自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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バチボコに忙しかったので遅れました。今回で最終章前編の前半終了ですが、そんなことはどうでもいいのでまほよコラボが楽しみです。


第90話 亜種聖杯戦争・十界天樹争乱

 冬木市地下大空洞の一戦から少し時を遡り、イギリスの首都ロンドン。

 今昔の趣が交錯する都に、彼女はいた。

 人造天使カリス・グラダーレ。かつてシモン・マグスの末裔の手によって生み出された、天使の模造───その唯一の成功作。そして、聖母マリアの血を引く奇跡の落胤だ。

 ノアと獅子劫に助け出されて以来、彼女はロード・エルメロイⅡ世が受け持つ教室に身を置いていた。密航させていた二体の人造天使、四つの顔面が素敵な智天使型とキュートなくりくりおめめの座天使型とともに。

 イギリスに来てまず最初に驚いたことは、人々の慌ただしさだった。ロンドンを行き交う無数の人間を見て、森の教会とは時間の流れが違うことを悟った。

 ロンドンは世界有数の金融街だ。世界の経済情勢に直結するこの都市では、一分一秒が利益の大小を左右するなんて人もいるだろう。

 それは魔術師の世界においても同じことだった。

 彼らの目的は根源への到達。いくら目を凝らそうと見果てぬ場所を志して、果てしのない道程を進む。根源到達への道は常に神秘の消失というタイムリミットによって支配されているのだ。

 扱うモノがお金であろうと魔術であろうと、人間というのはそう変わらない。時計塔のエルメロイ教室で過ごした約三年間はそうして、慌ただしく過ぎていった。

 そして、現在。

 大英博物館の地下、現代魔術科の一室。

 そこは病院の診察室を思わせる器具と、真っ白な色合いで満ちていた。大英博物館のクラシックな風情をブチ壊しにするかのような景観である。

 

「ボクは家系の歴史も短いし、財産もさほどありません。これまで功績を立てたこともありません。それでも治してくれますか?」

「はい! 治せますよ!」

 

 カリス・グラダーレは冴えない男を前に、ニコニコと笑みを振りまいていた。

 彼女の背後に漂う、二体の人造天使。その巨体が床から天井までを埋め尽くし、圧倒的な威圧感を放っていた。冴えない男は思わず下半身を縮み上がらせる。

 カリスは眼前の男の膀胱が決壊しつつあることなどいざ知らず、無垢な笑顔のままで問う。

 

「ずたずたになった魔術回路を修復してほしいとのことでしたが、一体何があったんです?」

「ウチは霊脈を持っていないので、一旗揚げようと思って。日本の三咲町という場所を狙ったんですね。ほら、日本はひとつの魔術結社が取り仕切ってる訳じゃないので、目につきづらいじゃないですか」

「そうらしいですね。でも、どうして三咲町を選んだんですか?」

「三咲町の霊脈は歪芯霊脈と言って、特に力の強い場所なんです。もうすぐ息子が生まれるので、せっかくなら良い霊脈を拠点にしたかったんですよね」

 

 ふむふむ、とカリスは頷く。

 当たり前だが、霊脈の魔力は魔術回路で生み出す魔力とは比べ物にならない質と量を誇る。霊脈地を有する魔術師はその魔力さえも利用できるため、自身の陣地であれば実力以上の魔術を扱うこともできる。

 とはいえ、その真価は戦闘ではなく研究にある。霊脈の魔力はそのまま研究のリソースだ。これから魔術師となる息子への贈り物としてはこれ以上ないと言えるだろう。

 

「それで、三咲町に入ったら妙な青いコマドリに話しかけられまして」

「へえ! かわいいですね!」

「そいつが〝マイ天使を拐かしやがったシャバ僧に正義の鉄槌を下してほしいっス〟とか言うんで、まずそのシャバ僧を狙ったら女の子がすっ飛んできて、コマドリと一緒にボコボコにされました」

「…………自業自得────!!!」

 

 ……ということで、男の魔術回路はみじん切りにされたのだとか。霊脈地を巡る闘争は魔術師の常だが、土地との相性や準備の差で、割合としては挑戦者側の敗北に終わることが多い。彼の場合はそれ以前の問題だという点は置いておいて。

 魔術回路は体内に張り巡らされた神経のようなものだ。それを失えば魔術が使えないどころではなく、生活を送るのにも様々な支障をきたすことになる。

 

「そ、それじゃあ、治しますね」

 

 カリスは右手を男にかざす。

 『浄化術式(コンセクレーション)』。彼女だけの固有の魔術。それは対象を理想の状態に昇華させる、聖人がもたらす奇跡の領域にさえ足を踏み入れた力だ。

 つまり。錆びたナイフなら新品同然の輝きを取り戻し、新品以上の切れ味を誇るようになる。そのものの性能の到達点を引き出すことが、カリスの術式の真髄であった。

 

「天にまします我らが主よ」

 

 たった一節の詠唱。なれど、彼女にはその一言で事足りる。

 まるで、救世主が病に苦しむ人間を癒やしたように。カリスの手は柔らかな光を発し、男の魔術回路を寸分の狂いなく繋ぎ合わせてみせた。

 それだけではない。彼にも引き出せていなかったであろう魔術回路の性能をも極限まで向上せしめていた。彼は勢い良く立ち上がり、カリスの手を掴んで上下に振るう。

 

「ありがとうございます! これで息子に最高のプレゼントを用意できそうです! またよろしくお願いしますね!!」

「負ける前提なんですか!? ぼくでも流石に死体は治せませんよ!?」

「ええ、もちろん。なので、三咲町は諦めて、魔眼蒐集列車にでも乗ってこようかと。魔眼っていうのも中々オツなものですよね」

「行動力だけは冠位級……!!」

 

 そうして、男は部屋を飛び出していった。今回の治療の対価として、机の上には札束が転がっている。カリスはそれを手に取ると、机の棚に仕舞い込んだ。

 引き出しの中には、同じような札束がいくつも無造作に詰め込まれていた。依頼料は高く設定している。冷やかし目的を極力減らすための措置だ。総額は定かではないが、魔術による暗号鍵と生体認証があるにしても、あまりに杜撰な管理だった。

 

「いやはや、何度見ても信じられない魔術だ。時計塔の『癒し手』の異名は伊達ではないね」

 

 二体の人造天使の奥から、鈴を転がすような笑い声が響く。天使たちはカーテンみたいに左右に退き、声の主の姿を露わにする。

 金糸を束ねたような髪の佳人。冷気を帯びたアイスブルーの瞳が、カリスをからかうみたいに熱を伴っていた。

 彼女の横には水銀製のメイドが佇む。一部のエルメロイ教室生の英才教育によって、近年自らを未来から来た殺人ロボットと思い込む一般礼装だ。エルメロイの至上礼装でもある月霊髄液なので一般とは言い難いが。

 カリスはぎこちなく笑みを作り、頬を掻いた。

 

「あ、ありがとうございます。……ライネスさんに褒められると、むず痒さより背筋が寒くなるのはどうしてでしょうね?」

「まだまだ鍛錬が足りないということさ。実力が追いつけば私の期待も苦ではなくなるよ」

「そうですかね? 人形師のあの人とか何度会っても慣れる気がしないです」

「アレは例外だ。冠位の魔術師相手に怯むなと言うのは流石に酷だろう」

 

 カリスの元には日々あらゆる人間が訪れる。

 今しがたの彼のように魔術回路を損傷した者、礼装の完成度を高めに来る者、カリスの魔術を盗もうとする者……目的は様々だが、二人が語る人形師は一風変わった経緯を持っていた。

 

〝馬鹿がまた私の礼装コレクションをくすねていったの。これから報復しに行くから、理想化の魔術とやらでコンディションを絶好調にしてくれる?〟

 

 蒼崎橙子。冠位を戴く、魔術師の最高峰。彼女は眼鏡越しに品を定めるような視線を投げかけながら、物騒な依頼を投げつけてきたのである。

 蒼崎橙子は一種の超越者だ。余人には到底及ばぬ業を修め、操る特異点。柔らかな雰囲気の奥には抜き身の刀のように不吉な獰猛さを忍ばせていた。

 しどろもどろになりながらも、カリスはなんとか仕事を成し遂げたのだった。

 その帰り際、橙子は告げる。

 

〝また来るわ。そうね、今度は術式提供者たちのメンテナンスでもしてもらおうかしら〟

 

 ……後に聞いた話だが、彼女は魔術師たちから魔術刻印を奪い、半ば幽鬼と化した彼らを飼育しているのだとか。それを耳にしたカリスはその夜、橙子に監禁される悪夢を見て、布団に世界地図を描く羽目になった。

 エルメロイ教室で得た魔術の知識と技巧を駆使して、なんとか周りにバレずに布団を乾かした朝を思い出し、カリスは遠い目をする。

 

「まあそれは良いとして……ノアさんが帰ってきたと聞いたんですけど」

 

 蜂蜜色の髪の毛先を弄りながら、彼女は言う。

 カリスはノアの居候先である喫茶店に足繁く通っていた。魔術の話をすることは少なく、大抵は世間話や彼の仕事の話を聞いていた。

 彼は自分が知らない世界を教えてくれる。それがどんな物語よりも心を打つ。

 八つの特異点を巡り、世界を救う。邪悪の化身のようなノアがその役目を担ったことには若干の苦笑を禁じ得ないが、妙に納得してしまう。

 誰をも見捨てぬ根源への導を創る。そんな夢があるからこそ、彼は聖杯探索の一員に選ばれたのだと。

 

「来たには来た。が、すぐさまとんぼ返りして日本の冬木市に向かったようだ。我らがロード・エルメロイⅡ世とともにな。巷を騒がせる薔薇十字団とやらのおかげだよ」

「冬木市っていうと、凛さんと士郎さんの故郷ですよね。また聖杯戦争でもやるつもりなんですか? ノアさんなら黒幕になりかねないですけど」

「詳しくは私も知らされていない。現代魔術科はこの騒動に一枚噛まされているが、こちらから送る人員は最小限にとのお達しだ」

「おかしいですね。魔術協会的には、総力を挙げて叩きのめそうとするところなんじゃ?」

 

 魔術協会は過去幾多もの敵を排除してきた。生業であるかのように、何時でも何人でも。きっと神秘が消え失せ、魔術という魔術が星の地平から駆逐されるまでこれは続くのだろう。

 だというのに、薔薇十字団相手に攻めあぐねている。それがカリスの抱いた違和感の正体だった。

 ライネスは困ったみたいに苦笑する。

 

「時計塔は薔薇十字団の対処を主にカルデアに一任し、本拠の守りに力を注いでいる。なぜなら、歴史に名を刻んだ近代魔術師とは、過去の魔術協会は総力を挙げても潰せなかった連中だ」

「…………そうでしたっけ?」

「よろしい。ならば、魔術協会から見た近代魔術史の簡単なおさらいをしよう。君の座学の成績は教室の皆が知るところだからね」

「が、頑張ってはいるんですけどね……」

 

 ───十九世紀後半。欧米ではエリファス・レヴィを始めとして、オカルト神秘思想の潮流が渦巻いていた。

 魔術が与太話でも創作でもなく、実在するものとして語られた最後の時代。エレナ・ブラヴァツキーは資金を盗まれるなどの目に遭いつつも、協力者のオルコットと神智学協会を設立することになる。

