自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第97話 天の双星

 

「懺悔の時間だ。己が罪を告解しろ」

 

 ここは、数多の罪人が集まる場所。

 逆さ十字が掲げられた聖堂。蝋燭の火だけが光源となり、天井から満ちる影の帷を淡く照らしている。

 逆さ十字を背負うように立つ人間の男。彼の前には三人の亜人。それぞれ豚に狐、蛇───人間にあらざる他生物の特徴を備えた獣人だった。

 しかして、ひとりの人間と三人の亜人は皆一様に黄衣を纏っていた。男の言葉を受け、亜人たちは一斉に口を開く。

 

「私は、飲酒運転でヒトを轢きました」

「私は……子どもを置いて出掛けてたら……」

「私は企業のオフィスに爆弾を仕掛けて、多くの人を殺しました」

 

 男は平坦な口調で問う。

 

「聞くに堪えぬな。どれもがその命を代償として余りある大罪だ。……それで? なぜお前たちはこの期に及んでのうのうと貴重な酸素を消費しているのだ?」

 

 どこか急所を擽るような声音。三人は口を揃えて答えた。

 

「「「だって、自分たちは悪くないから」」」

 

 男の瞳が冷徹な色を湛える。それを意にも介さず、彼らは次々と取り繕う文句を並べ立て始める。

 

「仕事をクビにされて賭けで負けて限界だったんだよ! ちょっと職場の女の子を口説いただけなのに! そう、俺は悪くない! 俺をクビにした上司が殺したようなものだろ!!?」

「いつまでも泣きやまないし、叩くとまた喚き散らかすし、仕方ないでしょ!? 男と遊んでも!!」

「いかにも人生楽しんでますってツラがムカついたんで。ネットでもそう言ってる人いっぱいいますよ。それを代弁して実現してあげただけです」

 

 思い思いに垂れ流される不平不満、自己擁護。男は目を伏せ、口をつぐんだまま、淡々と言葉を受け止めていた。まるで物言わぬ人形のように。

 糸に吊られたみたいに、男の右手が上がる。真っ直ぐ伸びた五指が勢い良く閉じ、亜人たちは息を呑むと同時にぴたりと鳴き止んだ。

 男はすぅと息を吸い、静かに吐き出す。

 

 

 

 

 

「────素晴らしい。お前たちこそが、人間だ」

 

 

 

 

 

 柔らかな音が、静寂に染み入る。

 己が犯した過ちの肯定。亜人たちは卑屈な笑顔を浮かべ、蕩けるような眼差しを男へ注いだ。

 

「人の本質と罪の本質は同義だ。自己を正当化し、他者に犠牲を強制する。誰もがそうして生きている。私は感動した。異なる世界の亜種たる霊長類でさえも、我らは同じ魂を共有しているのだと」

 

 ───故に。

 

「我らが罪を、祝福しよう。この宇宙に罪ある限り、人間の魂は残り続ける。私たちこそが永遠を体現する生命体だ」

 

 握った拳を開く。すると、さながら手品のように数枚の銀貨が掌中よりこぼれ落ち、大理石の床と響き合う。

 きん、きん、と銀貨が床を跳ね、小刻みに揺れた末に動きが止まる。その直後、亜人たちはばたりと頭から倒れた。

 息遣いの小さな音さえも途絶え、男は独りごちる。

 

「…………だから、お前たちは生まれるべきではなかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャドウ・ボーダー、管制室。

 第六惑星総督『六本指』の物理的ピアノ攻撃から辛くも逃れた一行。彼らを助けた魔術師、ダイアン・フォーチュンは薄く笑みを広げて言った。

 

「ボクたちは、この世界を皇帝から取り戻す」

 

 可憐に横ピースをキメるフォーチュン。真面目なのか不真面目なのか、はたまたアホなのか。カルデアスタッフ一同は彼女に助けられた恩もある手前、それを訊くことはできなかった。

 ダ・ヴィンチは艦内の気まずい沈黙を打ち破って言う。

 

「決め台詞の後で悪いけど、私たちはまだまだ無知なんだ。皇帝というのはこの世界を支配する存在なのかい?」

「うん。その名も『銀河皇帝ベイバロン』!! 生命の樹を模した太陽系国家、ギャラクティック・ローマを掌握する悪逆無道の大魔王だ!!」

フォウ(なんて)?」

「待て、ツッコミどころのオンパレードなのだが!? え、ローマなのここ!?」

 

 ゴルドルフ新所長は頭を抱えた。ダ・ヴィンチ作Eチーム人理修復録を視聴して、ローマ三国志が勃発したことは知っていたが、今回の異世界はあまりにもぶっ飛んでいる。

 ローマが地球を征服した世界線、と説明されても、ここまではならないだろうというほどに。

 フォーチュンは腕を組み、こくこくと頷く。

 

「キミの気持ちはよく分かる。ここはシモン・マグスが選定したイフの世界線。彼はその歴史に介入した……つまり、汎人類史とは異なるルートを辿った末の未来なんだ」

「特異点とは少し性質が違う、ということだね。それで? 世界を皇帝から取り返すと言われても漠然としすぎてないかな?」

「レオナルド・ダ・ヴィンチ。キミは話が早くて助かるね。ボクたちが奪還するのはベイバロンの玉座さ。それがひいては汎人類史を元通りにすることに繋がる」

「……まあ、そういうことに気炎を上げそうなアホがウチにはひとりいるけれども…………」

 

 新所長は歯切れ悪く感想を述べた。

 フォーチュンの言を信じるならば。『真なる人(アダム・カドモン)』が変えた世界を戻すには、銀河皇帝なる存在を打倒し、王座から蹴り落とす必要がある。

 が、カルデアにはノアトゥールこと欲望の怪物がいる。ヤツに王位奪還という大義名分を与えれば、なにが起こるか想像もつかない。正義の看板を手に入れた邪悪はラスボス以外の何物でもないのだ。

 不吉な予感に身震いする一同に対して、フォーチュンはハムスターのような顔で首を傾げていた。彼女はそこはかとない心地悪さを感じつつ、

 

「そ、その御座は『熾天の玉座』と言ってね。それが在るのは第一惑星ケテル。根源と接続し、カミサマの力さえ振るうことができるんだ」

「……なおさらあのアホ白髪に座らせる訳にはいかんな」

「貴様が言うカミサマの力とやらでここを元の世界に戻すのだな? 私が役目を引き受けてやってもいいぞ? ん?」

フォウフォウ(黙れボケ大根)

 

 フォウくんはニタニタといくつもの目を細めるバアルにアッパーを繰り出した。その威力たるや、かの悪魔王子と謳われたボクサーを想起させるほどである。優雅なおじさんとのマスコット争奪戦に勝利するために鍛えた第四の獣の拳は伊達ではないのだ。

 天井にめり込み、ぶらぶらと揺れるバアル。フォーチュンはそれを見て冷や汗をかきながら、首を横に振る。

 

