」

「よーし、ぶっ飛ばす! ブリテン式格闘術見せてやらァ!!」

 

 くじ引きの結果、西へ向かうチームはノア、ペレアス、ジークフリート、モーツァルトの四人となった。何者かの作為が疑われるほどの男所帯だが、イカサマが行われた形跡は一切なかった。

 最後まで粘ったのはモーツァルトである。なんとかして組分けを覆そうとしたのだが、マリーによって却下された。要するにフラレたのである。

 おまけにノアとペレアスはこのザマ。動物のじゃれ合いは微笑ましいが、大の男たちがそれをやると苛立ちが募ってくる。モーツァルトの胃痛は加速した。

 しばらく街道を離れて戯れていたノアとペレアスが、大きく息を吐きながら戻ってくる。

 そして、場は再び静寂に包まれる。土を踏みしめる足音だけが鳴り渡っていた。

 カルデアから通信が入る。この状況を見かねたロマンからだ。

 

「『それじゃあみんなでしりとりでもしようか! ジークフリートさん、りからどうぞ!』」

「りんご」

「ゴマ」

「マリー・アントワネット」

「と…と……ドラゴン殺したかったぁ……」

 

 そう言ってペレアスは膝から崩れ落ちる。トラウマの数だけで言えば円卓の中でもトップクラスなペレアスだが、耐性はまだ付いていないらしい。

 

「おまえはいつまで引きずってんだァァァ!! おまえら、同じ英霊としてなんか言ってやれ!」

「ペレアス、竜殺しはそれ程大層なものではない。長い長い人の歴史のほんの一欠片だ。だから気にするな、機会はいくらでもある」

「……僕個人としては心底どうでもいいんだが、現時点で正面切って戦えるのは君しかいない。元気出してもらわないと僕が死ぬ」

「お、お前ら……! 優しくすんじゃねえ泣いちゃうだろうが!」

「『なんなんだこの茶番は……』」

 

 そんなこんなで。

 彼らは砦を視界に収める場所まで来ていた。目を凝らせば城壁の上には鎧を着込んだ人影が見えた。

 どうやら、マリーとモーツァルトの情報は間違っていなかったようだ。カルデアのレーダーもサーヴァントの反応を捉えており、砦も機能している。

 一行が歩を進めたその時、頭上を何かが横切る。太陽の光が遮られ、一瞬辺りが暗くなるほどの巨大な物体──否、生物。

 反射的に空を見上げ、確信を得る。

 堅牢な鱗に覆われた体表、巨大な翼。今までに幾度と見た飛竜が、砦に向けて進軍していた。

 

「走るぞ! ペレアス、先行しろ!」

「言われなくても! 汚名返上のチャンスが来やがった!」

 

 だが、一行が到達するより早く、砦は飛竜の群れに囲まれる。

 ジークフリートは未だ万全ではない。呪いを受けた体では、宝具の反動は消滅に繋がる。ノアの治療を以ってしても、三発が連続使用の限度だろう。

 三発の内のひとつを今使うのか。その逡巡を掻き消すかの如く、城壁から十文字の閃光が煌めいた。

 

「『力屠る祝福の剣(アスカロン)』!!」

 

 剣を手に竜を引き裂くひとりの英雄。彼もまた竜殺しの逸話を有する英傑の一角であり、キリスト教圏では現代も名を轟かす聖人。

 

「『アスカロン……聖ジョージ、ゲオルギウスか! ノアくん、ビンゴだ! 彼もまた竜殺しの属性を持つ聖人だぞ!』」

「ハッ、やっぱ俺は天に愛されてるってことだな! 派手にかませ、ペレアス!」

 

 言い終わる前に、ペレアスは加速していた。

 放たれた一本の矢の如く平地を疾走する。その勢いを殺さぬまま、垂直な城壁を駆け上がり、瞬く間に剣を走らせる。

 血しぶきと共に墜落する飛竜。都合三体の竜が喉元を切り裂かれ、物言わぬ肉塊と化していた。

 円卓の一員として数多の戦場を生き延びた彼に、この程度の怪物はもはや手慣れたものだった。とはいえ、竜は竜。ペレアスの技量に目を丸くする兵士たちを尻目に、彼は満面の笑みを浮かべる。

