自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

110 / 117
あけましておめでとうございます。ギリギリアウトでした。


異聞天球界α/Ω 新世の魔法使い 根源流出極天・エデン
第96話 世界の行方


 人は誰しも、己の無力を思い知る瞬間がある。

 親兄弟や同級生との喧嘩で泣かされた時だったり、イラストに手を出して出来上がったものがバケモノだった時だったり、ガチャで天井を叩いた時だったり、その大小は様々だ。それは絶望と言い換えてもいいだろう。

 ……少し俗っぽいのは許してほしい。僕は無知だ。異世界の友人たちから聞いた話を膨らませて、想像したものになってしまった。

 けれど、貴方にはこういう喩えの方が伝わると思った。今はこんな世界だけれど、全ての人がそんな些細なことで悩み、嘆き、悲しむ。どうせ苦しむなら、後で笑い話にできるくらいの悲劇がちょうどいい。

 もう、泣くのはこりごりだから。

 

 

 

〝───楽園に住まう全ての者に告げる〟

 

 

 

 僕は償う。

 無力で無知で、それを恥とも思わなかった、僕自身の過ちを。

 

 

 

〝神は死んだ。…………オレが殺した。オレは亡き父に代わり、『熾天の玉座』を掌握する〟

 

 

 

 明けの明星。僕たちの父に次ぐ力と威光を宿した、最高にして最強の天使。無口な草木ですら彼を敬い、畏れた。

 

 

 

〝創世の時だ、愚かしき現住生命体。父は優しすぎた。オレが父への甘えからおまえたちを解き放つ。今、この瞬間が幼年期の終わりと知れ〟

 

 

 

 僕が、自分の無力を知ったのはこの時だった。

 あまりにも無知で無力。数千年を生きたにも関わらず、僕は何も積み重ねてこなかった。日々の安穏とした幸福だけを享受して、それが永劫続くものと思い込んでいた。

 変化がないとは、進歩もないということ。停滞した生命に先はない。そして、世界にも。

 

 

 

〝これより先は大罪の世紀。───贖い切れぬ原罪を背負い、慎ましく生きるがいい〟

 

 

 

 明けの明星は泣いていた。

 不変の楽園に変化を与えるため、弑逆を成し遂げて。

 故に、僕たちは彼のためにも戦わなきゃいけない。

 この世界を摘む手を遠ざけるために。

 これは英雄譚じゃない。手に汗握る強敵との戦いや、心を掻き乱すような悲劇は必要ない。

 だから、貴方にはこう語り継いでほしい。

 この物語は。

 僕たちの父と。

 優しき明星と。

 異世界の友たちと。

 この星の全ての生命と………………

 …………そう、俺の物語は。

 

 

 

「あなた、だあれ?」

 

 

 

 最後の人間と。

 

 

 

「私は見張り(グリゴリ)の天使シェムハザ。きみを護り、共に歩む、神の使徒だ」

 

 

 

 そして、一羽の天使の────────

 

 

 

「恵まれた方よ。貴女に、神の祝福があらんことを」

 

 

 

 ──────愛の物語だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました瞬間、飛び込んできたのは全天を覆う星々の海だった。

 しかし、その絶景に見覚えはない。まず、いくつかの星があまりにも近い。普段夜空に見える月と同程度の距離に、点々と惑星が浮かんでいた。さらには黄金の枝が星空を縦横無尽に行き交い、それらの星を繋いでいる。

 彼女たちが立つ地面。その地平線にも黄金の枝はあった。遠景を占めるほどに巨大な金色の樹木は、確かに空に広がるそれと相違ない。

 ……そもそも。この地面でさえ異様だ。茫漠たる灰色の砂漠。周囲には点々とクレーターが大小存在しており、なだらかな丘陵がそこかしこに伸びている。

 無視しようがないほどに、その光景は記憶を揺さぶった。

 ふとした時見てはいるものの、行きようのない場所。

 認めがたいが、認めざるを得ない。

 彼女たちは暫時視線を絡め合い、叫んだ。

 

「「「月だーーーッ!!?!?」」」

 

 月なのだった。かつてアメリカが威信をかけて辿り着いた人類未踏の地。ヒトの進歩の象徴たる星の表面に、何の因果かEチーム三人娘はいた。

 ともすれば、今までのレイシフトなど取るに足らないほどの異常事態。ただでさえ常人並みでない三人の思考は混迷を極め、その筆頭である立香ははっとして鼻と口を手で覆う。

 マスターが頬を膨らませて痙攣する姿を見て、サーヴァント二名は怪訝な顔をした。

 

「…………どうしたんですか、立香。そんなゲロ吐く直前みたいなポーズして」

「───ハッ! もしかして、つわり……!!?」

「んなわけあるか!!!」

「い、息……ここ、月、だから」

 

 ふすふすと空気を節約しながら話す立香。ジャンヌは至って冷静に指摘する。

 

「いや、普通にできてますけど。息。だいたい空気がなかったら、立香となすびは寝たままご臨終でしょう」

「あ、そうか」

「ですが良い気付きです。なぜかここにはわたしたちが呼吸をしても無事な空気があることが分かりました。しかしそうなると、もうひとつ問題があります」

「それってアンタの頭のこと?」

 

 マシュは盾からハサミを取り出し、ジャンヌのマントを伸ばして刃をあてがった。

 

「ちょっ!? マジでイカれたんですか!? 鳩尾殴り飛ばして悶絶させてあげましょうか!!?」

「無知無知なジャンヌさんに教えてあげましょう。月の砂……レゴリスの粒はモヤッとボールのようにトゲトゲした形をしています。それが息をすると呼吸器に刺さり、花粉症のような症状を引き起こすそうです」

「マシュ、たとえが古い」

「そんな訳なので、ジャンヌさんのマントでマスクを作ろうかと。何もないよりはマシでしょう」

 

 月面花粉症と呼ばれるそれを最初に説明したのは、アポロ17号の乗組員ハリソン・シュミット。後の調査で、アポロ11号以降月面に立った十二名の飛行士全員が発症していたことが明らかになった。当時の宇宙飛行士は軍人上がりの人物が多く、単なる体調不良程度は我慢してしまうせいで発見が遅れたという経緯がある。

 が、ジャンヌはともかく立香とマシュに軍人並みの我慢強さを求めるのは酷である。特に立香は春になると鼻水を撒き散して転げ回る兄の存在を知っているので、なんとしてでも避けたいところだった。

 

「わたしたちが鼻水を垂らした無様な顔面を晒すわけにはいきません。なにしろカルデアの華たる美少女ユニットなので」

「記憶でもロールバックされたんですかアンタは!? 今までの醜態に比べたら鼻水くらいノーダメも同然でしょうが!!」

「確かに、マシュは今やヨゴレ芸人……」

「先輩と言えどその物言いは見過ごせませんよ!?」

 

 事あるごとに脳を破裂させる芸を擦り続ける一発屋なすびはさて置いて。立香はジャンヌの腰布をまじまじと見つめて、のれんのようにめくる。

 

「じゃあ、私はここの布で……」

「アホか! 他人から身ぐるみ剥ごうとしないでくれます!?」

「でも、そしたら残ってる布なんてパンツくらいしかないけど?」

「では間を取ってこうしましょう。先輩はジャンヌさんのパンツを、わたしは先輩のパンツを被ります。何ならわたしはタイツでも構いません」

「どんな集団!? 譲歩してる感出してるけどアンタの欲望が透けて見えてるでしょうが!!」

 