「…………いや、ボクたちは────」

 

 その瞬間だった。

 管制室に配置された全てのディスプレイにノイズが走り、目も眩むような黄金の一室を映し出す。

 その造りは絢爛豪華という言葉をそのまま体現したかのように、奢侈を尽くしていた。部屋の中央、画面の中心にはこれまた黄金の玉座に座す女がいる。

 

 

 

「『───余は銀河皇帝ベイバロンである』」

 

 

 

 女は、太陽を纏っていた。

 比喩ではない。かの女を着飾る衣は果てなき光を放ち、炎のように常に揺らめいていた。画面を隔てているのにも関わらず、その熱量は物理的に管制室へと届いている。

 しかし、観客の目が釘付けにされたのは衣ではなかった。

 妖艶たる美貌。豊麗な肢体。瑞々しく赤い唇を歪め、つるりとした足を組み直す。彼女の一挙一動何もかもが、老若男女問わず情欲を駆り立てる官能的な艶やかさを伴っている。

 その魅力は生物の思考を彼方に吹き飛ばす。現にムニエルは口の端から唾液を垂れ流し、半ば白目を剥いて立ち尽くしていた。

 彼がかろうじて捻り出した一言は、

 

「今日はこれでいいか…………」

フォウフォウ(最低だよこいつ)

「まったく、これだから人理焼却の夢は捨てられん」

「安心してください、あなたの夢は永遠に実現しないので」

 

 シオンはバアルを引っ掴んでペーパームーンに突き刺す。金ピカ大根はペーパームーン内部のAIたちに異物認定からの解体処置をくらい、霊子として儚く散った。

 一本の根菜が処分される横で、銀河皇帝は悩ましげな表情をする。

 

「『む? そんなことは誰でも知っている? 当然よな。余の存在は揺り籠の赤子から棺桶に浸かった老人まで、脳みそに刻みつけるべきである!!』」

「『はぁ~~皇帝さまマジでお麗しいィィ~~~!! このロクスタ、今まで磨きに磨いた水玉コラの腕前を披露してもよろしいでしょうか!!?』」

「『おいきのこオタク、カメラがブレまくっているぞ。やっぱり毒ばかり弄っているようなヤツは駄目だな』」

「『うるせー変態TSお空のタイタニック野郎!!今日の夕飯で地獄見せてやっかんな!!』」

 

 ガタガタと画面が震動する。画角の外で何が行われているか定かではないが、知ったところでなんら得はない。

 銀河皇帝は諌めるように片手を上げる。床を映していたカメラが寸分の狂いなく元に戻ると、皇帝はぷくりと頬を膨らませていた。

 

「『見苦しいぞシモン、ロクスタ。この銀河皇帝より目立つことは許さぬ。何より全国民が余の玉体を拝謁する至福を得ているのだ、邪魔してやるでない』」

 

 ……さて、本題に入ろう。

 言ったその時、皇帝は滂沱の涙を流した。

 

「『なんとッ!! 全人類がかねてより熱狂し、夜も眠れぬほどに待ちわびていた余の惑星巡遊ツアーコンサート───それが、中止の運びとなってしまった…………よせ、皆まで言うな! こうして目を伏せると、そなたらが泣き叫び転げ回る姿がありありと浮かんでくる!! 余だって悲しいのだぞ!!?』」

 

 などと意味不明なことを供述する銀河皇帝。幼稚園児みたいに泣き喚くその表情を目の当たりにして、ボーダーの一同はある人物の面影を完全に重ねる。

 ネロ・クラウディウス。第二・第五特異点において、カルデアとともに戦った華の皇帝。童女の如く可憐であった英霊は、猛毒に似た美を湛え、熟れた悪の華を咲かせていた。

 …………と言っても、彼女は絶賛ギャン泣き中だ。放送開始時のような悍ましさすら覚える美貌は台無しになっている。

 シオンはすとんと肩を落として呟く。

 

「シモン・マグスの上司と言ったら暴君ネロしかいませんが……この五歳児は一体?」

「うむ。これを見たらなんだか玉座奪還も簡単そうな気がしてきたぞ」

「今日はやっぱり別のにするか……」

「ムニエルくん? さっきから純粋な性欲でしか話してないよね。ひとりだけただの変態になってるよね。確実にセクハラなんだけど?」

 

 ベイバロンは顔面を手で覆いながら、上擦った声で呻いた。

 

「『我らをこんな絶望の坩堝に叩き落としたのは誰か……!! シモン、アレを出すがよい!!』」

「『畏まりました。……諸君が目にするのは世界の敵。しかと目に焼き付けろ』」

 

 ぬっと画面の右端から真っ白なフリップボードが飛び出す。

 褐色の指先がかりかりと角を引っ掻き、シールを剥がす。そうして現れたのは一枚の写真。スタッフ一同には強烈な既視感がある二人の男性が、必死の形相で抱き合っている場面だった。

 ダ・ヴィンチはわざとらしく戸惑うフリをする。

 

「アレ? どことなく新所長とムニエルくんに似てる気が……」

「……イヤ、俺の方は他人の空似ですね。こんな写真どこで撮ったんですか新所長」

「な、なかなかナイスな紳士のようだが私ではないな。というかこっちはムニエルくんだよね。今日はこちらの御仁にしておいた方が良いんじゃないかな」

「おぞましいこと言わないでくださいヒゲ引きちぎんぞ」

「君こそ減給される覚悟の準備をしておきたまえ肉まん野郎」

 

 瞬く間に一触即発となるムニエルとゴルドルフ。写真が切り取った光景は二人がピアノの雨あられによって絶体絶命を迎えたところだった。銀河皇帝は二人の間を手刀で裂き、間から顔を覗かせた。

 

「『奴らはこの世に災いをもたらす異界の漂流者! カルデアと名乗る人間の一団である!!』」

 

 ボーダーの面々は一様に歯を食いしばる。

 自分たちの存在が捕捉されていることは当然想定していた。あれだけ派手な騒ぎを起こしたのだから、それが伝わっていない事態の方がおかしい。

 ───そう割り切れるほど、彼らは冷徹ではなかった。

 彼らは噛み締めた。世界の支配者たる皇帝に敵意を注がれているという事実を。自身を奮い立たせるための儀式として。

 

「『余は人間狩りの勅令を全惑星の住民に公布する! 既に第六惑星には赤き竜を配置している! 勝ち確というやつだなっ! そこで人間を捕らえた市民には一匹につきひとつ、何でも望むものを与えてやろう!!』」

「『───そして、俺がアホ陰陽師に代わり第八惑星総督に就任した、悪魔元帥魔王閣下ノアトゥール・スヴェン・ナーストレンドだ』」

「『………………むっ???』」

 

 突如として映像が乱れ、悪魔元帥魔王閣下の顔面が画面を占拠する。

 スタッフ各位が半ば失神するのと時を同じくして、銀河皇帝も困惑した様子でまぶたを瞬かせていた。

 