 

「念願の竜殺し達成だぁぁぁ!! お前ら運が悪かったな、今日のオレは最高に調子が良い! ロマン、オレの活躍を録画しとけ!!」

「『さっきのネガティブさは一体どこに!?』」

「そんなオレはもういない! 今のオレは竜殺し、いや、竜竜竜殺しだ!!」

 

 ペレアスは生まれ変わったように走り出す。次々と飛竜を堕とし、確実に急所に斬り込む。時には剣を投擲する離れ業を見せ、竜の背から背へ移る曲芸をも披露していた。

 円卓の騎士の肩書きに違わぬ実力。突如乱入したペレアスだが、砦の兵士たちからは疑いの目を向けられてはいない。

 手隙になったゲオルギウスに、ノアたちは接近する。彼はノアたちがペレアスの仲間であると察し、丁寧に礼をした。

 

「救援感謝します。あなたたちもまた竜の魔女に対抗する勢力なのですね?」

「そうだ。詳しく説明してる暇はないがな。俺たちには聖人の力が必要だ。まずはここを切り抜ける」

「了解しました。私も微力ながら剣を振るいましょう」

 

 城壁に取り付いていた飛竜は、ペレアスの活躍によって駆逐されつつある。

 しかし、これで終わりではない。遠方の空から新たなる飛竜の群れが先程とは比べ物にならない規模で迫っていた。

 

「『ノアくん、サーヴァントの反応が接近している。おそらくは次が本命だ!』」

 

 空飛ぶ怪物の軍勢。その最前列の竜の背に、槍を携えた男が乗っている。

 リヨンの街で相見えた槍兵(ランサー)のサーヴァント。ヴラド三世が敵将として竜を率いているとなれば、サーヴァントの数で上回っていようと油断はできない。ジークフリートは弱体化しており、モーツァルトも戦闘に向く英霊ではないからだ。

 

「分かった。砦の指揮は当然ゲオルギウスだ。敵サーヴァントにはペレアスをぶつける。ジークフリートは温存するが、戦況によっては宝具を使って良い」

「僕はどうする? 言っておくが直接戦闘で役に立たないことは保証しよう。大人しく補助に回すといい。曲のリクエストはあるかい?」

「俺の尻をなめろ」

「ははっ! あの曲現代まで残ってたのか! いいね、僕の曲はどれも名作揃いだが、あれは特にお気に入りの作品だ!」

 

 敵のランサーは飛竜の背から飛び降りる。常人からすれば死は免れない高度だが、サーヴァントである彼にその常識は通用しない。

 着地と同時に地が砕ける。立ち昇る土煙を切り裂き、串刺し公と恐れられた血の英傑は姿を現した。

 相対するはペレアス。竜の血に塗れた剣に血払いを施し、肩で刃を担ぐ。

 挨拶代わりとばかりに、ペレアスの眉間目掛けて突きが放たれる。それを難なく防ぎ、彼らは笑みをこぼす。

 

「……ワラキアの王、ヴラド三世だ。貴様の名は」

「ペレアス。一応円卓の騎士をやってたが、これが困ったことに戦場で肩書きほど役に立たないものはねえ」

「ほう、では貴様は戦場において何を必要とする?」

 

 戯れるようなその問いに、ペレアスは獰猛な笑みを顔に貼り付けながら、

 

「当然、相手をぶっ倒すって気概だ! オレはアンタをひとりの人間として倒す──だからアンタも()()()()()()()()()かかってこい!!」

 

 剣の切っ先を、眉間に突きつけ返す。

 ひとりの人間として相手を倒す。その言葉をヴラド三世は咀嚼し飲み込んで、槍を握り直した。

 

「大きく出たな、ペレアス! 良いだろう、貴様の魂をこの槍の錆としてくれる!」

 

 次の瞬間、剣と槍が轟音を奏でた。

 

 

 

 砦の外で剣士と槍兵の戦いが始まったその頃。

 城壁の上では、ゲオルギウス率いるフランス兵と竜が凄絶な争いを繰り広げていた。さすがは竜殺しの英霊と言ったところか、力量差は圧倒的ながらも本人の武勇と指揮によって突破を防いでいた。

