自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第10話 黒騎士と鉄の処女

「『皆さんどうもこんにちは、ムニエルです。Dr.ロマンに代わって、オペレーターを務めさせていただきます。一応カメラ回しておきますね』」

「『おっと、私を忘れてもらっちゃあ困るなあムニエルくん。美少女サーヴァントたちを録画しようたってそうはいかないぜ?』」

「『グエーッ! 貴様はダ・ヴィンチちゃん!! この録画はカルデアの記録、いや人類史の宝として……ギャアアア!!』」

「あの、初っ端からふざけるのやめてもらっていいですか。どういう状況か分かりづらいです」

 

 マシュの冷静なツッコミが、カルデアの管制室に向けられる。

 ノアたちが西の砦にて、ヴラド三世と飛竜を退けた時から遡り。彼らと分かれたもうひとつのチームは、北にて竜の魔女への抵抗を続けているという砦を目指していた。

 こちらは立香(りつか)、マシュ、ジャンヌ、マルタ、マリーの五人。もう一方のチームとは比べ物にならない華やかさに溢れている。比較対象のレベルが低すぎるというのもあるが。

 ロマンがノアたちのオペレーターに回ったことで、ムニエルとダ・ヴィンチが立香たちを補佐することになった。機器による通信という概念がないジャンヌたちの目には、それは奇異なものとして映っただろう。

 マルタは空中に投射された映像を興味深そうに眺める。

 

「へえー、こんな便利なものが発明されたのね。ラザロが病気になった時も、これがあればもっと早くあの人も来てくれたんでしょうけど」

「ヨハネによる福音書第11章ですね。私も神の声だけでなく、この通信のように姿も見せてくれたらいいのにと思います」

「そうそう、少し抜けてるところがあるのよね、あの人たち」

 

 何とも立ち入りづらい話をする聖女コンビ。ヨハネの福音書第11章は、マルタの弟であるラザロが病死し、洞窟に葬られたところ、駆け付けてきた神の子が彼を復活させるという話である。

 現代ではあくまで伝説として受け止められているが、マルタの口振りから察するに、どうやら現実に起こったことらしい。立香以外の話を聞いていた者は全員、度肝を抜かれる気分だった。

 立香は首を傾げてマシュに問う。

 

「なんでみんな驚いてるの?」

「伝説だと思われていた出来事が本当だった……簡単に言えばツチノコやチュパカブラが発見されたようなものです」

「なるほど! つまり救世主はUMAだった……?」

「どんな思考回路をしたらそうなるんですか!?」

 

 いかにも陰謀論者が沸き立ちそうなトンデモ解釈を言い放った立香に、マシュは更なる驚きに見舞われる。

 とは言っても、Eチームの片割れが別の場所にいることで、いつもの騒々しさはない。それだけでマシュの心労はいくらか軽減されていた。

 すると、マリーがぴょんぴょんと跳ねながら手を挙げる。

 

「はい、はい! ジャンヌさんに質問してもいいかしら!」

「い、一体なんでしょう」

「ジャンヌさんの頭のそれ、どうやって付けているの?」

「………………」

 

 言われて、ジャンヌは固まった。

 マリーの疑問は確かに理解できるものだった。彼女が頭に付けているサークレットと思しき装飾品。それは紐などで固定しているわけでもないため、一見してどう付けているのか分からない。

 しかし、当の本人が答えづらそうにしているのは何故なのか。不審に思った立香は、顎に手を当てながら考察する。

 

「うーん、髪の毛にくくりつけてるとか」

「見るからに金属製の重たそうな材質ですし、それでは毛根が耐えきれないのではないでしょうか」

「聖女なんだから毛根も他の人より強いんじゃない?」

「あなたは聖女を何だと思っているのですか?」

 

 嘆くマルタだったが、竜をも殴り飛ばす彼女も聖女のイメージを歪めていることに気付いていなかった。

 このままでは誤解が加速する。そう踏んだジャンヌは、顔を真っ赤に染めながら言い放つ。

 