 神智学協会は世界各地に支部を持つほどの発展を遂げる。しかし1884年、協会内部の告発を巡ってエレナとオルコットの仲が冷え込み、エレナはロンドンの支部に身を置くこととなった。

 神智学協会英国支部───その代表はアンナ・キングスフォード。ただし、キリスト教神秘主義界のカリスマであった彼女と、主に東洋の神秘思想を掲げるエレナは相性が悪かった。同じ作品のファンでも原作しか認めない派やアニメの方が面白い派がいるように、二人は畑が違ったのである。

 翌年、アンナは神智学協会を脱退。かねてより交流のあったマクレガー・メイザースらの手を借りて、ヘルメス協会を設立し、神智学協会から独立した。

 

「そして1888年、黄金の夜明け団の誕生へと繋がる訳だが────〝あれ? 時計塔は?〟と思わなかったか?」

「確かに……てっきりライネスさんが何も考えずに喋り出したのかと思いました」

「私の舌は寝てても回るからな! 時計塔は表の世界を席巻する近代魔術の隆盛を止められなかった。エリファス・レヴィ、エレナ・ブラヴァツキー、アンナ・キングスフォード……ヤツらは協会の刺客を己が活動の片手間で返り討ちにしていたそうだ」

「だから、近代魔術史に時計塔の影響はなかったと……でも、神秘は隠さなきゃいけないのに、どうしてその人たちは世界に広めようとしたんですか?」

 

 神秘はその機構を大衆に知られると、力を失う。表と裏、生きる世界は違えど、魔術師ならば神秘の隠匿は破ってはならぬ不文律だ。

 ライネスは壁の掛け時計にちらちらと視線を送りながら答える。時刻はもうすぐ夕飯時に近づいていた。

 

「それについてはいくつか説があるが……時間が来たようだ。話の続きはまた後にしよう」

「時間? あ、お夕飯ですか? おごってくれるんですか?」

「ああ、お代は私が払おう。あいにく、ビーフかチキンくらいしか出ないが」

「メニューが二つって……それだけ自信があるってことですね!? なんていうお店なんですか!?」

 

 興奮するカリスの頭に冷水を浴びせかけるように、

 

「飛行機」

「え?」

「フライトの時間が近いんだ。ぐずぐずしている暇はないぞ」

「ちょっと待ってください! 話が見えません!!」

 

 ライネスは肩をすくめて言う。

 

「いい加減大人しくしているのも飽きた。今頃冬木で置物同然の活躍をしているであろう兄を盛大におちょくりに行くぞ!!」

「おお、さすがライネスさん! 生粋のサディストなだけはありますね!」

「ふふふ、そう褒めるなカリス。懸念点はトリムが税関を通るか否かだが、そこは魔術でも権力でも使って突破しよう!」

「すごい! もはやサディストというよりテロリストですね!!」

 

 という訳で、彼女たちは意気揚々と外に繰り出した。時計塔の防備に関しては、すっかり頭から抜け落ちているのがカリス。覚えているが無視しているのがライネスである。

 水銀メイド、トリムマウに抱えられて大英博物館の正面出口を出たところ、そこには見覚えのある二人組が待ち構えていた。

 エルメロイ教室が誇る天才児にして問題児の双璧。彼らは不穏なニヤケ面を浮かべながら近付いてくる。

 

「話は聞かせてもらいましたよ、お二人とも。かつての聖杯戦争開催地……暗躍する魔術結社……こんな面白そうな事件で蚊帳の外なんて、問題児の名が泣くってものじゃないですか!!」

「グレイたんの新鮮な匂いを嗅げなくなって84時間43分22秒……そろそろ我慢の限界です。いつ出発します? 俺も同行しましょう」

「スヴ(ィン)

「そしてフラットか。冬木に突撃する面子としては悪くない。こんなこともあろうかと、チケットは余分に用意済みだ」

 

 フラット・エスカルドス。スヴィン・グラシュエート。彼らが起こした騒動は枚挙に暇なく、それでいて魔術の才能だけは他の追随を許さないという、エルメロイⅡ世の胃壁を幾度となく削り取ってきたトラブルメーカー。

 二人はその厄介さを今度も遺憾なく発揮し、カリスとライネスの前に立ちはだかっていた。

 

「なるほど、用意周到だな。それに行動も早い。備えとしては完璧と言えるだろう。不可能という点に目をつぶればだが」

 

 まるで最初からそこにいたかのように、女はたばこをふかしていた。長い黒の髪と涼しげな美貌。彼女は吸い殻を手品みたいにどこかへ消して、カリスたちに向き直る。

 ライネスは即座に魔術回路を励起させつつ、スヴィンの肩を小突いた。

 

「……なぜ気付かなかった。鼻詰まりか?」

「ぼくの魔術鼻にかけてあげましょうか?」

「あの人の金塊みたいにぺかぺかした匂い、普通にのこのこ歩いてきてたなら気付きますよ。ワープでもしてきたとしか……」

「うん、多分そうだろうね。虚数属性かな、そんな感じの気配がする。いやあすごいなあ」

 

 フラットは能天気に言う。

 獣化魔術の使い手であるスヴィンの五感はヒトのそれを遥かに超える。だが、女は彼の感知網を容易く欺き───フラットはそのカラクリを見抜いてみせた。

 相手の業の正体を捉える力は魔術戦に不可欠。女は不敵に笑い、ぱちぱちと手を叩く。

 

「良い感覚をしている。君たちのような若者がいれば、魔術の未来もまだまだ明るいというものだ」

 

 ───故に。

 

「敬意を表して、私も魔術師として相対しよう」

 

 瞬間。スヴィン、フラット、ライネスは咄嗟に魔術を発動した。

 人狼と化した爪牙。水銀の刃による斬撃。複数の魔術基盤を配合した混沌魔術。四方より襲い来る攻撃の全てを視界に収め、女は告げる。

 

Deo Duce Comite Ferro(神は我が導き手、剣は我が同朋なり)

 

 魔法名。術師が自身の魔術的目標を意味に込め、組織内において個人を識別するための称号。

 名前は非常に大きな意味を持つ。儀式魔術では必ずと言って良いほど名乗りを上げる行程が設定されている。これから魔術を行使する人間を理外の存在または自分自身に知らしめ、儀式の初段とするのだ。

 自らの真名を伏せつつ、名乗りを上げる。真名という弱点を隠しながら、儀式を効果的に執り行うことのできる魔法名は一種の発明と言えよう。

 それ故に、女の名乗りは。

 

「────えっ」

 

 カリスは思わず息を吐く。

 見慣れたロンドンの風景。それがまるっきり入れ替わっていた。

 大地の一面を覆う、鏡のような水面。

 ほのかに星明かりを映す薄明の空。

 地平線の彼方より来たる、黄金の払暁。

 ───固有結界。外界と内界を反転させる大魔術。女は攻撃が到達するよりも速く、そして事も無げに魔術の奥義を展開してみせた。

 スヴィンの人狼化が中断され、水銀の斬撃が停止し、混沌魔術を構成する要素がバラバラに解かれる。

 だが、ライネスが戦慄したのは攻撃が防がれた事実ではなく、女の魔法名。ライネスはその名を魔法名としていた人物と、目の前の女を結びつけた。

 

「…………マクレガー・メイザース。まさか女性だったとは。近代魔術史が揺らぐ衝撃の事実だぞ」

「いいや、私は男だ。この姿については諸事情あってな、気にしないでもらえると助かる」

「性癖は人それぞれですからね! 俺はそういうのも理解しますよ、ネットでも流行ってますし!」

「フラットさん、大事なところが理解できてません」

 

 スヴィンはフラットとカリスのやり取りに呆れつつ、メイザースを睨めつける。

 

「……それで、美少女の体を受肉した魔術師おじさんがなぜ俺たちを狙うんです?」

「ああ、そうか。それを考えていなかったな。少し待て、適当な理由を考える」

「理由もないのにこんなことしてるんですか!?」

「ノリだけで生きてるのかな?」

 

 フラットは首を傾げた。なお、彼が言えたことではない。

 メイザースは数秒の間黙り込み、ぽんと手のひらを叩く。彼女は犯人を指摘する名探偵みたいにカリスを指して、

 

「君を殺しに来た。うん、そんなところにしておこう」

「ちょっと、雑すぎません!? いや雑じゃなくても殺されたくはないですけど!!」

「その通りだカリス。貴方の真意に興味はないが、彼女はエルメロイ教室の一員なのでね。今は亡き愚兄に代わって私が護ろう!!」

「…………ダイアン女史を思い出す言い草だ。懐かしいな」

 

 ライネスの瞳が焔色に染まる。

 魔力の流れを正確に把握する魔眼。彼女は戦闘用の魔術を多く修めているとは言えないが、この魔眼を発動した状態であれば話は別だ。

 視覚情報で魔力の流れを捉えることで実現する、魔力の精密制御。自らの力量を超えた術を扱えるだけでなく、より無駄なく的確に業を振るうことができる。

 それは一時的に月霊髄液を造り出した先代の操作技術と同等の位置に並び、加えて先代すらも思いつかなかった月霊髄液への魔術の上乗せさえ可能にした。

 人型を保っていた水銀が変形する。ヒトのカタチよりも遥かに純粋で効率的な、戦闘に適した形態へと。

 

Fervor,mei,sanguis(沸き立て、我が血潮)────Scalp()!!」

 

 肉食昆虫と棘皮動物をないまぜにしたかのような形状。鋭さと柔らかさを両立した無数の触手がメイザースを襲う。

 人間の反応速度の限界は0.1秒。感覚器官が情報を脳に伝達し、脳から筋肉に指令が行くまでの最短時間。これは人間が電気信号で動く生命体である以上、不変の原理だ。

 しかして、月霊髄液の動作速度は0.1秒を大きく下回る。演算器の機能を備えたこの礼装は全身が脳であり筋肉。人間のように指令が伝わるタイムラグは存在しない。

 つまり、人間が月霊髄液の攻撃を回避することは絶対的に不可能────!!