 しかし、それもやがては限界が来るに違いない。ジークフリートの宝具に頼るにしても、それにも限度がある。

 何か手を打たなければ、敗北は必至。その状況でノアがすることといえば、

 

「一筆一筆丁寧に刻め! ルーン文字なんざ小学一年生でも書ける! 冬休みの書道の宿題みたく親にやってもらうことなんてできねえぞ!!」

「『こんな時にキミは何をしてるのかなあ!? しかもそれ先生にバレて怒られるやつ!!』」

 

 彼は砦内の非戦闘員を集め、ひたすら地面や壁にルーン文字を刻ませていた。その中には子どもや老人の姿も混ざっている。

 思わずツッコんだロマンに、ノアは微笑でもって返す。

 

「これも適材適所だ。まあ見てろ、戦況をひっくり返す」

 

 しゅる、とノアの袖の下から樹木の根が這い出て来る。それはやがて一本の杖の形を成し、手元に収まった。

 彼は鼻歌でも歌うような気軽さで杖を振り回しながら、ある一点へ歩いていく。

 ノアが書くように命じたルーンは二つ。防御のルーンである『eihwaz(エイワズ)』と勝利のルーン『teiwaz(テイワズ)』。その二つのみを、ひたすらに刻ませた。

 『teiwaz』の元となった北欧神話の軍神テュールは、かつて最高神の地位にあったものの、オーディンなど他の神が流入してきたことにより、その地位を追われたという経緯がある。

 さらには、同じ軍神の属性を持つトールに人気も劣り、混同されることもしばしばある不憫な神だ。が、反面そのルーンは戦士たちに非常に好まれた。

 テュールのルーンを剣に刻むことで、その者は勝利を得ることができるとされたのである。

 ノアは砦の中心、ルーンが書き込まれていない地点に立ち、そこに杖を突き刺した。

 

「〝──大いなる主神オーディンに奉る。我らが砦と戦士たちに、御身が加護を宿し給え〟」

 

 大神へ向けての詠唱。

 傍若無人を地で行くノアが、へりくだった言葉遣いをしている。ロマンは強烈な違和感に襲われたが、その感情は次の瞬間には驚愕で塗り潰された。

 そこらじゅうに刻まれたルーンが発光する。防御のルーンは青色に、勝利のルーンは橙色に。

 透き通った青色の巨大な壁が、ドーム状に砦を覆う。兵士たちの武具に橙色の淡い光が灯る。

 矢を射掛ければ竜の鱗を貫き、鎧は爪を受けても傷が残るだけで破損には至らない。火の息は青い防壁に阻まれる。

 竜に通じる攻撃力と即死しない耐久力を得て、兵士は奮起した。

 劣勢にもつれ込んでいた戦況が、やや優勢にまで持ち直される。

 

「『ノアくん、キミはこんなこともできたのか』」

「できるようになった、だ。それに俺だけの力でもない。少なくとも以前の俺なら無理だった──特異点Fであの魔術師のルーンを見る前まではな」

 

 冬木の特異点で出会った青いサーヴァント。彼もまた本職ではないにせよルーン文字を使う魔術師のひとりだった。

 魔術師にセイバーやランサーの戦い方を真似することはできない。模倣にも満たない粗悪品に成り果てる。

 だが、同じ魔術師、同じルーン文字を使う相手ならば。

 再現できる。再現してみせる。

 魔術とは学問だ。必ず再現性がある。

 

「Eチームのリーダーとして、不甲斐ない姿は見せられねえ。天才は成長性も天才だってことだ!!」

「『その意識を普段の生活でも心掛けてくれれば文句はないのになあ……』」

「完璧な才能は存在しても完璧な人間は存在しない。……おいロマン、これ名言として残しとけ」

「『ごめん、聞いてなかった』」

 

 

 