「こっ、これは信仰パワー! そう信仰パワーです! 私の信仰心が実り実ってこのような奇跡を可能としたのです! そういうことにしておいてください!」

「聖女としてあり得なくもないラインを突いてきましたね、先輩」

「うん。やっぱり設定が定まってな」

「あー! ほら、砦が見えてきましたよ! そうだ、誰が一番先に着くか競争でもしますか!」

 

 苦しい言い訳を述べたあと、ジャンヌは我先にと砦へ走っていった。その速さたるや、ランサークラスにも負けない敏捷力を発揮している。

 視界の先にある砦は、堅固な城壁と広大な土地を備えた、街とも言うべき場所だった。所々が荒れているが、防御だけは怠っていない。竜の魔女の攻勢を凌げている要因と言えよう。

 ジャンヌを追って一行は街へと足を運ぶ。ちなみに、呪いを受けているマルタはマリーが召喚したガラスの馬に乗っていた。

 門をくぐり、少し行ったところでジャンヌは地面に屈んでいた。その視線の先には、倒れ込んだフランス兵の姿がある。

 即座に一行は駆け寄り、ジャンヌは言った。

 

「大丈夫です、死んではいません。どうやら気絶しているだけのようです」

 

 体を診たところ怪我をしている部位はない。命に関わるような症状は見当たらないが、その顔は苦悶に満ちている。

 立香が不意に横道へ視線を投げると、点々と人が倒れていることに気付く。一行は念の為彼らを調べてみるも、一様に気を失っているだけだった。

 奇妙なのは、道を進んでいく度に倒れる人の姿が多くなっていること。そこで、マシュがびくりと体を震わせる。

 

「先輩、なんだかとても嫌な音がしました」

「嫌な音? ……本当だ、変な音が聞こえる」

「用心して進みましょう! 何かあればわたしの宝具で守ります!」

 

 不穏な空気を打ち破る明るさで、マリーが先導する。

 歩く度にその音は大きく、近くなっていく。まるで耳の奥にナマコを突っ込まれているような不快感を催す音だ。

 そして、それが人の声であることに思い至る。地獄の釜の蓋が開いたとでも思わせるほどの怪音波。

 音の出処は近い。立香はサーヴァントたちに呼びかける。

 

「この先に敵がいることは間違いないです! 力を合わせて勝ちましょう!」

「はい、先輩。この不快な音…相手は悪魔や怪物の可能性もあります。くれぐれも油断はしないように!」

 

 そうして、一行は意気揚々と飛び出した。

 その先では。

 

 

 

 

「恋はドラクル(朝は弱いの)優しくしてね♪ 目覚めは夜の一時過ぎ〜♪」

「おお……!! 悍ましくも心をまさぐる凄絶な歌声──! これもひとつの芸術の在り方か!!」

「安珍様、わたくしもお側に参ります……今度こそ逃しませんわよ……ぐふっ」

 

 

 

 

 見るも地獄、聞くも地獄の悪魔的なコンサートが開催されていた。

 一面はまさに死屍累々。破滅的な歌声にやられた兵士や市民の人々が泡を吹いて昏倒し、積み重なっている。

 そんな観客の事情を知ってか知らずか、竜種の特徴を備えた少女はステージの上で存分にパフォーマンスを披露する。質が悪いのが、彼女の調子が上がると、歌声は酷くなっていくことだ。

 既に聞くに堪えないというのに、底無し沼のように最低値を下回る脅威の音痴。意識を保てているのは、鎧を着た男と着物姿のサーヴァントのみだった。

 後者はほぼ虫の息だが、鎧を着た男だけは眼球が突出するほどに聞き入っている。

 その男の姿を認め、ジャンヌは言った。

 

「…………ジル、何をしているのですか?」

「じ、ジャンヌ!? なぜここに! 処刑されたはずでは……いえ違うのです、これは決して推し変をしたという訳ではなくアイドルなる異文化に触れ──」

偶像(アイドル)!? キリスト教では偶像崇拝は禁止されていますよ!?」

「すごい勘違いをしている……ジャンヌさん、ちょっとこっちに来てください!」

 