 

(素晴らしい)

 

 ……ソレが、人間であったなら。

 超越者たる魔術師は0.1秒の限界を容易く超える。その方法は術者により様々だが、メイザースが取る方法は単純明快であった。

 脳でも脊椎でもなく、魂で直接肉体を操る。

 

Pallida mors(青ざめた死よ)!!」

 

 月霊髄液の始動に合わせて、スヴィンは不可視の尾を振るう。それもやはり、0.1秒を下回る攻撃速度。人狼の身体性能を活かした一撃だった。

 けれど、メイザースは誰よりも速く、早く、術式を紡ぎあげる。

 

「■■■■■」

 

 もはや人間には聞き取れぬ発声。

 いくつもの旋律が重なりあった、多重音声。

 舌が回るなんて次元ではない。舌が回りすぎているが故に、余人にとってその詠唱は複雑怪奇な音色にしか聞こえなかった。

 メイザースの足元に方陣が出現し、攻撃のことごとくを弾く。

 儀式魔術において、ヒトならざる存在を喚起・召喚する際、まずは喚び出したモノに害されぬための防護を展開するのが通例だ。

 儀式は既に始まっていた。

 名を告げ、儀式場たる固有結界を現した時点で、ライネスたちはメイザースの儀式下に囚われている。そのため、固有結界内部では、彼は儀式のあらゆる手順を一瞬とかからず再現できる。

 料理人がまな板の上の鯉をさばくように。メイザースからすれば、ライネスたちは儀式場に用意された素材に過ぎない。

 果たして、彼の心境を埋め尽くすモノは現代の術師への失望ではなく。

 

(久々に、魔術戦をすることになるとはな)

 

 猛攻の最中。

 彼は微笑み、思い出す。

 かの時代、真理を追い求める傍らにて、数え切れないほど魔術を交わした協会の凶手たちを。

 彼らの誰ひとりとして、弱者はいなかった。だが────────

 

(────これほどの礼装を見たことはない)

 

 神秘は時を追うごとに衰退する。

 それでも、それ故に、技術は発展を遂げた。失われ続ける神秘を前に、膝を折ることなく、魔術師たちは技術を磨き続けていた。

 だからこそ。

 新たな魔術基盤をも創り出した儀式魔術の天才は、己が業の真髄を開帳することを選んだ。

 

 

 

 

 

Fervor,mei,sanguis(沸き立て、我が血潮)────Scalp()!!」

 

 

 

 

 

 ライネスの詠唱と一字一句違わぬ言の葉。

 四人がその声を言語として理解するよりも前に、彼らは負けていた。

 ライネスの制御下に置かれていたはずの月霊髄液。それはメイザースの詠唱に従い、本来味方であるはずのライネスたちを斬りつけていた。

 スヴィンの五感やフラットの観察眼も、この異常に反応さえできなかった。魔術師が自身の業を信頼するように、仲間の力を信じていたから。

 唯一、カリスだけは無傷で立っていた。血を流して倒れる仲間に取り残されて。

 

「ヘルメス文書『エメラルドタブレット』には〝下なるものは上なるもののごとく、上なるものは下なるもののごとし〟とある。マクロコスモスとミクロコスモスの照応を表すこの言葉は、魔術の何たるかをも示している」

 

 メイザースはゆっくりと足を踏み出す。

 

「───すなわち、魔術とは万物万象に通底する共通項を見出し、設定し、その繋がりを以って変革をもたらす作業であると」

 

 水面に広がる血の色。処置をしなければもって数分で死に至るであろう致命傷。だが、カリスには浄化術式がある。たとえどれほどの致命傷でも、生きてさえいるなら元通り以上に復元できる。

 だから、カリスは察知した。

 メイザースがここに来た本当の理由を。

 

「あらゆる人間の共通項。私はそれを『言語を操ること』に設定した。言語こそがヒトを人間足らしめる、他生物と隔絶した特性」

 

 故に、私は。

 

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 色々と制限はあるが、と、メイザースは肩をすくめた。

 他者の詠唱を知るだけで、その魔術を自らのモノにできる。無法無体に過ぎるメイザースの業はしかし、カリスの洞察をさらに補強してしまう。

 

「貴方の狙いは、ぼくの浄化術式だったんですね」

「理解が早いな。まさにその通りだ。模造ながらも天使と化した君の魔術は、如何なる魔術師にも再現はできない───私を除いて」

「貴方に、ぼくの祈りは理解できない」

「当然だ。人の心は他人には分からない。しかし、私は人が起こす現象を解析する。君の祈りは君だけのモノだ」

 

 ───さあ、早く治さねば彼らが死んでしまうぞ。

 カリスは奥歯を噛み締め、

 

「天にまします我らが主よ!」

 

 理想化の魔術をもって、ライネスたちを生還せしめた。

 メイザースは術式が我が物となった確かな実感を受け入れ、こくりと頷く。

 

「ありがとう。君の優しさに感謝する」

 

 彼は懐から一枚の紙を抜き取る。それに魔力を込めると、アルファベットの影文字が広がり、全身を呑み込んだ。

 固有結界が消滅する。何も変わらぬ街の情景。フラットは周囲の目もはばからずに、背中と四肢を地面に放り投げた。

 

「いやあ、見事に負けた!! 伝説の魔術師は伊達じゃないというか……固有結界を出された時点で完全に終わりだったね!!」

「爽やかに負けを認めている場合か!? なんだか分からない内にカリスちゃんの魔術盗られたんだが!!」

「うん。だけど収穫はあったかな。前のめりに攻める二人と違って、俺は少しばかり頭脳プレイをしたからね」

「殴るぞフラット」

 

 握り拳をいきり立たせるライネス。フラットは何事もないかのように無視して、

 

「分かったことが二つと、これから分かることがひとつ。まずメイザースさんはやっぱり虚数属性の空間移動でここに来たこと。その空間移動には制限があること」

「制限? あの紙切れのことか」

「正確には紙から滲んだ文字だね。カリスちゃん、アレがどんな単語だったか見えた?」

「アルファベットがいっぱい出てきたやつですか? ランダムに選んだようにしか見えませんでした」

 

 フラットは口角を上げて、地面に四つ足をつく。

 

「───『ROANOKE』。あの影は小学生の単語の書き取りみたいに、それだけを綴ってた。しかも、ほら、ここを見てください」

 

 カサカサと移動した先で、地面の一点を指差す。そこには墨のような黒い文字で『CROATOAN』と書きつけられていた。

 

「この位置はメイザースさんが出現した場所と同じだ。だったら、あの空間移動は『ROANOKE』が入口で、『CROATOAN』が出口ってことにならないかな?」

「それが制限ということか。これから分かることとはなんだ?」

「出口を逆に辿れば入口に着く。つまり、俺がこの文字の魔術式を解析すれば、メイザースさんがどこから来たのか───薔薇十字団の本拠地が分かるかもしれないってことです!!」

 

 フラットを除く三人は閉口する。

 エスカルドス家が1800年越しに生み出した最高傑作。数々の教室をたらい回しにされた異端の天才、その本領を彼女たちは見せつけられたのだった。

 フラットはくすくすと笑いながら、地面の文字を指でなぞる。

 

「それにしても、ロアノークとクロアトアンかぁ……この魔術の使い手は、一体どんな人なんでしょうね?」

 

 答えを見ながら問題を解くみたいに、彼の語気は確信を帯びていた。

 言いたいなら言えばいいのに。カリスが風情もミステリアスさもない感想を抱いたところ、はたと思いつく。

 

「…………そういえば、飛行機は?」

 

 その後、一行はフラットを置き去りにして空港に急行したものの、見事にフライトの時間を超過。ライネスはチケットを取り直す羽目になった。メイザースは彼女の財布にもダメージを与えたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〝久しいな、ウェイバー少年〟

〝…………貴女、は─────〟

 

 その顔を見て、声を聞いて、抑えつけていた記憶が溢れ出した。

 今となっては亜種聖杯戦争と呼ばれる戦い。

 最果ての海を目指した征服王とともに駆け抜けた、たった数日間の思い出。だけど、それは確かにエルメロイⅡ世の───ウェイバー・ベルベットの魂を貫く芯となる出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2002年、フランスの片田舎。

 そこは知る人ぞ知る観光地……という訳でもなく、特に名産品もない、自然だけが取り柄の田舎町だった。どれくらい田舎かと言うと、地方地図を引っ張り出してこなければ、地名も確認できないくらいには田舎だった。

 だが───だからこそ、裏の世界に生きる者たちにとっては都合が良かったのかもしれない。

 2002年も半ばを過ぎた頃、魔術協会ではある噂が流れていた。

 

〝フランスのド田舎で、英霊召喚の儀式が執り行われる〟

 

 その噂に対する反応は大きく分けて二つ。法螺話だと笑い飛ばす者と、どうせ今回も失敗に終わると鼻で笑う者。

 英霊召喚の儀式は過去に何度か開催されてきた。召喚される英霊や戦いの形式はその時々により変わるが、ひとつだけ変わらないことは、そのどれもが失敗に終わったということ。

 ある時は景品諸共宝具で消し飛んだり、術式の不備で儀式どころではなくなったり、ギリシャではヘラクレスの聖遺物の争奪戦で、サーヴァントが揃う前に魔術師同士の殺し合いで潰れたり。

 それでも、儀式に惹かれる者は一定数存在した。

 魔術師とは少なからずロマンチストだ。誰も見たことがない根源を目指すために人生を懸けるなんて、それこそ夢追い人にしかできない所業だろう。

 潮目が変わったのは、聖堂教会による声明。

 

〝儀式の要たる聖遺物『十界天樹(セフィロト)』。これを神の子の十字架と仮定し、その真贋を見極めるため、監督役・言峰綺礼を派遣する〟

 

 聖堂教会が動いた───そのことで、儀式の信憑性はにわかに高まった。

 儀式の概要は簡潔に表される。

 ①七人のマスターと七騎のサーヴァントの殺し合い。

 ②マスター足り得る者にはサーヴァントに対する三度の絶対命令権が与えられる。

 ③最後に残ったただひとりのみが聖樹を用いて、世界を書き換えることができる。

 しかも、その聖樹は十字架伝説の代物。生命の樹の種から生まれ、シバの女王とソロモン王が封印し、救世主の磔刑に用いられた十字架の素材となった樹だ。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは講義の合間に、閑話としてこんな話をした。

 

「魔術師ならば、根源流出説を知らぬ者はいないだろう。セフィロトという語はそもそも『数の流出』という意味を持つ。生命の樹の図が示す通り、世界はあるひとつの根源より流れ出し、段階的に構成されていった。流出説を真実とするのならば、だが」

 

 十代で典位に到達した天才。若くして一級講師の座につく俊英の授業は、しばしば息抜きでこういった話題を取り上げることがあった。

 この時の内容はそれまでの講義を通じた論文の発表会。ちょうど半数の発表が終わり、しばしの休憩。だが、後半一発目の生徒にとっては気もそぞろな時間に違いない。

 

(そんな話はいいから、さっさとボクに出番を回せ……!! 寝る間も惜しんで完成させてきた超絶怒涛の新論文で度肝を抜いてやる───ッ!!!)

 

 ウェイバーの瞳に燃え盛る、情念の炎。

 あと数分で時計塔に激震が走る。たった三代の家だからとナメてきたクラスメイトは号泣して五体投地を捧げ、ケイネスは新たな才能の到来に自分の価値観の古さに気付く。

 そんな妄想にふけるウェイバーの脳みそは、ケイネスの話をぼんやりと捉えていた。

 

「おそらく、これは生命の樹に英霊の魂を捧げることで、本来の性能を取り戻すための儀式だろう。樹を手にする優勝者は流出源となり、己が思うままのテクスチャを創り出せる……さて、参加しようという者はいるか?」

「とか言って、先生が参加するつもりなのでは?」

「目聡いな、メルヴィンくん。生命の樹に聖遺物以上の興味はないが、英霊召喚を成り立たせる術式と術者には唆られる。無論、戦うからには勝つがな」

(ふっ! 儀式とやらに行く前に、オマエはボクの理論で打ち砕かれるけどな!!)