 で。

 結局ジャンヌから布を奪えなかった二人はハンカチを巻くことにした。最初からそうしろ、という意見はまるで夏山の小川のせせらぎのようにご機嫌なBGMとして聞き流された。

 こうして一応の防御手段を手に入れ、立香は神妙な語り口で切り出す。

 

「それで、どうしてこうなったんだっけ」

 

 異常事態に巻き込まれるのはEチームの常だが、それにしても今回のこれは突拍子のない現実だ。三人の内のひとりとして明確な答えを持たないが、とりあえず犯人は予想がつく。

 

「『真なる人(アダム・カドモン)』の仕業だとは思いますが……」

「〝この世界は、シモンの異聞帯で『ある』〟なんて言ってたわね。とにかく私たちの世界を異聞帯とやらに『変換』したってことしか分からないわ」

「またシモン・マグスかぁ……というか、『変換』したものってどうやって元に戻すの?」

「そこが厄介ですね。特異点は聖杯を回収すればクリアという明確な解決法がありましたが、今回はまず何をどうすれば良いのか探らなければなりません」

 

 ───偶然にも都合の良い解決法が存在するのなら、だが。

 つまりは、何もわからない。何がわからないのかと問われても、それすら答えられないほどに。

 状況は五里霧中。シャドウ・ボーダーとの通信を試してみても、無常な音が返ってくるばかりで返答はない。

 これまでのように現地人もしくははぐれサーヴァントを探そうにも、月面を当て所なく彷徨うのは少々無理がある。結果、我らがEチームマスターの片割れが出した結論は、

 

「ジャンヌの旗で宇宙飛行士ごっこでもする?」

「ついでにアメリカの国旗と取り替えてみましょうか。カルデアが真のナンバーワンってことで」

「それをするには、ここが1969年より未来の世界でなくてはなりませんが。とりあえず旗を立ててみては?」

「……まあ、焦るのはひとしきり遊んでからでいいか」

 

 ジャンヌはおもむろに旗を突き立てる。

 すると、彼女たちの予想に反して、ガキンと硬質な金属音が鳴り響いた。音は揺れながら長く遠く伸びていき、そして途切れた。

 分厚い鉄の塊を打ったような感触。砂の層を掻き分けたそこには、つるりとした純白の物体が覗いている。さながら遺跡の発掘調査で地層から露出した壁のように。

 旗の後端と触れ合った部分に一瞬、血管のように青い光のラインが走る。それを見た一同はこてんと首を傾げた。

 

「…………ナニコレ」

「……明らかに魔力通ってたね」

「……これはアレですね。月が人工物だったという陰謀論が図らずも証明されてしまったことに…………」

「え、もしかしてパンドラの箱開いちゃった? こんなことで世界の真実知っちゃった? 私たち影の政府に消されたりしちゃう感じ?」

 

 三人娘は地面にしゃがみ込み、排泄後の犬猫みたいに砂をかけ直す。彼女たちの頭上にはスポットライトの如き光が射し、宇宙の暗闇から浮かび上がらせている。

 

「アレ、こんな感じだったっけ。もっと盛り上がってなかった?」

「ジャンヌさんが適当にかけるからですね。いつもフォウさんが必死に猫砂をバタ足している様子を思い出してください」

「最近のあの謎生物人間用のトイレで用足してるじゃない。直立二足歩行で男子トイレ入っていくの見たことあるし」

「あ、私それ初耳だ。夜な夜な食堂で〝打倒優雅なおじさん〟のハチマキ巻いてアゾット剣振り回してるのは知ってるけど」

「わたしにはどっちも初耳なんですが。どうしてそんなことになってるんですか。中身におっさんでも入ってるんですか」

 

 候補としては激辛麻婆好きなおっさん、もしくは全身を蟲の住処にされた元ルポライターのおっさんである。

 しかし、後頭部を照らす光には気付かない三人。彼女たちは砂をかけては取り除き、またかけ直す無駄の極みのような手遊びに夢中になっていた。そこに無駄話まで添えて。

 無駄の塊に無駄話というソースを垂らしたハンバーグじみた状況の中、マシュは肩に冷たい感触が走るのを感じた。

 ちょんちょんと断続的に生まれる冷感。マシュはなんとなしに振り向き、それを目撃する。

 ───デッサン人形めいた起伏のない頭部。首から下も男女の区別を排除したかのようにのっぺりとしており、背中から一対の翼が生えていた。

 全裸のマネキンみたいなそれは、右の人差し指を突き出した格好で停止していた。すかさずマシュの鉄拳が平たい顔面にめり込み、有翼の人形が月の砂原を跳ねていく。

 

「ふふふ、その程度でわたしが驚くとでも? 第一村人発見ですが関係ありません。昨今のコンプライアンスでは、セクハラを働いた者には何をしても良いことになっています」

「その割に足が震えすぎて残像になってるけどね」

「さっきまでパンツがどうこう言ってた女の台詞?」

「お二人とも、頭をシリアスモードに切り替えてください。上です!!」

 

 マシュの声と同時に、二人は空中に視線を投げる。

 そこには今しがたマシュが顔面を陥没させたものと全く同じ姿をした人形が佇んでいる。それこそ、空中を埋め尽くすほどの多勢でもって、目もない顔で三人娘を見下ろしていた。

 ヒトガタの偶像たちは口々に告げる。

 

「対象生物が『ニンゲン』であると確認。三体とも」雌性であり、後宮の審査に堪え得る容姿と判断。」銀河皇帝法第一条〝この世の全ての美は余のモノだYO☆〟に基づき、特別保護手順の」実行を開始」

 

 その時、立香たちは理解を放棄した。

 何はともあれ、この場で必要な情報は彼らが敵であり、思った以上にくだらなそうな理由で保護という名の捕獲をしようとしていること。それを把握するだけでいい。

 ジャンヌは白い犬歯を剥き出しに笑い、腰の佩剣を抜いてマシュに語りかけた。

 

「ニンゲンですって。よかったじゃない、ナス科ナス属のなすびと間違えられずに済んで」

「ジャンヌさんこそ雌性と判断されたようで何よりです。そのスタイルがなければ確実に蛮族とされていたはずなので」

「───情報を修正。」対象一体、否、一本をナス科」ナス属のナスと断定。一般収穫」手順並びに調理方法として煮浸しを提案。」異議なし」異議なし」異議なし」

「異議ありィィィ!!! 先輩、わたしにとびっきりの強化をかけてください!! あのつるつるマネキンたちの顔面を月のクレーターみたいにしてみせます!!!」

 

 空中に向けて盾をぶんぶんと振り回すマシュ。それは空気をかき乱して風を起こすくらいで、飛んでいる人形一同にはどこ吹く風に過ぎない。

 ジャンヌはニタニタと表情を歪めて、

 

「あら残念、ひとりだけ植物判定されたみたい。あ、ごめん。ひとりじゃなくて一本だったっけ。私なら煮浸しよりも直火で炙ってみ」

「続いて情報を更新。片手で砂礫層を」吹き飛ばす筋力を鑑み、モノクロの個体」を新種の類人猿として登録。邪悪な言動から森の賢人の天敵種と想定し、」学名はゴリラ・オルタ」に決定」

「誰がゴリラだァァァ!!! 立香、はやく私に魔力を寄越しなさい!! あのコピペしたみたいな手抜きエネミーを燃やし尽くしてやるわ!!!」

「ゴリ……ジャンヌさん。バナナでも食べて落ち着いてください。調子に乗るとすぐ魔力を使いすぎる癖がありますから」

 