 鮮血が飛び散る。

 互いの首筋に走った赤い線。この程度の微傷は生前数え切れないほど受けてきた。今更、感じる痛みもなければ感慨もない。

 だというのに、彼らの胸中は高揚感で埋め尽くされていた。

 鍛え上げた剣技が、槍技が、体技が、全力でぶつかり合い火花を散らす。極限の殺し合いの中にあってさえ、その技は閃光のように華々しく輝いている。

 腕には渾身の力を込めている。地が割れるほどに踏み込んでいる。それを以って放つ槍の一撃は己が技の至上だ。

 しかし、ペレアスには当たらない。

 ことごとくがいなされ、躱され、弾き返される。

 それでもヴラドの美貌から笑みが消えることはない。ペレアスの技量を見るたびに、かえって喜色は深まっていく。

 

(ああ──こんな戦いは、初めてだ)

 

 彼は生前、寡兵で大軍を制する戦いを強いられてきた。

 オスマン帝国は当時難攻不落とされたコンスタンティノープルを陥落させ、ヨーロッパを震撼させた。対するワラキア公国は、現在のルーマニアの一地方でしかない小国。その戦力差は絶望的なまでに大きかった。

 そこでヴラド三世はゲリラ戦を仕掛け、二万人の敵兵を串刺しにするという奇策を取る。

 結果、ワラキアはオスマン帝国を撤退させる大勝利をあげることになるものの、類を見ない残虐な手法は後世の悪名にも繋がってしまうこととなった。

 ──だが、それでも良い。それでも良いと、思っていた。

 キリスト教世界の守護者として、異教徒の軍勢は何としてでも退けてみせる。故国の民を守るためならば、如何な汚名も被っても良い。

 その果ては、おぞましき鮮血の伝承。

 人の生き血を啜る吸血鬼。

 陽の光を浴びられぬ怪物。

 反キリストの象徴。

 ……彼を否定したのは、民衆であり、キリスト教だった。

 

「何を──考えてやがる!」

 

 剣の柄頭が額を打ち据える。ヴラドは思わず飛び退き、ペレアスの顔を見据えた。

 湖のように透き通った瞳の奥に、鉄をも溶かす熱が籠もっている。

 

「オレは所詮ひとりの騎士だ。王様の悩みなんてのは、理解できても共感はできねえ。だが、今この戦いには全く関係のない話だ」

 

 ペレアスは挑発的に笑う。それはどこか、好々爺然としていた。

 

「好きにやってみろよ。アンタみたいな王様にはきっと、新鮮な経験になる」

 

 ヴラドの口角が吊り上がる。

 こんな男とは出会ったことがない。

 彼には本音しかない。他人に対しても自分に対しても、ありのままの心を曝け出す。

 自らの考えを押し殺して主君に従う騎士とは真逆。何よりも大切な、優先すべきものを持っているからこその強さがペレアスにはある。

 それで言うならば、ヴラドも負けてはいない。

 心を捧げた神がいた。

 護るべき民衆がいた。

 ならば、放つ宝具は最強に他ならないと信ずる──!!

 

 

 

「『血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)』!!!」

 

 

 

 血の森が顕現する。

 侵入者を貫き食い殺す槍の大群。それらは蛇のようにうねり、ペレアスへと殺到した。

 リヨンで見せた杭の掃射とは比べ物にならない威力と速度。もはや剣一本で防ぐには到底足りず、受ければそこから杭が突き出る必殺宝具。

 ペレアスに迷いはない。力強く地面を踏みしめ、突撃をかける。

 

 

「──『死に逝く騎士に、湖光の愛を(ル・アムール・ド・ダーム・デュ・ラック)』」

 

 

 杭がペレアスを貫いた瞬間、その姿は霞のように薄く消えた。

 死の運命を回避する宝具。しかし決定的な死をもたらさない攻撃は、確かに彼の体に傷をつけていく。

 けれど、彼の足がその程度で止まるはずもない。

 ペレアスとヴラドは肉薄する。

 剣と槍を互いに急所へと振るう。

 その一瞬、

 

()()()()()を、宝具にする人間がいたのか)

 

 ついぞ手に入れられなかったそれを、己が最上の武器とする酔狂な騎士。

 彼への賞賛に心が傾き。

 ヴラドの霊核は切り裂かれた。

 力を失った手から槍が落ちる。地面に膝をつき、甘美なる敗北の余韻に浸る。

 ペレアスは傷付いた体を引きずり、その横に座り込む。

 