 

 で、ウェイバーの発表は。

 

「───然るに!! 優れた魔術師に必要なのは刻印や回路ではなく、知識と経験、熟達した魔力の運用です!! これからの魔術協会は無駄に長い家系よりも、ボクのような意欲に満ち溢れた新世代が」

「ウェイバーくん」

「はい! なんですか教授!!」

「素人質問で恐縮だが」

(あっ、終わった)

 

 過去、数多の生徒を粉砕してきた前口上。ケイネスの口元は笑っているものの、目は真っ黒なビー玉みたいになっていた。

 その瞬間、ウェイバーは夢から覚めた。自分が新世代を牽引する若き俊英ではなく、才能うすあじ妄想炸裂ボーイであることを認識することとなる。

 

「───そも、これを論文と言い張ること自体が間違いだろう。他人に主張を理解し、共感してほしいのなら、妄想と事実の区別はすべきだ。その上で、君の言う熟達した魔力運用とやらの有意的なデータを用意しろ。根拠のない論説は学問の世界では妄言に過ぎん。まさか今期の終わりで論文の書き方を教えることになるとは、この私の目をもってしても見抜けなかっ」

「うぐぅおあああああああああッッ!!! 殺せよ! いっそ殺せよォ!! ボクのことが目障りなんだろぉ!? もういいよ、オマエの生え際が後頭部に到達するまでにオマエを超えてやるからなァ!!!」

「ウェイバー、後で私の部屋に来い」

「誰が行くもんか!! 代わりに育毛剤を送りつけてやる!!」

 

 そうして、ウェイバー・ベルベットは号泣の末に教室を飛び出した。後日、ロンドンのとあるドラッグストアで、ケイネスがヘアトリートメントコーナーを物色している噂が流れたが、それはそれとして。

 この恨み、晴らさでおくべきか。ウェイバーは復讐者となった。

 ああは言ったものの、ケイネスの頭髪が散りゆくのをただ待つつもりはない。

 儀式に参加し、悪逆無道のケイネスを打ち倒す。新時代の魔術師が血統主義の俗物を超えたならば、あの論文は後世にも語り継がれる名著となるだろう。

 幸運の女神はウェイバーに微笑んだ。

 本来、ケイネスが手にするはずだった触媒。それが管財課の手違いでウェイバーに送られたのである。

 薄汚れた赤い布切れ。見た目だけなら廃材にも思えるが、布には確かな神秘が宿っており、かつて生きた持ち主の威風を兼ね備えていた。

 同封されていた書類には、その聖遺物の曰くが記されていた。

 ギリシャからインドにまたがる大帝国を打ち立てた英雄。神話的とすら言える偉業を成し遂げ、西洋世界を一変させた変革者。

 アレキサンダー大王。並み居る英霊の中でも、間違いなく最上級であろう真名を目にして、ウェイバーは歓喜の雄叫びをあげた。

 

「勝てる……絶対に勝てる! ボクのサーヴァントは最強なんだ!!」

 

 虚空へ向けてガッツポーズ。彼はすぐさまメルヴィンに路銀を借り、フランスへと渡ったのだった。

 土地に踏み込んだ時、ウェイバーの手の甲に三画の刻印が浮かび上がる。事前の情報から、その刻印が儀式の参加者の資格であることは知っていた。残念ながらその用途までは見抜けなかったが。

 なにはともあれ、まずはサーヴァントの召喚。既に町にいるであろうマスターの襲撃を防ぐ意味でも、召喚は最優先事項だ。

 

「まずは土地の魔力で方陣を……ってどこもかしこも枯れてるとかどんな不毛の地だ!? アイツの頭より荒野じゃないか!!」

 

 ウェイバーはこそこそと町を這いずり回っていた。

 彼の魔力ではサーヴァントを召喚したとしても、弱体化は必至だ。少しでも魔力の豊富な場所で喚ぶことで、ステータスを補強する。

 ……つもりだったのだが。町の土地からはマナが枯れていた。あることにはあるが、とてもウェイバーの求める水準には届かない。

 窮した彼は町から離れた場所を召喚場に選ぶことにした。

 ただでさえ田舎の、さらに郊外。現代から古代にタイムスリップしたような錯覚を覚えつつ、森を突き進む。

 空はすっかり暗くなり、丸い月が浮かんでいた。澄んだ空気が星のひとつひとつを粒立たせる絶景。ただし、ウェイバーは歩き疲れて景色を堪能するどころではなかった。

 

「よし、やっっと着いた……!! ここなら条件もギリギリ満たせる!」

「……ん?」

「え?」

 

 端的に言うと、先客がいた。腰まで伸びる黒い髪の女。スレンダーな体型ながらも、折れそうな腰の下に続く豊かな曲線───ではなく。

 地面に刻まれた魔法円。そして、女は見るからに濃密な神秘を漂わせる木片を鷲掴みにしている。

 彼女はもう片方の手でたばこを一吸いすると、唐突に言い放った。

 

「使うか?」

「使……え? 待て待て! オマエも参加者だろ!? ふつう一触即発の空気になるところじゃないのこれ!?」

「参加者。この刻印か。分かった分かった、今消すから待っていろ」

「何言ってんの!?」

 

 女はたばこと木片を一旦宙に固定した。右の指先に魔力の明かりが灯り、左手の甲をごしごしと擦り付ける。

 手を汚した子どもか、とツッコみそうになるが、女が左手の甲を見せつけると、ウェイバーは目を見開いた。

 

「……消えてる───!!?」

「さあ、私お手製の魔法円だ。使い心地は保障するぞ。それともアレか、見られているとできないタイプか?」

「英霊召喚と男子トイレ事情を一緒にしないでくれるかなァ!? いいのか、本当に使うぞ。いいんだな!?」

「ああ。君が私の役目を負ってくれるというのだから歓迎する他ない。それはアレキサンダー大王ゆかりの品だろう? 私の用意した触媒だと、最も力を発揮できるクラスが被る」

 

 ウェイバーはじろりと木片を見やる。

 なぜこれがアレキサンダー大王のものだと分かったのか。それを問う気概はなかった。あんな動作ひとつで刻印を消した相手に、常識は通用しないだろう。

 

「触媒でクラスまで分かるのか?」

「エジプトの太陽船は知っているか? これはその一部だ。先に召喚されていなければ、ライダーが喚び出されることになるはずだ」

「……クフ王でも喚ぶつもりだったのかよ」

「ふふ。それは時間があるときにでも教えよう。悠長に話している暇があるのか、少年?」

 

 女はからかうように微笑みかける。涼しげな顔が柔らかな熱を伴う様を見て、ウェイバーは咄嗟に視線をそらした。

 ふんと鼻を鳴らし、大股で陣の中心に進み、触媒を置く。ウェイバーは定位置に戻ると、刻印のある右手をかざす。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

「その辺りの詠唱は飛ばした方が効率的だぞ」

「うるさい! オマエみたいな規格外と一緒にするな!」

 

 そんなこんなで、召喚儀式は完了した。途中で何度か噛みかけたり、台詞を飛ばしそうになったが、術式は問題なく起動した。

 目眩く閃光が辺りから影を奪い尽くす。

 その手応えはウェイバーの予想を大きく上回った。術式と回路が直接繋がったかのような感覚。女が描いた召喚陣はウェイバーの未熟さを補って余りある完成度を有していた。

 周囲に影が帰ってくる。おそるおそるまぶたを開くと、

 

「ライダー、征服王イスカンダル! 汝が求めに応じ現界した!!」

 

 ボディビルダーに混ざっていても違和感のない偉丈夫が、木々を揺らす大声で名乗りを上げていた。

 イスカンダルは無垢な少年みたいに輝く瞳を寄せて、問いを投げかける。

 

「我が主たらんとするならば! まずは貴様の願いを余に示してみせよ、マスター!!」

 

 ぐっとこらえて、口を開く。

 

「悪いが、御身のマスターは私ではなくそこの少年だ」

「むっ?」

「…………」

 

 無言で佇むウェイバー。彼のまぶたには大粒の涙が溜まっていた。イスカンダルは気まずそうに表情を歪め、のしのしと少年に詰め寄る。

 

「我が主たらんとするならば! まずは貴様の願いを余に示してみせよ、マスター!!」

「おいこの状況から仕切り直しが効くとでも思ってるのか!? とりあえず謝罪しろ節穴ライダー!!」

「うむ、その威勢や良し! 余のマスターならば何事にも気後れせぬ豪胆さがなくてはな! さあ、貴様の答えを明らかにしてみせよ!!」

「……ボクをナメた奴らとケイネスを見返す!! 正当に評価されさえすれば、ボクの理論は正しいってことを証明してやる!!」

 

 イスカンダルは一瞬考え込み、

 

「つまらん」

 

 ばぢん、とデコピンを叩き込んだ。

 サーヴァント基準では羽虫を叩く程度の威力であっても、ウェイバーからすると北斗神拳伝承者の一撃に等しい。

 

「たわばっ!!?」

 

 如何な物理演算がなされたのか、きりもみ回転で吹き飛ぶウェイバー。イスカンダルはその頭をがしりと掴み、刺々しい視線で射抜く。

 

「なんっとも卑小な願いよ! 身命を賭した戦いの末に望むのが、他者の正当な評価だと!? それは道の過程や終着で勝手についてくるものであろう! 不確かな他人の言葉を最上に置くなど────」

「いきなり願いだのを言わされてケチつけてくるとかパワハラか!? 誰しもがアンタみたいな暴走特急じゃいられないんだよ!!」

「落ち着け、少年。王はこう言いたいのだろう。〝お前の目的は本当にそんなものなのか〟とな。評価だけが欲しいなら舌先三寸の詐欺師にでもなればいい。君は実を伴わぬ虚名を手に入れたいのか」

「待て! なんですかこの状況はァ!? なんでボクが駄々こねてる子どもみたいになってるワケ!?」

「「いや、その通りだろう」」

「黙れェェェェ!!!」

 

 と、不毛な言い争いは四十分ほど続いた。言い争いというよりは発狂する少年にいい大人が正論をぶつけ続けるだけの処刑だったが。

 ウェイバーが壮絶な口論で体力を使い果たした頃、イスカンダルは怪訝な顔をして切り出す。

 

「今更だが、余は貴様らの名を知らぬ。覚えてやるから申してみよ」

「ウェイバー・ベルベット。マスターの名前だぞ、脳みそのシワがボクの綴りになるくらい刻め」

 

 女はしばし沈黙して、ぎこちなく言った。

 

「…………────モイナ・フォーチュン。しがない魔術師だ。今回の戦いに参加するつもりだったが、ウェイバー少年にマスターを託すことにした。よろしく頼む」

(偽名だろ)

「ほう、モイナ。余は魔道に明るくはないが、かなりデキる魔術師のようだな? 我が師匠と近い空気を感じるぞ」

「光栄だ、征服王よ。かのアリストテレスと近しいとは、私に大人の自負がなければ小躍りしていたところだ」

「しかし、解せんな。貴様ほどの使い手ならば、ウェイバーから契約を奪取することもできたであろうに。なぜマスターの役を譲った」

 

 モイナは佇まいを直し、両手のひらを上に向ける。

 

「マスターとなることはこの儀式の一部に組み込まれることを意味する。それよりは儀式の異分子として在る方が私の目的に適うと判断した」

「ふむ。ならば貴様は余の麾下に入れ。生憎マスターはこれなのでな、少しはマシな魔術師になれるよう鍛え直してやってはくれぬか」

「了解した。共同戦線と行こうか、少年」

「くっ! なんだこの疎外感……!?」

 

 そうして、彼らは同盟を結んだのだった。

 目下最大の優先事項は拠点の確保。何をするにも帰る場所がなくてはおちおち戦うこともできない。

 理想は工房を築くこと。ウェイバーはモイナの手腕を見込んで、拠点の選定と作製を丸投げすることにした。

 