 マシュは励ますようにジャンヌの肩を叩いた。ゴリラ、否、ジャンヌは体を揺さぶって手を払い除け、名誉なすびと眼差しをぶつけ合う。

 サーヴァントの醜い争いを間近で目撃し、立香はふるふると俯く。たったひとり残った人間としては真っ当な反応だろう。彼女は拳を握り締め、何かを振り払うように言った。

 

「───私はっ! 煮浸しよりも天ぷらの方が好きです……!!」

「先輩。先輩だけ会話のテンポが遅れすぎてます。今わたしのターンでしたよね。わたしがジャンヌさんをイジる場面でしたよね。いつの間にわたしのバトルフェイズは終了したんですか」

「残る雌性個体の提案」を却下。揚げたなすびのドロッとした高温の中身の」圧倒的殺傷力は皇帝陛下の命に届き得ると推測。」また、尺的に長くなりすぎているため武力をもっ」て特別保護、収穫、捕獲手順を強制遂行」する」

「「「尺のことまで考えてくれてる───!!?!?」」」

 

 直後、人形たちの翼が一斉に輝き始める。

 無数の白い翼を彩る、無数の光点。凝縮された魔力が胎動し、堰を切ったかのように溢れ出す。

 天より地を穿つ、光条の雨霰。それらは大気をプラズマ化させるほどの熱量をもって放たれ、月の大地に絨毯爆撃が敷き詰められる。

 だが、それが月面を融解させることはなかった。広大な光の幕より一点、漆黒の炎が滲み、全ての色を暗く塗り返す。

 

「『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』!!」

 

 敵勢の一斉攻撃を容易く凌駕し、黒炎は星空にまで立ち昇る。

 有翼の人形は退避する間もなく、そのほとんどが全身を焼き払われて蒸発した。ジャンヌは邪魔者のいない晴れ渡った空を見渡し、得意気に鼻を鳴らした。

 

「雑魚がわらわら出てきたところで、まとめて荼毘に付されるのがオチでしょう。思ったより歯応えがなかったわね」

「さっすがジャンヌ! この火力はもはやゴリラというよりゴジラ───!!」

「立香、燃やされたいの?」

「下手に数を並べて平押ししても、ジャンヌさんには格好のエサですね。わたしの出番はなかったようで何よりです」

 

 と、マシュが言ったその時。

 星々の空を縦横自在に駆け巡る白い光の帯。宇宙空間に張り巡らされた黄金の枝より、数え切れないほどの白き光帯が射出される。

 まるで魚が海中を群泳するように、いくつもの光帯が軌跡を描いて月に迫り来る。そこで立香たちは気付いた。光帯を構成する点のひとつひとつが、あの翼を有する偶像であることに。

 Eチーム三人娘はまたしても互いに目を合わせて、即座に踵を返して走り出した。立香はハンカチを取り外し、大きく息を吸う。

 

「いや多すぎない!? あんなマネキン作る手間があったらもっと世のため人のためになることをした方がいいと思う!!」

「小学生並みの感想をありがとうございます、先輩!! ジャンヌさん、あんなに粋がっていましたが前言撤回はしなくていいんですか!?」

「そんなんで切り抜けられるなら、前言なんていくらでも回収してやるっての!! アンタこそメイン盾の貫禄を見せてみなさい!!」

「……う〜わ、相変わらずの体たらくでむしろ安心しました。あなたたちのドタバタ珍道中とか見飽きたんですけど?」

 

 言葉とは裏腹に、嘲りからかうような音色の声が響く。

 三人は思わず背後を振り返った。

 

「にしても。数だけが取り柄の木偶の坊相手に尻尾巻いて逃げ出すとか、みっともないと思わないんですかぁ? よわよわすぎていじめたくなっちゃいます♡」

 

 影の衣を纏う少女。石の翼をはためかせ、白濁色の髪が踊る。

 その横顔、血の結晶のように紅い瞳は怖気を覚える妖艶さをたたえ、立香を見つめていた。

 しかし、彼女はすぐに視線を切り。

 星の大海を包み込むように、両腕と両翼を広げた。

 

「というわけで、久しぶりの────サクラビームっ!!!」

 

 黒白の偽神の権能が発露する。

 彼女は物質界の創造主たるが故に、この世のありとあらゆる物理法則を掌握する。そんな造物主にとって、その一撃は息を吸って吐く以上の気軽さで放たれる。

 質量をロスなくエネルギーに変換する。その場合、1グラムの質量から得られるエネルギーは90兆ジュール。人類の叡智が生み出した悪魔の兵器、核爆弾にすら匹敵する威力である。

 すなわち、その威力は変換する質量が大きければ大きいほどに増大する。黒白の偽神は実に数トンの物質を材料に、力を解き放っていた。

 遥か遠き宇宙空間の敵を余波で消し飛ばす、極大のエネルギー。無数の人形を一撃で焼き払い、続けて補充されるそれすらも成す術なく散っていく。

 

「…………ァは♡」

 

 彼女は笑った。

 頬を紅潮させ、つややかな唇を舌でなぞって。

 暴虐の愉悦に酔い痴れながら、とろけるような甘い声を垂れ流した。

 

 

 

「─────ざっっっっっこ♡♡♡」

 

 

 

 …………もはや、敵が姿を現す気配はなかった。在庫がなくなったのか、勝てないと判断して撤退したのか。どちらにしろ、立香が今考えるべきはそこではなかった。

 ある意味、彼女にもっとも深いトラウマを与えた怨敵。黒白の偽神にして欺瞞の造物主────プリテンダー・サクラ。忘れもしない敵を前に、マシュとジャンヌは己がマスターを庇うように進み出る。

 サクラはくすくすとせせら笑いを浮かべながら、ゆっくりと歩を進めていく。

 

「お元気なようで何よりです、藤丸立香さん。あなたのマヌケ面があまりに見苦しかったんで、つい助けちゃいました♡ ほらほら、言うことはないんですか?」

「ハッ、アンタなんかに礼なんてするわけないでしょ。初登場時から出直してきなさい」

「あなたのようにセンシティブな存在は先輩に相応しくありません。清楚という字の書き順から勉強し直してください」

「やぁ〜〜ん♡ ゴリラとなすびが意味不明なこと言っててこわぁ〜い♡♡ せめて人語を使ってくれないと困っちゃいますぅ〜♡」

 

 両手を口元に当てて、くねくねと体を左右に振るサクラ。ぶりっ子極まる仕草と相変わらず人をナメきった言動に、マシュとジャンヌの苛立ちが一気に臨界した。

 立香はひくひくと口の端を震わせて、

 

「ま、まあ、助けてくれたことには感謝してもいいです。でも、どういう心変わりですか?」

 

 サクラは僅かに口角を下げる。

 

「心変わり? 違いますね。私がいきなり正義だとか慈悲の心に目覚めたとでも?」

「いや、それは全く思ってなかったですけど」

「…………別に、私の目的のためにあなたを利用したいってだけですよ。わざわざ助けたのにそれ以上の理由なんてありません」

「───目的?」

 

 立香は眉をひそめる。ゆったりと歩いていたサクラは突如姿を消し、立香の背後に現れた。

 サクラはするりと立香の首を抱き締めて囁く。

 

「はい。それを知りたいなら、まずは契約をしてもらいます。私をあなたのサーヴァントにする代わりに、あなたはわたしのモノになる……とか」

「あ、ごめん。それは無理。私彼氏いるから」

「────は??????」

 