 立香に呼ばれ、ジャンヌはとぼとぼと彼女に歩み寄る。生前、全幅の信頼を置いていた男が禁忌を侵した事実は、ボディブローのように効いていた。

 アイドルという言葉が持つ意味は、昨今大きく変わっている。ステージ上で冒涜的な音波を撒き散らす少女は、おそらく近年の意味でのアイドルだろう。

 

「たぶん、この場合のアイドルっていうのは、みんなの憧れの的だったり芸をして人気を集める人とかそういう意味ですよ。偶像崇拝まではいかないと思います」

「そ、そうなのですか。私はてっきりジルが禁忌を破ってしまったのかと」

「むしろジャンヌさんがアイドルですよね! キレイだし熱狂的なファンもたくさんいるし!」

「聖女とはアイドルだった……?」

 

 マシュの呟きを聞いて、ジャンヌとマルタはステージを眺めた。

 

「「流石にアレと一緒にされるのは」」

「ええ、そうでしたね。ごめんなさい」

 

 

 

 

 気を取り直して。

 地獄のコンサートを止めた後、気絶していた人々は続々と意識を取り戻した。彼らにコンサートの記憶は残っていなかった。あまりのストレスに解離性健忘を引き起こしたのだ。

 なぜコンサートを行っていたのかと言えば、

 

「ブタどもへの慰問ライブよ! 本当なら入場料その他諸々を搾り取るところだったんだけど、それをしない優しさもアイドルには必要よね!」

「拷問ライブでは?」

 

 着物姿のサーヴァントが毒づく。

 つい数日前、この街は竜の魔女による襲撃を受けた。ジルを筆頭に防戦に徹するフランス軍だが、敵にサーヴァントがいることであっという間に劣勢に追い込まれる。

 その時、助けに入ったのが二人の少女、エリザベート・バートリーと清姫であった。

 アイドルを自称するエリザベートが、奮戦した兵士たちを慰労する意味で今回の事件は起こった。ともすれば、竜の魔女と戦う前にこのライブで死者が出ていたかもしれない。

 一行はジルに事情を説明した。竜の魔女を倒すための頭数は全く足りていない。極論、竜の魔女が従えるサーヴァントを全て倒したとしても、飛竜を殲滅できなければ多くの人間が死ぬ。それはもはや敗北なのだ。

 さらに言えば、竜の魔女は聖杯の力によって無尽蔵に竜を生み出すことができる。時間を与えればそれだけ敵の戦力は増えていく。

 

「ジル、あなたにもう一度、無謀な戦いに付き合わせてしまうこと、申し訳なく思います」

「いえいえ、気にしないでください。一時とはいえ貴女が復活したことは、かの救世主に並ぶ偉業ですしこの戦いが終わった暁には新たな福音書、否、聖書を編むことも辞さない覚悟です」

「辞してください」

 

 ジルの早口を一言で切って捨てるジャンヌ。

 その様子はさながら反抗期の娘と父親のようだった。共にオルレアンを奪還した戦友として、深い信頼関係が築かれている証だ。

 遠巻きで見守る一行に、ダ・ヴィンチから連絡が入る。

 

「『やあみんな、突然だけど朗報だ。ノアくんのチームが聖人を発見したよ。しかも竜退治で名高いゲオルギウスだ』」

「まあ、これは良い話ですわね! アマデウスがいるということで心配だったのだけれど、新しい仲間を手に入れてパワーアップですね!」

「ええ、偶にはリーダーも活躍するようです。わたしたちも負けてはいられませんね、先輩」

「うん、これでジークフリートさんとマルタさんが復活すれば……」

「『ああそうだ、ひとつ言い忘れてた』」

 

 わざとらしい言葉を吐くダ・ヴィンチ。嫌な予感しかしないそのフリに、立香とマシュは顔色を青くした。

 

「『サーヴァント反応がふたつと、飛竜の大群が接近している。うん、まあ、頑張りたまえ!』」

「「それを先に言うべきでは!?」」

「『いやあ、でもこの報告が先だと悪いサプライズになってしまうだろう? 心優しいダ・ヴィンチちゃんとしては、君たちに良いサプライズをしたかったんだ』」

「上げて落とす最悪の手法ですよね!?」

 