「貴様に任す」

「少年に任せた」

「…………はあ!?」

 

 が、イスカンダルとモイナは任せるの一点張りで微動だにしなかった。田舎の常か、町中の明かりはほとんど残っていない。このままでは野宿する事態になる。

 ウェイバーが捻り出した苦肉の策。彼はおもむろに一軒のパン屋に駆け込み、店主夫婦に暗示をかけた。

 三人は外国からホームステイに来たという設定を脳にブチ込み、当分の宿を得たのである。

 半ば物置となっている部屋。深夜の大掃除を行っていると、ウェイバーはすぐ隣の部屋の扉が半開きになっていることに気付いた。

 なんとなしに中を覗く。

 めくれた毛布。開いたままのクローゼット。勉強机の上には道具が放置されている。まるで数秒前まで誰かがそこにいたかのように、部屋は生々しいまでの生活感を残している。

 モイナはウェイバーの背後からぬっと現れて言う。

 

「夫婦の娘の部屋のようだな。名前はエレイシアと言うらしい」

「……どこで知ったんだよ」

「これだ」

 

 一枚の紙を手渡される。青髪の少女の人相が印刷され、フランス語で細かに文章が綴られている。

 

「二ヶ月からここの娘が失踪しているようだ。こんなタイミングで失せ人とは、怪しいと思わないか」

「ボクもそう思う……と言いたいところだけど、アンタが喋ると全部正解みたいに聞こえるのがムカつく!!」

「買い被りだよ。君はマスターだ。この先の戦略を決めてもらわねば、私も征服王も動けない。特に私は彼の麾下にいるからな」

「それならライダーの主はボクだ。オマエがどんなに正しかろうと、ボクはボクの意思でオマエたちを動かす! それだけは履き違えるなよ!」

 

 モイナは微笑み、ウェイバーの頭を撫でた。

 

「ああ、君には期待している。はやく君だけの願いが見つかるといいな」

「あと上から目線をやめろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────戦いの始まりは、実に静かだった。

 互いが互いの肚を探り合う偵察戦。

 七つの陣営の初動は見事に二極化していた。すなわち、追う者と潜む者とに。

 無数の使い魔を放つランサー、バーサーカー陣営。音も影もなく暗躍するアサシン陣営。

 対してセイバー、アーチャー、キャスターは不自然なほどに沈黙を保つ。

 我らがライダー陣営はというと。

 

「遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我こそは征服王イスカンダル!! 余と矛戟を交わさんとする勇者はおらぬか!?」

「違いまあああす!! コイツはイスカンダルなんかじゃありません! 自分を征服王だと思い込んだ一般マッチョサーヴァントです!!!」

「余のマスターはこの通りのチンチクリンである!! 台所に行ったら鴨が鍋を沸かしてまな板に寝そべっているようなものだ!! これを目の前にして二の足を踏む腑抜けが敵ならば、つくづくくだらぬ戦いだがな!!」

「アホか!! こんなんで敵が釣れてたまるかっての!!」

 

 町の外れ。イスカンダルは周囲に魔力と威圧感を振り撒いていた。その声量はさながら歌ヘタガキ大将のワンマンライブだった。

 ちなみにモイナは〝私は少女を探しながら使い魔で見ている〟とのことで不在である。つまりウェイバーはイスカンダルを止めるのに孤軍奮闘しなければならない。

 ウェイバーはイスカンダルの右脛を蹴り続ける。が、彼は蚊に刺されたほどの痛みもないだろう。

 すると、彼らの周囲に三つの影が現れる。

 双槍を携えた美男子。

 穢れた瘴気を放つ漆黒の騎士。

 高みより見下ろす黄金の暴君。

 

「真名を晒してまで敵を引き寄せるその胆力、敬服に値します。主の命により名は明かせませぬが、この槍にて御身の無聊を慰めてみせましょう」

「A……urrrrrr─────」

「雑種風情がよくほざいたものだ。……が、道化としては見所がある。ならばいっそどこまでも無様に、嘲笑の果てに逝くがよい」

「釣れたよ。釣れちゃったよ。なんかかっこいいこと言ってる風の奴が二人と、今時珍しい人語喋れない系バーサーカーだよ。こんな誘いに乗るとか英霊って結構ア」

 

 直後、耳障りな金属音が鼓膜を揺らした。

 空間に穿たれた黄金の孔。そこからひと振りの槍が撃ち出され、イスカンダルが自らの剣をもって弾いた。刹那の内に交わされた攻防をウェイバーの動体視力が捉えられるはずもなく。

 回転する槍が地面を粉々に散らし、刃を横たえる。ウェイバーはその結果から攻防の過程を推測することしかできない。

 

「───喜劇の幕開けだ。鴻毛の如く軽き命ならば、せめて踊り狂って死せよ!!」

 

 これが、儀式における最初の激突だった。

 四騎のサーヴァントによる四つ巴の乱戦…………に巻き込まれる、木っ端魔術師見習い。モイナはそれを意識の端に留め置き、湿った地下路を進む。

 彼女の行く手に転がる、灰白色の肉片。侵入者を仕留めるための眷属たちは、ことごとくが滅ぼされている。

 モイナは肉を踏みしめる感触を気にも留めず、新聞を読みふけっていた。

 ここ数週間の全国紙・地方紙。見出しの大きさは違えど、それらは共通の話題が取り上げられている。

 児童の失踪が増加。誘拐の疑いあり───開けた場所に出て、モイナは新聞を燃やした。

 その光景を一言で表すなら、地獄。

 年端もいかぬ少年少女が、創意工夫の凝らされた器具に成り果てている。調度品であったり、あるいは楽器。魔術師にも人体を加工することはあるが、彼らは用途や性能を度外視した嗜好品に仕立てられている。しかも、この場所の淀んだ魔力に侵されて。

 四肢を取り払われ、臓器を奪われてなお、彼らは生きている───生きていた。

 

「───〝彼らはもはや、飢えることも渇くこともなく。太陽の如何なる焦熱も、その身を焼きはしない〟」

 

 代行者が用いる洗礼兵装、黒鍵。

 祈りの刃に貫かれるまでは。

 

「〝なぜなら、御座の御前におられる小羊が彼らの牧者となり、いのちの泉へと導いてくださるからである〟」

 

 黒鍵が光を放つ。迷える魂を主の御許へ導く浄化の光条。それは地下の闇の中にありながら、影を追いやるように強く輝く。

 捧げる聖句は異端を滅するためでなく、彼らを慈しみ、励まし、包み込むような優しさをもって紡がれた。

 

「〝そして主は、彼らの目に浮かぶ涙を拭い去ってくださるだろう〟────『この魂に憐れみを(キリエ・エレイソン)』」

 

 祈りの刃が散華する。

 彼らの瘴気に染められた肉体が還っていく。

 モイナはその輝きを眺め、紫煙を吐いた。

 

「言峰綺礼。今回の監督役が、なぜここにいる?」

「本職を成していたまでのこと。人間が殺し合う儀式の管理人なんぞより、な」

「なるほど。真面目なのだな、君は。それにしても、監督役がマスターとは反則が過ぎないか?」

 

 言峰の石膏で塗り固められたみたいな表情に、初めて揺らぎが生じる。

 モイナに手の甲を見せてはいない。常に彼女の視界に写らぬようにしていたはずが、見抜かれている。その動揺はしかし、さざ波のうちに掻き消えた。

 言峰綺礼は知っているから。

 この世は、自分の理解の及ばぬモノで満ち溢れていると。

 

「生命の樹に興味はない。私が望むのはただひとつ、神ならぬ人間が創り出す世界の生誕に立ち会うこと。生まれ出づるモノを私が祝福する」

 

 たとえ誰が、流出源となろうとも。

 男は、そう言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 言峰綺礼のサーヴァントはアサシン、百貌のハサン。

 個にして群なる凶手。彼の、もしくは彼女の諜報能力は歴代当主を総覧しても、図抜けて高い。

 百人の人格それぞれが英霊に相応しき暗殺術と特技を持ち、個人であるが故に見解の相違も伝達の行き違いも裏切りもない。

 ある意味で、暗殺者の理想を体現した英霊。それが百貌のハサンであり、彼/彼女たちはたった三日間で他陣営全てのマスター・サーヴァントの拠点を突き止めた。

 さらに。

 人間の粋を凝らしたアトリエ。

 無数の蟲が蠢く洞窟。

 最上級の礼装をふんだんにあしらえた魔術要塞。

 三地点のマスターへ同時に奇襲をかけ、拠点を放棄させるに至らしめた。ちなみに魔術要塞には何者かが爆弾を仕掛けていたらしいが、罠の解除が得意なハサンの手によって事は未然に防がれたのだった。

 儀式の緒戦はアサシンが制した。だが────ゲームチェンジャーは、いつだってそんな時に現れる。

 

「リュウノスケ。人間という生き物はどんな時も自分にないモノを求める性質があります」

「あー、わかるわかる。ていうか旦那、それって当然のことだと思うんだけど。アサシンだかにやられちまったから、俺だって材料欲しいし」

「貴方の言う通りです。無いから欲しいのは当然だ。だからこそ人間は絶望するのです。給料三ヶ月分の指輪、小遣いを貯めて買ったゲーム、ローンを組んで建てた家───欲しいものを手に入れた時、ヒトはあることに気付く」

「おいおい、もったいぶらずに教えてくれよ。俺は堪え性がないって知ってるだろ?」

 

 町の中心。人影ひとつない夜の底で、異相の男は表情豊かに笑いかけた。

 

「苦労して手に入れたモノは結局他人も持っていた、ということですよ。しかも、それは自分より上等であったりします」

「確かに、指輪にくっついてる石ころのデカさがどうので文句垂れてるヤツとかいるよな〜。で、旦那は結局何が言いたいワケ?」

「考えなしに欲しいものを得てしまうから、絶望する。真の幸福は鋼の忍耐と自己理解の果てに、己ではなく他人にないものを手に入れることを言うのです」

「へぇ! 諦めない心だなんて、まるでホビーアニメの主人公じゃんか! いいかな旦那、俺自他ともに認めるクズの悪党の殺人鬼だけどさぁ、ヒーローぶってもいいかなァ!?」

 

 キャスター、ジル・ド・レェ。

 その宝具である魔導書はこの世ならざる深海の魔物を喚ぶ。ジルは魔術の素養を持たず、この宝具だけが彼をキャスターのサーヴァントたらしめる証だ。

 

「『螺煙城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』」

 

 ……それが、フランス以外の場所であったなら。

 

「ええ、リュウノスケ。少なくとも私の時代では英雄の称号は────殺人者に与えられるモノでしたよ」

 

 英雄は堕ちた。

 救国の聖女とともに戦い抜き、オルレアンを奪還し、フランス元帥に列せられた英雄はいまやどこにもいない。

 此処に在るのは殺人鬼。何百人もの幼児を己が愉悦のままに犯し抜き、殺し尽くした反英雄。フランスにおいて、キャスターは最大限の知名度補正を受ける。

 かつてこの国の民がジル・ド・レェに抱いた恐怖と嫌悪。

 周辺都市の幼い子どもを捕らえ、殺した末に得た魂喰らいの魔力。

 カタチなき力が再びキャスターへと凝集し、隠された第二宝具の枷を外す。

 