 今の今までの妖艶な表情と余裕に満ちた声音はどこへやら、サクラはすっとんきょうな声を漏らした。彼女は震えつつ、空恐ろしい想像を言葉にする。

 

「まさか、あのアホ白髪なんて言いませんよね?」

「言います」

「…………NTRじゃないですかぁ〜〜〜!!!!!」

「寝てから言え」

「わたしはサクラさんに親近感が湧いてきました」

「でしょうね!!?」

 

 ごすごす、とジャンヌの拳がサクラとマシュのつむじを叩いた。

 サクラは痛がる様子すらなく、腕を組んで余裕な風を取り繕う。

 

「ま、まぁ〜〜べっ、別に良いですけど? 私は略奪愛もなんのそのというか? 神様的に考えて、見習うべきはゼウスというか? あ、いや、立香さんが好きとかそんなことは全くないんですけど?」

 

 そこで、立香は光明を見た。

 なぜかは知らないが、サクラは動揺している。彼女の強さは───強さだけはカルデア全員のお墨付きだ。相手がサーヴァントだとしても、真っ当に戦えば負けることはほぼありえない。

 ただでさえ、今回は敵の規模も計り知れない世界。サクラが戦力となれば、頼もしいことこの上ない。

 立香は足元の影に告げる。

 

「ソフィアさん」

 

 知恵の女神はにょっきりと首を出して、問われるまでもなく答える。

 

「ゲーティアの玉座でサーヴァントどもを召喚したのはそこの女だ。お前たちは一度、そいつに救われている」

 

 極天の流星雨にて、サクラは退去したカルデアのサーヴァントを召喚した。ありとあらゆる無法を可能にする造物主だからこその御業。カルデアからすれば不可解な現象であり、それは長らく謎に包まれていたが、知恵の女神はあっさりとネタバレした。

 立香に確信があったわけではない。ただ、全知のソフィアならば確実にサクラの弱みを暴いてくれると算段を立てたまでのこと。

 立香は首元に巻きつく腕をするりと解き、ニタリと微笑みかけた。

 

「心変わりしてないって、嘘じゃないですか」

 

 からかうような笑み。見下すのではなく見下される感覚を知り、サクラは思考を空白にする。

 立香は令呪の刻まれた右手でサクラのそれを取り、指を絡めた。

 

「契約しよう。どっちが上とか下とかじゃなくて、対等な関係として。それなら一緒に戦ってあげる。…………どう?」

 

 少女の眼差しが造物主を貫く。

 サクラはたらりと鼻血を出して、

 

「───お、お願いしますっ」

 

 その契約を、受け容れたのだった。

 そんなこんなで。

 サクラは立香に茹だった目線をちらちらと送りながら、なんとか不遜な態度を繕って言う。

 

「アホな皆さんに一応説明しておきますけど、ここは特異点なんかじゃありません。特異点とは歴史のターニングポイントに発生する歪みだとするなら、この世界はその歪みが正史となった未来です」

「えーと、第二特異点で超神聖ローマ帝国とネオローマ連合が大勝利して、なんやかんやで超神聖ネオローマ合衆国が誕生したみたいな感じ?」

「どちらかと言うと、超神聖ネオローマ合衆国が誕生した数百年後の世界、ということではないでしょうか。当然、わたしたちの歴史とは異なる世界線を辿っていると思われます」

「要はifってことね。マルチエンディングのゲームみたいに、どこか違うところで分岐した世界なんでしょう」

 

 サクラは三人娘の会話に呆れつつ、

 

「これを別の世界では『異聞帯』と呼んだりなんかします。ああ、あなたたちは何のことか分からなくていいですよ。どうせこっちには関係のない話ですから」

「うん、分かるように言ってなさそうだからどうでもいいけど、結局目的っていうのは?」

「はい♡ よく訊いてくれましたね、立香さん。これはあなたにも利益のある話ですよ。耳の穴パイルバンカーでほじくって、しっかり聞いてください♡」

 

 ───都合の良い解決法を、教えてあげます。

 それはサクラの目的であり、彼女が提示する現状打破の解決案。黒白の偽神は歌い上げるように告げた。

 

「私は、この世界を───────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャドウ・ボーダーは『真なる人』との戦闘の余波から逃れるため、一時的に虚数空間に身を隠していた。

 現世の戦いの推移はモニターを介して把握していたものの、『真なる人』の最後の変換から映像は途切れ、ボーダーの一行は虚数空間を漂っていた。

 そんなボーダーのブリッジにて、喧々囂々の議論が飛び交っていた。アトラス院の霊子ハッカー、シオンは冷静に意見を述べる。

 

「最終的に行うべきは虚数空間からの浮上一択です。ここで穴熊を決め込んでいてもジリ貧でゲームオーバーまっしぐらです」

「ダ・ヴィンチちゃん的にはもう少し調査したいね。『真なる人』が世界を変換した時の虚数空間の扱いによっては、なぞのばしょみたいなところに浮上してゲームオーバーだけど」

「というか当てずっぽうで実数空間に浮上したら、それもそれで〝いしのなかにいる〟状況になりそうなのだが? 如何に私が不死鳥と言っても限度があるぞ」

「役に立たんやつらだ。上がる上がらないの話でどうのこうのと……」

 

 妙に癇に障る声。シオンとダ・ヴィンチ、ゴルドルフ新所長の目が床に向く。黄金色の目玉大根。新所長は凄まじい勢いで大根を掴みあげた。

 

「ねえ? なんでここにいるのかな? 大根っていうかもはやゴキブリ並みのスニーキングスキルなんだけど?」

「貴様ら人間の範疇で私を測るな。死に物狂いでここまで這いずってきた苦労がわからんのか?」

「いや知るかァァァ!!! いつまでも出番を掠めおって、今日こそ我が鉄拳の威力を思い知らせてやる!!」

フォウフォフォウフォウ(ここに来て新たなマスコットか)……」

 

 黄金大根バアルの折檻が行われる横で、シモン・マグスの末裔による人造天使カリスは首を傾げる。

 

「ええと、浮上した先がどうなってるか分からないからできないって話ですよね?」

「そうだね。こちらからできるアプローチとしては────」

「それじゃあ、ぼくが行って見てきましょうか? 一応、次元跳躍の魔術は使えるので」

「…………それを先に言ってほしかったかな〜〜!!」

 

 ということで、カリスはダ・ヴィンチちゃんお手製極小ラジコンを持って飛び去った。

 数十秒後、カリスが戻ってくると同時に、ラジコンに取り付けられたカメラから映像が送られてくる。

 それを見て、ボーダーの一同は皆一様に驚愕を露わにした。

 

「これは……計算外でした」

 

 シオンの呟きが、彼らの心情を表していた。

 スクリーンに映し出されたのはゴシック調の摩天楼。超高層のビル群が所狭しと並び立ち、しかしてゴシック調から想起されるような石造りではなく、むしろ近未来的な印象を思わせる金属によって、それらの建築物が構成されている。

 先進各国の首都も見劣りする発展具合。それだけでもボーダーの面々が戦慄するには十分だったが、街を行き交う人々の姿を見て、さらに怖気を覚えた。

 犬や狐、猫といった生物の特徴を現した直立二足歩行の亜人。あたかもファンタジー作品の獣人の如く、頭部や毛並み、尻尾といった特徴的な要素だけを人間にくっつけたような生き物が、摩天楼の間を流れている。

 幸い、服装だけは現代の原宿にいそうなくらいで理解の範疇ははみ出さなかった。

 静寂がブリッジに行き渡る。

 誰もが言葉を失う中、最初に口を開いたのはダ・ヴィンチだった。

 

「よし、誰が現地調査に行こうか?」

 

 ───何を言っているんだこいつは?