 立香の絶叫とともに、太陽の光を遮るほどの竜の群れが飛来する。

 その中には、リヨンの街で相見えたサーヴァントの姿があった。狂奔する黒き騎士と、雪のように白い妖艶なる美女。エリザベートはその女を睨みつけ、槍を取り出した。

 そして、仰々しい所作で立香に指を突きつける。

 

「そこの子ジカ、私のマネージャーを任せるわ。あの女を倒すためよ、ついてきなさい!」

「えぇ!? それじゃあマシュ──」

「……いえ。行ってください、先輩」

 

 マシュは立香に顔を向けることなく、言葉を返す。その視線の先にはランスロット。彼はジャンヌとマシュを標的に、洪水のような殺気を放っていた。

 一瞬でもその姿を視界から外せば、対応する間もなく殺される。濃密な死のイメージを突きつけられ、マシュは息を呑んだ。

 立香は戸惑いを振り切り、指示を飛ばす。

 

「マリーさんはマシュとジャンヌさんの援護をお願いします。清姫さんは私たちについて来てください。ジルさんには竜の相手を任せます」

「分かりました! どうか気をつけて!」

「あのトカゲ女と一緒に戦うのは癪ですが、これも安珍様に近づくため。全力を尽くしましょう」

 

 

 

 

 

「Arrrrrrrrrrrr!!!」

 

 漆黒の騎士は駆け出す。

 敵の優先順位はジャンヌ、マシュ、マリー。血を分けた子の面影を持つマシュですら、今のランスロットにとっては殺すべき対象にしかならない。

 彼には特殊な能力も、強力な宝具も必要ない。

 超常的な技を本能のままに振るうだけで、並のサーヴァントは木っ端微塵に砕け散る。

 虚実織り交ぜた嵐のような連撃。

 武器と体を一体化させた超絶の技量。

 それを前にして命を繋ぎ止められていたのは、ひとえにジャンヌとマシュが防戦に秀でたサーヴァントだからであろう。

 二人が守り抜くのはマリー。攻防の合間を縫って、ガラスの弾丸や魔力を込めた風をランスロットへ撃ち込む。

 しかし、それらは両手の得物が巻き起こした斬風の前に吹き飛ばされる。

 

「これが円卓の騎士──! 知ってはいたけれど、なんて強さ……!!」

「マリーさん、決して私たちの前に出ないように。守り切れる保証はできません」

「ジャンヌさん、わたしのことはマリーと呼び捨てにしてくださって構いませんわ。だって、仲間でしょう?」

「──はい。攻撃は任せます、マリー!」

 

 ランスロットの剣とジャンヌの旗の穂先が衝突する。彼女は後ずさり、次いで放たれた一撃をマシュが防いだ。

 刹那、無数の乱撃がマシュを襲う。

 全ての攻撃が必殺。だが、彼女の盾の防御を抜くには至らない。

 円卓最強の騎士ですら破ることのできない守り。それでも彼女の攻撃は悠々と躱される。

 元々、マシュ・キリエライトは戦闘に向いた人間ではない。他者を傷つけることなんて、したくもないしされたくもない。

 小さな箱の中で育った彼女にとって、殺し合いなどという行為は吐き気を催すほどに醜いものだった。

 ──けれど、それでは護れないモノがあることを知った。

 それはいつだって唐突に、理不尽に、命を奪っていく。

 脳裏に焼き付く火災の記憶。死んで良い人間なんているはずがなかった。この身を捧げることであの世界を取り戻せるなら、彼女は迷いなくそうするだろう。

 だが、時を巻き戻す術はない。

 

(だから──わたしは、わたしにできることをやるしかない)

 

 ありったけの力を注いで、大盾の尖端を地面に叩き付ける。

 視界を白く染め上げる砂煙。ランスロットの視覚を一時的に停止させるが、彼にこの程度の晦ましは意味をなさない。

 研ぎ澄まされた感覚は、頭上から墜落する大盾を捉えた。

 それとほぼ同時に斬撃が繰り出され、盾を弾き飛ばす──そこに、マシュの姿はなかった。

 