「『皇帝陛下より人間狩りの全権は俺に委任された。前任の陰陽師は救いようのないゲスだったからな。全裸で逃げ帰るアイツのデケえケツをネットにアップしておくから、見たやつは隅々にまで拡散しておけ』」

「『は? は?? は???」

 

 白髪のアホは目と口をくわっと開き、

 

「『───願いを叶えてえなら第八惑星に集え!! 人間狩りの始まりだァァァ!!!』」

 

 …………ぷつんと暗転する。

 一同の瞳が眼球の裏に旅立つ。仮にも人理修復を成し遂げたマスターが、率先して人間狩りを主導するという異常事態。その他にもツッコミどころは多々あるが、それらに目を向ける余裕は───物理的にも───なかった。

 ダイアン・フォーチュンはひくひくと口の端を震わせる。

 

「現代の魔術師にもあんなのがいるとはね。クロウリーおじさんみたいな破綻者のクズのアホとお見受けしたけど、彼の異名って世界最大悪人だったりするのかな?」

「いいや、カルデア最強マスターだけど?」

「カルデアにマスターは二人しかいない上に元一般人の相方にマウントを取るクズの称号では?」

フォフォウ(しかも自称)

 

 辛辣な会話を繰り広げるダ・ヴィンチとシオン。もう一匹の謎生物の言葉は生憎分からなかったが、フォーチュンはいたたまれない様子だった。彼女もまた無頼オカルト集団である黄金の結社に属していた人間だ。破綻者とは馴染みが深いのだろう。

 彼方に飛んでいた意識を取り戻したゴルドルフは頭を抱えて叫んだ。

 

「というか、今のアレは世界最大悪人でもカルデア最強マスターでもなく悪魔元帥魔王閣下だったんだけど!? 何をしているのだあのアホは!!!」

「もう今日は……どうすればいいんだああああああ!! 俺そっくりの人と新所長も全惑星に顔バレしたし、リーダーはリーダーだし!!」

「ちょっ、この期に及んでまだ認めない気かね!?」

「う~ん、色々と予定が狂いそうだけど、キミたちは大船に乗ったつもりでいい! なにしろ、このボクがついているからねっ☆」

「そんなテキトーな言葉でオチがつけられるとでも!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第八惑星ホド、総督府執務室。

 空中に投影されていたスクリーンがゆっくりと消える。悪魔元帥魔王閣下は満足気に鼻を鳴らし、全裸陰陽師が用意したであろう無駄に高価な椅子から立ち上がった。

 

「よし、布石は打った。間髪入れずに他の星を攻めるぞ。おまえらついてこい」

「やれゴリラ」

 

 ペレアスが真っ黒な体毛の背を叩くと、ゴリラは砲弾の如く突進し、ノアの上半身を執務室の床にめり込ませる。

 犬神家の一族の某シーンのようになったノアに、ペレアスたちは詰め寄った。

 

「何やってんだお前はァァァ!!? 放送に割り込むのは良いがな、誰が悪魔元帥魔王閣下名乗れっつったよ! そこはもっとこう、かっこいいやつとかあっただろ!!」

「ペレアスさん、そこですか? 人間狩りに乗っかった方が問題なのでは?」

「こうなった以上仕方ありませんわ。人間狩りの名目で立香さんたちを探し出しましょう。予行演習としてペレアス様には私を、」

「アレ? ここにも魔王がいる。色欲の」

 

 言いながら、犬の亜人であるマティア少年は豊かな毛並みの指で、ノアの両脚を掴んで引き抜く。

 すると、ノアはそこかしこに付いた破片や塵を手で払いながらため息をついた。

 

「やっぱりおまえらは理解してねえみたいだな。俺の神算鬼謀を」

「ノアさん、ハードルを上げすぎると後が怖いですよ」

「口を閉じろヘボ詩人。ああ言っとけば敵はここに集まるだろうが。人間狩りに参加しようとするアホもな。そいつらを全自動で処理しつつ、俺たちは別の星を攻め落とす」

「……どうやって?」

 

 マティアの疑問に、ノアはただ行動で示してみせる。

 黄金の腕輪が床に落ちる。それは瞬く間に九つの腕輪を生み出し、それぞれの腕輪もまた同じように分裂していく。

 目も眩む黄金の輝きは数秒で室内を埋め尽くす。マティアが認識できたのはそこまで。まばたきによる一瞬の暗転。その直後、平安わらび特製呪術要塞は跡形もなく倒壊していた。

 尻もちをつきかけたところをゴリラに支えられ、少年は目撃する。

 見上げるほどの巨躯を誇る金色の猪。天を旋回する二羽の鴉と、ノアに侍る一対の狼。他にも発光するニワトリや角から水の粒を滴らせる牡鹿、八本足の軍馬……などなど、びっくり幻獣ショーが開催されていた。

 さらに。石造りの地面がひび割れ、青々とした土壌が盛り上がる。陰陽師の呪詛によって立ち込めていた暗雲も、綺麗さっぱり青空に書き換えられている。

 

「神獣どもに敵の処理を任せる。ついでにブレイザブリクも展開した。実質この星は俺の思うがままだ」

「……もしかして、お兄さんってすごい人なの?」

「マティアさん、騙されてはいけません。この人は悪魔元帥魔王閣下です。ラスボスがこちら側にいるだけです」

「なるほど、つまりダンテさんは魔王の側近ポジション」

 

 納得しかけたマティア少年の顔を、ノアの手が両側からわしゃわしゃと挟み込む。

 北欧世界において、スルトが世界を滅ぼす終末装置だとするのならば、バルドルは滅びた世界を再生する救世機構だ。バルドルの支配圏であるブレイザブリクは豊穣の新世界。他星のテラフォーミングでさえ不可能ではない。

 と、言ってしまえば聞こえは良いが、悲しいことにバルドルの生まれ変わりはドス黒い邪悪である。哀れブレイザブリクはノアの自分ルールを押し通すためだけの空間として利用された。

 

「人聞きの悪いこと言うんじゃねえ。俺は勇者以外の何者でもないだろうが。悪魔元帥魔王閣下勇者だろうが」

「付け足せば良いって話じゃねえよ。万分の一も禍々しさが打ち消せてないだろ。どうにかしようとするならまず勇者の前に消すものがあるだろ」

「チッ、しょうがねえな。元帥か閣下か、どっちか好きな方を選べ」

「悪魔か魔王かって話なんだよ!!」

 

 というペレアスの怒鳴り声を、ノアはそよ風のように受け流す。ひとしきりマティアの顔面をモフると、次は両耳をぱたぱたと扇いで語りかける。

 

「それはそれとしてだ。マティア、次に落とす星を決める。おまえの意見を聞かせろ」

「近さ的に第五惑星か第六惑星かな。第九はマスクがないと鼻水が止まらなくなる不毛の地だし」

「第五と第六の特徴は?」

「第五が囚人とか危険物を収容してて、星ひとつ丸々牢獄になってる場所だね。監獄星なんて言われてる。で、第六は他の星全部にエネルギーを行き渡らせてるところなんだけど…………」