 

 

「『夜果てぬ涜聖の悦楽園(シャトー・ド・ティフォージュ)』」

 

 

 

 生前、幾度もの背徳を享受した城が顕現する。

 ジル・ド・レェとティフォージュ城。シャルル・ペロー『青髭』、グリム童話『人殺し城』のモチーフと言われる存在。それらが混ざり合い、一体となり、さらに深海の魔物の体躯へと捧げられていく。

 結果、現れるは天を突く肉の魔城。

 月を呑む込むまでの威容を目にして、雨生龍之介は歓喜に打ち震えるが如く叫んだ。

 

「そうだ、そうだよ、そうなんだよなァ!! 俺たちはさ、今まで我慢してきたんだ! 魔力のために人を殺すなんてダサいことをやってきた! 旦那は成ったんだな───誰にも真似できない、唯一無二の、超COOLな芸術(アート)に!!!」

 

 今やキャスターはサーヴァントの規格を超越した。

 とある作家が書き残した、海底神殿に眠る邪神。その御姿を象って、ジル・ド・レェはこの儀式に破滅をもたらす。

 聖女を否定したこの世界を、正しき形に創り換えるために。

 

「ブチ壊してくれよ旦那!! きっと俺は、アンタが創った世界でも変わらな」

 

 瞬間、龍之介の腹が爆竹みたいに弾けた。

 

「……は?」

 

 思わず目を見開く。

 背中から鳩尾を貫通するモノ。はらわたに塗れた木の根っこ。町は一変し、辺りは深い森に覆われている。

 内臓をうねうねと引き千切りながら、木の根が抜ける。すかさず、鞭のように枝が頭部目掛けて振るわれた。

 

「こ……これが人間のやることかよォォッ!!!」

 

 ぱん、といっそ小気味良い音を立てて、地面に脳漿が飛び散る。

 マスターの死に続いて、邪神の分体は悍ましき断末魔をあげた。

 契約した主を失ったから、ではない。

 海魔の城はたとえマスターを失ったとしても、三日三晩は暴れ続けられる力を残していた。では、一体何が彼に死に際の悲鳴をあげさせたのか。

 

「…………十界天樹(セフィロト)とは、救世主が磔にされた十字架を指す。かの男は死の間際、人類の原罪を持ち去り、第六架空要素を廃絶した。これにより、人類が星の霊長に確定し、人理はひときわ規模を拡大することになる」

 

 蛇は嗤う。

 

「聖樹は思うがままのテクスチャを創り出す? ハッ、神の子の聖遺物がその程度であるものかよ。アレは人理に干渉する道具だ。必要量の魂が満たされさえすれば、誰もが人理を自身の色で染められる」

 

 ───そう。たとえ、人理に否定された存在であったとしても。

 

「世界は変わるのか、変わったとしてどんな形になるのか。私はどう転ぼうが受け止めるとするさ。所詮は、次の死を待つ間の実験(戯れ)だからな」

 

 青髪の少女の肉体を操縦するように動かして、蛇は視線を切る。

 

「まずはおまえだ。魅せてみろ────腑海林アインナッシュ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ウェイバーたちは森の中を駆けずり回っていた。

 

「ギャッ……ギャアアアアアアア!! ナニコレ? なんだこれェェ!! いきなりクソデカいタコが出てきたと思ったら植物がタコ喰ってるし、いつの間にか森の中に迷い込んでるし!!」

「否、それは逆だろう。我らが森に迷い込んだのではなく、森が我らを取り囲んだのだ」

「そうだな。不自然に土地の魔力が枯れていたから疑問だったが、この森……アインナッシュが地下に潜んでいたせいだろう。よってライダーの表現の方が近い」

「揚げ足取ってる場合か!? というかアインナッシュってなに!? いつもみたいに知識をひけらかさずに短く教えてくれ!」

 

 モイナはたばこを吹かしながら、

 

「要は人間ぶっ殺しフォレストだ。とりあえずこの町全体は覆われているんじゃないか。普通に魔界だな」

「モイナァァァ!! 逃げ場ねぇぞぉぉぉぉぉ!!!」

「ウェイバー、キャラが崩壊しておるぞ」

 

 腑海林アインナッシュ。

 聖堂教会の仇敵、二十七体の上級死徒が一角。

 初代アインナッシュが命を落とした時、その血を吸収した吸血植物の成れ果て。本来生存に動くことを必要としないはずの植物が、獣の如き殺意と食欲をもって人を襲う怪物となった。

 木々が血を流し、葉の一枚一枚がはたはたと赤黒く点灯する。

 月明かりが照らす夜の真ん中。海魔の城が森に取り込まれ、肉と骨を潰す音とともに血の雨を降らせた。

 ウェイバーはあんぐりと口を開けて、顔面を両手で挟み込んだ。

 

「あんなあっさり負けるのか!? 怪獣大戦争で潰し合う展開じゃないのかよ!」

「いや。単純な性能で比べれば、あの化け物はアインナッシュと同等以上だっただろう。それがああも簡単にやられるということは、マスターを失ったか────」

「────英霊に特攻を有しているか、であろう。何を隠そう、余も魔力を吸われまくっておる」

 

 腕を組み、頷くイスカンダル。彼の五体から金色の粒子が立ち昇り、うっすらと向こう側の景色が透けていた。

 

「死徒は人類史を否定する存在。魔力の収奪はアインナッシュの固有能力だろうが、死徒がヒトの優位に立つ以上、働きも強いか」

「冷静に考察してる場合か! オマエの魔術でどうにかしてくれ!」

「落ち着け、ウェイバー少年。アインナッシュは魔力を吸っているんだぞ。魔術の発動に制限がかかっている」

「魔術が使えないオマエとか、ただの話が長いケツデカ女じゃないか!」

 

 モイナはべしりとウェイバーの頭頂に手刀を落とした。

 

「私をナメるな。私は爪に火をともす魔力でも十全に術を行使できる。ほら、どこぞの誰かが論文に書いていただろう。熟達した魔力運用があればなんたらと」

「ほう、最近どこぞの小僧が言っていた理屈だな?」

「そうだ。どこぞの少年は魔力運用がド下手糞なようだが、私はできる。私はな」

「もういいよ、ボクのことだって言えよ! 白々しすぎるだろ! 白いっていうか悪意で真っ黒だよ!!」

 

 と、無駄な口論を交わしている間に、森の蠢動は激しさを増していた。アインナッシュの知性には獲物を甚振る無駄も、容赦をかける油断もない。

 さながら食虫植物のように、間合いに入ったあらゆる命を簒奪する。生きた森そのものが、餌を捕らえ殺す狩場なのだ。

 

「私が魔術を使わないのは、必要がないからだ」

 

 その時、ふわりと香の薫りが鼻腔をくすぐった。

 きらめくような煙が辺りに満ちる。イスカンダルの霊基から解ける粒子がぴたりと止まり、芳しい香りのベールがアインナッシュの領域を寸断する。

 そうして、どこか高貴な響きの声が空気を震わせた。

 

「『この場における全てのマスターとサーヴァントに告げます。私はシバの女王。ソロモン王との盟約に基づき、特別にルーラークラスにて現界いたしました。まさか名前ひとつでこんな仕事をさせられるとは……いやいや、そうではなくて。時間もないので、本題を』」

 

 こほん、と咳払いをひとつ。

 

「『人類種が聖樹の流出源となっても、まあ、なんとかできなくはありません。ですが、死徒となれば話は別です』」

 

 人類史を否定する生物が、聖樹の流出源となる。

 それは星の霊長の交代を意味する。人理は脈動を絶ち、英霊という存在は幻想に堕ちる。その時、人類史は終わりを迎え、吸血種による新たな紀元が幕を開けるだろう。

 

「『故に、絶対命令権をもってあなたたちに勅令を下します』」

 

 アインナッシュ。

 ネロ・カオス。

 パラノダリア。

 クロムクレイ・ペタストラクチャ。

 グランスルグ・ブラックモア。

 

「『───ミハイル・ロア・バルダムヨォン。総勢六体の死徒の討伐または撃退!! これは人理を護る戦いであると知りなさい!!』」

「さえずるな、雑種」

「『はい?』」

「貴様如きが裁定者を名乗るとは片腹痛い。地上でただひとり、我のみがその称号を持つ!」

「『いや、ちょっ』」

 

 赤い風が吹く。

 死徒アインナッシュの肉体である木々をすり抜けるように切り裂き、ミキサーのように撹拌する斬撃の嵐。

 けれど、それは予兆にすぎない。ほぼ同時に町の中央部───つまり、アインナッシュの中心にて真紅の極光が解き放たれた。

 あらゆる命が生まれる以前の原始地球、赤熱した死の大地。アインナッシュは原初の地獄に焼かれた。かろうじて燃え残った塵でさえ、極光の余波によって原子レベルまで分解される。

 その男は地獄の中心に立っていた。

 右手に異形の剣を握り、胴を守る鎧を脱ぎ捨てて。

 

「───我が今一度、この時代を見定めよう」

 

 最古にして最強の王が、ここに君臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時を遡って。

 アインナッシュは一定の周期で喰らった生物の血を凝縮し、莫大な魔力を宿した実をつける。その実を食した者は仮初めながらも不老不死を得ると言われている。

 不老不死。今も昔も人間を魅了してやまない、人類の到達不能点。アインナッシュの実を求めて樹海に呑まれた者は数知れず、新たな実の材料となった。

 だがしかし。英雄王ギルガメッシュは、数多の魔物・怪物をそれこそ数知れず葬ってきた。彼の死後に現れた生物種である死徒は知識にない。それでも、宝具の弾幕をアインナッシュの再生増殖速度を凌駕する勢いで撃ち込み、ついに実のもとへ到達したのである。

 

「───大儀であった、時臣よ」

 

 英雄王は素っ気なく言の葉を述べた。

 遠坂時臣。極東の大霊地、冬木の管理者である魔術師は深く跪き、王への礼儀を示す。

 

「身に余る光栄。この地に辿り着くことができたのは全て御身の力によるもの。不老不死の理想は今や目の前にございます」

「不老不死。フ、今となっては興味もないがな。永遠は既に、我の手中にある」

 

 時臣に、その言葉は理解できなかった。

 叙事詩において。ギルガメッシュは無二の親友、エルキドゥの死に触れ、半神なれど不死ならぬ我が身の運命を恐怖するようになる。

 ギルガメッシュは不老不死の霊薬を求めて旅に出た。死を恐れ、死の手より永遠に逃れるために。

 結末は、彼がサーヴァントとして召喚されている事実が示す通り。一匹の蛇が不老不死の霊薬を持ち去り、ギルガメッシュは定命のままに旅を終えた。

 だから、時臣には理解できない。結局、ギルガメッシュは追い求めた不老不死を失っているのだから。

 

「時臣、ひとつ問う」

 

 王は時臣へと向き直る。

 

「───命令権を使うのならば、今しかないぞ」

 