 スタッフ一同の心が合わさる。確かに調査は要るが、情報が少なすぎるこの状況で現地に殴り込む暴挙。必要性は誰もが認めつつも、絶対に選ばれたくはない悪魔の提案である。

 シオンはすちゃりと眼鏡を押し上げて、

 

「───それでは、新所長で」

「なんで!!?!?」

「まあまあ戦えるし知識の幅も広いでしょう。それに新所長ですから。自ら先陣を切ってこれぞ新所長というところを見せてもらわないと」

「それ新所長という名の生贄だよね。新所長良い様に使ってるだけだよね。あんな獣人たちの中にどう混じれと?」

 

 そこで、ダ・ヴィンチちゃんはダンボール箱に詰まったパーティグッズを取り出した。彼女は右手にワニ、左手にニワトリのマスクを掲げて問う。

 

「捕食者と被捕食者のマスクがあるけど、どっちがいい?」

「あ、ぼく的にはワニはやめたほうがいいと思います。なんか100日後に死んじゃうらしいんで」

「ふっふっふ……ワニとして強者の快楽を味わい尽くして早死にするか、ニワトリとして自由を奪われながらも生を甘受するか……究極の二択だよこれは!!」

「どっちでもいいわァァァァ!!! わかったわかった、私が行くからニワトリマスクを寄越したまえ!! あとひとりで行くのは心細いから誰かひとり犠牲になるように!!!」

 

 不死鳥繋がりでニワトリのマスクを受け取る新所長。誰かひとりを犠牲にしろ、という嘆願を受けて、ほとんどの目がある男に向けられた。

 ───ムニエル。カルデアスタッフにおけるノアの犠牲者筆頭の猛者である。

 ゴルドルフ新所長は有無を言わさず、ムニエルの頭にワニを被せた。

 

「ま、待ってェェェ!! なんで俺だけいっつもこういう役回り!? いいじゃん別に、俺をイジってる場合じゃないじゃん!!」

「聞くところによると魔術刻印を受け継いでいるのだろう。それならば、ちょっとやそっとで死にはせん!!」

「そのちょっとやそっとの事態が嫌なんですよ!! んもォォォォォ!!」

 

 というわけで、シャドウ・ボーダーは人目のつかない場所に浮上し、ゴルドルフ&ムニエルの先遣隊を出発させる。

 肥満男性二人組はSF映画顔負けの街並みをおそるおそる歩く。そこかしこに設置されたホログラムの広告。飲食店と思しき看板。そのどれもが見慣れない文字で書かれているというのに、意味がすらりと頭に入ってきた。

 

「分からないのに分かる感覚がこんなにも奇妙だとは。お、見たまえ、あそこに人……人? が集まっているぞ」

「よく呑気でいられますね。俺なんて何が現実なのか区別できなくなってきました」

 

 新所長が指差す先は、開けた大広場だった。摩天楼をくり抜くその場所は、周囲の超高層建築に負けじと巨大なスクリーンが掲げられている。

 さながら音楽フェスの様相を呈した人々。広場はぎっしりと獣人たちで埋め尽くされ、ゴルドルフとムニエルは海流を漂うクリオネの気分で人の波に向かっていく。激流を制するは静水なのだ。

 歩くだけでその土地を知ることはできない。土地を知るとは風土を知ることであり、風土を形作るのは人間だ。ゴルドルフは果敢に特攻した。

 

「もし、そこのヒゲが素敵なネコの御仁。これから何が始まるのか教えてくれますかな」

「おいおいおい、ここに来て月イチのライブを知らないなんてフリは通らないぜ? まあでも、100日しか生きられないなら仕方ねえか……」

「ちょっと待って? この世界でもワニって100日で死ぬの? もはや呪いなんだけど?」

「大丈夫です、死んでも有名アーティストが楽曲作ってくれたりしますから。俺のことは心配しないでください」

 

 猫っぽい小太りの獣人おじさんはマタタビの枝に火をつけながら、

 

「我らが宮廷楽長サマが演奏を披露してくれるのさ。その素晴らしさたるや、到底口じゃ言い表せねえ。凄すぎて気絶するやつまで出るくらいだからな」

「いやいや、演奏で気絶って。よく話は聞きますけど、精々数人程度ですよね?」

「調子が良い時はここにいる全員ぶっ倒れるな」

「それもうテロだよ!!」

 

 と、ちょうどムニエルが叫んだ時だった。

 辺りが静まり返り、明かりさえも消えてしまう。薄暗い空間の中で、スクリーンだけが大きな光源として存在感を放っている。

 そこで、スクリーンに一台のピアノが映される。画面の外からタキシードを着た男が現れ、椅子に腰を落ち着けた。

 

「『第六惑星総督兼宮廷楽長である。今日も勤労に励む諸君に、我が極上の音色を届けにきてやったぞ。咽び泣いて感謝するがいい』」

 

 不遜。男は傲慢を隠そうともせず、冷たい笑顔を浮かべていた。その振る舞いですら一枚の絵画のように映るほど、彼の容姿は完成されている。

 ムニエルはゴルドルフに小声で話しかけた。

 

「宮廷楽長だかは普通の人間ですね。周りも受け容れてるみたいだし、こんな仮装しなくてもよかったんじゃないですか」

「しかし、私たちに見える範囲で人間はいないぞ。こんなにも大勢の場所で、だ。相当希少な存在には違いないだろう」

「悪目立ちは避けますか。とりあえず演奏とやらを聞いたら一旦戻ります?」

「うむ、新聞や雑誌も拾ったことだ。あとはワニとニワトリを遂行して、ひっそりと戻ろうではないか」

 

 ────唐突だが。

 ムニエルもゴルドルフも、ジャンルの違いはあるものの、それなりに音楽は嗜む人種だ。当然、好きな楽曲や歌はいくつもあり、それらを楽しんでいるわけだが。

 楽器の演奏は一定のレベルを超えると、素人には中々違いが見えない。普段音楽を聴いていても、専門用語だらけの解説をされても理解できない人の方が多いだろう。

 それでは、一定の水準を超えれば、演奏者は誰でもいいのか。

 

「『さあ、震えろ愚民ども!! 貴様らには過ぎた超絶の技巧だ、今日この日を一生の誉れとして魂魄に刻め!!』」

 

 男が爪弾く鍵盤の旋律。

 時に静かに時に激しく移り変わる、音の大河。

 ムニエルとゴルドルフは一瞬にして音色が創り出す世界に引き込まれ、次々と変化していく景色に目を奪われた。

 

(あれ、なんだこれ)

 

 ムニエルのふくよかな顔面を伝う涙。

 通常、涙を流せば視界が潤むというのに、現前している世界は一点の曇りもなく、美しき風情を表現している。

 なぜなら、その音楽に聴覚以外の感覚は必要なかった。

 しかし、流れゆく音が真に震わせているのは鼓膜ではなく。

 

(ああそうか、これが─────)

 

 ────心に訴えかける旋律。

 震えているのは心であり、精神が直接夢を見ている。

 だが、そんな理屈は二人にはどうでもよかった。

 こんなにも自分たちは感動していて、魂さえも洗われるかのような音に浸れている。感性がそう言っているのだから、とうに理屈の出番はない。

 そう、今は。

 ただこの感動に身を任せていたい────!!!