 

 少年は口ごもる。その横で彼の育ての親であるゴリラが凄まじい勢いで首を左右に振り回していた。

 湖の乙女リースはむむむと唸って、

 

「セフィロトの対応を考えると、第六惑星は太陽ですわ。魔術的な重要性は言わずもがな。エネルギー源を抑えると考えても、一択のような気がします」

「要はどの星を生かすか殺すか決められるわけか。ブリテンにもこんな資源があれば良かったんだけどな」

「野菜が画用紙みたいな食感になってたそうですねえ。マティアさんとゴリラさんは何か言いたそうですが」

 

 マティアとゴリラは首肯する。

 

「さっきの放送で〝第六惑星には赤き竜を配置している〟って言ってたでしょ? だから、そっちを攻めるのは自殺行為だと思う」

「竜? だったらオレに任せとけ。なんてったってオレはファヴニールをぶった斬った竜殺しだぜ?」

「気取ってんじゃねえ。ジークフリートたちのハイエナしただけだろ」

「おいマジで黙れ」

 

 その発言がペレアスの負い目を物語っていた。たとえどれほど竜殺しの功績を主張しても、ペレアスがアーサー王物語の中で〝ガウェインに脳を破壊されつつもなんだかんだで勝手に幸せになった脇役〟と認識されている以上、竜殺しのスキルが芽生える余地はない。土だけ詰めた壺に水をやるのと同義だ。

 もっとも、ペレアスの存在は一般に知られていないことは置いておいて。マティアは煌めくような笑顔をペレアスに向けた。

 

「竜殺し!? すごいすごい! だって竜って言ったら存在するだけで空間を砕いて、尻尾を振った余波で大地を真っ二つにするようなやつなのに!!」

「…………あ、ああ。ファヴニールもそんな感じだったな、うん。アレはオレ史上類を見ない激戦だった」

「おおおお……!! 赤き竜は彗星を丸呑みにしたことがあるけど、ファヴニールは!?」

「いや、なんかもうそういう次元じゃなかったな。翼を広げると夜が訪れ、歩くと流星群が降り注ぐくらいだったから。ぶっちゃけゲーティアとか小指で消し飛ばすくらい強かっ」

「もうやめましょうペレアスさん! これ以上惨めになる必要はありません!!」

 

 ダンテはだくだくと涙を流すペレアスに抱きつく。マティアに想像を超えたエピソードを出され、竜殺しとしてのプライドは完全に崩壊したのだった。

 ノアは一連の無様を眺め、鼻の穴に小指を突っ込みながら言う。

 

「まだ総力戦かける時期じゃねえ。とりあえず監獄星とやらに行くぞ。第六惑星にエネルギー供給を遮断されても、ブレイザブリクに収めときゃ自給自足できる」

「だ、第六惑星が中心にあるのは僥倖でしたねえ。ノアさんが周囲の惑星を支配下に置けば王手も同然ですから」

「この世界がセフィロトと同じ形だってんなら、ここと監獄星は直通で繋がってるはずだ。案内しろ」

「確かに監獄星とは『小径回廊』で繋がってるけど、それも避けた方がいいよ。回廊はどこも監視されてるから」

 

 だから、とマティアは続ける。

 

「道を使わずに宇宙船でこっそり乗り込もう! 良い腕の兄弟がいるんだ!」

 

 ───というわけで、少年の提案のもと、ノアたちは件の兄弟を訪れることになった。

 偶然か必然か、彼らがいたのは総督府である呪術要塞の真下だった。そこはまさしく地下牢のお手本といったように薄暗く、湿り淀んだ空気が堆積している。

 マティアによると。犯罪を犯した者の全員が監獄星送りにされるわけではなく、軽い罪ならば各惑星の留置所で服役することとなる。この地下牢も留置所の一種だが、白黒わらびはここを私的な呪術の実験場としていた。

 が、件の兄弟は近く監獄星送りにされる定めであった。なんでも、呪術要塞にお手製の荷電粒子砲をブチ込み、総督の耳をナイフで切り落とした狂犬なのだとか。

 どの世界でも文句なしの大罪人。一体どれほどの極悪人なのか、ダンテが身構えたところ、

 

 

 

「メガネっ娘って……良いと思わないか弟者よ」

「ああ……良い……メガネっ娘は心を潤してくれる。ニンゲンが生み出した性癖の極みだ」

「よくあるだろ、ちょっと地味な娘がメガネ外したらめっちゃ美人だったみたいな。あれ最高だよな。メガネっていうのは一種の布石なんだよ。それそのものが価値を生み出すというよりは、外した後にこそ真価を発揮するんだよ。そう、まるで下着のように……おい、そう考えたらメガネって超スケベじゃね? みんな顔に下着つけてるようなものじゃん。みんな耳からパンツぶら下げてるようなものじゃん可愛いねド変態がよ」

「殺すぞ兄者。貴様はいま、全メガネ好きを愚弄した……!!!」

 

 

 

 二人の亜人が、鎖に繋がれながら性癖トークに興じていた。

 彼らの容姿を一言で評するなら、ファンタジーでおなじみのオーク。緑と褐色が混ざった体色で、相撲取りの胴体に豚の頭を載せた見た目である。

 そんな似たりよったりの二人は足音に気付き、素早く振り向く。

 数秒、ノアたちを呆けたように見つめて。兄弟は顔を見合わせた。

 

「弟者よ、これは幻覚か? ニンゲンが見える。あとゴリラも見える」

「奇遇だな兄者。俺も同じだ」

「聞け、変態兄弟。今さっき、第八惑星総督は全裸で逃げた。俺が新しい支配者だ。これから銀河皇帝をぶちのめすから、協力するかしないか選べ」

「「する」」

「早っ!?」

 

 マティアは思わず喫驚した。幻覚を疑うところからの神速の変わり身。いたいけな少年はこの日初めて尺の都合という概念を感じたのである。

 亜人の兄弟は粘ついた笑みを浮かべ、口を開く。

 

「おいおい、忘れたのかマティア。俺たちゃ根っからの『シェムハザ復権派』だ。銀河皇帝をぶん殴れるなら魔王の手だって取る覚悟だぞ?」

「兄者と俺をコケにした皇帝は許せん。おまけにニンゲンに言われたなら断る理由はない」

「そりゃ話が早くて助かるがな。何がどうしてあの陰陽師の耳を切り落とすなんてことしたんだ?」

「ペレアスお兄さん、聞かなくていいよ。マジでくだらないから」

「いいや誰に止められようと喋る! 皇帝のクズっぷりを思い知ればそんなことは言ってられないからな!!!」

 

 …………それは忘れもしない二年前のこと。

 年に二度、第六惑星にて開催される最大の同人誌即売会。出展された作品は売上を軸に評価され、ふるいに掛けられる。太陽系の並み居る作品の中から抜きん出たものだけが、賞を受ける栄誉に浴するのだ。