 毛穴のひとつひとつを針で刺されるような緊張感が張り詰める。時臣は心臓を掴まれる感覚を覚え、喉元に栓が詰められたみたいに言葉が行き場を失う。

 いずれ来たる、冬木の聖杯戦争。これはその前哨戦であり、あるいは決着となり得る戦いだ。聖樹の流出源となれば、何も冬木の聖杯戦争にこだわる理由はない。

 事実、召喚した使い魔は最強だった。

 全ての英雄の王。絶対命令権という優位がある以上、適切に戦力を運用すれば間違いなく優勝できる。

 その考えが、足元から崩れていく音を聞いて。

 それでも、ようやく彼は声を捻り出した。

 

「……意味を、ご教示いただけますでしょうか」

「とぼけるな。聖樹を手にするはただひとり。一組ではない。貴様らマスターに与えられた絶対命令権とは、最後に自身のサーヴァントを始末するモノであろう」

「聖樹は御身が蔵に収められるべき財でございます。浅ましくも王の宝をかすめ取るなど、」

「だから、貴様はつまらぬのだ」

 

 王の蔵より一本の剣が射出される。

 それは間断無く、時臣の胸を貫いた。

 

「互いに最後は相容れぬ。そこまで理解しておきながら、建前を通すとは。命令権を用いていれば、我を殺す未来もあったというのに」

 

 ギルガメッシュは死体に目をくれることもなく、背後に輝く果実へと視線を注ぐ。

 実を切り取り、口にする。

 どくりと心臓が波打つ。

 血潮が沸き立つ。

 魔力の塊に過ぎぬこの身が、肉へと置き換わっていく。

 ───ここに、ギルガメッシュは受肉した。

 

「霊体にはこのように作用するか。仮初めなれど、生物に不老不死を与える魔力……故に、虚ろなるこの身を受肉させた」

 

 ギルガメッシュはとうに永遠を得ている。

 人類最古の叙事詩、半神半人の王。その物語は世界に刻まれ、ヒトが求める度にギルガメッシュはその時代に蘇る。いつか人類が星を旅立ち、ソラの果てに行き着くまで。

 蘇る度に、人と時代を見極める。

 目に適えば財を蔵に収め。

 目に余れば嵐となって断罪する。

 与えるのではなく奪うことで、ヒトの進化を促す。

 それこそが王の責務。

 それが王の永遠。

 最古の物語として人類の終わりまで寄り添い続ける────ギルガメッシュが無上の英雄たる由縁だった。

 そして、肉体を得たことで。

 

「我は、今を生きる人類となった」

 

 成程、と王は頷く。

 死者の視座からは見えぬモノもある。

 受肉し、人類の一部として再び組み込まれたからこそ、彼は思った。

 ヒトと死徒。どちらが霊長となるべきか、己が武をもって決定すると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 淘汰圧という言葉がある。

 生物進化において、その種の個体数を減らす要因。それは異なる生物種の流入であったり、隕石の激突のような自然環境の劇的変化であったりする。

 地球の冥王代、最初の生命が生まれた時から、生物は何度もの絶滅を経験した。

 命はその度に進化し、地に満ちてきた。適者生存は自然の理だ。進化とは環境に適応し、変化することであって、決して全てがより良くなることではない。

 けれど、生存した適者は変わり果てた後の環境において、無類の強者として君臨する。

 残飯を漁る被捕食者でしかなかった類人猿が、脳を巨大化させ、狩猟具を発明し、自然環境さえも打ち壊す人類となったように。

 淘汰圧の超越こそが、星の霊長に相応しき試練。

 ギルガメッシュは、まさしくこの儀式の淘汰圧であった。

 

「アサシン、バーサーカー、ブラックモア。そして今しがた、聖剣によってクロムクレイが堕ちた。パラノダリアは……」

「ああ、ヤツなら帰ったとも。まあ元々興味本位だったのだろう。おまえはどうする?」

「うむ。潮時だ……と言いたいところだが、英雄王の肉体は捨て置き難い。折角だ、幕引きまでは見届けることにした」

「そうか。ならば見ていろ。終幕は近い」

 

 脈動する聖樹のもと。蛇と混沌は儀式の終わりを見据える。

 数回前の転生にて、ロアは聖樹をかすめ取った。モンテ・クリスト島に在りし財宝を携え、復讐者としてパリに舞い降りたあの男から。

 思えば、ロアに死の実感を抱かせた男は彼ひとりだった。

 薔薇十字の魔術師が気紛れを起こさなければ、蛇は魂を焼く恩讐の炎によって永劫に死することとなっていただろう。

 だが、かの復讐者はもういない。

 自らを陥れた三人への復讐を終えて、彼は歴史の波間に露と消えた。

 だから、ロアは思い知る。

 

「死徒とやらは貴様らで最後だ。確かに、終幕は近いな? 浅ましく地を這いずる蛇よ」

 

 ───英雄王ギルガメッシュ。蛇に死を与え得る存在。

 ソレは現れただけで、モンテ・クリスト伯の炎が如き死のイメージを叩きつけてきた。

 たとえそれが幾度もの転生を繰り返す蛇や、666の生命の因子が渦巻く混沌であったとしても、淘汰圧は分け隔てなく降り注ぐ。

 ロアとネロ・カオスは即座に戦闘態勢を取った。

 空間に設置された数秘紋より放たれる雷霆。混沌の渦の中から襲い掛かる黒獣の群れ。それら一切を、英雄王は宝具の物量で叩き潰す。

 

「ギルガメッシュ───!! ハッ、たかが一都市の王が世界を見定めるだと!? 最古の王……ああ、確かにおまえはそうだろうよ! だがな、最古ということは最も規模が小さく、システムも洗練されていないということだろうが!! 最小の世界で満足していたおまえの器で、この時代が計れるものかよ!!」

 

 ロアは絶え間なく魔術を行使していた。

 その詠唱速度は英雄王の宝具投射にさえも迫っていた。返す刀とばかりに飛び来る宝具を、ロアは雷速の身のこなしで回避する。

 ギルガメッシュは愉しげに笑み、喉をくつくつと震わせた。

 

「然り。故に我は物語によって永遠となった。ヒトの発展とともに我の視野もまた広がる」

「笑わせるなよ英雄王! 所詮おまえは人類史にたかる寄生虫だろうが!!」

「ふっ───人間に寄生するだけの蛇がそれを言うか」

「ああ、言わせてもらうとも! おまえのそれが永遠であるはずがないとな!!」

 

 中指を立てるロア。指先に数秘紋が浮かび上がり、閃光を振り撒く。

 

「武装999」

 

 同時に、ネロ・カオスは疾駆する。

 武装999。666の生命因子をただひとつに収斂し、自身を究極の獣へと押し上げる奥義。

 獣は雷霆と宝具の嵐を光の如く駆け抜け、英雄王の五体に手を掛ける。

 

「───創世の土」

 

 ずぐり、と漆黒の泥がギルガメッシュの肉体にへばりつく。

 ロアとネロの共同研究の賜物。混沌の因子の大半を注ぎ込み、対象を拘束する絶技。それを脱するには、曰く〝大陸ひとつを破壊する〟に等しい力を要する。

 結論から言えば。英雄王であろうと、創世の土という檻を脱することは不可能───────

 

「痴れ者が」

 

 ────そんな想定を、ギルガメッシュは造作なく切り捨てた。

 王が絶対の信頼を置く究極の武装、乖離剣エア。世界を切り分ける宝具はその名の通り、創世の土を世界から切り離す。

 

「王の玉体を泥で穢す不敬!! その命をもって償うがよい!!」

 

 その直後、ロアの右半身が吹き飛んだ。

 ギルガメッシュによるもの───ではない。それは爪で荒々しく千切り取ったかのように、ガタついた断面をしていた。

 

「────は、はははははははっ!!」

 

 なれど、蛇は笑う。時間を巻き戻すようにして肉体を再生しながら、瞳を無垢に輝かせる。

 暗き夜空をくり抜く満月の下、白き影が月光に濡れていた。

 

「此度の逢瀬は趣向を凝らした! 待ち侘びたぞ、真祖の姫君よ!!」

 

 ぱしゃ、と振り払った指先から血と肉片が飛ぶ。

 

 

 

「……いや、別に趣向がどうとか知らないんですけど。とっとと死んでくれない?」

 

 

 

 アルクェイド・ブリュンスタッド。千年城にて眠る真祖の処刑人。彼女はロアの奸計に嵌められて以来、蛇が転生する度に目覚め、命脈を絶ってきた。

 それ故、アルクェイドの出現は当然の帰結と言えた。ロアの十六回の死は、全て彼女の手によるものであったから。

 ギルガメッシュは白き吸血鬼を睨めつけ、

 

「貴様、何者だ」

「あなたこそ何者? 何者っていうか曲者? 半裸の金ピカってキャラ詰め込み過ぎじゃない?」

「見てわからぬかたわけ!! この身は貴様がよく知る英霊のひとりであろう!!」

「知らないわからない興味もな〜い!! 私はロアさえとっちめられればそれでいいの! すっこんでなさい無名金ピカ露出魔!!」

 

 その時、ギルガメッシュは高らかに笑い、途端に般若の面を被ったみたいな表情になった。

 

「────殺す!!!」

「いいや、おまえにその資格はない」

 

 ロアは言い切り、数秘紋を聖樹に叩きつける。

 空へと立ち昇る巨大な紋章。生命の樹、第十のセフィラ・マルクトから次々と模様が組み上げられていく。

 ひらひらと、羽根が降り落ちる。

 最初からそこにいたように、彼らは顕現した。

 光輪を戴き、真っ白な翼を生やしたヒトガタ。───天使。何体もの天の使いが、フランスの大地に降臨する。

 その中にひときわ大きく輝く、ひとりの天使がいた。燃え盛るような髪と瞳、不定形の炎の剣。彼は無感情に告げてみせた。

 

「主の御心に通じんとする者共。荒野を彷徨う小羊よ。神の子に続き、人の世に福音をもたらさんとするならば……我が炎が汝らの魂を選別しよう」

 

 それは、聖樹本来の防衛機構。

 不浄の魂が触れぬよう、正しき願いの人間のみを通す。この儀式が真っ当に進んでいたなら、優勝者が最後に乗り越えるべき壁となる神の炎であった。

 

「私はアルターエゴ・ウリエル。人間と天使の狭間に立つ者。かつて私に勝利したあの男のように───願いの価値を刃にて示してみせよ」

「知ったことか、裁定者気取りの堕天使が!! その役目は我ひとりのモノだ! 聖樹にかける願いなぞもないわ!!」

「私もその金ピカヌードに賛成。儀式とかは勝手にやってくれていいから、ロアだけ残して他所に行ってくれる?」

「────…………い、いやっ、アレだぞ。彼女はともかく、一応今を生きる人類である君には聖樹に触れる資格がだな」

 

 ギルガメッシュはアルクェイドを睨みながら言う。

 

「我がそれに触れる時は蔵に収める時だけだ! まずはこの女を八つ裂きにした後に、貴様を世にも珍しい剥製にしてやる!!」

「うわ〜っ! なんか変な因縁つけられて最悪なんですけどぉーっ!!」

 

 そして、英雄王と真祖の姫君は激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えー、という訳でですね。怪獣大戦争PART2と相成りました。聖樹とかもうどうでもよくなりましたよね? ね?」

 

 ルーラー・シバの女王は物乞いのような目をして聞いてくる。彼女は首に〝出落ちサーヴァント〟という木札を提げていた。

 ウェイバーは先生に怒られる前の生徒みたいなシバの女王を見下ろす。

 