 

 

 

「「…………うっ、うおおおおおおおおおッッ!!!」」

 

 

 

 …………マスクを被っていると、当然、音の聞こえ方は変わるわけで。興奮の絶頂を迎えたアホ二名は、化けの皮を放り投げて絶叫した。

 ぱさりと、ワニとニワトリの抜け殻が地面に落ちる。

 それと同時、周囲の目線が彼らの顔面に突き刺さった。誰もが絶句する中、先程の猫のおじさんがフレーメン反応を起こしたみたいにぎょっとして、呟いた。

 

「…………え、お兄ちゃんたち、人間?」

 

 ムニエルとゴルドルフはそそくさとマスクを被り直し、

 

「いいえ、俺はクロコダイルダンディーです」

「そして私はド○ルドダ○クです」

「おわあああああああ人間だァァァァァ!!! 初めて生で見た! みんな来てみろ、ここに人間がいるぞ!!」

「「イヤアアアアアア!! 猫のおっさんやめてェェェ!!!」」

 

 マタタビと演奏でキマった猫おじさんは目にも止まらぬ速度で、二人のマスクを取り上げた。

 彼らは即座に肉球と毛皮に取り囲まれ、もみくちゃにされる。

 

「すげえめっちゃツルツルじゃん! 寒くないの!?」

「これが人間? ただの肉まんじゃね?」

「総督と違ってまんまるなのもいるのね! やっぱり食べ物の違い?」

「おい肉まん言ったやつ誰だァァァ!!! おまっ、絶対許さないかんな!! 人は誰しも突き詰めれば肉まんだろ! いや、腹にうんこ抱えてる分肉まん未満だから! だからお前らも肉まんより下ってのを理解しろよ!? 俺を肉まんって言うことは─────」

「うん、ムニエルくんは一旦落ち着こうか。なんか私の怒りも薄れてきちゃったし。肉まんに恨みでもあるわけ?」

 

 そんな調子が続いていると、叩きつけるような音が激震を起こした。スクリーンに投影される映像。タキシードの男が拳を鍵盤に打ちつけた音であった。

 彼は乾いた笑い声を響かせると、鬼の形相でカメラに迫ってくる。

 

「『…………私の演奏を聴いていない連中がいるな?』」

 

 その目は真っ黒なビー玉をはめ込んだみたいに無機質だった。熱狂のライブ会場が一気にホラーの雰囲気をまとい始め、男はさらにカメラに詰め寄った。

 そして、マイクを食い破らん勢いでまくし立てる。

 

「『この演奏を鑑賞できる幸運も噛み締めていないアホどもが!! 貴様らの耳にはハエのクソでも詰まっているのか!? だったら耳の穴のクソをストローでスコスコ吸い出して聴き、そして思い知れ!! 今この瞬間、貴様らの価値は私の観客となる以外に存在しない!! 総督特権だ、そこの広場の肥満二人を監獄星送りにしてやる!!!』」

 

 猫おじさんがチビるほどの剣幕。鎧を纏った有翼の偶像が飛来し、空の上からいくつものピアノが落ちてくる。

 ピアノが落下するよりも先に、偶像の攻撃は完了する。魔力の光線に焼かれるか、ピアノに押し潰されるかの二択。悪魔の選択を強いられ、ムニエルとゴルドルフはひしと抱き合った。

 

「あああああああ!! だから俺は嫌だって言ったんですよ!! しかもこんなおっさんの腕の中で死ぬなんて最悪だァ!! ちょっと良い香水の匂いがするのも腹立つ!!」

「だから落ち着けと言っただろう! これはアレだ、我がムジーク家相伝の錬金術で全身をアストロンしてだな」

「それ生き残るの新所長だけじゃないですか!! ドラゴラムして焼き払ってくださいよ!!」

 

 迫り来る光とピアノ。ムニエルはぎゅっとまぶたを閉じ、直後に轟音が鳴り響く。

 身構えていたはずの衝撃や苦痛は訪れず、ムニエルはおずおずと視界を開いた。

 足元に転がる炭の破片。焦げた匂いと煙が広場中に漂い、人々はひたすらに困惑している。

 

「ど、どうなったんですか新所長」

「……全てのビームとピアノが空中でぶつかり合って爆ぜた。怪我人もいないようだ」

「え、どんな偶然!?」

「ふふん、これが偶然じゃないのさ♪」

 

 朗々と謳い上げるような声が、ムニエルの言を否定する。

 かつりかつりと大げさなまでに杖と靴の音を響かせ、人の波をモーセの如くに掻き分ける。白と青を基調とした荘厳なドレスを纏った、栗色の髪と瞳の少女。右手にステッキを携え、その後背には複雑な幾何学模様で構成された魔法円が展開されている。それはキリキリと音を立てながら、ゆっくりと回転していた。

 

「なぜなら〝運命ではなく神によって(Deo, non-fortuna)〟────偶然なんて決めつけてしまうのは、観測者の視野不足。全ての事柄には必然的な由来があるものだからね」

 

 彼女は自信気な笑みのまま、ムニエルとゴルドルフのもとに辿り着く。にんまりと彼らを一瞥すると、くるりとターンして、広場に語りかける。

 

「さて、紳士淑女の皆様方! せっかくの演奏会を邪魔して悪かったね! ボクたちはこれで退散するから、引き続き楽しんでくれたまえ!!」

 

 ────ああ、それと。

 少女は舌をちろりと出して、女児向けアニメのヒロインがするみたいなポーズを取った。

 

「ボクたちのことは、忘れてくれると助かるなっ☆」

 

 発声を介した暗示を広場の全員に届かせる超高等技術。少女はそれを事も無げに成し遂げ、改めてムニエルとゴルドルフに声をかける。

 

「走れるかい? あっちに逃げるよ!」

「『できると思っているのか!!? 貴様らは1050年の強制労働もしくは第四惑星での水商売の刑に処す!!』」

 

 ムニエルとゴルドルフは少女が指差した方向へと、一も二もなく走った。

 振り返る余裕はない。背後では先程と同じ轟音が何度も響いている。けれど、先程と同じということは結果も同様、呪われたように敵の狙いは外れているということでもある。

 二人にやや遅れて追随していた少女は立ち止まり、ステッキを虚空へ振りかざす。

 

「『…………こ、小癪なァァァッ!!!』」

 

 男がまばたきをした時既に、三人の姿は消えていた。

 …………その後、宮廷楽長による演奏はかつてない熱気を伴ってヒートアップ。中継を聴いていた者のみならず、動物や虫まで失神させる偉業を成し遂げたのであった。

 そんなことはいざ知らず、シャドウ・ボーダーに視点を移して。

 ボーダーは少女に指示されるまま、見知らぬ道をひた走っていた。無論、敵の襲撃から逃れるための行動ではあったが、なぜ彼女の言いなりになっているのかと言うと。

 

「うん、次の角を左に。十秒くらい走ったら虚数潜航しよう。虚数空間をしばらく移動したら逃げ切れるかな」

 

 こんな調子で、少女の指示に従うと不思議と敵に出くわさず、ピアノが落下してくることもなかったのである。

 最初は当てにしていなかった運転手ムニエルも、既に少女のナビを実現するだけの機械と化していた。

 言われた通りに角を曲がり、走行した後に虚数空間へ飛び込む。ようやく一息ついたところで、シオンは切り出す。

 

「……貴女は味方ということでいいんですね? 見たところサーヴァントのようですが」

「ああ、そう思ってくれて構わないよ。ボクたちの敵は同じだからね。キミは女神様と連絡を取り合っていただろう?」

「アト・エンナと……なるほど、ボーダーの機能を知っているのもその縁ですか。分かりました、信用できるとは認めましょう」

「いやいや、サーヴァントに信用だとか信頼を求めるなら訊くことはひとつだろう? ずばり真名を教えてもらわないとね!!」

 