 数ある賞の中でも最高に位置するのが銀河皇帝賞。ベイバロンの独断と偏見と性癖によって決められる、誉れ高き賞である。

 兄弟は見事銀河皇帝賞を受賞したのだが、授賞式にて悲劇は起きた。

 

〝『ツンデレ男装王子様はキミのモノになりたい』…………素晴らしき純愛本であった。卓越した画力が織り成す至高の表現、あっぱれである。して、続編の構想はあるのだろうな?〟

〝ハッ! 次回作のネームは半分ほど完成しております! 結ばれた後のイチャつきというのも絶品でありますれば!!〟

〝そうか。それも悪くない。しかし、しかしだぞ。シモン、ロクスタ、余の代わりに言ってやるがよい〟

 

 銀河皇帝に仕える二人の側近。宮廷魔術師シモン・マグスと侍従長ロクスタは口を揃えて告げる。

 

〝〝皇帝はこう仰られている。純愛は所詮NTRの前フリだと────〟〟

 

 兄弟は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の皇帝を除かねばならぬと決意した。兄弟には特殊性癖がわからぬ。兄弟は、純愛オタクである。絵を描き、ブラクラを踏んで暮らしてきた。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

 兄弟は本業の職人としての技を振るい、無数の無人攻撃船と荷電粒子砲をもって、第八惑星総督府を襲撃。わらびの耳を切る快挙を成し遂げるも、それは分身に過ぎず、呪いを受けて敗北したのである。

 ───兄弟の自分語りが終わり、ペレアスは神殺しの魔剣を抜き払う。

 抜刀とともに流れるような一閃。それは牢屋の格子ごと、兄弟を戒める鎖を断ち切った。

 彼は両腕で兄弟を抱き寄せ、

 

「よくやった。お前らはオレの誇りだ……!!!」

「ただ性癖が合致しただけじゃん……」

「ですが、自身の根幹が他者と共鳴した時、そこには時間を超えた友情が生まれるのですわ」

「友情とは種類が違いますが、私とウェルギリウス先生もそうでしたねえ」

「おまえのはただの甘えだろ」

 

 そんなこんなで第五惑星を目指すことになった一行が地下牢から出ると、蜘蛛を思わせる八本足の機械船が待ち受けていた。

 兄者は鋼鉄の肌に手を添える。

 

「おっと、こんなところに俺たちの宇宙船『オールト二号』が」

「流石だよな俺ら」

「だから早いって!!!」

 

 全身の毛を逆立たせるマティア。どんな幸運が降り注げばこんなことが起きるのか。少年の叫びはさながら世界への反逆だった。

 

「こんなこともあろうかと、こいつには俺たちを脱獄させる命令をしておいたからな。改良を施した人工知能に隙はなかった」

「……い、一号はどうなったんです?」

「兄者と俺が人工知能の性格設定で喧嘩してな。兄者がツンデレ、俺がクーデレの設定で書き換え合戦してたら、ヤンデレに突然変異して泣く泣く廃棄処分にした。アレは悲しい事件だった……」

「やるじゃねえかおまえら。機械を好き勝手に弄くり倒すのは知的生命体の特権だからな」

「お前の性格も設定し直せたらよかったのにな」

 

 モラルハザード極まる会話を繰り広げつつ、ノアたちは続々と蜘蛛型宇宙船に乗り込んだ。

 八本足の先端に光輪が発生する。それらが輝きを増していくにつれて、周囲に高音が振り撒かれる。音の高まりと光量が極限に達した瞬間、機体は第二宇宙速度を優に超えて飛翔した。

 一方で機内はというと、普通の室内と変わらぬほどに穏やかだった。搭乗者への強烈なGはなく、地上と同じ環境を保っている。

 大気圏を突き抜け、宇宙の領域へ。上下左右に満ちる漆黒の星海。ダンテは窓から宇宙空間を眺め、感嘆した。

 

「いやはや、心が洗われる光景ですねえ。自動車に乗る感覚で宇宙旅行ができるとは。私たちの世界では考えられませんよ」

「……この船、魔力で動いていますわ。こちらの世界ではこれが普通なのですか?」

「マナを扱う技術───魔術は農業に並ぶ根幹だ。シェムハザが魔術を創始し、アザゼルは魔術を機械に代行させる発想を形にした」

「初期の魔術は使い手のセンスと知識と経験が物を言うそうだったが、機械のおかげで誰でも魔術を扱えるようになったわけだ。俺らも流石だが天使も流石だよな」

 

 兄弟はしたり顔で語る。

 周囲に満ちるマナを自由自在に操り、機械に魔術を代行させる───その発想自体は、ノアにもあった。ダ・ヴィンチの手を借り、『魔女の祖(アラディア)』という形で実現することもできた。

 ノアは思った。この世界の魔術は既に魔術師の手から解き放たれている、と。

 石油などの資源と違って、マナは地球上なら───この世界では宇宙にも満ちているが───どこにでもある普遍的な力だ。しかも、それはあらゆるエネルギーに転化できる。

 魔術師と一般人の最大の違いは何か。

 それは利用できるエネルギーの総量と効率。一般人は端末を充電するために、原子力や火力や太陽光で発電した電気を、多くの人が働く発電所から、電線とコンセントと充電器を用いて引っ張ってこなければならない。

 だが、魔術師は別だ。魔力を電気に変える、それだけで事は終わる。

 原子力発電において、熱エネルギーから電気エネルギーに変換される効率はおよそ33%。打って変わって、魔力から電気への変換はロスを生じない。無論、術者の腕にもよるだろうが。特にエルメロイⅡ世などは論外である。

 ……といったところまでノアは考え込むと、兄弟の間に身を入れて腕を回した。

 

「おまえら、名前は?」

「ぴ、ピーター。弟者は、」

「アンドリューだ。よろしく頼む」

「良い名前じゃねえか。この世界の魔術について詳しく教えろ。報酬はムニエルが集めてる同人誌だ」

 

 ピーターとアンドリューはゲスな笑みを顔面に貼り付け、

 

「「純愛で頼む」」

「好きにしろ。表紙に騙されるなよ」

「過剰な心遣いは侮辱に等しいぞ。兄者はともかく、俺は数多のブラクラを見抜き、秘蔵zipフォルダを獲得しまくった男だからな」

「やめろ弟者。画面が無限増殖するウィンドウで埋まった瞬間こそヒトは成長するんだよ。バーボンハウスで初めてテキーラの味を知るんだよ。今の俺が便所の落書きにたかるクズどもにしてやられることは、この船が撃墜されることくらいありえない!!」

 

 直後、轟音が鳴り響き、機体が左右上下に大きく揺れた。

 けたたましい警告音が赤く点滅する室内にこだまする。誰もが兄者ことピーターを振り返る中、アンドリューは静かに呟く。

 