「は、あああぁぁぁっ!!!」

 

 ランスロットの背後。煙に体を隠したマシュの拳が、彼の顔面を打ち据える。

 黒騎士の体がぐらりと揺らぐ。

 マリーはその隙を見逃さなかった。

 

「『百合の王冠に栄光あれ(ギロチン・ブレイカー)』!!」

 

 ガラスの馬に乗り、華の乙女は疾走する。花弁を散らし、薫風とともに突進するその宝具は、王権の敵対者を打ち砕く力の象徴であった。

 王権の敵対者……裏切りの騎士と誹りを受けたランスロットには、国は違えど最大の威力を発揮する。

 漆黒の甲冑が粉砕される。胸の右半分がごっそりと抉られ、おびただしい量の血が噴き出す。

 その一撃は霊核に届いた。

 紛れもなく致命傷であり、消滅は逃れ得ないだろう。

 けれど。

 

「Arrrrrrrthurrrrr──ッ!!!」

 

 蝋燭の火が消える直前、一際まばゆく燃えるように。

 憎悪の魔力が撒き散らされる。

 空間を割るような異音を伴い、その手に一本の剣が現れる。

 それこそはアロンダイト。

 湖の乙女に授けられた、無毀の名剣。

 己が切り札を携え、ランスロットはジャンヌへと吶喊した。

 斬撃の威力、技の冴え。そのどちらもが前とは比べ物にならない。宝具を使う暇も与えず、刃を振るう。

 

「ぐ、うっ……!!」

 

 急所への攻撃はかろうじて防ぐ。しかし、見る見る間にジャンヌの体には傷が刻まれていく。

 殺す。

 問答無用で殺す。

 この女は、この女の魂は、あの王とよく似ている。

 あの剣を引き抜いた時から/神の声を聞いた時から。

 ブリテンのために/フランスのために。

 王として/聖女として。

 ──戦うことを決定付けられた。

 たとえその結末が、悲劇に塗れたものであったとしても。

 自分の働きで、民が救われればそれで良い。

 だから、あの女に惹かれるのは必然だったのだ。

 彼女は道具でしかなかった。王の妃となることで、その地位を確たるものとする道具。

 自らもまた同じ。騎士となるべく育てられ、鍛えられた。民衆のための歯車として、この身はあったはずだ。

 しかして、二人は出会う。

 恋に落ちた。

 その先に未来などない、焼け落ちるような激情。この世界にふたりさえあれば良い。そう思えるほどの愛だった。

 それが露見したとき、王はランスロットを裁こうとはしなかった。その優しさ故に。

 それだから、今もこうして罪を背負い、正気を失ってもなお憎悪に狂っている。

 せめて、願う。

 王よ/聖女よ。

 どうか私を裁いてくれ───

 

「……貴方はもう、休みなさい」

 

 ジャンヌは懐から一枚の木板を取り出す。ルーン文字が刻まれたその板は、リヨンの戦いにてノアに与えられたものだった。

 サーヴァントの傷を癒やし、強化する魔術。魔力を流すとともにそれが発動し、板は砕け散る。

 起死回生の一撃。旗の穂先がランスロットの胸を打ち、彼の体からがくりと力が抜けた。

 全身が光の粒となって空気に溶けていく。

 彼の頬には涙が伝っていた。

 

「……ギネ…………ヴィア───」

 

 ランスロットが最期に呼んだ名は、王のそれではなく、唯一愛した女のものだった。

 

 

 

 

 血の棘が飛び、滑空する竜の爪がエリザベートと清姫を狙う。

 

「瞬間回避!」

 

 立香の礼装による補助を受け、二人は攻撃を回避した。

 サーヴァントの数では立香たちに利がある。だが、エリザベートと清姫の攻撃は一度も敵のアサシンに命中していない。

 それは、アサシンが飛竜を従えているためだ。

 時に竜を盾に使い、時に自らを囮に竜をぶつける。アサシンの手練手管による攻防は、サーヴァントの人数差をものともしていなかった。

 エリザベートと清姫は、一旦立香の元に戻る。

 