 少女はダ・ヴィンチの問いを受け、きらきらと破顔した。

 

 

 

「よくぞ訊いてくれたね! ボクはダイアン・フォーチュン!! 神秘を愛し神秘に愛された、『黄金』を継ぐ魔術師さ☆」

 

 

 

 ───いちいち、ぷりぷりしたポーズを取るのは置くことにして。

 ダイアン・フォーチュン。黄金の夜明け団に所属したひとりであり、西洋魔術に深く大きな功罪を残した、良くも悪くも影響力のある大魔術師だ。

 黄金の夜明け団。ついさっきまでその創設者がやらかしまくっていたり、急に改心して味方になったりしていた手前、スタッフたちの見方はどこかよそよそしい。

 ゴルドルフ新所長は遠い目をして独りごちる。

 

「……メイザースと同類の人種か…………」

「なんだろう、そう言われると若干の嬉しさと同族嫌悪が襲ってくるね。ちょっとだけ傷ついたかな?」

「心中お察しするけど、今はどこに向かっているんだい? 虚数潜航までするなら、闇雲に逃げていたわけじゃないんだろう?」

「そうだね、ここで浮上してみようか。キミたちにこの世界の姿を見せてあげよう」

 

 ボーダーが虚数空間から浮かび上がる。その時、後方からマナの風が吹き荒び、車体を急激に加速させた。

 車両が走るのは、血管の中みたいな円筒状の道。地面は黄金の樹木で出来ており、それがはるか上空までぐるりと続いている。

 シリンダー型のスペースコロニーをそのまま道路にしたかのような威容。周囲にはボーダーの他に、見慣れない形状の車両が何台も走っていた。

 新所長は手すりにしがみつきながら、大いに目を回した。

 

「な、なんだねここは!? 重力はどうなっているんだ!? そもそも風はどこから来ている!?」

「ここは各惑星を繋ぐ『小径回廊』!! まあアレだ、高速道路みたいなモノだと思ってくれていい!!」

「いいね、こんな高速道路なら煽り運転をする暇もなさそうだ。もう十分に驚いたけど、見せたいのはこのことかい?」

「こんなのはまだまだオードブルさ。メインはこっち───車体の後ろ斜め上の映像を出してくれるかな?」

 

 モニターが景色を投影する。

 回廊の上空、もはや空そのものである黄金の天蓋。スリット状の窓から、星空が覗いていた。

 その奥に一際輝く恒星───太陽。それを黄金の枝が網目状に取り囲み、揺らめく炎や光を受け止めている。

 ダイアン・フォーチュンは語った。

 

「キミたちがいたのはあの枝の上だね。神樹聖杯第六階層ティファレト───太陽を核にしたダイソン球。神樹の中央に位置し、各階層へとエネルギーを送っている」

「ま……待ってくれ。世界観がぶっ飛びすぎてて理解が追いつかん。いつの間にかスター・ウォーズの銀河に迷い込んだみたいだ」

「…………ダ・ヴィンチちゃん的にはワクワクしかないんだけど、これって何をどうすれば元の世界に戻せるのか見当がつかないな」

「うん、ボクがそれを教えよう」

 

 ダイアン・フォーチュンは薄く口角を吊り上げて、

 

「ボクたちは、この世界を───────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無秩序に建物が林立し、折り重なり、入り組んだ土地。ノアとダンテ、ペレアス夫妻はこの地にて目を覚まし、案の定、有翼の偶像の襲撃を受けることになった。

 だが、そこは質の悪いことにEチーム。わらわらと湧いて出てくるマネキンもどきを粒子魔術の核融合&反物質対消滅ビームで一掃し、当面の在庫を枯らすことに成功していたのだった。

 そんな折、一行が出会ったのが、

 

「……おい、犬面人。この横のバナナ食ってんのは何だ。言ってみろ」

「そりゃもちろん、ゴリラだけど」

 

 犬の獣人の少年と、ゴリラなのだった。

 ゴリラはゴリラなので省くとして。少年の方は白と茶の毛並みと、長く垂れ下がった耳が特徴的な犬種? 人種? である。目の前の板でキャバリアと調べると分かりやすいだろう。

 路地裏のゴミ箱に腰を落ち着ける一同。ノアは頭の上に落ちたバナナの皮を放り投げつつ、苛立ちを口にした。

 

「んなこたぁ見りゃわかんだよ。どんなゴリラか聞いてんだろうが」

「えっと、優しいゴリラ?」

「そりゃゴリラだもんな。だって見るからにつぶらな目ぇしてるもんな。霊長類最強生物だもんな。……おいこれどこからどう見てもゴリラじゃねえかァァァ!!!」

「だからそう言ったんじゃん……」

 

 ノアは犬らしく長く伸びた顔の下半分、鼻を鷲掴みにして、少年に詰め寄る。

 

「俺が言いたいのはそういうことじゃねえんだよ。おまえみたいなのがいて、なんでここで純然たるゴリラだ!? ゴリラネタは既に使ってんだよ、もうこりごりなんだよ!!」

「こりごりっていうかゴリゴリ……」

「うるせェェェ!! こちとら前回から苛立ちっ放しなんだよ! ただのゴリラに反応してる余裕ねえんだよ!! ただのゴリラに興味なんかねえんだよ!! 出すならせめて宇宙ゴリラか未来ゴリラか異世界ゴリラか超能力ゴリラ─────」

「ノアさん深呼吸しましょう! ねっ!あと多分そこのゴリラは異世界ゴリラなはずです!!」

 

 ダンテはただならぬ気迫でまくし立てるノアを羽交い締めにする。筋力Eのダンテは即座に引き剥がされるも、ゴリラの平手打ち一発でノアは壁にめり込まされた。

 ペレアスはそれを尻目に、犬の少年の前に座り込んだ。

 

「すまねえな、あそこのアホは忘れてくれ。名前は?」

「マティアです。そこのゴリラに育てられました」

「アフリカ版もののけ姫みたいですわ」

「……い、色々と教えてほしいことがあるんだが、訊いてもいいか? ここがどんな世界なのかとか」

 

 マティアはこくりと首肯した。

 彼は人差し指に魔力の光を灯し、地面に図形を描く。十個の円とそれらを繋ぐ線が幾何学的模様を織り成している。

 

「世界の形はこんな感じ。それぞれの星を神樹の枝が繋いでて、僕たちがいるのが上から数えて八つ目のここ。第八惑星とか第八階層とか言われてるホドっていう名前だね」

「……規模感がいきなりぶっ飛んだな。それにこの形って魔術のアレか?」

「ええ、セフィロトの樹まんまですわ。セフィラにはそれぞれ太陽系の星が対応しているので、そうなると私たちは水星にいることに……」

「嘘だろ!? 水星って住めるのかよ! テレビの教育番組見た時は地獄みたいな場所だったぞ!!?」

 

 ペレアスは頭を抱えた。

 水星は太陽に最も近い軌道を周回する惑星であり、昼は400度以上、夜は-170度にもなる過酷な環境である。それが暑くも寒くもない気温になっているだけで、彼を混乱させるには十分だった。

 そこで、ダンテはノアを壁から引っ張り出すのを諦め、ペレアスの横にしゃがんだ。 

 