「まあ、ボクもあんな奴らの戦いに割り込もうなんて気はないけどさぁ……」

 

 周囲に響き渡る戦闘音。天使の血肉が飛び散り、転がった頭部がこつんとウェイバーの靴を叩いた。

 背後に広がる光景を例えるなら、黙示録だった。ただ、天使を狩る征服王と双槍の騎士、水銀を操る魔術師がいるという点を除いて。

 

「実際問題どうにかしなきゃいけないだろ! ロアだか何だかに滅茶苦茶される前に! ギルガメッシュ除いたらサーヴァントはライダーとランサー、あと何してるんだかよく分からないセイバーだけなんだぞ!?」

「それは分かってますけどぉ〜!? じゃあみんなでバンザイしながら特攻でもしろって言うんですかぁ〜!?」

「ええ、それしかないでしょう」

「うむ、突撃は戦場の華である。要は儀式の黒幕さえ潰せばよいのだ。戦況としては悪くない」

 

 ランサーとライダーは平然と肯定した。

 シバの女王は目と口を大きく開けて硬直する。そこで、モイナが積み重なった手押し車を持ってきて、

 

「話は決まったようだな。これをライダーの戦車にくくりつけて向かおう。きっと楽しいぞ」

 

 かくして、三騎のサーヴァントと三人の魔術師は聖樹の御許へ走る。向かい来る天使の軍勢を打ち砕き、ひたすらに突撃する。

 ランサーのマスター、ケイネスはがたがたと跳ね回る荷台で微動だにせず、いつもと変わらぬ調子で言った。

 

「期せずして呉越同舟という訳だ、ウェイバー・ベルベット。この戦いで少しは魔力の運用も熟達───ぶふっ! ……熟達したか?」

「おい髪の毛毟るぞ」

「であろうな。魔術の研鑽に最も肝要なのは時間だ。たった数日で見習いが一人前になれるはずもない」

「……だから何だよ」

 

 魔術師の強さは積み重ねた時間の長さ。

 確かに、短期間で急激に成長することはある。たった一戦で見違える者もいる。けれど、それらの覚醒は過去の経験が繋がった集大成だ。

 故に、ウェイバー・ベルベットの魔術の技量が都合よく向上することはない。少なくとも、この戦いにおいては。なぜなら、彼は土壌となる経験も知識も途上にあるのだから。

 モイナは懐を探りながら、ウェイバーに告げる。

 

「君には未来がある、そういうことだ」

 

 一冊の本を手渡す。どこにでもあるようなA4のノート。それは金箔でデコレーションされており、強烈なミスマッチを感じさせた。

 

「なんだこれ、金箔が手にくっつく!」

「作りたてだからな。私の研究を君向けにアレンジしてある。そこに書いてあることを一字一句理解できるようになれば……うん、一人前にはなれるだろう」

「……結局、オマエが何者かまだ分からない」

「なに、ただの魔術師さ。君と変わらない、普通の人間だよ」

 

 ウェイバー・ベルベットがモイナの真相を知ることはついぞなかった。彼女はただただ魔術師として在り続け、ウェイバーを導いたのだ。

 ───その激突は、熾烈を極めた。

 

 

 

「『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』!!」

「────『空想具現化(マーブル・ファンタズム)』」

 

 

 

 英雄の王と原初の一。

 人と星の衝突。互いが互いの究極に位置する者同士の殺し合いは神話も色褪せる眩さを放ち、双極の最強は同時に消滅した。

 結論から言えば、ウェイバー・ベルベットが儀式の終幕に影響を及ぼすことはなかった。ネロ・カオスとランサー陣営の戦いも、モイナとロアの魔術戦も、到底割って入れるほどの実力はなく。

 それ故に、征服王イスカンダルと神の炎ウリエルの決戦でさえも、彼は立ち尽くすことしかできなかった。

 

「『いと高きところには栄光、神にあれ(グローリア・インエクセルシス・デオ)』」

 

 それなるは天軍。

 いと高き至天の玉座を守護する天使の軍勢。

 四大天使が一角、ウリエル。彼は天使の名を持つ存在の中で唯一、英霊としての召喚を可能とする。

 745年、時の教皇ザカリアスは民間で過熱する天使信仰を抑えるため、ミカエル・ラファエル・ガブリエルを除く全ての天使を堕天使に認定した。

 だが、教皇の一決定で人の信仰を変えられるはずもなく、ウリエルの人気は各地で根強く残り続けることとなる。

 その中で、ウリエルを保護する方便として用いられたのが〝ウリエルは堕天したが、赦しを受けて聖人となった〟というものであった。

 

「征服王イスカンダル。汝もまたヒトの到達点に立つ者。───この炎を乗り越え、先に進むがよい」

 

 だから、天使であり人間であるウリエルだけは英霊の資格を有する。

 しかしてそれはある種、ヒトの極点に立つ者でなければ、相対することさえできない。天使と人間は明確に魂の位階が区切られる仲であり、その境界を覆すことはできないのだから。

 

「刮目せよ、ウェイバー・ベルベット」

 

 人の力など及ぶべくもない、神の炎と天使の軍勢。

 それらを前にしてなお、イスカンダルは堂々たる振る舞いを崩しはしなかった。

 

「未だ願い無き貴様に、我が全てを見せてやる!」

 

 ギルガメッシュが人の個の究極であったとするならば。

 イスカンダルはまさしく、人の群れの至高─────!!!

 

 

 

「『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』!!!」

 

 

 

 ───ウェイバーはその光景を表現する語彙を持たなかった。

 征服王の軍勢と神の天軍の衝突。

 絢爛にして怒濤の戦争。

 両者の戦いは己が血肉を握り固め、ぶつけ合うに等しかった。一体一体が人を超越し、均質化された天軍。ひとりひとりが英霊たる技能を有し、多様化された軍勢。二人は持てる能力の全てを懸けて争った。

 神の炎を乗り越え。

 雷轟の戦車は天使へ迫る。

 勝負は一瞬。振るいあった剣が、互いの心臓を断ち切った。

 

「人の子よ。我らが愛しき人の子よ。汝らの歩みはいつかきっと暗き星の海も越えて、天に至る。私は、その日を待っている」

 

 ウリエルはどこまでも天使で、聖人だった。

 そして、イスカンダルは。

 焼け爛れた大地の中心で、太陽のような微笑みを向けて。

 

「これからだ、ウェイバー。貴様の道はここから始まる! たとえ如何なる苦難が待ち受けていようと、忘れるな! 貴様は確かに余の戦友であった!!」

 

 ───願いは見つかったか。

 ウェイバーは答えた。

 青臭く、現実も見えていない理想を。

 誰もが鼻で笑うような願望の形を、イスカンダルは何も言わずに受け止めた。

 

「……そうか。ならば、これは要らぬな」

 

 そう言って、彼は聖樹を斬った。

 ───ともかく、それが少年の終わり。

 ウェイバー・ベルベットは知り得ない。それぞれの戦いの趨勢も、セイバー陣営が何を目的に動いていたのかも。また、そこからモイナと会うこともなかった。

 二年後。ネロ・カオスとの戦いで魔術師としての機能を失ったケイネスと、義妹ライネスの策略によってエルメロイⅡ世の名を背負わされた頃───冬木市にて聖杯戦争が行われる。

 自分の弱さは自覚していた。

 それでも、もう一度、ライダーとモイナに会えるかもしれない。そう考えて日本に向かった。

 そこで見たのは、相争う二体のサーヴァント。上空から太陽の破片を落とす黄金の船と、一切の爆撃を無傷で防ぎ切り、相手を退去させてみせた魔術王の姿だった。

 冬木の御三家はみな敗退した。間桐は船の爆撃によって跡形もなく消し飛び、アインツベルンは急造のホムンクルスをマスターにすることしかできず、活動限界を迎えた。遠坂の幼い当主はアーチャーの奮戦に甘んじて、逃げることしかできなかったと語る。

 

〝エジプトの太陽船は知っているか? これはその一部だ。先に召喚されていなければ、ライダーが喚び出されることになるはずだ〟

 

 黄金の船を見て、思った。

 モイナは確かに、この地で戦っていたのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───エジプトの太陽船。この触媒に該当する者は多いだろうが、ノアトゥールに声を届け、他の何をも破壊しない魔力の超精密制御……これを成し遂げられるのは一柱しか思い浮かばない」

 

 冬木、大空洞。ローゼンクロイツに屈辱の失神KOをくらったカルデア一行も入り混じる面子の中で、エルメロイⅡ世は語る。

 

「エジプト神話における世界の力の源を擬人化した神・ヘカ。魔術、魔力を意味する名の神霊だろう」

「話が長え」

 

 ノアはごっすんとエルメロイⅡ世の頭を叩いた。

 

「うごおおおおおおッ!!!」

「結局何もできなかった、で終わる話をなに長々と続けてんだおまえは!? 出番ってのは限られた資源なんだよ、詫びとしてメイザースのノートを俺にも見せろ!!」

「一話丸々過去話で使った人が何言ってるんですか」

フォフォウフォフォフォウ(半年間出演ゼロにしてやろうか)

 

 ノアに鋭い言葉を突き刺す立香と、この世で最も出番の大切さを知る獣フォウくん。Eチームサーヴァントたちは思い思いの感想を述べる。

 

「……やっぱり、ゲーティアが何もしなくても滅んでたんじゃないの? この世界」

「ジャンヌさん、それは諦めです。人の諦めない心こそがこの世界を存続させてきたのです」

「ロアさんは諦めるべきだったと思いますがねえ」

「つーかセイバー陣営はなにやってたんだ」

「ウェイバーさん視点の情報しかないので何も分かりませんわ」

 

 思ったより世界は砂上の楼閣だった。滅びの種は案外どこにも転がっているのだ。実際一度は滅んでもいることだし。

 聖堂教会の二人、マーリオゥとノエルは死んだ魚のような目になる。

 

「……つくづく、よく生きてたな。ブタ」

「ブタは余計じゃありません!? まあ今はロアのクソもネロ・カオスも死んでるんでノエルちゃん大勝利ですけど!!」

フォウ(うわキツ)

「テメェは何もしてねえだろ」

 

 何とも言い難い雰囲気が場を支配する。シオンはげほげほと咳払いを連発し、彼らの目を自身に向けさせた。

 

「まだ私の予測は破綻していません。薔薇十字団に対する敵意はみな同じ……であるのならばッ! ここに時計塔と聖堂教会、アトラス院にカルデア───四つの勢力をもって薔薇十字団を叩きのめしましょう!!」

 

 生返事がそこかしこから返ってくる。

 全員それしかないことは理解していたが、意欲を沸き立たせるだけのモチベーションはとっくに失われていた。主にエルメロイⅡ世の長話のせいで。

 ジャンヌは盛大にため息をついて、のっぺりと肩を下げた。

 

「それは良いですけど、実際問題どうやって潰すのよ。あれだけ神出鬼没なら捕捉しても逃げられるじゃない」

「……いや、それは違うかもしれない。ジャンヌ・ダルク」

 

 エルメロイⅡ世は携帯端末の画面を見せる。

 そこには、ダブルピースを掲げるフラットの笑顔が映っていた。

 

「ウチのアホが、奴らの本拠地と見られる座標を掴んだ。───まだ、趨勢は決していない」

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