「ああ、もう! うっとうしいったらありゃしないわ! あんなのが未来の私なの!?」

「あっちもエリザベートで、こっちもエリザベート……どういうこと?」

 

 立香は首を傾げた。

 敵のアサシンの真名は、エリザベート・バートリーだとロマンが言っていた。しかし、今味方として戦っている少女も同じ名前を名乗っていた。

 返答の代わりに、立香へ向けて棘が射出される。

 愚直なその射撃は、清姫の炎の前に全弾防がれる。殺すことを目的としたのではなく、衝動的な攻撃。アサシンの纏う空気は、冷ややかな憤怒をたたえていた。

 

「私はカーミラ。愚かしい過去の名前で呼ぶな──!!」

 

 ぞくり、と背骨に冷水を流されたような悪寒が走る。

 カーミラの全身から立ち昇る邪悪な魔力。目元を覆う仮面を外し、見るも艶やかな美貌を白日に晒す。

 あらゆる人間の情欲を掻き立てる妖女の美しさは、触れたものを死に追いやる毒の華。

 

「──『幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)』」

 

 空中に浮かび上がる、カーミラの象徴(アイアンメイデン)

 錆び付いた音を立て、鉄の処女は己が内面を解き放つ。内部には乾いた血がこびりついた針が所狭しと並び、死臭を帯びた風を吹き上げる。

 その乙女は、空飛ぶ飛竜の一体を自らの体で抱き締めた。

 耳をつんざく断末魔。底から流れ出た血液が、カーミラを紅く染め上げた。彼女は酩酊したようにふらつきながら、血の滴る唇に舌を這わせる。

 

「少女の血でないのが残念だけれど──ふふ、まあいいわ。愉しみは後にとっておかなくちゃあ、ねえ?」

 

 直後、カーミラの姿が消えた。

 次の瞬間、エリザベートは咄嗟に槍を振るった。五感を超越した危機反射が、彼女の体を動かしたのだ。

 カーミラの爪とエリザベートの槍がぶつかり合う。その激突を制したのは、前者であった。

 槍を弾いたその隙。清姫は追撃からエリザベートを守るため動く。

 無造作に振り回されたカーミラの五指が切り裂いたのは、立香の皮膚だった。

 

「ゔあっ…!!」

 

 左肩から血が滲み出す。傷は骨に達するほど深くはないが、その痛みは筆舌に尽くしがたい。

 叫びたい気持ちを抑えつけ、立香は歯を食いしばった。

 カーミラは少女の血で赤く染まった指先をうっとりと眺める。

 ──美しい。この肌の煌めきだけは、他の何にも代えがたい。

 血に塗れた指先を、舌でなぞる。生前幾度となく口にした血の味は、死後も変わらず狂おしいまでに鮮烈だった。

 カーミラは高らかに哄笑を響かせる。

 

「ああ……!! 私はまたひとつ美しくなった! もっと、もっと私に血を寄越しなさい!!」

 

 彼女は血を浴びる度に強くなる。目にも留まらぬ速さで疾走し、鋭い爪を振り回す。

 まさに吸血鬼さながらの戦法を取る未来の自分の姿を見て、エリザベートは歯噛みした。

 

「──醜いわね。貴女はいつからそうなったのかしら」

「この私が、醜い? 何を言っているの貴女は? 全くもって理解できない、頭がおかしいんじゃないの?」

「んなっ!? そこまで言われる筋合いはないわよ! もう絶対に倒してやるわ!」

 

 そう言って突撃しようとしたエリザベートを、清姫は手で制止する。

 

「まともに突っ込んでも竜に止められて終わりです。立香さん、傷はどうですか?」

「…大丈夫です。それよりもエリザベートさん、私に考えが……いえ、マネージャーとしてアドバイスがあります!」

「ふっ、なかなか良い根性してるじゃない子ジカ! いいわ、アイドルとしてマネージャーの声にも耳を傾けなくっちゃあね!」

 