「水星の環境は太陽との近さあってですから。空気がある点からしても、ここを常識で測るべきではありません」

「そ、そうか。この世界に住んでるのは、みんなマティアみたいな見た目なのか?」

「ううん。総督の人たちはお兄さんたちに似てるよ。『ニンゲン』って言うんでしょ?」

「総督? 統治者のような役職ですか?」

 

 マティアはまたもや首肯する。

 第四惑星から第八惑星にはそれぞれ、その星を統治する五人の総督が配置されている。そのメンバーと大まかな特徴はこうだった。

 第四惑星ケセド……総督トゥリシュナ。星一個を歓楽街とリゾート地に作り替えた快楽主義者。

 

「あと、気分で性別を変えて娼館に入り浸ってるとか」

「ド変態じゃないですか!! そんな総督即刻クビにした方がいいのでは!?」

 

 第五惑星ゲブラー……総督ゲッセマネ。あらゆる罪人や危険物を収容する監獄星の獄長。

 

「趣味なのか分からないけど、いっつも黄色い服着てるんだって」

「単にものぐさで黄ばんでるだけの可能性もありますわ」

 

 第六惑星ティファレト……総督兼宮廷楽長『六本指』。全世界を魅了する甘いマスクのピアニスト。

 

「ピアノの演奏でみんなを失神させるスーパースターだね。すごくない?」

「……歌でファンを失神させるヤツなら知ってるけどな」

 

 第七惑星ネツァク……総督フランシスコ。とにかく真面目でフレンドリーな宣教師。

 

「ネツァクは今年の住みたい星ナンバーワンに選ばれて、総督も優しいみたい。こことは真逆かな」

「ザビエルさんでは?」

「ザビエルだろこいつ」

「ザビエルに違いねーですわ」

 

 そして。

 マティアは真剣味を表情に宿らせ、力強く言い切る。

 

「この第八惑星の総督はンンンーン・ンーンン!! わらびみたいな髪の毛で胡散臭い雰囲気満々の、事あるごとに新作の呪いを試してくる大悪党ですっ!!!」

 

 もふもふの指で空の一点を示す。

 ばさばさとはためく一枚の旗。街の中でも一際豪奢で大きな建物の天辺にそれは立っていた。真っ白な下地に、異様に見覚えのある男の顔が大きくプリントされている。

 リースは楳図かずお風の作画で叫ぶ。

 

「…………クソみてェな旗ですわ!!!」

「なんでアイツがこんなとこでクソみてェな旗立ててんだ!!? どんだけ出番に飢えてんだあのアホ陰陽師!!」

「偽名がほぼ意味を成してないくらいバレバレなんですが。ンーンンってなんですか。発音しづらすぎません!?」

「ンーンンの悪口は言ったらダメだよ! どこかで聞かれてたら地味だけど後を引く呪いかけてくるから!!」

 

 そこで、ノアは壁から飛び出してくる。

 

「ちょうどいい獲物がいるじゃねえか。案内しろ。平安わらび全裸陰陽師ブッ殺すぞ」

「……まあ殺しても死なねえヤツだから、それくらいでいいか」

「あの旗は折って捨てましょう。ペレアス様と私の愛の巣には不要ですわ」

「嫌な予感しかしませんねえ……」

 

 で。

 ノアたちは守衛たちを蹴散らし、室内に仕掛けられていた無数の呪術トラップを突破して、第八惑星総督の待つ総務室に殴り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ンンンンンン!! これほどまでに早く来るとは思いもしませんでした! しかしィ!! 拙僧は段取り上手でございますれば! この呪術要塞の中核に足を踏み込んだのが運の尽き!! 対晴明特化式殲滅抹殺術式をもって、」

「よし行けゴリラァァァ!!!」

「ソッ─────?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、ゴリラが投げつけた汚物がンーンンの顔面に直撃した。

 

「─────…………うごォォッ!!? おのれ、我が呪詛の錆と」

 

 ゴリラのテレフォンパンチが振り抜かれる。黒き巨拳が陰陽師の防御術式を容易く貫通し、顎を打ち抜く。

 六尺六寸の体躯は吹き飛ぶでもなく、まるで車輪か何かのように、顎を支点にして床スレスレの超低空で高速回転した。

 ようやく回転が止まり、頭から落ちる陰陽師。彼は這う這うの体で言い放つ。

 

「ご、ゴリラのくせに強すぎませぬか!!? しばらくぶりに満を持して登場したのに、拙僧の見せ場は!?」

「んなもんあるわけねえだろ。つーかゴリラナメんな。森の賢者だぞ」

「いきなり汚物投げてくるやつのどこが賢者!?」

「まだ口ごたえできる余裕はあるみてえだな。もう一発いっとくか?」

 

 ゴリラは速やかにマウントポジションを取ると、ンーンンを滅多打ちにする。ノアは凄惨な虐殺現場を眺めながら、マティアに問いかけた。

 

「いつまでもゴリラってのも締まりが悪いな。名前とかねえのか」

「さあ……ゴリラはゴリラだし。ゴリラはゴリラであってそれ以上でも以下でもないっていうか」

「オイオイオイ、目ぇ腐ってんのか。アレはどう見てもゴリラ以上のゴリラだろうが。ゴリラ・ゴリラ・ゴリラだろうが」

「それただのゴリラだけど」

 

 ゴリラという単語がゲシュタルト崩壊しそうな会話を繰り広げる二人。ダンテはペンとメモ帳を取り出して、

 

「ウホホーホ・ホーホホとかはどうです?」

「何言ってんだ。ホーホホはねえだろ。ウホホーホ・ウーホホだろ」

「いや、ゴリラだからってそれは安直じゃねえか? バナナーナ・ナーナナの方が可愛らしさもあって良いだろ」

「ペレアス様。それでしたらバナナーナ・バーナナにした方が語感が────」

「ンンンンンン!! どうでもいいわァァァァ!!!」

 

 汚物まみれのンーンンの体が一瞬で消える。代わりに新品の全裸陰陽師が天井に貼り付いた格好で現れた。彼の十八番となっている式神分身である。

 彼はだくだくと冷や汗を流しながら、負け惜しみを述べる。

 

「フ、フフフ……ええ、今回は撤退いたしましょう。所詮は第八惑星、流出界に足を踏み入れることは叶いませぬ。決着はまたいずれつけることにさせていただきます」

「何いきなり語ってんだ? どうせシモン・マグスの差し金だろ。総督だとかほざきやがって。支配者は俺だけで十分なんだよ」

「相変わらず外道のようで何より……!! まさしくこれはシモン・マグスの仕業にして、我らは支配者!! この『太陽系惑星帝国 ギャラクティック・ローマ』の執政官でありまする!!」

「…………またローマかよォォォ!!」

 

 ノアが悲痛な叫び声に追い打ちをかけるように、ンーンンはまくし立てた。

 

「もうお分かりになったことと思いますが───此度のカルデアが相手取るは太陽系を統べる大帝国!! 敗北は確定したようなもの。なのでおまけに教えて差し上げましょう、シモン・マグスの目的を!!」

 

 彼は酷薄に、獰猛に笑いあげ、

 

「彼は、この世界を────────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……かくして、道は示される。

 この世界の行方を分かつ、運命の岐路。

 

 

 

「私は、この世界を───────」

「ボクたちは、この世界を───────」

「彼は、この世界を───────」

 

 

 

 偽神は。

 魔術師は。

 陰陽師は、告げる。

 

 

 

「─────ぶっ壊します♡」

「─────皇帝から、取り返す」

「─────踏み台に、羽ばたくのです」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。