「…………流石だよな俺ら」

「言ってる場合ですかねえ!? 何が起きたんですか! 私の命だけは助かるんですよね!!?」

「もしかしてダンテさんって割とロクデナシ?」

「宇宙のど真ん中で爆散とか洒落にならねえぞ! 速度上げろ速度!」

 

 ペレアスは兄弟の尻を叩いて操縦席に向かわせる。リースは窓にぺったりと頬をくっつけて、外を覗いた。

 四方八方から襲い来る漆黒の触手。一本一本は細くとも、互いに絡み合うことでこの宇宙船をも凌ぐ巨大さを有している。

 

「なんか色んなところからひじきみたいなウネウネが来てますわ!! 触手は触手でもえっちさの欠片もありません!!」

「おいやめろツッコむ余裕がないから!」

「どけドスケベ精霊。俺がひじき軍団を薙ぎ払う。その間に立て直せ」

 

 ノアは窓を蹴破り、機体の上部に飛び移る。宇宙の根幹を成す法則に干渉する粒子魔術。宇宙空間の脅威から自身と船内の仲間を遮断し、魔術回路を一際励起させた。

 その時、彼は背筋に冷たさを覚える。

 

(───()()?)

 

 

 

 

 

 

 

 黄衣の男は足を組み、頬杖をつく。

 

「来たか」

 

 第五惑星ゲブラー。汎人類史の太陽系においては火星と照応する、峻厳なる監獄星。その星には自らを守護する、一対の衛星があった。

 天の双星より侵入者の影を捉えつつ、男は冷徹に判断を下す。

 

「……『暗黒星の残滓(ダイモス)』では足りぬか。想定通りだ」

 

 ───第五惑星監視防御衛星『戦乙女の瞳(フォボス)』、起動。

 

 

 

 

 

 

 

 星が、目を覚ます。

 ノアはそれが隙を晒すと理解していながらも、投げかけられた視線に眼差しを合わせる。

 真紅の眼光を放つ衛星。その正体は直径22.2kmに及ぶ巨大礼装。天体を改造した超抜級の人工魔眼であった。

 ノアが読み取れたのはそこまで。

 突如現れた衛星への疑問を擲ち、即座に術式を組み上げる。

 粒子の結びつきを断ち、原子レベルにまで分解する。一度それが発動すれば、第五惑星が誇る衛星と言えど崩壊は免れない。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 黄衣の男は囁くように告げる。

 ノアには知る由もない詠唱。

 けれど、それが故に、ノアは一手の遅れを取った───取らされた。

 不都合な可能性・事象を未来へ先送りにする『遷延』の権能。ここに彼の可能性は否められ、生まれる空白を触手が穿つ。

 黒き手の指先が宇宙船を貫く。

 遅れてノアの魔術が発動する。宇宙船ごと触手を分解し、ソラを睥睨する真紅の眼光に亀裂が生じた。

 神体化を使い、仲間を回収して第五惑星に着陸する。刹那、ノアの思考はまたも裏切られることとなった。

 

「こっちよ! 来なさい!!」

 

 ───星海を飛行する、亀のような竜のような巨獣。巨大な甲羅の上には、見覚えのある聖女が仁王立ちしている。

 宇宙空間に音は伝わらない。その実、彼女の言葉はノアに届いていなかった。が、彼もまた届かぬ言葉を返す。

 

「少しは痩せたか? ステゴロ聖女」

「何言ってるか知らないけどとりあえず殴るわ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第七惑星ネツァク周辺宙域。

 ノアたちが撃墜の憂き目に遭う一方で、立香たちは優雅な遊覧飛行に興じていた。

 黒白の偽神サクラが持つ物質創造の権能を用いて創り出された宇宙船。その外観は芋虫を魔改造したかのような邪悪かつ、殺意に満ち溢れた形状をしている。

 芋虫であれば尻に当たる部分からスラスターを噴射し、飛行する姿はまるで怪獣映画のそれだった。

 サクラは神妙な面持ちで口火を切る。

 

「もうすぐ第七惑星に着きます。そこで、着く前に話しておくべきことが私たちにはあります。そうでしょう? 立香さん♡」

「そうですね。まずはその語尾についてるハートマークを外す方法から議論しようかと」

「え~♡ 嫌です♡♡ それよりも立香さんの語尾にハートをつける方法を話しましょう? まあ、私のテクにかかれば一発ですけどぉ……♡」

「なんだろう、まったく心に響いてこない」

 

 立香はサクラの猛攻をのらりくらりと躱す。激流に身を任せ同化する、対変人の奥義であった。

 サクラは腕を組み、自信満々に宣言する。

 

「───いい加減決めましょう。誰が立香さんのトップオブサーヴァントなのかを」

「面の皮オリハルコンでできてんじゃないのこいつ?」

「サクラさんのような新参はわたしたちの足元にすら及びません。ラブコメで言えば年上のお色気キャラです。確定敗北枠です」

「それで言うと後輩枠も負けヒロイン率高いような……?」

 

 マシュの心臓を背中から突き刺す言葉。しかし彼女は特性がんじょうの力をもって、HP1の状態で踏みとどまった。流石はEチームのメイン盾といったところだろう。

 

「神様である私を人間のテンプレに当てはめないでくれます? それに新参と言いますけど、昨今のソシャゲだと大抵新しいキャラの方が強いじゃないですか」

「ハッ、無駄に高いスペックしか誇れないアンタらしい理屈じゃない。性能でしか初期キャラに勝てないことが露呈してるんですけど?」

「でも性能優先で使ってたのに、いつの間にか好きになってたことは多いよね」

「先輩はどっちの味方なんですか!?」

 

 困惑するマシュに対して、立香は達観した表情をしていた。ガチャに笑いガチャに泣いてきた歴戦の強者の風格である。

 ジャンヌは影のある笑みを貼り付け、サクラを睨めつけた。

 

「いいわ、このままじゃ埒が明かないし。手っ取り早く『立香の人生切り取りメンコバトル』で決着をつけようじゃない」

「え? なにそれ??」

「先輩を盗……撮影した写真をメンコにして戦う遊びです。まさか知らないんですか?」

「本人が知るわけなくない!!?」

 

 立香は戦慄する。Eチームの食物連鎖とは絶対的なピラミッドではなく、常に捕食者と被捕食者が入れ替わるものである。ある意味自然界より過酷だと言えよう。

 ジャンヌは懐から数枚のメンコを取り出して、

 

「と言っても、ただ引っくり返せば勝ちの単純なゲームじゃないわ。例えばこの『封印されしリツカディア』は……」

「場に五枚出揃ったらゲームに勝利できます」

「あとこの『アホ白髪の目の前でたじろいでる立香』は……」

「わたしの脳を破壊できます」

「なにこれ闇のゲーム?」

 

 サクラは獰猛に口角を上げた。

 