 ……どこまでも愚かだ。

 そう思うことに、もはや感慨はない。

 明日を信じていられる白痴の娘たち。

 かつて自分もそうだった、唾棄すべき幼年期だ。

 だが、世界はそんなものでは回らないことを知っている。

 理想や希望とは全く逆。人間の悪意を煮詰めたようなドス黒い欲望によって、この世の中は成り立っているのだ。

 貴族の暮らしは、まさにその体現であった。

 他者を蹴落とし、弱者を嘲笑い、いつ終わるとも知れぬ退廃に浸る──人の皮を被った獣の巣。

 故に、自らも獣に堕ちた。

 そうするべきだと思ったから。

 誰も止めてはくれなかったから。

 今更、それを変えることなんてできない。

 ──エリザベートは駆ける。

 その様は愚直なまでにひたむきで、その瞳は己の敵だけを捉えていた。

 上空に待機させていた飛竜に命令を下す。

 急降下からの爪撃。身を引き裂く烈風。骨を焼く火炎の息。

 清姫の援護を受けるものの、捌き切れない攻撃は、確かにエリザベートを痛めつけていく。

 捨て身の特攻。そう判断したカーミラは、小さくため息をついた。

 

(煤に塗れて、血を流して、命を捨てる──? なんて醜い。美しさとは真逆じゃない)

 

 もう見ていられない。

 両の十指がビキリと音を立てる。

 愚かな小娘に引導を渡すため、この手で以って殺すことを決めた。

 竜の包囲を抜け出し、エリザベートは槍を振り上げた。

 胸ががら空きになっている。今のカーミラならば、槍が振り下ろされるより速く心臓を貫ける。

 右手の指を束ね、エリザベートの胸へ目掛けて突き出す。

 手刀が霊核を貫く直前、カーミラは聞いた。

 

「──eihwaz(エイワズ)!!」

 

 エリザベートの服に刻まれたルーンが解き放たれる。

 その文字は、血液で書かれていた。

 ルーン文字の染料には血が使われることがある。血に魔力が宿るという信仰は世界各地に存在するが、ルーン文字においては魔術的な意味を高めるため使用されたのだろう。

 

藤丸(ふじまる)、おまえに魔術の才能はない。だが俺は天才だ。そんなおまえでも一端の魔術師にしてやることくらいはできる〟

 

 特異点Fから第一特異点までの間、立香は魔術の訓練に打ち込んでいた。

 他者から課されたのではない。

 強くなりたいと思った。

 強くならなければならないと決めた。

 あの右手だけでも護れるようにと、誓ったのだ。

 ノアから教わったルーン魔術。

 立香の想いを込めた防御のルーンは、エリザベートの身を守る防壁として展開される。

 強化されたサーヴァントの一撃を止める強度はない。しかし、致命傷には至らなかった。

 ざくり、と槍の切っ先がカーミラを袈裟に斬り下ろす。

 

「あ──」

 

 血が溢れていく。

 肌が鮮血に濡れる。

 虚ろな目で、真っ赤に染まった自分の体を見た。

 ──()()

 この身に流れる血は、こんなにも。

 彼女の脳裏をめぐる、生前の日々。

 人が生きているように見えなかった。

 胸を割き、心臓が動く様を見てもなお、何か精密な人形のようにしか思えなかった。

 誰も彼も生きていない。

 平民の少女も、貴族の婦女も、一皮剥けばただの肉塊だ。何ら違いはないというのに、人間には上下が存在する。

 どれもこれも死んでいないだけの血袋が、表面だけは豪奢に取り繕っている。

 だが、果たして、エリザベート・バートリーが胸を張って生きていたと言えるのか?

 カーミラに成り果ててすら、何かが変わったと言えるのか?