「すまねえな、オレの宝具は初見殺しだ。納得の行く結末にはならなかったかもな」

「いいや、そんなことはない。愛を形にする宝具があるのだと知れただけでも、この戦いには意味があった」

「そうか。ならオレも満足だ。今度会った時は一緒に世界のために戦おう」

 

 ヴラドは穏やかに微笑み、

 

「ああ……余もその時が来ることを待ち望んでいよう」

 

 稀代の名将、ワラキアを守り通した男は、人間としてこの世を去った。

 

 

 

 

 

「おいお前ら! 写真撮れ写真!! 『英雄ペレアス竜殺しを達成する』ってな感じで! ほら、モーツァルトもこっち来い!」

「ぎゃあああ汚っ! っていうか血なまぐさっ! 騎士は頭おかしいのしかいないのか!? マスター仕事しろ!」

 

 飛竜の首を両脇に抱え、無邪気な笑顔を浮かべるペレアス。彼はビチャビチャと竜の血を飛び散らせながら、モーツァルトを追いかけ回していた。

 ノアはため息をついて、ペレアスに声をかける。

 

「おい、何やってんだペレアス!」

「そうそう、偶にはやればでき」

「竜の鱗は現代ではまず手に入らない貴重品だから全部剥ぎ取っておけって言っただろうが!」

「ああくそ、そんなことだろうと思った!」

 

 的外れの怒号を飛ばすノアの腕の中には、竜の鱗や爪や牙、血液を入れた瓶がわんさかと詰まっていた。

 ジークフリートはペレアスの前に立ちはだかり、その進路を阻む。すると、彼は竜の鱗を糸に通した首輪を差し出す。

 

「初めての竜殺し記念だ。写真を撮るならこれを付けたほうが見栄えも良いだろう」

「ふっ、さすがは竜殺しの先輩だぜ……オレも見習わねえとな」

「君たちは! 馬鹿なのか!!?」

「『ああ、モーツァルトさんのツッコミが追いつかなくなっていく……』」

 

 ほろりと涙をこぼすロマン。

 勝利の熱狂に浮かれているのは、決して彼らだけではない。砦の兵士たちも戦勝の余韻の中にあった。

 ゲオルギウスはノアの元まで近付き、再度礼をする。

 

「二度目になりますが、助力感謝いたします」

「俺たちも打算ありきで助けたようなもんだ。そこまで感謝される謂れもない」

「あなたたちにも事情がおありのようですね。お聞きしても?」

 

 ノアは説明をロマンに丸投げした。

 カルデアの存在から人理焼却の経緯。呪いを解くには聖人二人の洗礼詠唱が必要であること。そして、この時代が特異点であり、竜の魔女を倒し、聖杯を回収しなくてはならないという情報。

 すべてを伝えた後、ゲオルギウスは頷いた。

 

「分かりました。私も力をお貸ししましょう」

 

 ですが、と彼は砦の人々へ目を向ける。

 ゲオルギウスが去れば、この砦からサーヴァントはいなくなる。そうなれば、飛竜の襲撃には持ちこたえられないだろう。

 そもそも、城壁にも限界が来ている。先程はノアと非戦闘員たちの魔術があったからこそ耐えられたようなものだ。

 

「『では、ここの人々を連れて他の砦に移動するというのはどうでしょう。ここから北東に向かったところに、まだ竜の魔女に対抗している場所があります』」

「……! そうですか、ではそうしましょう」

「『それにしても、ここは人が多いですね?』」

 

 砦内を見渡して、ロマンは言った。

 確かに彼の言うとおり、砦の中には人が溢れている。収容人数はほぼ限界に来ているだろう。

 ゲオルギウスは難しい顔をした。言いづらそうに、彼は切り出す。

 

「竜の魔女から逃れてきた避難民を受け入れたのもそうですが、ここまで膨れ上がった理由はそれだけではありません」

「『ええと、つまり?』」

「私も理解し難いことなのですが……ボルドーの街から逃げてきた人々はこう言うのです」

 

 一拍置いて、ゲオルギウスは言った。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と」

 

 それを聞いて、ノアとロマンは同時に、

 

「「……はあ!?」」

 

 間抜けな声が、夕焼け空に鳴り響いた。

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