「良いでしょう。つまりこれは心を摘む戦い。誰がいちばん立香さんを理解し、愛し、恥部を握れているかの勝負です!」

「望むところです。わたしのデッキが如何に最強であるかを思い知らせてあげましょう」

「誰のデッキが最強ですって? 今日もアンタの脳を破壊し尽くしてやるわ」

「「「いざ───決闘!!!」」」

(初めてマスターやめたいと思ったかもしれない)

 

 立香は死闘を終えたボクサーのように真っ白になってうなだれる。が、これは試合の後ではない。むしろここからが始まりなのだ。

 ジャンヌは早速攻勢を仕掛ける。

 

「さあ刮目しなさい! 『早朝、アホ白髪の部屋からなぜか着替えを持って出てくる立香』よ!!」

「ちょっ」

「───ごふぅっ!! なかなかやりますねジャンヌさん……!! ならばこちらは『訓練中、異様にリーダーとの距離が近い先輩』ですぐっはああああああ!!!」

「まさかの自傷テーマデッキ……!?」

 

 自らが出したメンコでダメージを受けるマシュ。なお、ラーの翼神竜のように攻撃力が上がるわけでもない。最弱なのだった。

 くすくすと、湿り気を帯びたせせら笑いが空気に染み渡る。

 

「あーあ、つまらないですねぇ。これで分かっちゃいました。あなたたちが私に勝てないことが」

「メンコも出揃っていないのに勝利宣言ですか? あれだけ大口を叩いておいて情けないですね」

「始まる前から瀕死のマシュは?」

「アンタもデュエリストの端くれなら言葉じゃなくカードで語りなさい。と言っても、できるのはサレンダーくらいでしょうけど」

「メンコは?」

 

 立香は次々と疑問をねじ込んでいくが、それは鋼鉄の壁に鉛筆を突き立てるようなものだった。

 炭素を塗りつける程度でサーヴァントたちの暴走が止まるはずもなく。サクラは手元にメンコを創り、すっと差し出す。

 こちらをきっと睨みつける立香。青ざめた肌と鋭い目つき、噛み締めた唇が印象的な一枚だった。盗撮特有の画角ではなく、その写真は至近距離から撮られていた。

 サクラはふんすと鼻を鳴らして、

 

「遡ること第七特異点、ウルでの戦い! 『私に生殺与奪を握られた立香さん』です!!」

「へえ、変化球で攻めてきたってわけ。でもいいのかしら? 真っ向勝負を避けたことになるけど」

「ジャンヌさんの言う通りです。所詮はぽっと出の苦し紛れの策と言わざるを得ません」

「分かってませんね。あなたたちがしていたのはたかが焼き直し。とうに暴露されている立香さんの卑しさを再認識しているに過ぎません。恐れ、震えながらも、気丈に私を見つめる姿にこそ真価があるのです」

 

 思ったよりも真面目な回答をしてのけるサクラ。マシュとジャンヌは沈黙したまま、ただ余裕を見せつけるように微笑んだ。が、その心中はというと。

 

((この女、できる───!!))

「で、立香さん。判定は?」

「全員負けです」

 

 勝利者などいなかった。

 人類の業を体現したかのようなひとときを終え、第七惑星が目前に迫る。

 セフィロトにおいて、第七のセフィラと対応する惑星は金星。立香が知る太陽系の金星は硫酸の雨が降り注ぐ地獄の環境だが、瞳に映る星はそれとは真逆の様相を呈していた。

 海があり、大陸は緑に覆われ、白い雲が流れている。太陽との距離という一点を除けば、金星は地球によく似た条件の天体だ。

 眼下の星の姿はあり得たかもしれない未来を映し出していた。

 

「ん?」

 

 第七惑星を窓から覗く立香は戸惑う。

 星を映していたはずの窓が突然真っ黒に染まった。立香は嫌な予感を察し、数歩後ずさる。

 その直後、これまた真っ黒な足が窓を貫通し、辺りにガラスの破片を撒き散らす。機内の空気が穴に向かって流れ、突風を巻き起こした。

 

「ギャーッ!!? て、ててて敵襲! 者どもであえであえーっ!!」

「ちょっと待ってください、法螺貝を取ってきます」

「法螺貝より盾出して!?」

 

 窓からするりと影が抜け出す。

 黒いキャットスーツに身を包み、口元を機械的なマスクで隠した女性。腰の部分から先が白い尻尾が伸び、つり目と大きな三角の耳が特徴的な狐の亜人だった。

 彼女がぱちんと指を鳴らすと、ひとりでに窓が元通りに修復される。

 

「カルデアレイシフトEチームのマスター、藤丸立香さんですね? 無礼な登場お許しください。私はアト・エンナ率いるレジスタンスのひとり、サフィラと申します」

 

 サフィラと名乗る女性は立香の前で跪いた。ひとり状況を理解するサクラは眉をしかめ、鬱陶しそうに言った。

 

「ヘタレ女神の差し金ですか。私と立香さんの愛の園に乱入するなんて、覚悟はできているんでしょうね?」

「はい。あなたに世界の行く末を操られるわけにはいかないので」

「見くびってます? 力尽くになったらあなたが私に勝てないことくらい理解してますよね」

「本部は私の位置を常に把握しています。言葉を返すようですが、この意味は理解していますか?」

 

 バチバチと視線が衝突する。

 何やら一触即発の空気だが、立香たちにはまったく見当もつかなかった。かろうじて分かるのは第七特異点で冥界案内をしてくれたアト・エンナが関わっているらしいことくらいだ。

 立香はサフィラの尻尾をじっと見つめ、人差し指でつややかな毛並みをなぞった。

 

「ほっ!!?」

「おお……本物だ。この世界の人はみんなサフィラさんみたいな感じなんですか?」

「え、ええ。誰もが狐っぽいわけではありませんが……」

「そうなんですか! それじゃあ早速見に行きましょう! 案内してくれますよね!?」

 

 立香は満面の笑みで告げた。そこで、マシュとジャンヌは法螺貝や盾や旗を仕舞い込んだ。

 

「いざ観光ですね。わたしたちはまだこの世界のことをちっとも知りません。全力で楽しむことにしましょう」

「まあね。少なくともそこの神様気取りの世界ぶっ壊しに乗る気はないし」

「はあ? おたんこなすびと白ゴリラ魔女が私に、」

「サクラ」

 

 立香は短いながらも響くように真っ直ぐ、言葉を放つ。

 

 

 

「あなたも私のサーヴァントなら───誰かを切り捨てたりはしないで」

 

 

 

 サクラは頭上に小太りなポメラニアンの幻影を浮かばせた。

 

「くぅ~ん……」

「流石は世界を救ったEチームマスターです。彼女をここまでクソザコにしてみせるとは」

「先輩、サクラちゃん係は任せました」

「それじゃあジャンヌはなすびちゃん係で」

「ただの農家じゃない」

 