 

「私は、こうして生きてるわ」

 

 過去の自分が言う。

 こんな未来の姿を見せつけられてもなお、彼女の目は輝く明日を見据えていた。

 

「私たちの人生(ものがたり)は、もう終わっているのよ?」

 

 所詮、サーヴァントはそんなもの。

 浮世に現れた一睡の夢だ。

 それでも、少女は言う。

 薄暮の空に浮かぶ、月を眺めながら。

 

「──()()()()()()()()()()()

 

 彼女は笑った。

 煤に塗れた黒い顔で、髪の毛をぼさぼさと乱れさせながら。

 美しいとは言えないはずのその笑顔は、何よりも輝いて見える。

 ……ああ、そうか。

 

(あなた)は、生きていられたのね」

 

 最期に、彼女は微笑を形どる。

 その笑みは、誰も見たことのない、エリザベート・バートリーの素顔だった。

 

 

 

 

 

 空はすっかり暗くなり、月が青白い顔を出していた。

 ランスロットとカーミラ。彼らは間違いなく強敵であり、勝ったとはいえ皆の疲労は重かった。

 戦後の処理に追われる中、立香とマシュの声が遠慮がちに響く。

 

「先輩、触りますよ」

「ちょ、ちょっと待って。心の準備が……」

 

 立香は上着を脱ぎ、肩を晒していた。マシュは彼女の背後から手を回す。

 カルデアの管制室で、彼女たちの会話を盗み聞くムニエルは、ひとり心臓を高鳴らせる。

 

(『いいのか……!? そんなR-18な展開をしても! 俺は一向に構わないが、コンプライアンスとかPTAとかBPOとか大丈夫なのか!? 青少年保護育成条例に引っかかっちゃうよぉ!!』)

 

 とは思いつつも、ムニエルは手元のボイスレコーダーをONにした。

 人理焼却以前は確実に罪に問われる悪行であるが、カルデアに法は存在しない。そもそもノアやダ・ヴィンチがいるのだ、罪がひとつ増えたところでノーカウントだろう。

 

「いえ、問答無用です。消毒液かけますね」

「ギャーッ! しみるしみる! もっと優しくしてぇ!!」

「『ちくしょう! そんなことだろうと思ったよ!!』」

 

 ムニエルは机に頭を打ち付けた。

 立香とマシュは傷の手当をしているだけだった。カーミラによって刻まれた切り傷を消毒し、ガーゼを当てて包帯で縛る。

 

「後はリーダーが合流したら治してもらいましょう。憎たらしい人ですが、魔術の腕前は超一流なので」

「し、心配だなあ。こっちの方が良いとか言ってサイコガン取り付けられたりしないよね?」

「それはそれでアリなのでは?」

「コブラみたいなダンディな振る舞いをできる気がしない……」

 

 そんなやり取りをする二人の前に、コブラならぬヘビ女の清姫がお盆を抱えてやってくる。

 盆の上にはカルデアから送られた食料が載っている。どうやら、彼女はそれを届けに来てくれたらしい。

 食料を受け取ると、清姫はにこにこと笑っていた。

 

「トカゲ女を守った魔術、中々冴えていましたわよ。立香さんにはAPを10ポイント進呈しましょう」

「えーぴー? スタミナですか?」

「安珍様ポイントです。100ポイント集めると安珍様になれます」

「私いま十分の一安珍さんなんですか!?」

 

 街の入り口から、ぞろぞろと避難民たちがやってくる。その中にはジークフリートやモーツァルトの姿があった。

 ノアたちが発見した、聖人ゲオルギウスが守る砦。そこから移動してきた人々だ。が、ノアとペレアスはその中には見当たらない。

 立香はカルデアに通信を繋ぐ。

 

「ダ・ヴィンチさん、リーダーとペレアスさんはどこにいるんですか?」

「『彼らは少し用事があってね、今はボルドーの街にいる。……が、まあロマンの様子だと日が変わる前には戻ってきそうだよ』」

 

 立香とマシュは顔を見合わせた。

 ボルドーといえば、ワインの生産地としてかなりの知名度を誇っている。ノアはレフ秘蔵のワインを全て飲み明かしたほどの男だ。

 ということはつまり、

 

「これは遊びに行ってますね」

「私だってベルサイユ宮殿とか行ってみたいのに!」

「『うーん、彼らへの信頼はやっぱりこんなものか。それとベルサイユ宮殿はまだこの時代にはないよ』」

「『残念でもないし当然』」

 

 そうして、夜は更けていく。

 ボルドーの街がある南西の方向。

 その夜空の底は、輝く白い光に照らされていた。

 




次回の更新は少し遅れてしまうかもしれません。申し訳ないです。
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