 そうして、彼女たちは第七惑星の大地を踏んだ。

 降り立ったのは第七惑星を支配する総督府のある首都。古風な建築様式と現代を遥かに超えた技術がアンバランスながらも、美しく果てしない光景を作り出していた。

 サフィラを除いた四人は犬頭のマスクを被り、SF映画の中に放り込まれたような街並みを歩く。

 マシュは周囲を行く犬や猫、山羊、熊───様々な生物の特徴を有する亜人たちを見て、サフィラに問いかける。

 

「どの方もぜひモフらせていただきたいのですが……わたしたちのようなホモ・サピエンスはいないのですか?」

「───かつての十二使徒や皇帝の一派……異界から現れた者を除いて、現在は存在しません。最後のニンゲンはとうに寿命を終え、土の下にいます」

「ふふ。殺されてないだけ、人類の終わり方としてはマシなほうです。あれれ? それならどうしてこの世界には未だ人理が根付いているんでしょう?」

「わ、わざとらしい……」

 

 嘯くサクラを立香は冷たい眼差しで眺めた。

 

「それは、私たちがニンゲンの代わりとなるべく、『七大罪の魔王』によって造られた生命体だからです」

 

 サフィラはさらりと答えた。口を挟む間もなく、彼女は話し続ける。

 

「魔王たちが創造した()()類の()()長類───縮めて『亜霊百種(あれいひゃくしゅ)』。ニンゲンやジンルイとは区別して、私たちは種族を総括して亜霊と呼びます」

「……少し待ちなさい。アンタらが魔王とやらに造られたのよね」

「はい」

「さっき犬のおっさんが犬を連れて散歩してたのを見たわ。どんな冗談かと思ったけど……動物とか植物は? 魔王が創ったのはたった百種類の生物なんでしょう」

 

 ジャンヌはどこか縋るような声音だった。

 サフィラが言う『七大罪の魔王』は百種類の亜種霊長類『亜霊百種』を創造した。だが、この世界にはジャンヌが知る地球のような植物や動物がいる。

 ならば、それらを創ったのは誰なのか。ジャンヌはそう問うたのだ。

 本来ならば訊くまでもない質問。現代の人間ならば多くが〝進化の末だ〟と答え、ある時代の人々は〝神が創った〟と答えるだろう。

 人類の起源を語る神話は世界各地に点在する。日本の記紀神話においては人類がどう生まれたのかを語る神話は無いが、それでも穀物を始めとした植物起源の物語は豊富だ。

 けれど、なぜ、『七大罪の魔王』は人類の代わりを創る必要があったのか。亜霊百種の創造という蛮行ができたのか。サフィラはジャンヌが抱いた疑問へと、端的に回答を示してみせる。

 

「それらは神が創りました。ですが、神は魔王の一角にして最高の天使……明けの明星によって弑逆されたのです」

 

 ───そして、明星率いる堕天使の軍勢は、天界の天使を殺し尽くし、かつての地球を支配した。

 

「そこから二度の戦争を経て世界は現在の形に落ち着きましたが、皇帝と総督たちは、」

「あの、頭がパンクしそうなんですけど、皇帝とか総督って? この世界の偉い人なんですか?」

「…………そこのサクラさんは説明しなかったのですか?」

「え~? どうして私がそんなことに文字数使わなきゃいけないんですか。私は立香さんをイジるのに掛かりっきりなんです♡」

 

 サフィラは絶句し、

 

「それでは、皇帝の人間狩り宣言も悪魔元帥魔王閣下のやらかし放送も知らないと!?」

「悪魔元帥魔王閣下ってなんですか!? 明らかに皇帝より偉そうなんですけど!!」

「サクラさんは本気で一度わからせる必要がありますね」

「は? 嫌ですよ。私リバは地雷なんで」

 

 大通りのど真ん中で騒ぐ五人。周囲から冷ややかな視線が突き刺さるが、そんなことは思慮の外だった。

 サフィラはぐったりと膝をつき、半ば白目を剥く。

 

「…………面倒くさくなってきたので、第七惑星の総督府に向かいます。そこで─────」

 

 その言葉が、最後まで紡がれることはなかった。

 何故。答えは単純明快。空間を割る罅が彼女の眼前を遮り、声を遮ったからだ。

 あたかも星の重力に引かれる石屑みたいに、中空のソレは全ての眼差しを集めた。

 如何なる原理か、その赤き影は空を踏んでいた。二つの足からは縦横無尽に黒いノイズが走り、この空間を割り砕いている。

 蛇の意匠を模したフードパーカーの幼児。白濁とした髪をフードの内からなびかせ、両手で何本ものフランスパンを抱えていた。

 

「みつけた」

 

 空間が波打つ。

 その声の圧力は空間をたわませ、景色を歪める。

 サクラの頬を冷や汗が伝う。かつて己の絶対性を信じてやまなかった黒白の偽神は生まれて初めて攻撃の選択肢を捨て、呟いた。

 

「────『赤き竜』…………!!!」

 

 存在するだけで世界を破壊する怪物。

 この次元にいてはならない極大質量。

 辺りの惨状を気にも留めず、幼き竜は声を発する。

 

「いち、にい、さん……よん? まあいいや、ロクスタに数えてもらえば。それじゃあ、いただきま」

「───支援斬撃を願いますッ!!!」

 

 刹那、空は雷雲に包まれ、強風と豪雨が渦巻いた。

 黒く塗りつぶしたキャンバスに消しゴムで線を引くように、幼き竜ごと空間に一条の空白が生まれる。

 それこそが斬撃。

 あらゆる概念をねじ伏せる至高の一刀。

 竜は何事もなかったかのように肩を払い、パンを齧りながら、凍てついた目線を眼下に投げる。

 

「…………やるね」

 

 そこに標的としていたニンゲンたちは居らず。幼き竜はため息をついた。

 

 

 

 

 

「────グランドセイバー・バトラズ」

 

 

 

 

 

 最強たる赤き竜とEチームの初の邂逅は、それだけで終わった。

 この世界の数多の謎。辿った歴史。全ての真相を目で見たその竜は、くうと腹の虫を鳴かせて、

 

「やっぱり、ぼくはまだまだ弱いな」

 

 残ったパンを、一口で胃に押し込めた。







・現在判明している異聞天球界の歴史

 ■■の世紀
 5000年 天使『明けの明星』、神を弑逆。堕天使の軍勢を率い、天界にいた天使たちを皆殺しにする。

 大罪の世紀
 5001年 『七大罪の魔王』が『亜霊百種』を創造。現在の異聞天球界に住まう全ての亜霊たちの祖先となる。

 ■■の世紀
 5667年 グリゴリの天使シェムハザが魔術を学問として創始する。
 5792年 グリゴリの天使アザゼルがマナの操作や術式の構築・詠唱を機械に代行させる技術を開発。自らの才覚と精神感応が肝要となる抽象的な魔術よりも、具体的で即物的なこちらが民衆に広まった。言わば工業革命である。
 5904年 最後の人間が逝去。

 ……以降、各話の最後に追加していく予定。
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